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終章『赤き翼』編
第三十五話「万能少女と死霊術師」-1
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止まない雨はないし、明けない夜もない。
どんなに長い苦境でさえも、そこを凌ぎ切ってしまえば、後には嘘のような静寂だけが残る。
そうして、迎えた朝日が痛みを忘れさせ、僕たちはまた、明日を生きていくことになるのだ。
望むと、望まざると、命ある限り、僕たちはそのサイクルから逃れることはできない。
――それは、沈まない夕日に照らされていても、例外ではない。
「今回は、随分と無茶をしたものだね、少年」
【夕暮れの街】の西日に照らされつつ、ベッドに横たわる僕を見下ろしながら、白衣の女性――エイヴァは、どこか呆れたように呟いた。
「……エイヴァ? 僕は、一体……?」
気だるさが残る体。あの時地下墓地で意識を失ってから、ここに至るまでの記憶がない。
空を見る限り、ここは【夕暮れの街】で間違いないのだろう。しかし、一体、どうやってここまで――?
「助けてくれたのは、結界術師のお嬢さんだよ」エイヴァは、肩を竦めつつ。
「あの子は、君と別れた後に衛兵を呼びに行っていたようだ。そうして、要救助者として助けられた君たちは、ここに運び込まれた」
結界術師――マキナか。確かに、彼女とは三時間後に再び落ち合う約束をしていた。それまでに僕が死んでいる公算も高いと思っていたが、まさか、ここで効いてくるとは。
「……でも、あんたが来てくれてるとは思わなかったよ。【病の街】はもう大丈夫なのか?」
「いいや、まだバタバタしてるよ。とはいえ、君からの要請を受けた時に、嫌な予感がしたものでね。後のことは、ニーナに任せて出てきた」
返す言葉もない。
奇跡的に上手く行ったものの、彼女から譲り受けた毒瓶を用いた【愛奴】戦などは、正しく紙一重の戦いだった。
「そして、まあ、予想は概ね的中だ。骨折、打撲は複数箇所。手のひらには重度の熱傷。擦過傷は数え切れず、内臓が無事だったのは奇跡みたいなものだね」
エイヴァは手元のカルテに目を落としながら、淡々と呟く。こうして聞いてみれば、なるほど、確かに無茶という言葉がよく似合う。
「……優秀なお医者様が来てくれて、助かったぜ」
僕はゆっくりと体を起こす。恐らく、服の下の見えない部分にも包帯が巻かれているのだろう。あちこちが突っ張るようにして引き攣り、同時にひどく痛んだ。
辺りを見回せば、病室の中はひどく殺風景だった。どうやら、個室のようではあったが、調度品らしい調度品は無く、最低限のものだけが並ぶ、簡素な部屋。
そこにあることを期待した人影が無かったことに、少しだけ落胆しながら、僕は次の質問をすることにした。
「……僕は、どのくらい眠っていたんだ?」
「おおよそ、一週間というところか。明日、陸の月が終わる。とはいえ、意識が戻らない可能性すらあった訳だから、それでも僥倖と言えるだろう」
「そうか……リトラたちはどうなったんだ?」
口にしながら、何と白々しい質問だろうと、自らの内側から、自嘲の声が聞こえるようだった。
そして、それはエイヴァにも伝わっていたようだ。彼女は口元を歪めながら、緩く首を振る。
「死亡が確認されたよ。勿論、【愛奴】もね。彼らのものと思われる遺体の一部が、あの地下墓地で見つかった」
もっとも、これについては君の方が詳しいだろうがね、と言い添えて。
そうか、と僕は素っ気なく返事をした。
実感がなかったが、これで終わったのだ。もう、リトラに狙われる恐怖に怯えることも、誰かに守ってもらい、逃げながら暮らす必要もない。
ふと、窓際に目をやれば、擦り切れたローテーブルの上に、くすんだロザリオが置かれているのが見えた。
あの時、どうして蘇生術式は失敗したのだろうか?
あれは繊細な術だ。リトラは、自らを動く死体としていた。その状況が何か、悪く作用したのか。
或いは、強制契約で無数の魂を従わせていたのがいけなかったのか。
それとも――最初から、術は未完成だったのか。
この結末が見えていたからこそ、親父は命を賭してでも、これをリトラに渡さないようにしたのかもしれない。どれだけ身を窶しても、彼の行く先には、先細りの破滅しか無かったのだから。
「まあ、整理する時間は必要だろうがね。君には、もっと考えることがあるんじゃないか?」
エイヴァは点滴を取り替えながら、そう口にする。もっと考えること。それが何なのかは、聞くまでもなくわかった。
それでも、僕は彼女の言葉を待つことにした。誰かに背を押されなければ、今の僕に、最初の一歩を踏み出す力は残っていなかったから。
「……君、これからどうするんだい?」
どうする、とは。
なんて、そんな陳腐な問いかけはする必要すらなかった。一言一句違わず文字通り、僕の『これから』を憂いているのだろう。
もう、リトラの追跡はない。
恐らく、万能屋ギルドへの手配も解かれていることだろう。依頼人が死に、金が払われないと分かれば、仕事を受ける奴はいない。
何をしてもいいのだ。それこそ、この一ヶ月は僕にとって、辛く苦しくもあったが、得るものも多かった。
さらに見識を広げるために、呪われた街々を旅して回ってもいいかも知れない。
スペクター家の復興に尽力するのもやりがいがある。あるいは、家に縛られず、フリーの死霊術師として活動するという道もあるだろう。
選択肢は、いくらでもある。それこそ、選ぶも選ばないも、僕の自由だ。
しかし。
「なあ、エイヴァ。その前にもう一つだけ、聞いてもいいか?」
さらに問を重ねる。もしかすると、道はずっと前から決まっていたのかもしれない。
エイヴァは何も言わなかった。それを肯定と捉えて、僕は続ける。
「あいつは、いったいどうなって――」
それを、最後まで口にする前に――。
「おーい、見舞いに来てやったわよ! あんた、いつまで寝てるつもり!?」
――勢いよく、扉が蹴破られる。
どんなに長い苦境でさえも、そこを凌ぎ切ってしまえば、後には嘘のような静寂だけが残る。
そうして、迎えた朝日が痛みを忘れさせ、僕たちはまた、明日を生きていくことになるのだ。
望むと、望まざると、命ある限り、僕たちはそのサイクルから逃れることはできない。
――それは、沈まない夕日に照らされていても、例外ではない。
「今回は、随分と無茶をしたものだね、少年」
【夕暮れの街】の西日に照らされつつ、ベッドに横たわる僕を見下ろしながら、白衣の女性――エイヴァは、どこか呆れたように呟いた。
「……エイヴァ? 僕は、一体……?」
気だるさが残る体。あの時地下墓地で意識を失ってから、ここに至るまでの記憶がない。
空を見る限り、ここは【夕暮れの街】で間違いないのだろう。しかし、一体、どうやってここまで――?
「助けてくれたのは、結界術師のお嬢さんだよ」エイヴァは、肩を竦めつつ。
「あの子は、君と別れた後に衛兵を呼びに行っていたようだ。そうして、要救助者として助けられた君たちは、ここに運び込まれた」
結界術師――マキナか。確かに、彼女とは三時間後に再び落ち合う約束をしていた。それまでに僕が死んでいる公算も高いと思っていたが、まさか、ここで効いてくるとは。
「……でも、あんたが来てくれてるとは思わなかったよ。【病の街】はもう大丈夫なのか?」
「いいや、まだバタバタしてるよ。とはいえ、君からの要請を受けた時に、嫌な予感がしたものでね。後のことは、ニーナに任せて出てきた」
返す言葉もない。
奇跡的に上手く行ったものの、彼女から譲り受けた毒瓶を用いた【愛奴】戦などは、正しく紙一重の戦いだった。
「そして、まあ、予想は概ね的中だ。骨折、打撲は複数箇所。手のひらには重度の熱傷。擦過傷は数え切れず、内臓が無事だったのは奇跡みたいなものだね」
エイヴァは手元のカルテに目を落としながら、淡々と呟く。こうして聞いてみれば、なるほど、確かに無茶という言葉がよく似合う。
「……優秀なお医者様が来てくれて、助かったぜ」
僕はゆっくりと体を起こす。恐らく、服の下の見えない部分にも包帯が巻かれているのだろう。あちこちが突っ張るようにして引き攣り、同時にひどく痛んだ。
辺りを見回せば、病室の中はひどく殺風景だった。どうやら、個室のようではあったが、調度品らしい調度品は無く、最低限のものだけが並ぶ、簡素な部屋。
そこにあることを期待した人影が無かったことに、少しだけ落胆しながら、僕は次の質問をすることにした。
「……僕は、どのくらい眠っていたんだ?」
「おおよそ、一週間というところか。明日、陸の月が終わる。とはいえ、意識が戻らない可能性すらあった訳だから、それでも僥倖と言えるだろう」
「そうか……リトラたちはどうなったんだ?」
口にしながら、何と白々しい質問だろうと、自らの内側から、自嘲の声が聞こえるようだった。
そして、それはエイヴァにも伝わっていたようだ。彼女は口元を歪めながら、緩く首を振る。
「死亡が確認されたよ。勿論、【愛奴】もね。彼らのものと思われる遺体の一部が、あの地下墓地で見つかった」
もっとも、これについては君の方が詳しいだろうがね、と言い添えて。
そうか、と僕は素っ気なく返事をした。
実感がなかったが、これで終わったのだ。もう、リトラに狙われる恐怖に怯えることも、誰かに守ってもらい、逃げながら暮らす必要もない。
ふと、窓際に目をやれば、擦り切れたローテーブルの上に、くすんだロザリオが置かれているのが見えた。
あの時、どうして蘇生術式は失敗したのだろうか?
あれは繊細な術だ。リトラは、自らを動く死体としていた。その状況が何か、悪く作用したのか。
或いは、強制契約で無数の魂を従わせていたのがいけなかったのか。
それとも――最初から、術は未完成だったのか。
この結末が見えていたからこそ、親父は命を賭してでも、これをリトラに渡さないようにしたのかもしれない。どれだけ身を窶しても、彼の行く先には、先細りの破滅しか無かったのだから。
「まあ、整理する時間は必要だろうがね。君には、もっと考えることがあるんじゃないか?」
エイヴァは点滴を取り替えながら、そう口にする。もっと考えること。それが何なのかは、聞くまでもなくわかった。
それでも、僕は彼女の言葉を待つことにした。誰かに背を押されなければ、今の僕に、最初の一歩を踏み出す力は残っていなかったから。
「……君、これからどうするんだい?」
どうする、とは。
なんて、そんな陳腐な問いかけはする必要すらなかった。一言一句違わず文字通り、僕の『これから』を憂いているのだろう。
もう、リトラの追跡はない。
恐らく、万能屋ギルドへの手配も解かれていることだろう。依頼人が死に、金が払われないと分かれば、仕事を受ける奴はいない。
何をしてもいいのだ。それこそ、この一ヶ月は僕にとって、辛く苦しくもあったが、得るものも多かった。
さらに見識を広げるために、呪われた街々を旅して回ってもいいかも知れない。
スペクター家の復興に尽力するのもやりがいがある。あるいは、家に縛られず、フリーの死霊術師として活動するという道もあるだろう。
選択肢は、いくらでもある。それこそ、選ぶも選ばないも、僕の自由だ。
しかし。
「なあ、エイヴァ。その前にもう一つだけ、聞いてもいいか?」
さらに問を重ねる。もしかすると、道はずっと前から決まっていたのかもしれない。
エイヴァは何も言わなかった。それを肯定と捉えて、僕は続ける。
「あいつは、いったいどうなって――」
それを、最後まで口にする前に――。
「おーい、見舞いに来てやったわよ! あんた、いつまで寝てるつもり!?」
――勢いよく、扉が蹴破られる。
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