赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

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終章『赤き翼』編

第三十五話「万能少女と死霊術師」-4

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 困惑する僕に、リタは繕うような早口で続けた。

「ほ、ほら。あんたももう知ってるでしょ? 私は二代目の【赤翼】。どれだけ頑張ってみても、先代のようには上手くいかないこともあるのよ」

 世界最強の万能屋。
 確かに、その看板にしては、彼女が苦戦しているところを見る機会は多かったように思える。それに、どこか抜けたところがあることも、否定はできないだろう。


「だから、あんたに私の補助をお願いしたいのよ。ほら、死霊術って、何かと便利じゃない?」

「そんな、都合のいいもんじゃないかもしれないぜ。それに――」

「自分は出来損ないだ、なんてもう、言わせないわよ。死霊術はもう使えるようになったみたいだし、そもそもあんた、【愛奴】やリトラに勝ってるんだから、今さら枯れたフリなんてできないと思うわよ」


 ぐうの音も出なかった。
 いつまでも逃げてはいられない。弱者の側に立って斜に構えるのは、もう、終わりだ。僕は僕の持っている力で、世界と向き合っていかなければならない。

 そう考えれば――なるほど、万能屋になるというのは、決して悪い選択肢ではないように思えた。リタの仕事ぶりも見ていたし、やりがいのある仕事であることは理解している。

 しかし――それでも、懸念は消えない。

 死霊術が使えるようになったことを加味したとしても、単純に、僕の能力が足りないのだ。

 戦いや簡単な調査ならともかく、リタのように『あらゆるものの代替』にはなれそうにない。

 ならば、軽々に引き受けるべきではないのではなかろうか?

「……すまん、リタ。僕は――」

 滲み出した弱音が、そんな返事を口走らせようとした――。

 ――その瞬間、病室の扉の辺りに、何かが見えた。

 それは、並んだ眼球。思わずゾッとしそうになるが、よく見てみれば、複数人が部屋の中を覗き込んでいるようだ。

 その気配たちに心当たりがあった僕は、懐から霊符を取り出した。

「……ウィル・オ・ウィスプ!」

 投げた霊符は、軌道上で青い火の玉に変わり、扉の隙間に直撃した。同時に、部屋の外からどよめきが聞こえる。


「……なに、あれ?」リタが呆れ混じりに息を吐く。

「さあな。でもまあ、怪我人をのんびり寝かしといては、くれないみたいだ」


 それを合図にしたように、扉の向こうから次々と、人影が雪崩込んでくる。

 先頭は、隆々とした筋骨の大男。その体のあちこちには痛々しく包帯が巻かれているものの、豪快な笑顔には曇りがない。

 それに続くのは、長身の女傑に、無表情な結界術師。どれも皆、見た顔だ。

「ラティーン……それに、マキナとオレリア。あんたたち、何してるのよ」

 リタの言葉に、彼らはバツが悪そうに笑った。どうやら、出歯亀の言い訳をしない程度の潔さは弁えているようだ。


「いやあ、なんつーか、ほら。俺らはジェイの見舞いに来ただけなんだけどよ」

「そうです。私たちは純粋に、ジェイ様が心配だっただけ」


 口々に弁解するラティーンとマキナ。目配せも完璧だったが、震える声ばかりは隠せていない。

「そうしたら、ほら。さっき、白衣の女――エイヴァだっけ? が、病室から出てきてさ。言うんだ、『面白いものが見られるぞ』って」

 次に口を開いたオレリアの言葉を聞き、リタのこめかみに青筋が浮くのが見えた。

 僕の第六感が、危険を報せる。ああ、この噴火予報の感覚は久し振りだ。でも、こうなればもう、毛布を被ることすら間に合わない。

「あ、の、女ぁーーーっ! 余計なこと言うんじゃないわよ! 次に会ったら、消し炭にしてやるーーーっ!」

 予想通り、激昂したリタは翼を生やし、病室を飛び出していこうとした。それを必死の形相で、ラティーンとマキナが押し留める。

 とはいえ、僕もリタと同意見だ。エイヴァ・カロライナ恐るべし。

 病室には、騒がしさが満ちていく。羽を散らしながら暴れるリタを眺めていれば、こっそりと、オレリアが近付いてきた。


「ジェイ、あんた、さっきの話はどうするの?」

「さっきの話、って……」

「リタの助手。二代目とはいえ【赤翼】の助手なんて、名誉なことだよ?」

「……名誉か。それはそうなんだろうけど、僕には荷が勝ちすぎてる。務まらないよ」

「そうかな?」彼女は、何もかも見透かしたように。
「むしろ、あんたにしか務まらないと思うけど。現に、リタが助手に誘ったの、あんたが初めてだし」


 そんなのは、気まぐれではなかろうか。

 そうでなければ、気の迷いだ。リタとは共に修羅場を切り抜けた仲――と言えば聞こえはいいが、付き合いはこのひと月しかない。

 そう、考えていたのだが――。

「……あたしは、そうは思わないね」

 オレリアは、僕から目を逸らさなかった。ここまで来ても、意気地のない僕を責めるでもなく、許すでもなく、ただニュートラルのまま、言葉を続ける。


「あんたは【赤翼】じゃない、リタ・ランプシェードと向き合い続けた。それは今まで、誰にも出来なかったことなんだ」

「買い被りすぎだ、そんなの、当たり前のことで――」

「その当たり前が、あの子には無かったんだよ」


 思わず、ハッとする。
 視線を横合いに向ける。ラティーンたちと取っ組み合いをしているリタは、年相応に幼い――そして、実際にそうなのだろう――少女に見える。

 【燃える街】で拾われ。
 【赤翼】の名を背負い。
 ここまで、たった一人で戦い続けてきた。

 そんな彼女が、僕を選んだということは、それは。


「……それに、ちょっとした打算もある」

「打算……?」

「ああ、あんたは、『天使』を制御してみせたって話じゃないか。あんたがいれば、いつか、あの子は内なる炎を克服できるかもしれない」


 僕は、自分の手のひらに目を落とした。
 爛れた痕。エイヴァの治療術式によってある程度は癒えているものの、まだ微かに、ケロイドの色が残っている。

 制御、なんて大層なことができたわけではない。
 ただ縋り付いて、しがみついて、みっともなく踏ん張っただけの話だ。

 だけど、それが彼女を救えたというのなら。
 それで、これからの彼女を救えるというのなら。

「――なあ、リタ!」

 僅かに声を張る。狭い病室は、僕の陰気な声でもよく通った。

 赤い少女が、ゆっくりと僕の方を向く。恐らくは、苛立ちによって三角にした目元と、その奥に覗く、紅玉のような瞳。

 それが真っ直ぐに、僕を見据える。

 問いかけるでもなく、訴えるでもなく、憤るわけでもなく。彼女は僕の言葉を待っている。

 先程の問いの答えを、待っている。

 ならば、僕は言わなければなるまい。自分の手で、道を選ばなければなるまい。

 ――目の前に真っ直ぐと伸びる、この道を。

「……さっきの話、受けることにするぜ。よろしくな、リタ」

 口にする。同時に彼女が、顔を紅潮させながら背ける。

 囃し立てるように指笛を吹いたのはラティーンだ。マキナとオレリアも、拍手で僕たちの門出を、祝福してくれていた。

 そんな、どこか下世話な友人たちに愛想笑いを返しつつ。


「――ええ、よろしく。足を引っ張ったら消し炭にするわよ、死霊術師」

「――おう、臨むところだ、万能屋」


 代わりのない物なんてない。この世は代替品と上位互換に溢れてる。

 だからこそ、人々は彼女の名を呼ぶ。稀代の万能屋を、最強の赤き翼を。

 ――万能少女と、死霊術師。僕らはこうして、同じ道を歩くことになった。

 その先に待つものが何なのか、何と立ち会うことになるのか、そして、どこに辿り着くのかは、この時点では何もわからない。

 けれど――少なくとも、この関係はかけがえのない、代替不能なものなのだと、沈みかけの夕日が、そう言っている気がしていた。


 
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