8 / 31
第二章 初めての贈り物は甘くて危険な賭けでした
4
しおりを挟む
琥珀色の光が室内を照らし出す。ベルベットのカーテンに、革張りのソファー。木製のカウンターには、真鍮の秤が置かれ、その奥のガラス棚の中には、ネックレスや冠などの宝飾品が飾られていた。
その煌びやかな店内を眺めたシルヴィオは、「……ほう」とつぶやくと、ソファーへと腰掛けた。
「公爵様より、英雄たる若旦那様に相応しい品を用意せよと仰せつかり、ご用意したものがこちらでございます」
カウンターの奥から姿を現したバルタザールの手には、真紅の布に覆われた盆があった。彼は仰々しく布をめくり、シルヴィオの前へと差し出す。
中央の台座に鎮座するのは、大きな宝石を支える銀の指輪だった。
中央にはめ込まれた黒い石は、周囲の光を吸い尽くしたかのように黒々と輝いている。その、否応なしに目を引きつける強烈な強さに、リーゼは警戒心を強めた。
「これは?」
「王都でも入手困難と言われております、大変珍しいブラックダイヤモンドでございます」
「これを、ヴァルディエ公爵が俺に?」
信じられない……と首を振ったシルヴィオは、指輪を手に取ると、灯りにかざすようにして眺めた。
その様子を、バルタザールはにこやかに見つめている。まったく隙のない笑顔がやけに不気味に見える。
(何を企んでいるのかしら……)
リーゼは用心深く周囲を見回す。
カウンターの奥には、雑然と積まれた紙の束。使われていないランプにはほこりがうっすらと積もり、昨日今日、急いで作らせた宝石店のようには見えない。
しかし、半年あれば……。
レナート失脚のために、用意周到な準備をする十分な時間はあったとも言える。
「……素敵だわ、シルヴィオ様。私にも見せてくださいますか?」
「あ、ああ。……驚いたよ。これほど見事な宝石は見たことがない」
リーゼはシルヴィオから指輪を受け取ると、じっと光る石を眺めた。
「本当に素敵」
闇のように深くて暗い石だが、何か仕掛けられているようでもない。
(……考えすぎだったかしら)
父はただ単に、シルヴィオに指輪を送りたかっただけだろうか。
しかし、すぐにその考えを否定する。
あの冷酷無比なアルブレヒトが、意味もなくこのような施しをするはずがない。
指輪を台座に戻そうとしたリーゼは、わずかに息をのんだ。
銀の輪の内側には、見覚えのある模様が刻印されていた。
それは、暁の紋章に違いなかった。
アルブレヒトはこれをシルヴィオに持たせ、国王に叛意がある者として糾弾するつもりなのか。それはのちに、シルヴィオを重用するレナートの罪になると考えて。
リーゼの胸に迷いが生まれた。
知らぬふりをして、シルヴィオにこの指輪を勧めればいい。そうすれば、弟のリヒトは助かる。もうアルブレヒトの言いなりになる必要もない。
「では、これをもらおう」
シルヴィオがブラックダイヤモンドを指差した。
黙っていればいい。勧めたわけじゃない。シルヴィオが勝手に買うと決めたのだ。
罪の意識などいらない。
でも──
「では、お包みいたしますので少々……」
バルタザールが腰を浮かすと同時に、リーゼは冷や汗が背中に流れるのを感じながら、シルヴィオを見上げた。
何も知らない彼は、罪のない笑みを見せている。リーゼの心臓は張り裂けそうに拍動した。
──氷の騎士と呼ばれる、戦場では冷徹に戦う彼との結婚が決まったときは、公爵家での生活と変わらない冷たい毎日が待っていると思っていた。
けれど、そうじゃなかった。エルナもシモンも……使用人たちは皆、留守にするシルヴィオの代わりに、リーゼを大切に扱った。
それもこれも、シルヴィオがそうするように命じたからだ。
シルヴィオは結婚したその日から、リーゼを妻として慈しんでくれていたのではないか。
そんな彼を、本当に……、本当に、裏切ってもいいの?──
「待ってくださいっ! ほ、ほかの宝石も見せてくださるかしら?」
リーゼはバルタザールを引き止めた。彼は一瞬、眉をひそめたが、すぐに笑みを取り繕った。
(ああ……、どうしよう。お父さまの計画を潰してしまったわ。報いは何かしら……。リヒト……、あなただけは無事で──)
祈るように両手の指を絡ませると、バルタザールはいくつもの宝飾品を運んできた。
「これらはすべて一級品でございます。当店には、これ以上のものはございません。どうぞ、心ゆくまでご覧ください」
「あ、ありがとう。シルヴィオ様には、もう少し明るいお色がお似合いになると思いまして」
早口で取り繕ったリーゼは、それらの中から、銀の鎖に青い宝石がきらめく首飾りを選び取った。
「シルヴィオ様の瞳のように力強くて美しい宝石ですね」
「ブルーサファイアでございます。よくお似合いになると思いますよ」
「ええ、そうね。……私、こちらがいいわ」
宝石に触れる指先がわずかに震えていた。それでも、不思議と後悔はなかった。
その煌びやかな店内を眺めたシルヴィオは、「……ほう」とつぶやくと、ソファーへと腰掛けた。
「公爵様より、英雄たる若旦那様に相応しい品を用意せよと仰せつかり、ご用意したものがこちらでございます」
カウンターの奥から姿を現したバルタザールの手には、真紅の布に覆われた盆があった。彼は仰々しく布をめくり、シルヴィオの前へと差し出す。
中央の台座に鎮座するのは、大きな宝石を支える銀の指輪だった。
中央にはめ込まれた黒い石は、周囲の光を吸い尽くしたかのように黒々と輝いている。その、否応なしに目を引きつける強烈な強さに、リーゼは警戒心を強めた。
「これは?」
「王都でも入手困難と言われております、大変珍しいブラックダイヤモンドでございます」
「これを、ヴァルディエ公爵が俺に?」
信じられない……と首を振ったシルヴィオは、指輪を手に取ると、灯りにかざすようにして眺めた。
その様子を、バルタザールはにこやかに見つめている。まったく隙のない笑顔がやけに不気味に見える。
(何を企んでいるのかしら……)
リーゼは用心深く周囲を見回す。
カウンターの奥には、雑然と積まれた紙の束。使われていないランプにはほこりがうっすらと積もり、昨日今日、急いで作らせた宝石店のようには見えない。
しかし、半年あれば……。
レナート失脚のために、用意周到な準備をする十分な時間はあったとも言える。
「……素敵だわ、シルヴィオ様。私にも見せてくださいますか?」
「あ、ああ。……驚いたよ。これほど見事な宝石は見たことがない」
リーゼはシルヴィオから指輪を受け取ると、じっと光る石を眺めた。
「本当に素敵」
闇のように深くて暗い石だが、何か仕掛けられているようでもない。
(……考えすぎだったかしら)
父はただ単に、シルヴィオに指輪を送りたかっただけだろうか。
しかし、すぐにその考えを否定する。
あの冷酷無比なアルブレヒトが、意味もなくこのような施しをするはずがない。
指輪を台座に戻そうとしたリーゼは、わずかに息をのんだ。
銀の輪の内側には、見覚えのある模様が刻印されていた。
それは、暁の紋章に違いなかった。
アルブレヒトはこれをシルヴィオに持たせ、国王に叛意がある者として糾弾するつもりなのか。それはのちに、シルヴィオを重用するレナートの罪になると考えて。
リーゼの胸に迷いが生まれた。
知らぬふりをして、シルヴィオにこの指輪を勧めればいい。そうすれば、弟のリヒトは助かる。もうアルブレヒトの言いなりになる必要もない。
「では、これをもらおう」
シルヴィオがブラックダイヤモンドを指差した。
黙っていればいい。勧めたわけじゃない。シルヴィオが勝手に買うと決めたのだ。
罪の意識などいらない。
でも──
「では、お包みいたしますので少々……」
バルタザールが腰を浮かすと同時に、リーゼは冷や汗が背中に流れるのを感じながら、シルヴィオを見上げた。
何も知らない彼は、罪のない笑みを見せている。リーゼの心臓は張り裂けそうに拍動した。
──氷の騎士と呼ばれる、戦場では冷徹に戦う彼との結婚が決まったときは、公爵家での生活と変わらない冷たい毎日が待っていると思っていた。
けれど、そうじゃなかった。エルナもシモンも……使用人たちは皆、留守にするシルヴィオの代わりに、リーゼを大切に扱った。
それもこれも、シルヴィオがそうするように命じたからだ。
シルヴィオは結婚したその日から、リーゼを妻として慈しんでくれていたのではないか。
そんな彼を、本当に……、本当に、裏切ってもいいの?──
「待ってくださいっ! ほ、ほかの宝石も見せてくださるかしら?」
リーゼはバルタザールを引き止めた。彼は一瞬、眉をひそめたが、すぐに笑みを取り繕った。
(ああ……、どうしよう。お父さまの計画を潰してしまったわ。報いは何かしら……。リヒト……、あなただけは無事で──)
祈るように両手の指を絡ませると、バルタザールはいくつもの宝飾品を運んできた。
「これらはすべて一級品でございます。当店には、これ以上のものはございません。どうぞ、心ゆくまでご覧ください」
「あ、ありがとう。シルヴィオ様には、もう少し明るいお色がお似合いになると思いまして」
早口で取り繕ったリーゼは、それらの中から、銀の鎖に青い宝石がきらめく首飾りを選び取った。
「シルヴィオ様の瞳のように力強くて美しい宝石ですね」
「ブルーサファイアでございます。よくお似合いになると思いますよ」
「ええ、そうね。……私、こちらがいいわ」
宝石に触れる指先がわずかに震えていた。それでも、不思議と後悔はなかった。
3
あなたにおすすめの小説
村娘あがりの娼婦ですが、身請けされて幸せです
春月もも
恋愛
村を飛び出して王都に来たリリアは、いまは高級娼婦として生きている。
ここは通過点のはずだった。
誰かに選ばれて終わる物語なんて、わたしには関係ないと思っていたのに。
触れない客。
身体ではなく、わたしの話を聞きに来るだけの商人。
「君と話す時間を、金で買うのが嫌になった」
突然の身請け話。
値札のついた自分と向き合う三日間。
選ばれるのではなく選ぶと決めたとき、
通過点は終わりになる。
これは救いではなく対等な恋の話。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。
和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……?
しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし!
危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。
彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。
頼む騎士様、どうか私を保護してください!
あれ、でもこの人なんか怖くない?
心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……?
どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ!
人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける!
……うん、詰んだ。
★「小説家になろう」先行投稿中です★
不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。
猫宮乾
恋愛
再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。
地味令嬢の私が婚約破棄された結果、なぜか最強王子に溺愛されてます
白米
恋愛
侯爵家の三女・ミレイアは、控えめで目立たない“地味令嬢”。
特に取り柄もなく、華やかな社交界ではいつも壁の花。だが幼いころに交わされた約束で、彼女は王弟・レオンハルト殿下との婚約者となっていた。
だがある日、突然の婚約破棄通告――。
「やはり君とは釣り合わない」
そう言い放ったのは、表向きには完璧な王弟殿下。そしてその横には、社交界の華と呼ばれる公爵令嬢の姿が。
悲しみも怒りも感じる間もなく、あっさりと手放されたミレイア。
しかしその瞬間を見ていたのが、王家随一の武闘派にして“最強”と噂される第一王子・ユリウスだった。
「……くだらん。お前を手放すなんて、あいつは見る目がないな」
「よければ、俺が貰ってやろうか?」
冗談かと思いきや、なぜか本気のご様子!?
次の日には「俺の婚約者として紹介する」と言われ、さらには
「笑った顔が見たい」「他の男の前で泣くな」
――溺愛モードが止まらない!
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる