最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない

花瀬ゆらぎ

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第五章 怒れる騎士団長は妻の願いを叶えたい

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***


 王都を出発して二日目、空が白み始めた頃、シルヴィオは街道沿いの宿場町にたどり着いていた。

 雪は止んでいたが、吐く息は白く、身体は冷え切っていた。

 愛馬を宿の厩舎に預けると、温かい飲み物を求めて、通りに面した酒場へと足を向けた。

 ギィ、と重い扉を開けると、旅人の姿がちらほらと見える。彼らは一様に、薄い酒や焼きたてのパンにありついていた。

 シルヴィオはフードを目深にかぶり直し、カウンターの隅に腰を下ろす。店主が無言で出したぬるいスープを口に運びながら、店内の会話に耳を澄ませる。

「……聞いたか? エルラント解放軍の話」
「ああ。あのガキのことだろ? なんでも、公爵様の私兵に見つかって、こっぴどくやられたんだってな」

 背後のテーブル席から聞こえてきた揶揄やゆする声に、シルヴィオは手を止めた。

「いい気味だよなぁ! 正義の味方気取りで公爵様に盾突きやがって。15のガキに何ができるってんだ」
「公爵様の機嫌も相当悪いって話だからな。俺たちの村まで被害が出なきゃいいんだが」
「それだがよ、手下をかばって深手を負ったって話だ。今ごろ、野垂れ死にしてるんじゃねえか?」
「そりゃあ、安心だ。公爵様も溜飲を下げるってもんだ」
「ああ、ガキのお遊びもここまでってところだ。リヒト希望だなんて大層な名前のくせに、大したことないガキだぜ」

 ガチャンッとシルヴィオはスープの碗を置く。その音に驚いて、一瞬、口をつぐんだ男たちの方を振り向く。

「……おい、おまえたち」
「あぁ? なんだ兄ちゃん。俺たちに酒でも奢ってくれ……」

 男の一人がニヤニヤしながら、フードの中をのぞき込んだ途端、言葉を詰まらせた。鋭い青の瞳が、ただならない気迫に満ちていたからだろう。

「その、リヒトという少年、どこへ行った?」

 シルヴィオがテーブルに腕を乗せて前のめりになると、男は「ヒッ……!」と巨躯を震わせて、窓の方を指差した。

「あ、あっちの……、北の岩山だ。私兵たちが追っていくのを見たんだ」
「そうか。感謝する」

 シルヴィオは銀貨を一枚、指で弾いて男のテーブルに飛ばすと席を立つ。
 銀貨に飛びつく男たちを尻目に、シルヴィオは再び極寒の外へと飛び出した。

(……リヒト、生きていてくれよ)

 シルヴィオは厩舎まで戻ると、愛馬に飛び乗り、すぐさま北の山へと向かった。

 白煙を巻き上げながら駆けていく。降り積もった雪が次第に深くなり、愛馬が前足をあげ、躊躇する。

「これ以上は無理か……」

 シルヴィオは愛馬を降りて進んだ。足元は最悪だったが、好都合なことが一つだけあった。

 複数の足跡が、新雪を蹴散らし、岩山へ向かって続いていたのだ。

(十人……といったところか)

 大きさの違う足跡がいくつか見える。しかし、どれも大人のものとは違う。

 これが、リヒトたちの足跡だとすれば、エルラント解放軍というのは、比較的若い少年たちの集まりかもしれない。

 シルヴィオは険しい岩場を駆け上がった。肺が凍りつくような寒さも、死地に比べれば、大したことはなかった。

「足跡が、消えたか……」

 雪が不自然に取り払われた岩肌の先に、足跡は見当たらない。用心深く神経を張り詰めたとき、頭上に気配を感じた。

 シルヴィオはすぐさま身を低めて転がった。木製の矢が地面に突き刺さる。

「へぇ、やるじゃん」

 頭上を見上げると、大木にまたがった少年が、栗色の髪を逆立てるように跳ね上げながら飛び降りてきた。その手には剣が握られている。

 シルヴィオはすかさず腰の剣を抜き、振り上げた。その素早さに目を見開いた少年は、かろうじて剣を受け止めたが、衝撃に負けて真横に吹き飛んだ。

「無駄だ。その程度では、俺に傷一つつけられん」

 シルヴィオは剣を鞘におさめると、雪のついたマントを軽く払った。

 雪まみれになり、悔しそうに唇を噛む少年から、闘志は消えていなかった。しかし、シルヴィオはこれ以上争う気はなかった。

「おまえがリヒトか?」

 意志の強そうな眉と、どこかかげりのある繊細な面立ちは、リーゼによく似ていた。

「あんたが先に名乗れっ!」

 負けん気の強い犬のように吠える少年──リヒトに、シルヴィオは若いころの自身を重ね見るような気分になりながら答えた。

「シルヴィオ・ヴァイス。おまえの姉に頼まれて助けに来た」
「姉さん……だって?」
「リーゼは無事だ。安心しろ。しかし……、聞いていた話と違うな」

 シルヴィオはゆっくりと辺りを見回す。
 岩陰から、複数の目がこちらを見ている。どれもまだ幼く、あどけなさと怒り、恐怖の混じる目だ。

「おまえが大けがを負ったと町で聞いた。見たところ、元気そうだな」
「けがをしたのは俺じゃねぇ」

 リヒトは警戒心をむき出しにしつつも、シルヴィオに興味を持ったように闘志を鎮めた。

「仲間か?」
「そうだ。公爵の私兵にやられたんだ」

 リヒトは首筋をぬぐった。
 細い傷が真横に伸びている。ペンダントを引きちぎられたときについたものだろうか。

「ヴァルディエ公爵か」
「俺のこと知ってるなら、エルラントで何があったかも知ってるだろ?」
「……そうだな。アジトは近くか? その、怪我をした仲間とやらを見せてくれ」
「見てどうするんだっ」
「怪我次第では町へ運ぶ」
「それはできねぇ! そんなことしたら、町のやつらが公爵に知らせて俺たちは捕まっちまう」
「だからって、仲間を見殺しにはできんだろう。とにかく、案内しろ。多少の傷薬は持っている」

 腰につけた袋を見せると、リヒトは渋々立ち上がった。

「みんなっ、出てこい! この人は敵じゃないっ」

 リヒトが声を上げると、岩陰からゾロゾロと少年たちが姿を見せる。やはり、誰もが、リヒトと同じくらいの年頃の少年だった。

「彼らは?」
「……俺と一緒に捕まってたエルラントの人間だよ」
「全員エルラントから逃げてきたのか?」

 尋ねると、プライドをひどく傷つけられたような表情で、リヒトは叫んだ。

「逃げたんじゃねぇ! 俺たちはみんな、両親を殺されたっ! 俺を育ててくれたじいちゃんが、姉さんを頼ってエルラントを救えって、俺たちに武器をくれたんだ」
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