最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない

花瀬ゆらぎ

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第五章 怒れる騎士団長は妻の願いを叶えたい

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「武器はすべて取り上げられているはずだが?」
「嘘じゃねぇ。じいちゃんは町長だったんだ。町のみんなで協力して、私兵たちから奪って集めたんだ。じいちゃんたちはまだ、公爵の手下と戦ってる! 早く姉さんを見つけて戻らないと、じいちゃんたちまで殺されるっ」
「リーゼをエルラントへ連れていってどうするつもりだ? どのみち、公爵に捕まるだろう」

 リーゼがヴァルディエ公爵の娘として生かされていることを知らないのだろうか。

 シルヴィオが考え込むと、リヒトは馬鹿にされたと思ったのか、グッとこぶしを握りしめた。

「じいちゃんは最後の希望だって言ってた」
「希望? なんだそれは」
「じいちゃんが聞いたんだ。リーゼ姉さんが、第一王国騎士団の団長と結婚したって。……公爵の私兵たちがそう話してたって」
「それが希望か?」
「そうだよっ。第一王国騎士団の団長って言ったら、このラグローリアで一番の剣士だっ! ヴァルディエ公爵の私兵になんか負けねぇ。エルラントで待つじいちゃんたちを絶対助けてくれるって!」
「……なるほど」

 シルヴィオはうっすらと口もとに笑みを浮かべた。

「何がおかしいっ」
「その騎士団長とやらの名前も知らないのかと思ってな」
「ああ、知らねぇ。でもこれだけは知ってんだ。珍しい銀色の髪の男だって! 王都に行けば、必ず会えるって、じいちゃんがっ。だから、俺たちはこのまま王都に向かうしかねぇんだ」
「その必要はない」
「……どういう意味だよ。まさか、あんた、ヴァルディエ公爵の手下……」

 シルヴィオはフードを外して、頭を振った。銀色の髪が、陽を受ける雪に負けないほどに輝く。

 その様子を、リヒトはぽかんと口を開けて見つめていた。

「俺が、リーゼの夫だ。第一王国騎士団団長、シルヴィオ・ヴァイスの名前ぐらい、覚えておけ」
「……あ、あんたが、姉さんの? 騎士団長だって?」

 リヒトは信じられないものを見る目で、まばたきを繰り返した。

「改めて言う。リーゼに頼まれて、リヒト・ノイエルを助けに来た。……だが、積もる話は後だ」

 シルヴィオは素早くフードをかぶり直すと、視線を後方へ向けた。

「招かれざる客がやってきたようだ」

 雪を蹴散らす足音に、深緑のマントを羽織った男たちが姿を現す。その数、およそ二十人──。

「いたぞ! 反乱分子のガキどもだ!」
「ん? なんだあの男は」
「構わん、まとめて殺せ!」

 殺気立った男たちが口々に叫び、一斉に剣を抜く。

「増えてやがる……」

 リヒトは絶望するようにつぶやいたが、すぐさま剣を構えて叫んだ。

「みんなっ、ここは俺に任せて逃げろっ!」
「馬鹿を言うな。おまえには無理だ」

 前へ出ようとするリヒトの襟首をつかんだシルヴィオは、彼を後ろへ放り投げる。

「下がっていろ。……俺は、希望なんだろ?」
「えっ……」

 シルヴィオは楽しげに口角を上げると、剣を引き抜いた。

「かかってこい」

 シルヴィオが剣をかまえた瞬間、風が凪いだ。まるで、自然さえも息をひそめたかのように。

「お、怖気付おじけづくなっ!」

 男が叫ぶと、次々に兵士たちがシルヴィオに襲いかかる。

 身をかわし、剣を振り下ろす。そのたった一撃で、数人が吹き飛ぶ。

 またたく間に私兵団は一人残らず雪に沈む。ピクリとも動かない私兵たちを見下ろし、シルヴィオは剣を鞘に納めた。

「す、すげぇ……」

 激しい戦闘を終えたはずなのに、息一つあげていないシルヴィオを、リヒトは腰を抜かして見つめた。

 シルヴィオは彼に歩み寄ると、手を差し伸べた。

「怪我はないか」
「あ、ああ……。あんた、化け物かよ……」
「シルヴィオだ」

 唇の端を軽くあげると、リヒトは嬉しげにその手を握り返す。

「このまま、エルラントへ向かおう」
「エルラントに行ってくれるのか?」
「ヴァルディエ公爵の私兵ならば、話をつけられなくもない」
「まじかよっ。でもさ、あんた……シルヴィオさんでも、話し合うのは難しいかもしれない。王国の騎士団は動かせねぇのかよ」

 シルヴィオは小さく首を振る。できないと。

「俺を信じてないのか?」
「そうじゃねぇ! シルヴィオさんはおそらく知らない。どうして、エルラントのみんながずっとずっと捕虜になってるのか」
「ふたたび、反乱を起こさぬため……だな。残念だが、陛下はあの土地を半ば見放している。ヴァルディエ公爵に任せておけばいいと思っておられるんだ」

 王国騎士団をシルヴィオの一任で動かせると思っているリヒトに現実を突きつける。しかし、彼の目に絶望が浮かぶことはなかった。

「それは、公爵が陛下に介入させないために立ち回ってるからだろ?」
「それもある。エルラントの農作物は毎年献上され、うまく統治されてると、陛下は信じておられる」
「そんな話してんじゃねぇ!」
「だったらなんだ」
「じいちゃんが言ってたんだ」
「何を」
「ヴァルディエ公爵は、トゥクルとそっくりの顔をしてたって!」
「何?」

 シルヴィオは眉をひそめた。

 ヴァルディエ公爵とトゥクル辺境伯は、瓜二つの顔を持つというのか。そんなことがあるのか? 
 いや……、レナートも暁の反乱に関して、何かをつかみ、疑問を持っているようだった。もしかしたら、このことだったのか。

「詳しく話せ」
「トゥクルをよく知るじいちゃんにはわかったんだ。『トゥクルは死んだ』と告げたヴァルディエ公爵は、カスパル・トゥクル本人に間違いないって!」
「それは……本当か?」
「じいちゃんは嘘なんかつかねぇ!」

 リヒトが叫んだとき、雪に小さな黒い影が落ちた。

 シルヴィオはとっさに頭上を見上げる。黒い点が何かを探すように旋回している。

「鳥か……?」

 つぶやいたとき、その鳥はシルヴィオめがけて飛んでくる。

「リーゼ、ツレサラレタ!」
「フィン!」

 フィンはシルヴィオの周囲をぐるぐると回り、繰り返し叫ぶ。

「リーゼ、ツレサラレタ! ツレサラレタ!」
「なんだって、フィン!」
「リーゼ、コウシャクニ、ツレサラレタ!」
「どういうことだ。リーゼはレナートの屋敷に無事着いたと……」

 シルヴィオが唇を噛んだとき、リヒトが町の方を指差す。

「あれは、何だよっ」

 眼下に見下ろす宿場町に、鮮やかな青い旗をたなびかせる騎士団の姿があった。その威風堂々たる行軍こうぐんは、一糸乱れることなく雪山へ向かって進んでくる。

(……ったく、あいつら。まさか、レナートが陛下を動かしたんじゃないだろうな)

 シルヴィオは呆れたように、けれどどこか誇らしげに息をついて、リヒトの肩を叩く。

「あれが、おまえの待ち望んだ第一王国騎士団だ。陛下が援軍を寄越したようだな」
「王国……騎士団?」
「ああ。俺の自慢の部下たちだ。ヴァルディエ公爵の私兵になど絶対に負けない」
「じゃあ……!」

 リヒトの茶色い目に、キラキラとした輝きが戻る。

「いいか、よく聞け、リヒト。おまえはこれから俺とともに王都へ向かう。エルラントは第一王国騎士団に任せる。仲間たちは、あいつらにすべての情報を伝えるんだ。必ずや、おまえの仲間たちを守ってくれると約束しよう」
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