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第六章 壊れた首飾りが伝える嘘は真実の愛でした
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***
──遡ること二日前、レナート邸
「ヴァルディエ公爵について、私は以前からある疑いを持っている。それは……」
鋭いレナートのまなざしに、リーゼは唾をごくりと飲み込んだ。
「疑い……って、なんですか?」
「カスパル・トゥクルが生きている可能性がある。ヴァルディエ公爵になりすましてな」
「いま、なんて……?」
予想だにしなかった言葉に、リーゼは目を見開いた。
「お父さまが……、トゥクルだというのですか?」
そんなこと、ありえない。相手は公爵だ。広く顔が知られている。……いや、13年前なら、陛下もまだ幼く、ヴァルディエ公爵の顔などはっきり覚えていないかもしれない。
ほかの貴族もまた、なんらかの違和感を覚えていたとしても、公爵相手に表立って口さがないうわさ話をしたりはしないだろう。
ただ、一部のものは密やかに疑いを持っていた。それがレナートの耳に入ったのか……。
もしそれが本当なら……と、震え出すリーゼの手の中で、フィンがいきなり、バサリと羽を広げた。
「フィン! どうしたのっ」
叫ぶリーゼをよそに、フィンは迷うことなく、ほんの少し開いていた窓の隙間から、夜の闇へと飛び出していく。
「待って、フィン!」
リーゼが窓辺に駆け寄ろうとした、その時だった。騒々しい足音が廊下から聞こえてくる。そして執務室に飛び込んできたのは、リーゼをここへ案内した執事の男だった。
「何ごとだ」
「だ、旦那様! 大変でございます! ヴァルディエ公爵様がおいでになりまして、娘を……ヴァイス夫人を返せとご立腹でございます!」
「返せだと?」
「ヴァイス夫人はお招きしたのだと申し上げましたが、聞く耳を持ってくださいませんで……」
「我がブラッツ家が、リーゼ嬢を誘拐したとでも騒ぎ立てるつもりか。たわごとを」
レナートがあからさまな不快感を露わにした瞬間、なだれ込むようにして部屋へ現れたのは、冷たい目をした男と、深緑のマントをまとう兵士たちだった。
「見つけたぞ、リーゼ」
「お父さま……、なぜここに……」
アルブレヒトはいきなりリーゼの腕をつかみあげると、彼女の問いには答えず、ゆっくりとレナートに向き直った。その口もとには、残忍な笑みが浮かんでいる。
「まさか、ブラッツ公爵ともあろうお方が、このような真似をされるとはな」
「何をおっしゃっているのやら。土足で我が屋敷に踏み込んで、その態度。感心しませんね」
レナートがやれやれと腰をあげると、アルブレヒトは声を荒げた。
「しらばくれるな! 私の娘を屋敷から連れ出し、ここに監禁しているとの通報があったのだ」
「……人聞きが悪い。私は親愛なるシルヴィオのご夫人をおもてなししているだけですよ」
「シルヴィオは馬を駆けて出かけたそうだな。これから夜も更けるというのに、若き妻だけを男のもとへ行かせる夫がいるものか」
「シルヴィオとは旧知の仲ですからね」
「何が、旧知だ。都合よく使っておるだけではないか。さあ、リーゼ。……怖い思いをしたのではないか?」
アルブレヒトは芝居がかった声音で案じると、リーゼの肩を抱く。その瞬間、反射的に彼女は身をよじって叫んでいた。
「ち、違います! 私は自分の意志でここに来たのです!」
「黙りなさい。あんな男と結婚させたばかりに、私に反抗するようになろうとは……、なんと嘆かわしい」
「わ、私は……本当に、私の意志で……。シルヴィオ様に何を言われたわけでも……」
アルブレヒトはグッとリーゼを抱き寄せると、耳元に顔を近づける。
「シルヴィオは一人でエルラントへ向かったのだろう? なぜだ? エルラント解放軍と示し合わせるためか?」
「な、何をおっしゃっているのか……」
「わからぬのか? やつは暁の反乱軍の意志を継ぐものといううわさがある。私は心配しているのだよ」
「……お、お父さま?」
リーゼは呆然と、アルブレヒトを見上げる。
(暁の……反乱軍? 何を言っているの?)
「さあ、かわいいリーゼよ。私とともに屋敷へ帰ろう」
「待てっ! 今の話、どういうことだっ」
レナートが駆け寄ろうとすると、アルブレヒトの私兵たちが剣の柄に手をかける。
「ブラッツ公爵、動かないでいただこう。シルヴィオを庇えば、あなたは反乱軍の後ろ盾である、と陛下にお伝えせねばならなくなる。その覚悟はおありか?」
「そのような茶番を、陛下が信じるとお思いか」
「茶番などではない。私はシルヴィオが反乱軍の一味である証拠を握っている。いずれ、陛下にもご覧いただけるであろう」
「シルヴィオに……何をする気だ」
苦渋に満ちたレナートの表情をあざ笑うように、アルブレヒトは唇の端を持ち上げると、リーゼの腕を引っ張る。
「さあ。シルヴィオに情けをかけた自分を恨むがよい」
「……くっ」
ここで手出しをすれば、アルブレヒトの思うつぼだ。それがわかっているからこそ、レナートは悔しげにこぶしを握りしめる。
「すまない……、リーゼ嬢!」
無念に歪むレナートの顔を見て、リーゼはとうに覚悟を決めていたことを思い出す。
ここで逆らうのは得策じゃない。これまでのように、おとなしく言うことを聞いて、屋敷にこもっていればいい。そうすれば、アルブレヒトの魂胆を探れるかもしれない。
「私……、お父さまと帰ります。シルヴィオ様が迎えに来てくださるまで待ちます」
気丈に笑顔で答えると、レナートは鼻の頭にしわを寄せ、奥歯を噛み締めた。
「では、失礼する」
レナートに背を向けるアルブレヒトに従い、私兵たちがリーゼを取り囲む。
「私は、逃げも隠れもしません」
リーゼは誰にともなく言い、アルブレヒトについていった。用意された豪華な馬車に乗り込むと、深い闇に包まれた街道へと走り出した。
──遡ること二日前、レナート邸
「ヴァルディエ公爵について、私は以前からある疑いを持っている。それは……」
鋭いレナートのまなざしに、リーゼは唾をごくりと飲み込んだ。
「疑い……って、なんですか?」
「カスパル・トゥクルが生きている可能性がある。ヴァルディエ公爵になりすましてな」
「いま、なんて……?」
予想だにしなかった言葉に、リーゼは目を見開いた。
「お父さまが……、トゥクルだというのですか?」
そんなこと、ありえない。相手は公爵だ。広く顔が知られている。……いや、13年前なら、陛下もまだ幼く、ヴァルディエ公爵の顔などはっきり覚えていないかもしれない。
ほかの貴族もまた、なんらかの違和感を覚えていたとしても、公爵相手に表立って口さがないうわさ話をしたりはしないだろう。
ただ、一部のものは密やかに疑いを持っていた。それがレナートの耳に入ったのか……。
もしそれが本当なら……と、震え出すリーゼの手の中で、フィンがいきなり、バサリと羽を広げた。
「フィン! どうしたのっ」
叫ぶリーゼをよそに、フィンは迷うことなく、ほんの少し開いていた窓の隙間から、夜の闇へと飛び出していく。
「待って、フィン!」
リーゼが窓辺に駆け寄ろうとした、その時だった。騒々しい足音が廊下から聞こえてくる。そして執務室に飛び込んできたのは、リーゼをここへ案内した執事の男だった。
「何ごとだ」
「だ、旦那様! 大変でございます! ヴァルディエ公爵様がおいでになりまして、娘を……ヴァイス夫人を返せとご立腹でございます!」
「返せだと?」
「ヴァイス夫人はお招きしたのだと申し上げましたが、聞く耳を持ってくださいませんで……」
「我がブラッツ家が、リーゼ嬢を誘拐したとでも騒ぎ立てるつもりか。たわごとを」
レナートがあからさまな不快感を露わにした瞬間、なだれ込むようにして部屋へ現れたのは、冷たい目をした男と、深緑のマントをまとう兵士たちだった。
「見つけたぞ、リーゼ」
「お父さま……、なぜここに……」
アルブレヒトはいきなりリーゼの腕をつかみあげると、彼女の問いには答えず、ゆっくりとレナートに向き直った。その口もとには、残忍な笑みが浮かんでいる。
「まさか、ブラッツ公爵ともあろうお方が、このような真似をされるとはな」
「何をおっしゃっているのやら。土足で我が屋敷に踏み込んで、その態度。感心しませんね」
レナートがやれやれと腰をあげると、アルブレヒトは声を荒げた。
「しらばくれるな! 私の娘を屋敷から連れ出し、ここに監禁しているとの通報があったのだ」
「……人聞きが悪い。私は親愛なるシルヴィオのご夫人をおもてなししているだけですよ」
「シルヴィオは馬を駆けて出かけたそうだな。これから夜も更けるというのに、若き妻だけを男のもとへ行かせる夫がいるものか」
「シルヴィオとは旧知の仲ですからね」
「何が、旧知だ。都合よく使っておるだけではないか。さあ、リーゼ。……怖い思いをしたのではないか?」
アルブレヒトは芝居がかった声音で案じると、リーゼの肩を抱く。その瞬間、反射的に彼女は身をよじって叫んでいた。
「ち、違います! 私は自分の意志でここに来たのです!」
「黙りなさい。あんな男と結婚させたばかりに、私に反抗するようになろうとは……、なんと嘆かわしい」
「わ、私は……本当に、私の意志で……。シルヴィオ様に何を言われたわけでも……」
アルブレヒトはグッとリーゼを抱き寄せると、耳元に顔を近づける。
「シルヴィオは一人でエルラントへ向かったのだろう? なぜだ? エルラント解放軍と示し合わせるためか?」
「な、何をおっしゃっているのか……」
「わからぬのか? やつは暁の反乱軍の意志を継ぐものといううわさがある。私は心配しているのだよ」
「……お、お父さま?」
リーゼは呆然と、アルブレヒトを見上げる。
(暁の……反乱軍? 何を言っているの?)
「さあ、かわいいリーゼよ。私とともに屋敷へ帰ろう」
「待てっ! 今の話、どういうことだっ」
レナートが駆け寄ろうとすると、アルブレヒトの私兵たちが剣の柄に手をかける。
「ブラッツ公爵、動かないでいただこう。シルヴィオを庇えば、あなたは反乱軍の後ろ盾である、と陛下にお伝えせねばならなくなる。その覚悟はおありか?」
「そのような茶番を、陛下が信じるとお思いか」
「茶番などではない。私はシルヴィオが反乱軍の一味である証拠を握っている。いずれ、陛下にもご覧いただけるであろう」
「シルヴィオに……何をする気だ」
苦渋に満ちたレナートの表情をあざ笑うように、アルブレヒトは唇の端を持ち上げると、リーゼの腕を引っ張る。
「さあ。シルヴィオに情けをかけた自分を恨むがよい」
「……くっ」
ここで手出しをすれば、アルブレヒトの思うつぼだ。それがわかっているからこそ、レナートは悔しげにこぶしを握りしめる。
「すまない……、リーゼ嬢!」
無念に歪むレナートの顔を見て、リーゼはとうに覚悟を決めていたことを思い出す。
ここで逆らうのは得策じゃない。これまでのように、おとなしく言うことを聞いて、屋敷にこもっていればいい。そうすれば、アルブレヒトの魂胆を探れるかもしれない。
「私……、お父さまと帰ります。シルヴィオ様が迎えに来てくださるまで待ちます」
気丈に笑顔で答えると、レナートは鼻の頭にしわを寄せ、奥歯を噛み締めた。
「では、失礼する」
レナートに背を向けるアルブレヒトに従い、私兵たちがリーゼを取り囲む。
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