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第六章 壊れた首飾りが伝える嘘は真実の愛でした
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「リヒトと、ゆっくり話せたか?」
寝室に戻ると、シャツのボタンに手をかけながら、ベッドのふちに腰かけるシルヴィオに声をかけられた。
「フィンを気に入ったみたいで、おしゃべりしているうちに寝入ってしまって……。エルナにお願いしてきました」
困り顔で答えると、シルヴィオはひどくおかしそうに眉を下げて笑った。
「しっかりした少年だが、まだ子どもだな。早速、明日から専属の侍女をつけよう。立派な騎士になってもらわねばならないからな」
「騎士……ですか?」
「ああ。言ってなかったか? 騎士団の入隊試験を受けてもらうつもりだ。彼を見ていると、かつての俺を見ているようでな」
「シルヴィオ様は……、ああ、いいえ……」
「気をつかう必要はない。俺は平民出身で、運良くレナートに拾われ、伯爵家の養子になれた。本来なら、ヴァルディエ公爵の娘と結婚できるような身分でもなかったが、騎士団長としての実績がそれを成し遂げた。リヒトにも、同じ可能性を与えてやりたいだけだ」
リーゼは黙っていた。
その運と努力で積み上げたもので得たのは、偽物の公爵令嬢だったのだ。それを知ったとき、彼はどれほど絶望しただろうか。想像するのも恐ろしかった。
「リーゼ、風呂はまだか?」
黙って突っ立っていると、シャツを脱ぎ捨てながら立ち上がるシルヴィオに尋ねられた。
「あ、はい。シルヴィオ様は?」
「俺は今から入るところだ。……どうだ、リーゼ。一緒に入るか?」
「えっ」
ドキンッと胸が跳ねる。
「いっ、一緒に……ですか?」
「あとでもいいが?」
「あ、あとって……?」
「……あまり待てそうにないのでな」
シルヴィオは熱のこもった瞳でリーゼを見つめる。
「リーゼのぬくもりのない夜には、一刻たりとも耐えられん」
シルヴィオはわずかに目もとを赤らめると、リーゼの腰を抱き寄せ、背中のひもをあっさりとほどいた。
「ま、待ってください……。まだお話が……」
「ベッドの中で聞こう」
あっという間に手際よくドレスを脱がされ、リーゼはベッドの上へと押し倒された。
すぐさまかぶさってくるシルヴィオの胸板は厚く、指先で触れると、やけどしそうなほどに熱く感じられる。
「シルヴィオ様……」
首筋に口づけを落としてくる彼の胸もとをするりとなでる。どれほどまさぐるように探しても、どんなときも外さなかった、あの首飾りがない。
当然だ。あれは、壊されてしまった。
リーゼが選んだ首飾りはまがいもので、シルヴィオを助けるどころか、罠にはめてしまうものでしかなかった。
失われたならそれでいい。そのはずなのに、あのときに感じた、シルヴィオを助けたいと願った感情さえも嘘で、報われない愛だったのではないかと悲しくなる。
「リーゼ……、何を泣く?」
「首飾り……、大切にしてくださっていたのに……」
「ああ……」
シルヴィオも首筋をなでると、リーゼの背中の下に腕を差し込み、長い髪ごと抱きすくめる。
「気にするな」
「でも……、シルヴィオ様は言いました。首飾りを外すときは、私があなたを失う日だって」
黙っているシルヴィオに不安を抱いて、リーゼは彼を抱きしめ返しながら、肩に鼻先を埋める。
「あのときの言葉通り、私はあなたを失ったのです。こうして抱きしめられていていいのは、私ではありません。あなたにはあなたの、ふさわしい結婚が……」
言いかけた言葉を、最後まで口にすることはできなかった。シルヴィオの熱のこもった唇が、言わせまいと口を塞いだからだった。
私は、リーゼ・ヴァルディエではない。
その事実から逃れられるわけでもないのに、リーゼはまぶたを閉じてしまう。小刻みに震えるまつげが濡れて、その雫がこぼれ落ちないように、彼の唇が拭い取る。
「……勝手に、失わせるな」
「え……?」
まぶたを上げるとすぐ目の前に、熱を帯びた瞳があった。これほどまでに情熱的に揺らめく青い瞳を見たことがあっただろうかというほどに。
「……俺は、ここにいる」
「シルヴィオ、様……?」
「俺は失われてなどいない。あなたが勝手にそう思い込んでいるだけだ」
シルヴィオは大きな手でリーゼの頬を包み込み、逃げ場を塞ぐように顔を寄せた。
「……俺は、あなたがずっと欲しかった。抱いても抱いても、あなたが俺を好きになることはないかもしれない……」
「シルヴィオ様……」
シルヴィオは一つ頭を強く振ると、愛おしげにリーゼの髪をすいた。
「不安だった日々は終わりだ。あの首飾りがこの日を導いたなら、その役割は終えた。俺たちにはもう必要のないものだ」
「で、でも、私はあなたを騙して……」
「そうしなければ、あなたは生きられなかった。生きるためにそうした。それだけだ。あなたは何も間違っていない」
「……許してくださるのですか?」
「許すも何も、やっとつかまえたんだ。……もう二度と、離してやるつもりはない」
シルヴィオの腕が、リーゼの腰を引き寄せる。
抵抗する間もなく、二人の身体は密着した。彼の熱い吐息が唇にかかり、リーゼの頭はしびれたようにくらくらした。
「リーゼ・ノイエル。……俺は、あなたをずっと愛している」
「愛して……」
「あなたは気づかなかったかもしれないが、出会ったときから、ずっと」
「いつから……?」
「あの日は、むせ返るような白百合の香りが立ち込めていた……」
(白百合……)
リーゼはハッと息を飲む。
ヴァルディエ公爵夫人の死を悼む献花……、白百合が咲き乱れる中、リーゼは少年の眼差しを見た気がした。
「あの日、俺はあなたに心を奪われたのだ。この血肉も何もかも、すべてあなたに捧げると誓った。俺が結婚を了承したのは、あなただったからだっ」
やるせない思いをぶつけるかのような声音に、リーゼは身を震わせる。
公爵令嬢でなければ、シルヴィオには出会えなかった。身代わりという役割は、一生変わらないと思っていた。
けれど、彼は肩書きを失った今も、身代わりとして生きる必要がなくなったこれから先も、リーゼ・ノイエルを愛してくれると言ってくれた。
「俺を、愛しているか……?」
「そうでなければ、こんなふうにあなたと過ごしてはいません」
シルヴィオはゆっくりと唇を重ねてきた。
これまでのどの口づけよりも深く、甘く、そして情熱的だった。むさぼるように求められ、リーゼの思考は溶けていく。
「……シルヴィオ、さま……」
「今夜も、覚悟しておけ」
低く笑った彼の声に、胸が熱を帯びる。
月明かりの下、白い肌に落ちる口づけは優しく、しかし逃げ場を与えなかった。
抱き寄せられた腕の中で、リーゼは深く息を吐く。
首元に何もなくても、彼のぬくもりだけは、確かなものとしてそこにあった。
【完】
「リヒトと、ゆっくり話せたか?」
寝室に戻ると、シャツのボタンに手をかけながら、ベッドのふちに腰かけるシルヴィオに声をかけられた。
「フィンを気に入ったみたいで、おしゃべりしているうちに寝入ってしまって……。エルナにお願いしてきました」
困り顔で答えると、シルヴィオはひどくおかしそうに眉を下げて笑った。
「しっかりした少年だが、まだ子どもだな。早速、明日から専属の侍女をつけよう。立派な騎士になってもらわねばならないからな」
「騎士……ですか?」
「ああ。言ってなかったか? 騎士団の入隊試験を受けてもらうつもりだ。彼を見ていると、かつての俺を見ているようでな」
「シルヴィオ様は……、ああ、いいえ……」
「気をつかう必要はない。俺は平民出身で、運良くレナートに拾われ、伯爵家の養子になれた。本来なら、ヴァルディエ公爵の娘と結婚できるような身分でもなかったが、騎士団長としての実績がそれを成し遂げた。リヒトにも、同じ可能性を与えてやりたいだけだ」
リーゼは黙っていた。
その運と努力で積み上げたもので得たのは、偽物の公爵令嬢だったのだ。それを知ったとき、彼はどれほど絶望しただろうか。想像するのも恐ろしかった。
「リーゼ、風呂はまだか?」
黙って突っ立っていると、シャツを脱ぎ捨てながら立ち上がるシルヴィオに尋ねられた。
「あ、はい。シルヴィオ様は?」
「俺は今から入るところだ。……どうだ、リーゼ。一緒に入るか?」
「えっ」
ドキンッと胸が跳ねる。
「いっ、一緒に……ですか?」
「あとでもいいが?」
「あ、あとって……?」
「……あまり待てそうにないのでな」
シルヴィオは熱のこもった瞳でリーゼを見つめる。
「リーゼのぬくもりのない夜には、一刻たりとも耐えられん」
シルヴィオはわずかに目もとを赤らめると、リーゼの腰を抱き寄せ、背中のひもをあっさりとほどいた。
「ま、待ってください……。まだお話が……」
「ベッドの中で聞こう」
あっという間に手際よくドレスを脱がされ、リーゼはベッドの上へと押し倒された。
すぐさまかぶさってくるシルヴィオの胸板は厚く、指先で触れると、やけどしそうなほどに熱く感じられる。
「シルヴィオ様……」
首筋に口づけを落としてくる彼の胸もとをするりとなでる。どれほどまさぐるように探しても、どんなときも外さなかった、あの首飾りがない。
当然だ。あれは、壊されてしまった。
リーゼが選んだ首飾りはまがいもので、シルヴィオを助けるどころか、罠にはめてしまうものでしかなかった。
失われたならそれでいい。そのはずなのに、あのときに感じた、シルヴィオを助けたいと願った感情さえも嘘で、報われない愛だったのではないかと悲しくなる。
「リーゼ……、何を泣く?」
「首飾り……、大切にしてくださっていたのに……」
「ああ……」
シルヴィオも首筋をなでると、リーゼの背中の下に腕を差し込み、長い髪ごと抱きすくめる。
「気にするな」
「でも……、シルヴィオ様は言いました。首飾りを外すときは、私があなたを失う日だって」
黙っているシルヴィオに不安を抱いて、リーゼは彼を抱きしめ返しながら、肩に鼻先を埋める。
「あのときの言葉通り、私はあなたを失ったのです。こうして抱きしめられていていいのは、私ではありません。あなたにはあなたの、ふさわしい結婚が……」
言いかけた言葉を、最後まで口にすることはできなかった。シルヴィオの熱のこもった唇が、言わせまいと口を塞いだからだった。
私は、リーゼ・ヴァルディエではない。
その事実から逃れられるわけでもないのに、リーゼはまぶたを閉じてしまう。小刻みに震えるまつげが濡れて、その雫がこぼれ落ちないように、彼の唇が拭い取る。
「……勝手に、失わせるな」
「え……?」
まぶたを上げるとすぐ目の前に、熱を帯びた瞳があった。これほどまでに情熱的に揺らめく青い瞳を見たことがあっただろうかというほどに。
「……俺は、ここにいる」
「シルヴィオ、様……?」
「俺は失われてなどいない。あなたが勝手にそう思い込んでいるだけだ」
シルヴィオは大きな手でリーゼの頬を包み込み、逃げ場を塞ぐように顔を寄せた。
「……俺は、あなたがずっと欲しかった。抱いても抱いても、あなたが俺を好きになることはないかもしれない……」
「シルヴィオ様……」
シルヴィオは一つ頭を強く振ると、愛おしげにリーゼの髪をすいた。
「不安だった日々は終わりだ。あの首飾りがこの日を導いたなら、その役割は終えた。俺たちにはもう必要のないものだ」
「で、でも、私はあなたを騙して……」
「そうしなければ、あなたは生きられなかった。生きるためにそうした。それだけだ。あなたは何も間違っていない」
「……許してくださるのですか?」
「許すも何も、やっとつかまえたんだ。……もう二度と、離してやるつもりはない」
シルヴィオの腕が、リーゼの腰を引き寄せる。
抵抗する間もなく、二人の身体は密着した。彼の熱い吐息が唇にかかり、リーゼの頭はしびれたようにくらくらした。
「リーゼ・ノイエル。……俺は、あなたをずっと愛している」
「愛して……」
「あなたは気づかなかったかもしれないが、出会ったときから、ずっと」
「いつから……?」
「あの日は、むせ返るような白百合の香りが立ち込めていた……」
(白百合……)
リーゼはハッと息を飲む。
ヴァルディエ公爵夫人の死を悼む献花……、白百合が咲き乱れる中、リーゼは少年の眼差しを見た気がした。
「あの日、俺はあなたに心を奪われたのだ。この血肉も何もかも、すべてあなたに捧げると誓った。俺が結婚を了承したのは、あなただったからだっ」
やるせない思いをぶつけるかのような声音に、リーゼは身を震わせる。
公爵令嬢でなければ、シルヴィオには出会えなかった。身代わりという役割は、一生変わらないと思っていた。
けれど、彼は肩書きを失った今も、身代わりとして生きる必要がなくなったこれから先も、リーゼ・ノイエルを愛してくれると言ってくれた。
「俺を、愛しているか……?」
「そうでなければ、こんなふうにあなたと過ごしてはいません」
シルヴィオはゆっくりと唇を重ねてきた。
これまでのどの口づけよりも深く、甘く、そして情熱的だった。むさぼるように求められ、リーゼの思考は溶けていく。
「……シルヴィオ、さま……」
「今夜も、覚悟しておけ」
低く笑った彼の声に、胸が熱を帯びる。
月明かりの下、白い肌に落ちる口づけは優しく、しかし逃げ場を与えなかった。
抱き寄せられた腕の中で、リーゼは深く息を吐く。
首元に何もなくても、彼のぬくもりだけは、確かなものとしてそこにあった。
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