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第六章 壊れた首飾りが伝える嘘は真実の愛でした
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(なぜ、どうして?)
リーゼは顔から一気に血の気が引くのを感じた。
もしかしたら、バルタザールの店に置かれていた宝飾品すべてに、あの模様が刻まれていたのだろうか。そうであるなら、あのとき、リーゼが何を選んでも、シルヴィオに反乱軍の証拠を身につけさせてしまっていたことになる。
「そんな……」
リーゼは絶望しながら、前へ歩み出た。
「リーゼ」
シルヴィオが手を伸ばす。しかし、その指先がドレスをかすめたとき、リーゼはアルブレヒトに向かって走り出していた。
「返してくださいっ! それは、私がシルヴィオ様に選んで差し上げたものです!」
(返して。返して、首飾りを。それを奪われたら、シルヴィオ様まで失ってしまう)
アルブレヒトの腕をつかむと、彼は目を見開き、彼女を乱暴に突き飛ばした。
「触るでないっ。この汚らわしい娘めっ!」
リーゼが床に倒れ込むと、アルブレヒトはマリウスに向き直り、紋章を掲げたまま声を張り上げた。
「聞きましたか、陛下! この娘の自白をっ。エルラントでの貧しい暮らしに我慢がならず、貴族になりすまして、我が国の秩序を乱す反逆者と成り下がった裏切り者ですぞっ!」
呆然と見上げるリーゼの肩を、誰かが抱き起こす。見上げると、シルヴィオが痛ましげに彼女を見下ろしていた。
リーゼはとっさにシルヴィオの手を振り払うと、震える身体をこらえて叫んだ。
「ヴァルディエ公爵の言う通りです!」
「……リーゼッ!」
シルヴィオが咎めるように名を呼んだが、リーゼは止まらなかった。彼を守るためには、こうするしかなかった。
「私は、ヨハン・ノイエルの娘、リーゼです。……両親は暁の反乱で殺されました。ですが、父は反乱軍を主導などしていません。私はただ……、捕らえられた弟を助けたくて……、両親の汚名をそそぎたくて、王都へ来ました」
胸が苦しい。けれど、話すのをやめるわけにはいかなかった。
「ずっと……ずっと、陛下にお会いできるこの日を待ち望んでいたのです。そのためには、シルヴィオ様との結婚は絶好の機会でした。……彼と結婚したのは、このためです。彼を騙して利用したのです。ですから……、シルヴィオ様を罰しないでくださいっ。彼は何も知りませんっ!」
悲痛な叫びが、会議室に響き渡る。
マリウスは静かにリーゼを見守っていたが、スッと宰相のマシューへ目を移す。
「あの娘を捕らえなさい」
マリウスの命を受け、控えていた近衛兵たちがリーゼを取り囲もうとする。そのとき、鋭い声がそれを制した。
「お待ちくださいっ、陛下! 彼女は嘘をついています」
シルヴィオがリーゼを背に隠し、一歩前に進み出る。
「ヴァイス、詳しく」
「私は訴えます。アルブレヒト・ヴァルディエ公爵こそが、暁の反乱の首謀者であり、自ら企てた計画で死を装った、カスパル・トゥクル辺境伯、その人であることをご報告します」
「なっ、何を馬鹿なことをっ!」
アルブレヒトが怒りに悶えるように顔を紅潮させて叫ぶと、シルヴィオは鋭い眼差しで彼を見つめた。
「トゥクル辺境伯、あなたがヴァルディエ公爵の異母兄弟であることはわかっているんです。そして、顔が瓜二つであることも」
クッとアルブレヒトが唇を噛むと、マリウスがマシューを見上げる。
「そうなのですか? マシュー」
「……はい。事実でございます。先代のヴァルディエ公爵は、カスパル殿が生まれた際、ノマール辺境伯の養子に出したと、密かな噂がございました。お二人が双子のように似ておられたというのも、また真実でございます」
「シルヴィオ、ほかに話はあるか?」
「はい、陛下。申し上げます。妻のリーゼは、このトゥクル辺境伯に弟を人質に取られ、私を騙したなどと、嘘をつくしかなかったのです。……どうか、陛下の広いお心で、妻をお救いください」
シルヴィオが深く頭を下げる。
しかし、アルブレヒトは鼻で笑い飛ばした。
「欲に溺れたおまえの言うことなど、陛下が信じるはずがないっ!」
「……では、ここに生き証人を呼びましょう」
不意に、レナートが口を開く。
「そのような者がいるのですか?」
「はい。……入りなさい」
レナートが短く告げると、扉のそばに立つ衛兵が扉を開く。その先には、少年の姿があった。
「……俺が証人だっ!」
凛とした声が響き、王国騎士団の兵士に守られながら、その少年は堂々と進み入ってきた。
栗色の髪に、意志の強い瞳。ひと目でわかる。それは、リーゼが探し続け……、必ず生きていると信じていた弟の、立派に成長した姿だった。
「リヒト……!」
リーゼは両手で口を覆い、その場に崩れ落ちそうになる。
シルヴィオに支えられる彼女に、リヒトは力強くうなずくと、アルブレヒトを指差した。
「そこにいる男は、カスパル・トゥクルです! 町長だったじいちゃんが言ってました。本物のヴァルディエ公爵は、エルラントにあるトゥクルの墓に、幼い娘と一緒に埋められたんだって」
「娘って……、まさか」
リーゼのつぶやきに、リヒトが正義心に満ちた目でうなずく。
まだ幼い彼は、あんなことがなければ、あどけなく笑う日々を送っていたはずだった。これまでどれほどの苦労をしてきたのか、想像を絶するような厳しい顔つきをしている。
シルヴィオもそう感じたのだろう。リヒトのあとを引き継ぐように話す。
「陛下。すでにエルラントへ向かった王国騎士団より、その墓から二体の遺骨が発見されたとの報告が入っています」
「……そうですか。身元を示すものは?」
「本物のヴァルディエ公爵しか持つはずのない家紋入りの指輪と、娘に贈ったとされる銀のブレスレットも、墓から見つかりました。……さすがに、トゥクル辺境伯も、憎き異母兄の遺品を身につけたくはなかったのでしょう」
シルヴィオが言い終えると、アルブレヒトが血走った目で叫んだ。
「嘘をつけっ! 我が領地を、騎士団風情が荒らしたというのかっ。すべてはヨハン・ノイエルの仕業だ! 私がカスパルだったとして、私が兄を殺した証拠などどこにある!」
「殺したんですね?」
「……クッ!」
シルヴィオの冷ややかな問いに、アルブレヒトは言葉を詰まらせる。
「ヴァルディエ公爵夫人も不審な死を遂げています。……あなたは、リーゼ・ヴァルディエが亡くなったのを好機と捉え、以前から進めていた計画を実行に移した。公爵になりすまし、リーゼを利用して、王家に取り入ろうとしたのは、あなたでしょう」
「黙れ、黙れっ! 平民上がりが私に指図するな!」
「私は、第一王国騎士団長として、そしてリーゼの夫として尋ねています。なぜ、辺境伯という地位がありながら、あのような暴挙に出たのですか」
「うるさいっ!!」
アルブレヒトは、発狂したように叫んだ。
「兄さえいなければ、私が正当な公爵家の後継だったのだ! 私は、本来私のものになるはずだったすべてのものを取り戻したにすぎない! それの何が悪い!」
まごうことなき自白に、室内はシンと静まり返る。
「……聞きましたね、マシュー」
マリウスが厳しい声で告げると、マシューは深く頭を下げ、近衛兵たちに合図を送った。
「カスパル・トゥクルを拘束せよ!」
「なっ、放せ! 私は公爵だぞ! 無礼者っ!」
わめき散らすアルブレヒト──いや、カスパルは、数人の兵士に羽交い締めにされ、扉の奥へと連れていかれた。
静寂が戻ると、マリウスは小さくため息をつき、リーゼへと歩み寄る。
「リーゼ・ノイエル」
「は、はい……」
「あなたの父、ヨハン・ノイエルの汚名は、これから真実が明るみになり、徐々に晴れていくでしょう。……苦労をかけましたね」
マリウスの言葉に、リーゼの目から涙がこぼれ落ちる。
王都へ連れてこられた日から始まった、長い長い悪夢がようやく終わるのだ。
「今回の件が落ち着いたら、望みを一つ叶えよう。それで、あなたの両親が戻るわけではないが……」
「もったいないお言葉です。私は……」
リーゼは涙をぬぐうと、隣に立つシルヴィオを見上げ、その優しい眼差しに勇気をもらいながら、リヒトへと目を移す。
「私は、家族とともに、もう一度、エルラントの地に行きたいです」
「それだけか」
「……はい。ずっと願っていたことですから」
リーゼは顔から一気に血の気が引くのを感じた。
もしかしたら、バルタザールの店に置かれていた宝飾品すべてに、あの模様が刻まれていたのだろうか。そうであるなら、あのとき、リーゼが何を選んでも、シルヴィオに反乱軍の証拠を身につけさせてしまっていたことになる。
「そんな……」
リーゼは絶望しながら、前へ歩み出た。
「リーゼ」
シルヴィオが手を伸ばす。しかし、その指先がドレスをかすめたとき、リーゼはアルブレヒトに向かって走り出していた。
「返してくださいっ! それは、私がシルヴィオ様に選んで差し上げたものです!」
(返して。返して、首飾りを。それを奪われたら、シルヴィオ様まで失ってしまう)
アルブレヒトの腕をつかむと、彼は目を見開き、彼女を乱暴に突き飛ばした。
「触るでないっ。この汚らわしい娘めっ!」
リーゼが床に倒れ込むと、アルブレヒトはマリウスに向き直り、紋章を掲げたまま声を張り上げた。
「聞きましたか、陛下! この娘の自白をっ。エルラントでの貧しい暮らしに我慢がならず、貴族になりすまして、我が国の秩序を乱す反逆者と成り下がった裏切り者ですぞっ!」
呆然と見上げるリーゼの肩を、誰かが抱き起こす。見上げると、シルヴィオが痛ましげに彼女を見下ろしていた。
リーゼはとっさにシルヴィオの手を振り払うと、震える身体をこらえて叫んだ。
「ヴァルディエ公爵の言う通りです!」
「……リーゼッ!」
シルヴィオが咎めるように名を呼んだが、リーゼは止まらなかった。彼を守るためには、こうするしかなかった。
「私は、ヨハン・ノイエルの娘、リーゼです。……両親は暁の反乱で殺されました。ですが、父は反乱軍を主導などしていません。私はただ……、捕らえられた弟を助けたくて……、両親の汚名をそそぎたくて、王都へ来ました」
胸が苦しい。けれど、話すのをやめるわけにはいかなかった。
「ずっと……ずっと、陛下にお会いできるこの日を待ち望んでいたのです。そのためには、シルヴィオ様との結婚は絶好の機会でした。……彼と結婚したのは、このためです。彼を騙して利用したのです。ですから……、シルヴィオ様を罰しないでくださいっ。彼は何も知りませんっ!」
悲痛な叫びが、会議室に響き渡る。
マリウスは静かにリーゼを見守っていたが、スッと宰相のマシューへ目を移す。
「あの娘を捕らえなさい」
マリウスの命を受け、控えていた近衛兵たちがリーゼを取り囲もうとする。そのとき、鋭い声がそれを制した。
「お待ちくださいっ、陛下! 彼女は嘘をついています」
シルヴィオがリーゼを背に隠し、一歩前に進み出る。
「ヴァイス、詳しく」
「私は訴えます。アルブレヒト・ヴァルディエ公爵こそが、暁の反乱の首謀者であり、自ら企てた計画で死を装った、カスパル・トゥクル辺境伯、その人であることをご報告します」
「なっ、何を馬鹿なことをっ!」
アルブレヒトが怒りに悶えるように顔を紅潮させて叫ぶと、シルヴィオは鋭い眼差しで彼を見つめた。
「トゥクル辺境伯、あなたがヴァルディエ公爵の異母兄弟であることはわかっているんです。そして、顔が瓜二つであることも」
クッとアルブレヒトが唇を噛むと、マリウスがマシューを見上げる。
「そうなのですか? マシュー」
「……はい。事実でございます。先代のヴァルディエ公爵は、カスパル殿が生まれた際、ノマール辺境伯の養子に出したと、密かな噂がございました。お二人が双子のように似ておられたというのも、また真実でございます」
「シルヴィオ、ほかに話はあるか?」
「はい、陛下。申し上げます。妻のリーゼは、このトゥクル辺境伯に弟を人質に取られ、私を騙したなどと、嘘をつくしかなかったのです。……どうか、陛下の広いお心で、妻をお救いください」
シルヴィオが深く頭を下げる。
しかし、アルブレヒトは鼻で笑い飛ばした。
「欲に溺れたおまえの言うことなど、陛下が信じるはずがないっ!」
「……では、ここに生き証人を呼びましょう」
不意に、レナートが口を開く。
「そのような者がいるのですか?」
「はい。……入りなさい」
レナートが短く告げると、扉のそばに立つ衛兵が扉を開く。その先には、少年の姿があった。
「……俺が証人だっ!」
凛とした声が響き、王国騎士団の兵士に守られながら、その少年は堂々と進み入ってきた。
栗色の髪に、意志の強い瞳。ひと目でわかる。それは、リーゼが探し続け……、必ず生きていると信じていた弟の、立派に成長した姿だった。
「リヒト……!」
リーゼは両手で口を覆い、その場に崩れ落ちそうになる。
シルヴィオに支えられる彼女に、リヒトは力強くうなずくと、アルブレヒトを指差した。
「そこにいる男は、カスパル・トゥクルです! 町長だったじいちゃんが言ってました。本物のヴァルディエ公爵は、エルラントにあるトゥクルの墓に、幼い娘と一緒に埋められたんだって」
「娘って……、まさか」
リーゼのつぶやきに、リヒトが正義心に満ちた目でうなずく。
まだ幼い彼は、あんなことがなければ、あどけなく笑う日々を送っていたはずだった。これまでどれほどの苦労をしてきたのか、想像を絶するような厳しい顔つきをしている。
シルヴィオもそう感じたのだろう。リヒトのあとを引き継ぐように話す。
「陛下。すでにエルラントへ向かった王国騎士団より、その墓から二体の遺骨が発見されたとの報告が入っています」
「……そうですか。身元を示すものは?」
「本物のヴァルディエ公爵しか持つはずのない家紋入りの指輪と、娘に贈ったとされる銀のブレスレットも、墓から見つかりました。……さすがに、トゥクル辺境伯も、憎き異母兄の遺品を身につけたくはなかったのでしょう」
シルヴィオが言い終えると、アルブレヒトが血走った目で叫んだ。
「嘘をつけっ! 我が領地を、騎士団風情が荒らしたというのかっ。すべてはヨハン・ノイエルの仕業だ! 私がカスパルだったとして、私が兄を殺した証拠などどこにある!」
「殺したんですね?」
「……クッ!」
シルヴィオの冷ややかな問いに、アルブレヒトは言葉を詰まらせる。
「ヴァルディエ公爵夫人も不審な死を遂げています。……あなたは、リーゼ・ヴァルディエが亡くなったのを好機と捉え、以前から進めていた計画を実行に移した。公爵になりすまし、リーゼを利用して、王家に取り入ろうとしたのは、あなたでしょう」
「黙れ、黙れっ! 平民上がりが私に指図するな!」
「私は、第一王国騎士団長として、そしてリーゼの夫として尋ねています。なぜ、辺境伯という地位がありながら、あのような暴挙に出たのですか」
「うるさいっ!!」
アルブレヒトは、発狂したように叫んだ。
「兄さえいなければ、私が正当な公爵家の後継だったのだ! 私は、本来私のものになるはずだったすべてのものを取り戻したにすぎない! それの何が悪い!」
まごうことなき自白に、室内はシンと静まり返る。
「……聞きましたね、マシュー」
マリウスが厳しい声で告げると、マシューは深く頭を下げ、近衛兵たちに合図を送った。
「カスパル・トゥクルを拘束せよ!」
「なっ、放せ! 私は公爵だぞ! 無礼者っ!」
わめき散らすアルブレヒト──いや、カスパルは、数人の兵士に羽交い締めにされ、扉の奥へと連れていかれた。
静寂が戻ると、マリウスは小さくため息をつき、リーゼへと歩み寄る。
「リーゼ・ノイエル」
「は、はい……」
「あなたの父、ヨハン・ノイエルの汚名は、これから真実が明るみになり、徐々に晴れていくでしょう。……苦労をかけましたね」
マリウスの言葉に、リーゼの目から涙がこぼれ落ちる。
王都へ連れてこられた日から始まった、長い長い悪夢がようやく終わるのだ。
「今回の件が落ち着いたら、望みを一つ叶えよう。それで、あなたの両親が戻るわけではないが……」
「もったいないお言葉です。私は……」
リーゼは涙をぬぐうと、隣に立つシルヴィオを見上げ、その優しい眼差しに勇気をもらいながら、リヒトへと目を移す。
「私は、家族とともに、もう一度、エルラントの地に行きたいです」
「それだけか」
「……はい。ずっと願っていたことですから」
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