その職、秘匿につき。 〜失われた日本を、少女と共に取り戻したいと思います〜

山大

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1章 入隊編

2話 その職、秘匿につき。

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『……あの、冬夜さん?』

「今は無理!呼吸がっ……!」

 なんだこれ。何の試験だっけ。そう思ってしまうほどに息を切らし、膝に手をつきながら辛うじて歩みを進める。

 どれだけ走っても見えてくるはずの本部が見えて来ない。――本当に何をさせられているのだろうか。

 全ての元凶は――2日前の出来事。

 ―――――――――――――――――――

 西暦2625年 7月2日。

 少年――東雲冬夜しののめとうやは、全自動二輪車の背もたれに深く腰を下ろし、いつもと変わらぬ帰り道を走っていた。
 
 東日本国校と胸に書かれた誰もが羨む学歴最上位校の制服。世界一安全と言われたこの東日本帝國で、名実ともに最高峰とされる高校だった。

 そんなこの国も、かつては暴動と反乱が日常に溢れた、最低レベルの治安だったらしい。その混乱の末、日本は東西に分断され、中心には巨大な壁が築かれたという。

 この国の最西端の壁を超えた先にあるのが、西日本帝國。教科書ではそう習ったが——俺は、その壁を一度も見たことがなかった。

「おかえりなさい。」

「あ……ただいまです。」

 道端で犬の散歩をしていた老母に話しかけられた冬夜は、スッと軽く頭を下げ会釈した。

 彼はどこにでもいる“普通の高校生”──というには、少しだけ事情がある。

 両親がすでに他界している。
 それが「特別」と言えるかはわからない。が、彼の中に小さな違和感として沈んでいるのは確かだ。
 
 淡い茜色が空を染め、自分の影が長く伸びる。川を挟んで見えるビル群のネオンが、次第に存在感を増し始めてくる頃合い。
 
(いつまで、こんな日常が続くんだろうな……。)

 1人の時間が訪れる度にそんなことを考えるようになったのは、ここ数年の話。人は歳を重ねるにつれ、落ち着いた思考をするようになるものだ。

 そんな、普段と何ひとつ変わり映えしない景色を見渡している最中だった。

「ん……?」

 冬夜は二輪車のブレーキをかけた。前方の路地に、見覚えのある背中があったからだ。

「……レノか?」

 伊賀見レノいがみれの――同じクラスの友達だ。帰宅後に一緒にゲームをしたり、カラオケに行ったりと、かなり仲の良い部類の1人でもある。

 ――この日、この国が世界一安全な国だという俺の中の常識は、完全に崩れ去った。

「おいコラァ!逃げられると思ってんのかよ、テメェ!」

 叫ぶ不良。後ずさるレノ。それに偶然遭遇してしまった冬夜。

 舞台は整った――いや、整ってしまった。

 2人の不良が、レノに詰め寄っていく。レノの運動神経は良い方であるが、どう見ても不良2人のガタイには見劣りする。それでも、逃げる素振りは一切見せない。

「おい、レノ。にげ……」

 冬夜が声をかけようとした瞬間、空間が歪んだ。
 
 それは――幻覚でも、比喩表現でもない。

「どけ。」

 レノの声が響いた。

 たったその一言で、不良たちはピタリと動きを止めた。目は見開かれ、表情が凍りついている。それはまるで、生気の抜けた人形のようだ。

「これは……」

 冬夜は思わず言葉を失った。

 今まさに彼が目にしているのは氷漬けにされたかのように、ピクリとも動かず固まった不良達。そしてそれを、さも当然のように見つめるレノ。

 彼は固まった不良達へと歩み寄り、手を伸ばした。

「忘れてもらうよ。これが規則ルールだからさ。」
 
 そう一言だけ呟いて、レノは掌から淡い光を発した。それが不良達の頭に纏わりついていく。まるで意思を持っているかのように柔らかく動く不気味な光。
 その光がゆっくりと宙へ消えていくと同時に、彼らは腰から崩れ落ちた。

「……!」

 それを見ていた冬夜は思わず息を呑む。友人だと思っていたそれが、人間には到底できない超人離れした現象を起こしているのを、この目に焼き付けてしまった。

 滑らかな金髪を靡かせながら、何の戸惑いも見せずにその場を離れようとするレノ。声をかけずにはいられなかった。

「レノ、お前今の……」

 冷や汗まじり、恐怖まじり。そんな声で、冬夜は言葉を発した。小さい子供が、大人に怒られているかのようなその表情を、レノは冷たく見つめた。

 そして、彼はゆっくりと口を開く。

「見てたのか、冬夜。」

 レノが冬夜を鋭く睨みつけた。蛇に食われる瞬間のカエルの気分は多分こんな感じなのだろうと、心が勝手に解釈する。
 
「お前がやったんだよな……?今の……」

 冬夜はおそるおそる一歩前へ近づきながら、レノへそう問う。レノの目つきは変わらない。ただその眼差しの奥底にはどこか後悔や虚しさがあるような気がした。

 少しの間を置いて、レノは苦渋の決断の末、1つの言葉を絞り出した。

「悪いけど、これはルールなんだ。すまない……。」

 謝罪と共に繰り出されたのは、レノの掌。この光景には見覚えがある。

「お、おい……何言ってんだよ!?」

 目の前に映るそれが、自分の知っている友人ではないことに、ここで初めて気づいた。いや、それは友人ではあるが、いつもの友人ではないというのが正しいだろうか。

 後退りする冬夜へ、レノは追い詰めるように一歩ずつ近づいていく。

「この国の治安を守る為なんだ。……お前の記憶、少しばかり消させてもらう。」

 レノはそう言って淡く光る掌を冬夜の方へ向けた。段々とその光の強さは増していく。
 不良達に向けて放たれたあの光の矛先が今度は冬夜へと牙を向く。

「なっ……!?」

 冬夜は思わず声を上げた。レノの目に赤色の光が宿り始め、先刻の状況が再現でもされるかのようなおぞましい雰囲気が漂い始めた。

 冬夜は逃げようとするものの、まるで何かに全身を掴まれているように体が言うことを効かない。体感したことのないこの何かを表現するのであれば、金縛りというのが1番しっくりくる。

「マインドハック。記憶をほんの少し消すだけだ。また明日にはいつも通りゲームでもしてるさ……ごめん。」

 レノはそう言って申し訳なさそうに、冬夜目掛けて光を発散させた。紫色の光が冬夜を包み込む。

 ──それだけだった。

「……え?」

 レノが言葉を失う。彼は今、確かにマインドハックを行った。本来であれば、不良達のように記憶を奪われ、眠りにつくはずだ。
 しかし、現状は違う。冬夜は目を開いたまま、平然と立っていた。

「……何かしたのか?」

「嘘だろ?効かない……のか?」

 レノは再度掌に光を集約させ、マインドハックを放つ。

「無駄だよ。俺、眠くもならないし、頭もぼんやりしない。何してんだよって感じ。」

 冬夜は真っ直ぐにレノを見据えた。まるで、自分が何か大きな選別の場に立たされていることを、直感しているように。

 その瞬間、レノの背後にある影が動く。そこから現れたのは、ガタイの良い大男。どうやら、まだレノはその男の存在に気付いていないようだ。

「珍しい逸材だな。」

 男の発言に驚いたレノは、思わず振り返る。
 
「なっ……副隊長!?」

「なーんか面白そうなことしてたから来ちまった。んで、急に申し訳ないけど、この子って拐っても大丈夫か?。」

 頭を下げるレノに「いいっていいって~」と軽く流す副隊長と呼ばれる人物。

「拐うって……言い方なんとかならないんですか?まあ別に殺したりしなければ好きにしてもらって構わないですけど。」

 そう言って道を譲るように捌けるレノ。彼の自分を見捨てたような発言に、少しだけ怒りの感情が湧いてしまう。

「おい待てよ、しかもいきなり──」

 言葉と共に一歩身を引くと、男はこらちへ視線を向けて一言だけ告げる。

「記憶干渉を無効化できる一般人なんて、お前が初めてだ。興味を持たれて当然だろ?」

「興味って……」

 冬夜の発言を無視して、男はポケットから小さな手榴弾のようなものを取り出し、冬夜の足元へ投げた。
 すると、球体が白い光を放ち、地面に音もなく円陣が広がっていく。空間が歪み、足元の感覚が失われた。

「なっ……何だこれ──」

「大丈夫大丈夫。ちょっとテレポートするだけだから。」

 男は慣れた顔つきで微動だにしない。やがて、足元の円陣は光を強めていき、遂にはその場を完全に白一色で飲み込んでしまった。
 
「うわっ……!?」

 世界がぐにゃりと曲がる。視界が暗転し、耳鳴りが響く。地面そのものが斜めに傾いたかのような感覚に、冬夜は思わず膝をついた。

 ――テレポート。そんな非現実的な言葉が頭をかすめるが、現実に存在するはずがない。何百年も前にその考えは人類に不可能だと切り捨てられたはずだ。

 だが、それが今まさに目の前で起こっているのであるとするならば。

 白光に耐えきれなくなった冬夜は思わず目を閉じる。

 次の瞬間、鼻腔を満たしたのは、先程までとは違う、金属の冷たさと、凍りつくような空気の匂い。

 まさかとは思いつつも、おそるおそる瞼を持ち上げる。
 
 すると、そこにあったのは――見慣れた路地の光景ではなかった。

 天井は低く、照明は青白い。無機質な壁に囲まれた、無人の施設のような空間。足元には金属のパネルが敷かれ、機械音がかすかに鳴っている。

「どこだよ、ここ……」

 身体を起こして見渡すと、部屋の端に設置されたガラス越しに誰かの姿が見えた。それはまさしく看守のように、外から自分のことを監視しているようだった。

 やがて、ガラスの向こうにいた人物が扉を開けて入ってくる。無機質な黒いスーツを着た女性。髪を後ろで束ね、手にはタブレットのような物を持っていた。

「東雲冬夜さんですね。ようこそ、紅影クレナイ本部へ。」

「は……?」

 こうして俺の普通は、唐突に終わりを告げることになった。この入り口が、地獄への一方通行であるとも知らずに。
 
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