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1章 入隊編
3話 その名を紅影
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3話 その名を紅影、その名を隠者
「ようこそ……紅影本部へ。」
「は……え?レノは?あのおっさんは?」
気がつけば、2人とも姿を消していた。
つまり、冬夜は1人でこのよく分からない見せ物小屋のような場所に連れて来られたことになる。
女性は淡々とした口調で続ける。
「まずは落ち着いて聞いてください。先程、私が言った紅影とは正式名称"紅影特務捜査部隊"という組織名です。隠者を雇う世界で唯一の会社といったところでしょうか。あぁ、隠者が分からないですよね。隠者というのは影ながら治安を守る――」
女性の言葉は止まらない。冬夜は何とかして耳を傾けるも、次から次へと新たな情報が入ってくる。
「ちょ……あの、もうちょいゆっくりお願いできます?」
冬夜は一息ついてからそう返した。内心紅影という組織も、隠者という存在もよく分からない。今はただ、未知の能力集団ということのみが、彼へ与えられた唯一の情報である。
女性はわざとらしく咳払いをすると、再度仕切り直す。
「承知しました。......今回はあなたが正式に隠者候補生として試験対象になった為、お招きさせて頂きました。」
「なるほど……で、この空間はなんなんですか?さっきまで路地裏にいましたよ、俺。」
「空間転送技術です。俗に言う“テレポート”というものですね。」
「そんなんあり得るわけ……。」
「この世界には、“表の技術”と“裏の技術”があります。」
女性はそう言い切ると、手元の端末を操作し始める。
「もし試験に参加される場合は、本日より簡易宿泊室が提供されます。」
「……一応、試験というのは?」
「あなたに、“隠者”としての適性があるかを測定します。合格すれば紅影の一員となり、以後は国家機密である影の部隊として活動してもらいます。」
「国家機密……そんなの聞いたこと――」
「選択の自由はあります。学校をはじめ、外せないご予定もあるでしょう。どちらを優先されても構いません。ただし、辞退される場合は記憶消去の処理が義務付けられています。……あなたの場合、処理が通用するかどうかは未知数ですが。」
「…………」
言い返せなかった。
理屈では拒否したかった。突然の話に納得などできるはずがない。それでも、一度味わってしまったあの“テレポート”の感触を否定する材料はどこにも見当たらなかった。
現実だとは到底思えない。夢なのではないかと、この短時間で何度思ったことか。それでも、何度頬をつねってもこの夢が覚めることは絶対にない。
常人であればこんなものNOの一択だ。
今の人生も大体は満足しているし、特に変えたいこともない。それに相手はテレポートして記憶を消すとか言い出すような連中だ。何をされるか知ったこっちゃない。
――それでも。
これまで“ない”と信じてきたものが、“ある”と知らされた。それは恐怖でもあり、興奮でもある。
心の奥底で灯った感情。どれだけ否定しようにも否定できない、たった1つの炎。
――ロマン。結局、それに尽きた。
「……分かった。受験する。俺を部屋まで案内してくれ。」
「承知しました。」
促されるまま彼女の後に続く。
ホテルのように豪華な内装に目を奪われながら、静まり返った廊下をしばらく歩くと、やがて1つの部屋の前にたどり着いた。
「それでは、ご武運を祈ります。」
「ああ……わざわざ、ありがとうございます。」
丁寧に礼を述べた冬夜に、女性は無言で指を鳴らした。
すると、何処からともなく黒いアタッシュケースが目の前に現れる。
「お、おぉ……」
あまりのことに、冬夜は言葉を詰まらせた。今日だけでもう何度驚かされただろうか。
もはや感覚が追いつかず、まともに反応することにも疲れを覚え始めていた。
「この中に、特殊スーツとインカムが入っております。使用方法は部屋の端末にてご確認ください。後日、試験で使いますのでご了承下さい。それでは──」
深々と頭を下げる女性に、冬夜も軽く一礼して部屋へと入る。
部屋の扉が閉まりきったのを見届けると、女性は一転、足早に来た道を戻り始めた。そして角を曲がったところで、声を上げる。
「あ~~もうっ!緊張したぁぁぁ!」
「良い演技だったぞ、メイユ!」
それまでの端正な態度とはまるで別人。女性――メイユは壁にもたれかかりながら、思いきり肩の力を抜いた。
それを見ていたのはレノだった。
「ちょっとぉ!私あんなキャラじゃないのに~!なんであんな無機質な口調なんて……!同期の頼みじゃなきゃ断ってたわよ。」
「いや~だって、お前が一番頼みやすい仲なんだもん。急すぎてスタッフさんに頼むのも何か違うしさ。」
「うぅ……冬夜くんとこれから普通に接するとき、どうすればいいのよ……。」
メイユの叫びを、レノは肩をすくめて鼻で笑う。そして視線を、先ほど別れた部屋の方へと向けた。
「ま、アイツなら受かるだろ。」
そう言って駄々をこねるメイユの襟元をぐいっと引っ張り、レノは彼女を引き連れてその場を離れた。
――一方その頃、そんなやり取りが交わされているとは露知らず、冬夜は部屋の中を見渡していた。
不覚にも、思ったより快適だった。
ベッドとデスク、洗面台。そして、暗号化された卓上端末が一台。窓はなく、外の光は一切届かない。その代わり、壁に沿って淡い青のラインが走り、ゆっくりと脈動していた。
不思議と落ち着く配色だ。部屋へ向かう途中も、目立った異常はなかった。建物自体も、特別な雰囲気こそあれ、どこか無機質で静かだった。
非日常の中で、唯一の日常。この部屋だけは、少しだけ彼に安らぎを与えた。
少しの休息を取った後、冬夜は机にあった端末に手を伸ばした。端末を開くと、いくつかの資料が表示された。
──【隠者の役割】
「要するにスパイってことか?」
──【スーツの構造と着用方法】
「着るだけで身体能力が上がる……。」
──【サイキッカーとの融合機能】
「スーツを着ているとサイキッカーと融合できる?これはよく分からないな。」
──【仮想空間任務の基礎】
「隠者はバレないように仮想空間で戦う……と。」
冬夜はざっと全ての項目に目を通した。
要約すると、隠者というのは"超能力の使えるスパイ"みたいなものらしい。
だが、分からない言葉も多かった。サイコキネシス、催眠術、融合率――挙げ出したらキリがない。
だが、どれも曖昧な記載方法ばかりで、全てを理解するには明らかに情報が足らなさすぎる。
「今見せられるのはこれだけってことか……。まあそうだよな。俺の場合記憶が消せないってこともあるだろうし。」
そう自分に言い聞かせて今日の状況を整理する。
レノが超能力を使ったところを見てしまった。それ故に紅影という組織に連れて来られ、数日後に試験を受ける。
女の人にホテルまで案内されて端末によって4つの情報を断片的にだが知ることができた。
「こんなもんか。」
冬夜は机の上に置かれたノートを開き、思いつく限りの情報を殴り書いた。
言葉にならない焦りと高揚感を指先に乗せて。
「ようこそ……紅影本部へ。」
「は……え?レノは?あのおっさんは?」
気がつけば、2人とも姿を消していた。
つまり、冬夜は1人でこのよく分からない見せ物小屋のような場所に連れて来られたことになる。
女性は淡々とした口調で続ける。
「まずは落ち着いて聞いてください。先程、私が言った紅影とは正式名称"紅影特務捜査部隊"という組織名です。隠者を雇う世界で唯一の会社といったところでしょうか。あぁ、隠者が分からないですよね。隠者というのは影ながら治安を守る――」
女性の言葉は止まらない。冬夜は何とかして耳を傾けるも、次から次へと新たな情報が入ってくる。
「ちょ……あの、もうちょいゆっくりお願いできます?」
冬夜は一息ついてからそう返した。内心紅影という組織も、隠者という存在もよく分からない。今はただ、未知の能力集団ということのみが、彼へ与えられた唯一の情報である。
女性はわざとらしく咳払いをすると、再度仕切り直す。
「承知しました。......今回はあなたが正式に隠者候補生として試験対象になった為、お招きさせて頂きました。」
「なるほど……で、この空間はなんなんですか?さっきまで路地裏にいましたよ、俺。」
「空間転送技術です。俗に言う“テレポート”というものですね。」
「そんなんあり得るわけ……。」
「この世界には、“表の技術”と“裏の技術”があります。」
女性はそう言い切ると、手元の端末を操作し始める。
「もし試験に参加される場合は、本日より簡易宿泊室が提供されます。」
「……一応、試験というのは?」
「あなたに、“隠者”としての適性があるかを測定します。合格すれば紅影の一員となり、以後は国家機密である影の部隊として活動してもらいます。」
「国家機密……そんなの聞いたこと――」
「選択の自由はあります。学校をはじめ、外せないご予定もあるでしょう。どちらを優先されても構いません。ただし、辞退される場合は記憶消去の処理が義務付けられています。……あなたの場合、処理が通用するかどうかは未知数ですが。」
「…………」
言い返せなかった。
理屈では拒否したかった。突然の話に納得などできるはずがない。それでも、一度味わってしまったあの“テレポート”の感触を否定する材料はどこにも見当たらなかった。
現実だとは到底思えない。夢なのではないかと、この短時間で何度思ったことか。それでも、何度頬をつねってもこの夢が覚めることは絶対にない。
常人であればこんなものNOの一択だ。
今の人生も大体は満足しているし、特に変えたいこともない。それに相手はテレポートして記憶を消すとか言い出すような連中だ。何をされるか知ったこっちゃない。
――それでも。
これまで“ない”と信じてきたものが、“ある”と知らされた。それは恐怖でもあり、興奮でもある。
心の奥底で灯った感情。どれだけ否定しようにも否定できない、たった1つの炎。
――ロマン。結局、それに尽きた。
「……分かった。受験する。俺を部屋まで案内してくれ。」
「承知しました。」
促されるまま彼女の後に続く。
ホテルのように豪華な内装に目を奪われながら、静まり返った廊下をしばらく歩くと、やがて1つの部屋の前にたどり着いた。
「それでは、ご武運を祈ります。」
「ああ……わざわざ、ありがとうございます。」
丁寧に礼を述べた冬夜に、女性は無言で指を鳴らした。
すると、何処からともなく黒いアタッシュケースが目の前に現れる。
「お、おぉ……」
あまりのことに、冬夜は言葉を詰まらせた。今日だけでもう何度驚かされただろうか。
もはや感覚が追いつかず、まともに反応することにも疲れを覚え始めていた。
「この中に、特殊スーツとインカムが入っております。使用方法は部屋の端末にてご確認ください。後日、試験で使いますのでご了承下さい。それでは──」
深々と頭を下げる女性に、冬夜も軽く一礼して部屋へと入る。
部屋の扉が閉まりきったのを見届けると、女性は一転、足早に来た道を戻り始めた。そして角を曲がったところで、声を上げる。
「あ~~もうっ!緊張したぁぁぁ!」
「良い演技だったぞ、メイユ!」
それまでの端正な態度とはまるで別人。女性――メイユは壁にもたれかかりながら、思いきり肩の力を抜いた。
それを見ていたのはレノだった。
「ちょっとぉ!私あんなキャラじゃないのに~!なんであんな無機質な口調なんて……!同期の頼みじゃなきゃ断ってたわよ。」
「いや~だって、お前が一番頼みやすい仲なんだもん。急すぎてスタッフさんに頼むのも何か違うしさ。」
「うぅ……冬夜くんとこれから普通に接するとき、どうすればいいのよ……。」
メイユの叫びを、レノは肩をすくめて鼻で笑う。そして視線を、先ほど別れた部屋の方へと向けた。
「ま、アイツなら受かるだろ。」
そう言って駄々をこねるメイユの襟元をぐいっと引っ張り、レノは彼女を引き連れてその場を離れた。
――一方その頃、そんなやり取りが交わされているとは露知らず、冬夜は部屋の中を見渡していた。
不覚にも、思ったより快適だった。
ベッドとデスク、洗面台。そして、暗号化された卓上端末が一台。窓はなく、外の光は一切届かない。その代わり、壁に沿って淡い青のラインが走り、ゆっくりと脈動していた。
不思議と落ち着く配色だ。部屋へ向かう途中も、目立った異常はなかった。建物自体も、特別な雰囲気こそあれ、どこか無機質で静かだった。
非日常の中で、唯一の日常。この部屋だけは、少しだけ彼に安らぎを与えた。
少しの休息を取った後、冬夜は机にあった端末に手を伸ばした。端末を開くと、いくつかの資料が表示された。
──【隠者の役割】
「要するにスパイってことか?」
──【スーツの構造と着用方法】
「着るだけで身体能力が上がる……。」
──【サイキッカーとの融合機能】
「スーツを着ているとサイキッカーと融合できる?これはよく分からないな。」
──【仮想空間任務の基礎】
「隠者はバレないように仮想空間で戦う……と。」
冬夜はざっと全ての項目に目を通した。
要約すると、隠者というのは"超能力の使えるスパイ"みたいなものらしい。
だが、分からない言葉も多かった。サイコキネシス、催眠術、融合率――挙げ出したらキリがない。
だが、どれも曖昧な記載方法ばかりで、全てを理解するには明らかに情報が足らなさすぎる。
「今見せられるのはこれだけってことか……。まあそうだよな。俺の場合記憶が消せないってこともあるだろうし。」
そう自分に言い聞かせて今日の状況を整理する。
レノが超能力を使ったところを見てしまった。それ故に紅影という組織に連れて来られ、数日後に試験を受ける。
女の人にホテルまで案内されて端末によって4つの情報を断片的にだが知ることができた。
「こんなもんか。」
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言葉にならない焦りと高揚感を指先に乗せて。
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