私に『愛』を教えてください

あんこ

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3 初デート

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 ルイーゼの相談を受けてから一週間――マクシミリアンは待ち合わせ場所として有名な噴水の前にいた。シンプルな白シャツにオリーブグリーンのスラックスという落ち着いた出で立ちだ。

 それというのも、待ち合わせ相手であるルイーゼに、今日は平民に混ざっても違和感のない服装でくるよう指示されていたからだ。形式張った貴族の服装があまり得意でないマクシミリアンはそれを有難く思った。



 今日はルイーゼとの初めてのデートの日だ。そのため、従者は連れてくることはせず、少し離れた場所で馬車を降り、一人でやって来た。ヴィンセント程ではないが、それなりに顔は整っているマクシミリアンは先程から何度も女性に声を掛けられている。

 何人目かの女性に声を掛けられ、当たり障りなく断るのに疲れた頃、ルイーゼはやって来た。遠目でも分かるその愛らしさに、マクシミリアンは年甲斐もなく心音が早くなるのを感じた。傍らには護衛を兼ねているのであろう、前回会った時にも連れていた女性を連れている。



 マクシミリアンの姿を見つけたルイーゼは手を振りながら急ぎ足でやって来た。



「おはようございます、マックス様」

「あ、ああ、おはよう」



 ルイーゼの満面の笑顔を受け、思わずにやけそうになる顔を引き締める。



「すみません、お待たせてしまいましたか?これでも遅れないよう、少し早めに家を出たつもりだったのですが」

「私が早く着いただけだ。問題ない」



 マクシミリアンが答えると、ルイーゼは「よかった」とほっとした顔で息を吐き出した。薄化粧のせいか、洋服のせいか、どことなくいつもより幼く見える。



「と、いうことで、スザンナ。お供はここまでで大丈夫よ」

「ですが……」



 スザンナと呼ばれた女性がルイーゼとマクシミリアンを交互に見やり、心配そうに眉を寄せる。

 気持ちは分かる。王太子の耳目となって情報を集めることもあるマクシミリアンはお忍びでの行動も多く、それなりに街に馴染んでいるが、ルイーゼからは隠しきれない高貴なオーラが漂い、先程から無駄に注目を集めている。

 おまけに相手は夫ではなく、情事の相手に選んだ男だというのだから、お付きの彼女にしてみればとてもひとりには出来ないだろう。



「ふふ、スザンナは相変わらず心配性なんだから。帰りはきっとマックス様が送ってくださるから大丈夫よ。……ですよね、マックス様?」

「あ、ああ。勿論きちんと送り届けよう」



 突然話を振られたマクシミリアンはたじろぎながらも、侍女に向かって頷いてみせた。侍女は少し迷うような素振りをした後、諦めたのかとぼとぼと人波に消えていった。

 なんとなくその背中を二人で見送る。



「スザンナは、あ、さっきの侍女ですけれど、彼女は私が嫁ぐ時に唯一連れてきた侍女なんです」

「仲がいいんだな。前回会った時連れていたのも彼女だろう?」

「ええ。私には弟しかいないので、もし姉がいたらスザンナのようだったかしら、と思います」



 そう言って笑ったルイーゼは少し寂しそうに見えた。



「あー……ルイーゼ」

「なんでしょう、マックス様」

「その……その格好だが、よく似合っている」



 今日のルイーゼは貴族女性が普段着るようなドレスではなく、青地に所々白い薔薇の刺繍がポイントで入った綿のワンピースを着ていて、一見すると裕福な商家のお嬢さん風だ。

 普段は既婚の証としていつもは纏めている髪も、今日は髪の上部を緩く編み込み、残りの髪はそのまま下ろしている。髪に結ばれたブルーグレイのリボンが自分の瞳と同じ色で、マクシミリアンは密かにどきりとした。



「ありがとうございます。マックス様もとても素敵です」

「ありがとう。それと、今日はお忍びなのだろう。様はつけずに呼び捨てにしてくれ」

「わかりました。そうします、マックス」

「それと敬語もだ」

「ふふふ、わかり……わかったわ。これでいい?」

「ああ」


 ルイーゼが自分に笑顔を向ける度に早くなる心音を悟られないよう、マクシミリアンは真剣な顔で頷いた。



「それで、今日はどうするんだい」


 さり気なく周囲をけん制しながら、マクシミリアンは尋ねた。出来るだけ早くこの場を離れたい。

 それというのも、行き交う人々の視線が――特に若い男共の――美しいルイーゼに集中しているからだ。周囲の視線から守るように立つマックスの意図に気づくことなく、ルイーゼは嫋やかに微笑む。



「ふふ、任せてください。行き先はばっちり聞いてまいりましたの。まずは女性に人気のカフェからですわ」



 ルイーゼが自慢気に取り出したメモには、何やら今日の予定がかかれている。



 なんでも、彼女はこの先四十五回重ねる予定の情事の記念すべき第一回である今日のため、どうやって聞き出したのか、過去にヴィンセントとその浮気相手であるメリッサ嬢の行ったことのある場所をなぞるつもりのようだ。

 あのヴィンセントが素直に浮気相手との行き先を教えたとも思えないが――聞きたいことは山とあるものの、とりあえずこの場で言うべきことでもないかと、マクシミリアンはひとまずルイーゼに従うことにした。



「では、行こう」


 マクシミリアンは少し悩んだが、ルイーゼの手を握った。ルイーゼは一瞬驚いた様子を見せたが、手を振り払うことはなく、弱い力ではあったがマクシミリアンの手を握り返してきた。

 情事の相手に選ばれたのだから、嫌われてはいないのだろうと思っていたが、それでも振り払われなかったことに密かに安堵する。



 ルイーゼの案内で辿り着いたカフェは、大きなウッドデッキがあり広々とした造りが開放的なカフェだった。外観は白と淡いブルーで統一されており、店内に飾られている細々とした置物も全て青系統というこだわり様だった。開店したばかりだというのに店内は若い女性やカップルで賑わっている。


「へえ、すごい人気だな」

「このカフェは初めて?」


 思わず呟くと、ルイーゼが隣で首を傾げた。


「ああ、流石に男だけで来る場所じゃないからな」

「マックスさ……マックスに婚約者はいないのよね。女性とデートはしないの」

「今してるさ」


 ルイーゼが上目遣いでマクシミリアンを軽く睨む。求めているのはそういう回答ではないという意思表示なのだろう。年頃の少女らしい仕草につられて思わず笑みが零れた。


「まぁ、正直仕事が忙しいし、女性と二人で出掛けるとしてもこういうデートはあまりしたことがない」

「なるほど」



 マクシミリアンの答えに何か納得したように頷く。



「このお店はフルーツの乗ったチーズケーキが有名なの。それ以外のケーキも美味しいのよ」

「ルイーゼはこの店に来たことがあるのか?」

「ええ、結婚する前までは友達と……メリッサとよく来ていたわ」



 何かを思い出すようにそっと目を伏せるルイーゼに何と言っていいのか分からず、マクシミリアンが言葉を探していると丁度店員が案内にやってきた。助かったとそっと息を吐く。



 昼食よりもかなり早めに来たおかげで、二人は無事窓際の目立たない席を確保することが出来た。ケーキをいくつかと紅茶を注文し終えたところで、そっと周囲を見渡す。

 ルイーゼの話を聞く限り、平民街にあるカフェとはいえお忍びで来ている貴族も多そうだ。ルイーゼの考える『情事』の内容がどんなものにせよ、ルイーゼにも自分にも、不名誉な噂が立つことは避けたい。



 店内をそれとなく観察するマクシミリアンとは逆に、ルイーゼはリラックスした様子で景色を楽しんでいる。ひとまず知り合いの貴族がいないことを確認したマクシミリアンは、漸く口を開いた。



「ところで、何日か前にも手紙で送ったが……本当に、ヴィンセントは承知しているのか?」



 ルイーゼとデートする数日前、マクシミリアンは屋敷で頭を悩ませていた。

 ルイーゼのとんでもない申し出を勢いで受けてしまったが、そもそも夫であるヴィンセントはこの事を承知しているのだろうか?



 ヴィンセントがルイーゼに熱を上げ熱心に口説いていたのは社交界では有名な話だ。両手の数では足りない程の女性を侍らせ、派手に遊びまわっていたヴィンセントが突然身綺麗になり、つれない態度にもめげずルイーゼを追いかけまわしていたのだ。あのプレイボーイもついに本気になったか、と当時はあちこちで噂されたものである。



 無事婚約を結んでからも、まるで他の男に盗られることを恐れるように六カ月という貴族では異例の婚約期間で婚姻し式まで挙げてしまった。

 それ程までして手に入れたルイーゼを裏切ったヴィンセントの気持ちは、マクシミリアンにはこれっぽっちも理解出来ない。

 しかし、あれ程ルイーゼに執着していたヴィンセントが、他の男と関係を持つのをそう簡単に許すはずはない。



 王太子殿下の側近という立場もある。他の女には感じたことのない好意をルイーゼに抱いていることは確かだが、他人の妻を寝取ったなどと醜聞を流されてはたまらない。正直言って、ルイーゼの提案を受け入れたものの、実際に関係を持つ気はマクシミリアンにはなかった。

 だというのに、勢いで安請け合いしてしまったのはきっと、ルイーゼを前にすると、どうにも年若い少年のように勝手に気持ちが浮足立つからだ。その美しい髪や瑞々しい肌に触れたいと思ってしまう。自分自身の危うさに冷や汗が出る。



 悩んだ末、一度ヴィンセントと話した方がいいのではないかとルイーゼに手紙を送ったが、答えは否だった。詳しいことは当日説明すると言われ、流されるまま今日を迎えてしまった、といわけである。



 ルイーゼはマクシミリアンの不安を見透かすようにペリドットの瞳でじっと見つめると、何やら鞄を漁り、紙を出して来た。二つに折り畳まれたそれを、そっとマクシミリアンに差し出す。


「なんだい?」

「中を見てみて。本当はもう少し普通にお喋りでもしてから、と思ったけれど、マックスが気になっているみたいだから」


 言われた通りに広げた紙は、契約書だった。

 マクシミリアンとルイーゼの情事の回数は四十五回までとすること、その間に行われた行為について、マクシミリアンには一切の責任を追及しないことを約束する旨が掛かれており、右下にルイーゼとヴィンセントのサインが揃って入っている。紙は全部で二枚あり、全く同じ内容のものがもう一枚重ねられている。



「私の相手をお願いするなら、マックスに不利益があってはいけないと思って用意してきたの。その内容で良ければ、貴方もサインを入れてくれるかしら。私とマックスで一枚ずつ持っていれば安心でしょ?もし内容に付け足したいことがあれば遠慮なく言って」

「ルイーゼ、君……本気なんだな?」

「ええ、勿論」



 ルイーゼがマクシミリアンの不安を見越し、ヴィンセントの承諾までこうしてもぎ取ってきていたことにも、ヴィンセントがこんな内容にサインしたことにも、マクシミリアンは驚いていた。
実際にそういう関係になるつもりはないとはいえ、万が一のことを考えれば、正直この契約書は有難い。

 ひとまずの憂いが晴れて喜ぶべきなのか、不安になるべきなのか、複雑な表情を浮かべるマクシミリアンに、ルイーゼは微笑みを浮かべ、ペンを差し出してくる。戸惑いながらも二枚の紙をもう一度確認すると、マクシミリアンはサインを入れた。



「ヴィンセントは今日俺と君が会うことを知っているんだな?」


 サインを入れた契約書の内一枚をルイーゼに返しながら尋ねる。


「ええ。昨日までに何度か伝えているから大丈夫よ。今朝までは何故か自分もついていくってうるさかったわ」

「俺があいつでもそう言うだろうなぁ。案外離れた場所から今も見ていたりして」

「それ以前にきっと、マックスは妻の友人に手を出したりしないでしょう?」

「うーん……それは信用されていると思っていいのかな。まあ、俺は独身だしな。一応彼女がいる時に浮気したことはないよ。今は友人の妻とデートしているけど」

「ふふ、そうね。ヴィンセントについては心配しないで。後をつけたり、見張ったりしないって約束したから。大丈夫、



 何故かはわからない。そう言って笑ったルイーゼを見て、張りぼてのようだと思った。
 軽くつつくだけで、今にも倒れてしまいそうな脆さを内包しているように思え、マクシミリアンは口を噤んだ。


「とにかく、ヴィンセントのことは私にまかせて。私とメリッサのように交友関係が途絶えることはないようにするつもりよ。だから今はデートを楽しみましょう?」


 心配しているのはヴィンセントとの仲ではないんだが、と思いつつ、マクシミリアンは開き直り、ひとまず流れに身を任せることにした。どうやら今すぐに抱いてくれ、といわれるような雰囲気ではないし、案外普通にデートして解散するつもりかもしれない。
ケーキと紅茶を楽しんだふたりは、ルイーゼのメモの通りに街巡りをすることになった。

 この数時間で分かったことは、どうやらルイーゼは相当な方向音痴だということだ。最初のカフェこそ迷わなかったものの、その後は何度も道に迷い、その度に見るからに危険な裏路地へ入り込もうとするものだから、最終的にルイーゼのメモを奪い取ったマクシミリアンが先導する羽目になった。



 しかし、とこっそりルイーゼを盗み見ながら、マクシミリアンは思う。


 ルイーゼのメモに書かれた内容は、到底一日で回りきれるようなものではない。事実、はしゃぎながらも、ルイーゼは疲れ始めているのか、歩くペースは確実に遅くなっている。

 今日のデートコースはヴィンセントから聞き出したものだという。
 メモの最後には、一応マクシミリアンも何回か利用したことのある宿屋の名前が書いてあったが、そこまで辿り着かないのは現時点で明白である。


 ――成程、そういうことか。


 メモから透けて見えるヴィンセントの思惑に苦笑しながら、マクシミリアンはルイーゼを横抱きに抱き上げた。


「予定変更だ」

「な、何をするのですかっ!?」

「足。痛いんだろ?右足引き摺ってる」

「う……だからといって、これは恥ずかしいですわ!」

「口調が戻ってるぞ?」



 にやりと笑えば、ルイーゼは言葉が出てこないのか唇を震わせ軽くマクシミリアンを睨んだ。
 その少し子供っぽい仕草も可愛らしく思えて頬が緩む。

 ルイーゼが「もう!」と恥ずかしさに両手で顔を覆い、大人しく抱かれながら数分ほど歩いたところで、マクシミリアンはそっと彼女を下ろした。


「着いたぞ」

「ここは?」


 首を傾げる彼女に見えるよう、預かったメモを顔の位置まで掲げ一番下を指さす。


「今日のゴールの宿屋だ」


 ごくりと、唾を呑む音がした。
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