私に『愛』を教えてください

あんこ

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4 ヴィンセントの後悔(1)

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 ルイーゼとマクシミリアンがカフェでお茶を楽しんでいる頃――侯爵家の自室では絶望の表情を浮かべたまま、だらりとソファに身を任せるヴィンセントがいた。



 今日の朝、ルイーゼをマクシミリアンとのに送り出してからというもの、仕事は全く手につかない。じっと天井を見つめていたかと思うと、時折激しく頭を掻きむしり、獣じみた呻き声をあげることを繰り返している。

 見かねた従者のマルクが予定していた商会との商談をキャンセルしたことにも気が付いていない。


 今頃ルイーゼとマクシミリアンは何をしているのだろうか。


 いっそ街まで探しに行こうと腰を浮かせ、その度にルイーゼの言葉が頭を過り、思い止まる。

 どうしてもルイーゼを行かせたくなかったヴィンセントは、この一週間ルイーゼの後をついて回り説得を試みるも、ルイーゼは決して頷かなかった。

 ならば、とこっそり友人のマクシミリアンに連絡を取ろうとしたが、それを見透かしたルイーゼにぞっとする程の軽蔑の視線を向けられ、それも諦めた。

 せめて遠くから見守ろうとすれば、ルイーゼに決して後をつけたり監視したりしないよう事前に釘を指されてしまった。



 全てを見透かすようなペリドットの瞳で射抜かれ、「旦那様は私に嘘をつかないと信じています」と言われてしまえば、ヴィンセントはすごすごと引き下がるしかない。


 苦肉の策として、メリッサとのを聞きたがるルイーゼに必要以上に沢山の場所を教えてやった。
ルイーゼはそれを、ヴィンセントとメリッサが一日で回ったと勘違いしていたようだが、実際は違う。嘘をつかないで済む、ぎりぎりの範囲でそう思うように誘導した。

 あれだけの場所や店を回りきるには、余程細かいスケジュール管理でもしないと不可能だ。例え時間の問題をクリアしたとしても、体力のないルイーゼはせいぜい途中までしか回れないだろうことは、ヴィンセントには手に取るように分かる。



 そもそも、メリッサとの逢瀬は、ルイーゼの考えているようなものではない。

 あの女メリッサがルイーゼに何を吹き込んだかは知らないが、人目に触れないよう、せいぜい利用した宿のルームサービスや近くの店で軽く食事をするくらいで、殆どが宿に直行し、部屋にこもりきりだった。身体だけの関係を結んだ後は、事務的に接してさよならだ。

 まともなデートなどしたことがないし、するつもりもなかった。

 今回ルイーゼに教えたとやらは、過去メリッサに無理矢理引っ張り込まれた宝飾店や街中で数十秒偶然会って立ち話をしただけの店も含まれている。勿論宝飾品やドレスをプレゼントしたことなどない。

 それどころか同じベッドで共に朝を迎えたこともなければ、愛を囁いたこともない。事後の処理すら世話してやったことはないし、ましてや共に風呂に入ったこともない。割り切った関係だと、ヴィンセントは思っていた。

 行為の最中、メリッサはやたらとヴィンセントからの愛の言葉をねだったが、ヴィンセントは決して嘘でも口にはしなかった。
 誰でもよかったのだ。ただ、欲を吐き出せれば誰でも。

 相手がメリッサでも娼婦でも、変わらなかった。ルイーゼと出会った瞬間から、ヴィンセントにとってルイーゼ以外の女はみんな同じになったのだから。



 ルイーゼを愛している。

 ルイーゼだけを愛している。



 なぜ、あんな女メリッサと関係を持ってしまったのだろう。

 せめて相手が娼婦であったなら、家まで乗り込んできて、あんな形で不貞を知られるようなことにはならなかっただろう。
メリッサと関係を持ち始めたのは、二カ月と少し前からだ。

 切っ掛けは普段交流の少ない家で開かれた夜会だ。仕事の関係で、出来れば出席しておきたい夜会だった。



 ルイーゼはあまり社交が好きではない。結婚前ですら『幻の蝶』などと呼ばれて、ルイーゼの姿を夜会で見られたら翌日いいことがある、なんていう根拠のないジンクスが一時広まったくらいだ。

 結婚してからも年々美貌に磨きがかかる妻に未だに言い寄る男も多いため、都合のいいことにルイーゼには仕方ないなという顔をしながら、ヴィンセントも内心ではルイーゼにあまり外に出てほしくないと思っていた。

 『幻の蝶』は、ヴィンセントだけの蝶になったのだ。


 だからその夜、ヴィンセントはひとりで出掛けた。

 普通は余程夫婦仲に問題がない限り、貴族の夫婦は夜会には揃って出席するものだが、他の招待客もルイーゼの夜会嫌いを知っているので、そのことであれこれいう人間は殆どいない。いや、

 ルイーゼを悪く言う人間は、侯爵としての権力を使って徹底的に黙らせてきた。今では少なくともヴィンセントの耳に入るような声でルイーゼの悪口を言うものは、余程の馬鹿以外いない。


 夜会に出席した目的の人物とも無事に繋ぎをつけ、寄ってくる女たちを適当にあしらいながらもそろそろ愛しい妻の待つ屋敷へ帰ろうかと思った時、見覚えのある女が話しかけてきた。



「お久しぶりです。ヴィンセント卿」

「ああ、きみは確か……ハートネル伯爵令嬢だったね」



 ヴィンセントが作り笑いを浮かべると、女は嬉しそうに頬を緩ませた。


 メリッサ・ダリア・ハートネル伯爵令嬢。

 あまり社交的でないルイーゼの、数少ない友人のひとりだ。

 この国で最も多いブラウンヘアーにルイーゼよりも青みの強いグリーンの瞳、不美人というわけでもないが飛び抜けて美しいわけでもない顔立ち、平均的なスタイル。

 実家は先々代の当主がとびきり優秀で子爵家から伯爵家に陞爵されたものの、その後はとくに目立った功績もなく、可もなく不可もなくといった領地経営を続けていると聞く。



 これといって特筆するところのない令嬢。



 それがメリッサ・ダリア・ハートネルという女に対しての印象。

 にも関わらず、その顔を覚えていたのは、結婚式でルイーゼと親しげに話していたからだ。社交的でないルイーゼが、珍しく気安い様子で接していたので印象に残っていた。聞けば、実家の家格が同じで領地も隣り合っていたため、幼い頃からよく遊んでいたのだという。


 実のところ、ルイーゼがヴィンセントを射止める前まで、メリッサはヴィンセントに群がる女たちのひとりだった。

 ただ、ヴィンセントの取り巻きには美しく妖艶な美女も、若さ溢れる初々しい美少女も、才能豊かな貴婦人も山ほど侍っていたため、容姿も能力も実家の財力も平凡なメリッサは当然その中で埋没し、ヴィンセントにその存在すら認識されることはなかったのだ。


 ルイーゼの幼馴染み。


 メリッサに対して、ヴィンセントが価値を認めるのはその一点のみ。

 けれど、その一点こそルイーゼ至上主義のヴィンセントには重要で、メリッサが渇望していたヴィンセントとの縁を繋ぐ切っ掛けになってしまった。


 ルイーゼの友人だから、まともに話したこともない格下の伯爵令嬢が、既に父から爵位を継ぎ侯爵を名乗る自分を許可なく名前で呼び、親しげに話しかけるというマナー違反にも目を瞑ることにした。


あの子ルイーゼ、元気でやっていますか。婚約から結婚まであまり準備期間があまりなかったでしょう?だから心配になってしまって。ここのところあまり会えていませんから」



 そう言ったメリッサは、純粋に慕っているように見えた。

 伯爵家と侯爵家では、求められるものも自ずと変わってくる。伯爵令嬢から侯爵夫人になった友人を心配しているのだろう、と少しだけ世間話に応じることにした。

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