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第一章

第3話 味噌といったらトン汁ですよね

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 味噌の詰まった四斗樽なんて、一人では運べない。
 食堂から人を呼んで運んでもらった。
 樽から少量の味噌を取り出して、トレーの上に広げていく。
「それをどうするんですか?」
「このまま試食の時間まで肉を漬け込んでおいて、あとで焼いて食べるんです・。」
おお、塩漬けみたいなものですね。
「はい。それから、大きな寸胴をお借りできますか?」
 寸胴に湯を沸かして、野菜くずや鶏ガラを入れて弱火で煮だしていく。
 丁寧に灰汁をとってから濾して寝かせておく。
「それは?」
「肉と野菜のスープを作ります。具沢山で美味しいですよ。」

 午後は買い出しの予定であるが、少し時間があるので考えてみる。
「どう考えても、俺が望んだから味噌が出現したんだよな。」
 だが、何かを望みながら穴を掘っても何かが出現することはなかった。
 もしかすると、一日一回限りの限定仕様なのか……。
 いずれにしても、寝る前に望んだものが翌日出現するというのがサイクルかもしれない。
 どちらにしても、検証していけばはっきりする。

 午後になり、シェリー王女のメイド達と市場をまわる。
「ここには、海のモノはないんですね。」
「はい。ブランドン王国は海に面した領地がありませんので。」
 この人は王女のメイドで、ナタリアさんといった。栗色の髪を後ろで束ねている。黒いメイド服に白いエプロンがかわいい。
 昆布が見当たらないので、キノコ類を大量に仕入れていくが、乾燥させたものも見つかった。
「あとは、トン汁用の野菜だね。ジャガイモ・人参・大根・白菜……、さすがに豆腐・こんにゃく・ごぼうはないか……。」
 残念ながら、大豆も見つからなかった。味噌づくりも無理そうだ。
「玉子は随分高いんですね。」
「はい。繁殖期以外には見つかることも少ないですし、アヒルもそんなに数はいませんからね。」
 そうだった。普通の鳥は、繁殖期以外は玉子を生まないのだ。
 だが、玉子が入手できれば、料理の種類もぐっと増えるしマヨネーズやプリンだって作れる。
 俺の中で密かな闘志が湧きあがった。
 玉子の優先順位は高い。

 夕方からはトン汁の仕込みとパンの試作だ。
 午前中に作っておいただし汁を火にかけて肉と野菜を加えて弱火で煮込んでいく。途中で味噌を溶かしてあとは煮込むだけだ。
 パンの方だが、小麦粉にも薄力粉とかの種類があるらしい。だが、どちらでもパンは作れると聞いた。
 この世界の小麦粉に種類なんて期待できない。とりあえず小麦粉をぬるま湯で捏ねて濡れ布巾をかけて何か所かに分けておいておく。
 パンつくりなんてやったことはないが、酵母は自然界に存在しているという。
 生地を一晩ねかせておいて、うまく酵母が作用してくれれば発酵してくれると聞いたことがある。まあ、やってみるだけである。
 それに、基本的な考え方を伝えただけで、俺自身が美味いパンを作るなんてこれっぽっちも考えていない。あとは、専門のスタッフに任せるだけである。

 食堂の営業時間が終わり、声をかけておいたメンバーが集まってくる。
 前回のこともあるので、王族にはシェリー王女に任せておいた。
「お母様もお見えになったんですね。」
「ええ。陛下がどうしてもというので。」
「マテ!どうして自分には声がかからなかったと騒いだのは誰だ!」
「あら、気のせいではございませんか?」
「ぐぅ……。」
「お父様もお母様も、勝手なことを言わないでくださいませ。ススムは私のスタッフなのですよ。ですから、ススムの功績は私のものなのです。お給料も私が私費で払っているのですから。」
「ほう。ところでな、迷い人が現れたという重要な報告が私の元に届いていないのだよ。」
「えっ、そ、それは……。」
「まあ、そうでしたの。それはいけませんね。」
「お、お母さま……。」
「父上、迷い人となれば、多文化との接触という国にとって重要な案件となるはず。その情報が届いていないというのは、問題ですよね。」
「えっ……、あの……。」
「しかもだ。聞くところによると、その迷い人の知識を金貨30枚程度で独占しようとするたくらみがあるそうなんだ。」
「ですが父上、月に金貨30枚ならば、それなりに見合った報酬といえるのではないでしょうか。」
「それがな、年間で金貨30枚らしいのだよ。」
「それは、とんでもない企みですね。まさか、それで私腹を肥やそうと……。」
「うむ。時に料理長よ。」
「は、はい。」
「例えばの話じゃが、今日披露してくれる新しい調味料は、本職の目から見てどれくらいの価値があると思う?」
「そうですな。量も多いので、最低で金貨50枚の価値はあるかと存じます。」
「ご、ごめんなさい。私が……。」
「シェリーよ、そういう事なのじゃ。ススムよお主の処遇についてはあらためて提案させてほしい。」
「はい。承知いたしました。」
「で、今回の調味料を試させてもらおうかの。」

 異世界二日目の試食会も好評だった。
 味噌漬け肉もトン汁も、早速翌日のメニューに追加されるそうだ。

 その夜、布団の中で俺は考えた。
 もし、願った物品が土の中から現れるのであれば、何があったらより喜んでもらえるのだろうか。
 例えば、向こうの世界で現実に存在しないようなものでも出現するのだろうか。
 生物は可能なのだろうか。
 そんなことを考えた末、俺はあるものを思い描いた。
 本当に入手できるのかは別にして、それが現れたらきっと楽しくなるだろう。

 翌朝、十分に気温があがった時間に俺は果樹園の横に穴を掘った。
 例の感覚は……あった。
 俺は慎重に木箱を掘り出して、助けを呼んで箱を開け、十分に暖かくなっている砂の上にそれを並べていった。
 やがてコツコツと何かをつつく小さな音がして、そいつらが顔を出した。
「な、なんですのこの子たちは!」
「かわいいだろ。俺の世界のニワトリのヒナだよ。」
 そう、俺が願ったのは、”孵化直前の白色レグホンの玉子300個が入った木箱”だ。
 より具体的には、50個の玉子が6段に並んでいる木箱だ。
 卵を孵すには、温度管理や転卵が必要なのだが、孵化直前であればそういう手間が省ける。
 そして一度成体を確保できれば、増やすのはむつかしくない。
「シェリー王女、陛下か王子を呼んできてくれないか。」
 王女は、ピヨピヨと鳴くヒヨコに釘付けだったが、しぶしぶ城に向かって走っていった。

「ススムよ。これは……。」
「俺の国で、一年中玉子を生んでくれるよう改良された鳥のヒナです。どれだけメスなのかわかりませんが、どんどん増やしていけば、いずれ国民が毎日玉子を食べられるようになるでしょう。」
「だが、どうやってこれを運んできたんだ。」
「それは、さすがに陛下であっても秘密ですね。この子たちが成長する前に、飼育する建屋をお願いします。飛ぶことはできませんが、7メートルくらいの高さの囲いが必要になります。」

 ニワトリも俺が直接関与するつもりはない。注意点だけ伝えて、丸投げする予定である。
 養鶏によって入手できるのは玉子だけではない。鶏肉も安定して供給できるのだ。国をあげて取り組んでもらう価値はあるはずだ。
 ヒヨコは、孵化してから2日くらいは体内の栄養で成長する。明日の朝は、ヒヨコの餌を木箱入りでお願いしなくてはいけないな。


【あとがき】
 ニワトリというのは、本当に有益な家禽だと思います。特に、玉子によって私たちの食事にどれだけの変化がもたらされたのでしょうか。考えさせられます。
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