縄文の女神 -異世界なんてないんだよ-

モモん

文字の大きさ
18 / 25
第四章

第17話 小田原

しおりを挟む
 平塚を抜けた先に金目川という小さな川がある。ここを辿っていくと比較的平坦な道で秦野に至るのだが、秦野と松田の間に山道が続くのだ。いや、道などないだろうから山越えとなる。幸い、ハクの案内は海沿いを選んでいた。
「この高麗山に登れば、大島も見えるんだよ。」
「そんなに近いのかよ。泳いでいけるかな。」
「無理っすよ。多分40kmくらい離れてるっす。」
「いや、リュウジならいけるだろう。」
「そうか、もう少し暖かくなったらチャレンジすっか。」
「絶対嘘っすよね。」
「本気にするんじゃないよ。現代だったら、この辺りでアオバトが見られるんだけどな。」
「アオバト?」
「ああ。緑色のきれいな鳩なんだ。」
「ミドリだと~、聞いたことないぞそんなモン。」
「嘘に決まってるじゃないっすか。生まれてからずっと神奈川に住んでいるっすけど、そんなの聞いたこともないっすよ。」
「いや、うちの親父が鳥好きでね、連れてこられたことがあるんだ。ホントに緑だったよ。実際には丹沢の山奥に棲んでいて磯の窪みにたまった塩水を飲みにくるらしい。」
「塩水?」
「塩分補給っすか……。益々嘘っぽいっすね。」
「嘘じゃないよ。」
「鳥が塩水を飲むなんて信じられっかよ。」
「ホントだってば。群れになって飛んでくるんだから。」
 二人は信じてくれなかった。事実なのに……。大磯の先に小さな集落、というよりも2軒の住居があり、一泊させてもらった。お礼にアラのモリ頭を贈ったら大層喜んでくれた。

 翌日は二宮を抜けて小田原に入る。問題は酒匂川をどうやってわたるかだ。酒匂川の水量はそこまで多くないとはいっても一級河川だ。だが、中州が点在している。少し上流に向かって歩くと、二つの中州が並んでいる場所を見つけた。
「幅は2から3メートルか、どうしよう?」
「竹の棒を使って飛び越せないっすかね。テレビで見たんっすけど、こう棒高跳びみたいな感じで飛び越えるっす。」
「ああ、俺も見たことあるぜ。ヨーロッパの方だったかな、お祭りみたいなヤツだろ。」
「そう、それっす。4メートルくらいなら出来そうって思ってたっすよ。」
「竹の棒ね……」
 俺の視線の先に竹林があった。ナタで手ごろな一本を探し出し、枝葉を落として4メートルほどの長さにする。
「じゃ、言い出しっぺの僕から行くっすね。」
「おう、落ちんなよ。」
 少し助走をつけてミコトは飛び越えてみせた。
「おお、すげえな。じゃ、次は俺がやってみるか。」
 リュウジが飛んだところで、俺は気が付いた。
「ハク、シェンロンお前たち……どうしよう。これ、跳べないよな……」
 ウォンとひとなきして二匹は3メートルを軽々と跳び越えてみせた。だが、一人で残されてみると、急に不安になってきた。自慢ではないが運動はそれほど得意ではない。
「じゃ、いくよ。」
「おお、簡単だぞ。」
 少し助走をつけて……。90度まで到達できず、振り出しに戻った。
「くっ。」
「なにやってんすか!助走つけてんのに、直前でスピード落としたら意味ないっすよ。」
 そうか。周りにはそう見えてるんだな……。二度目の挑戦。タタタタタッ、よし、スピードは落ちていない。
「たぁっ!」
 やった、90度を超えたぞ!ズルッ……えっ!右手が滑った……えっ!50センチほど体が下に滑った。頑張るんだ……俺!左足着地成功!ジャボッ!
「あーあ、大丈夫っすか。」
 大丈夫なわけない。左足は対岸。右足は川の中。両手は竹竿で、体は空を向いていた。ああ、太陽がまぶしい……。背中の下を流れる川がサラサラと音を立てていた。
「どうやったら、そういう態勢になれるのか教えてくれよ。」
「ブリッジっすね。」
「た、助けて……」
「えっ、なんだって?」
「助けてくれ!」
 俺は二人に引っ張りあげられた。
「クククククッ。」
「笑うな!」
 右足のスニーカーを脱いで水を出す。左足も脱いで予備にもってきた草鞋(わらじ)を取り出して履き替えた。竹竿を半分に切り、靴ひもを通して肩に担いで天日干しにする。完璧だ。
「さあ行くぞ。」
「何カッコつけてんだよ。」
「委員長……不憫っすよ。」

「多分だけど、小田原駅あたりまで海になってるよね。」
「いや、小田原なんて来た事ねえから分かんねえよ。」
「ほら、海に突き出してちょっと高くなってるところが小田原城の天守閣がある場所だと思うんだ。」
「遠足で来たことあったような気がするっす。」
「その向こう側にあるのが天神山だと思うよ。」
「分かったから、竿を振り回すんじゃねえよ。」
「水がかかるっすよ。」
ウォン!
 俺たちは海岸沿いの砂浜を歩いていく。
「裸足の方が歩きやすそうだな。」
「そうっすね。」
 二人はスニーカーを脱いでリュックにしまい裸足になった。俺も草鞋を脱いだ。指の間をぬける砂の感触が気持ちいい。
「浜で何かとってますね。」
「貝じゃね。」
「ハマグリがいいな。」
「でもよ、醤油がないんだぜ。」
「汁物でもいいっすよ。」
「ハマグリってさ、土偶にもなってるんだけど、あれって植物っていうか木の実扱いなんだよね。」
「いやいや、それはないだろ。」
「委員長、昨日から嘘が多いっすよ。」
「川にも落ちたしな。」
「落ちてない。右足が水浴びしただけだ。」
「苦しいすね。」
「いいかい、ハマグリってどういう意味だと思う。」
「えっ?」
「あの形を考えてみてよ。」
「いや、分かんねえよ。」
「まさか、栗っすか?」
「えっ……」
「そう。あの艶のある感じといい、まさに栗なんだよ。浜の栗。」
「いや、まさか……冗談だろ……」
「ハマグリと思われる土偶も存在するし、浜の栗っていう語源説も本当にあるんだよ。」
「……」
 無言のまま歩いていき、貝堀りをしていた女性に声をかける。
「こんにちわ。」
「あっ、他所の方ですね。ようこそ天神へ。」
 女性というよりも少女だった。12才くらいだろうか。
「何をとっているんですか?」
「ナガラミです。とても美味しいんですよ。」
「ナガラミって?」
 リュウジが少女の手元のカゴを覗き込んだ。
「おっ、ハマグリもあるぞ。うん、これってシッタカじゃね?」
 どれどれとミコトもカゴを覗き込む。
「うーん、ちょっと違うような……」
「多分違うと思うよ。」
「お前、見もしないで分かるっつうのかよ。」
「うん、シッタカは磯にいるんだ。ナガラミは砂地。食べ比べたことがないから味の違いは分からないけど、シッタカの方が貝の高さがあって、ナガラミはカタツムリみたいに平べったいんじゃないかな。」
「よくご存じですね。シッタカがお好きなら、この先の磯にいけば捕れますよ。」
「いえ、今日は里に用があって来たんです。里は山の向こう側ですか?」
「はい。ご案内いたしますよ。」
「大丈夫ですよ。お仕事を続けてください。」
「今日はもうお終いにしようと思ってたんです。」
 少女はそう言ってカゴを手に立ち上がった。思ったよりも小柄だ。少女の名前はナミちゃんと言った。俺たちも名乗っている。よく笑う明るい娘だった。

 そうか、ここからは箱根が邪魔して見えないが、神の在る山がすぐそこにあるから天神か……と勝手に理解した。

【あとがき】
 小田原城天守閣の南東側で海抜8メートルくらい。その辺りを掘るとお堀の石垣が出現します。更に掘り進めると一世代前のお堀の石垣があり、その下に二世代前のお堀の石垣が現れます。つまりたかだか百年前は海抜2から3メートル程度だった事が分かります。縄文海進で現在よりも海の浸食がすすんでいたので、城下町や外堀のあたりは海底もしくは浜だったと考えられます。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ダンジョントランスポーター ~ 現代に現れたダンジョンに潜ったらレベル999の天使に憑依されて運び屋になってしまった

海道一人
ファンタジー
二十年前、地球の各地に突然異世界とつながるダンジョンが出現した。 ダンジョンから持って出られるのは無機物のみだったが、それらは地球上には存在しない人類の科学や技術を数世代進ませるほどのものばかりだった。 そして現在、一獲千金を求めた探索者が世界中でダンジョンに潜るようになっていて、彼らは自らを冒険者と呼称していた。 主人公、天城 翔琉《あまぎ かける》はよんどころない事情からお金を稼ぐためにダンジョンに潜ることを決意する。 ダンジョン探索を続ける中で翔琉は羽の生えた不思議な生き物に出会い、憑依されてしまう。 それはダンジョンの最深部九九九層からやってきたという天使で、憑依された事で翔は新たなジョブ《運び屋》を手に入れる。 ダンジョンで最強の力を持つ天使に憑依された翔琉は様々な事件に巻き込まれていくのだった。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
 異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。  億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。  彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。  四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?  道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!  気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?    ※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...