【完結】冬の足音

竹内 晴

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第2話 その花言葉は

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    「ねぇ、ユキ」

    「どうしたのだ?ご主人」

    ようやく落ち着いた後、様々な疑問が押し寄せてきた私は、ユキと話をしようと向き合っていた。

   だがしかし、気になる事が多過ぎて、何から聞けばいいのか分からない 。そして整理がつかないまましぼり出した質問は…

    「えっと…なんでご主人…?」

    いやいや、他に気になる事あるでしょ!なんで人間の姿なの?とか、どうやって帰ってきたの?とか……まぁ、そこも気になってたけど…。

   「……??…ご主人はずっと私のご主人だぞ?」

    ユキは不思議そうな顔で首をかしげた。その仕草しぐさも本当に可愛らしい。ユキはかなりの美猫だったせいか、人間の姿でもかなりの美少女である。

    「うん、でもご主人じゃなくて美花って名前で呼んでくれたら嬉しいなー」

    光の束のようにキラキラとした長くて美しい白髪はくはつに、翡翠色の丸くて大きな瞳。その天使のような幼い少女にご主人と呼ばれるのは、同性でも悪い事をしている気分になるのだ。

    「…みはにゃ?」

    あぁぁ、可愛い…どうしよう…

    抱きしめて頭を撫でたい衝動しょうどうられるが、なんとか耐える。

    「うん、そうそう」

    「うーん、ご主人はご主人だ」

    あっさり却下された…無念だ。

    「ねぇ、ユキはさっき、私のために戻ってきたって言ってたよね?」

    そろそろ本題に入ろうと、姿勢を正してユキの方に向き直る。

    ユキは私のために戻ってきた。それも猫ではなく人間の姿で。一体なぜ?どうやって?

    聞かれることは分かっていたのだろう。ユキの表情に一瞬の緊張が走った。しかし、すぐに穏やかな表情に変わり、ゆっくりとベランダの窓を開けて外に出ていった。

    慌ててその姿を追ってベランダに出ると、ユキは鉢植えの前に座っていた。そんな薄着で11月の寒空の下に出て、寒くないのだろうか。

    「ご主人、今朝やっと芽が出たな」

    「え?」

    私の質問とは関係ないように思われる言動に、ぽかんとしてユキを見つめる。ユキは穏やかなで鉢植えを見つめている。

    数秒の時間がとても長く感じる沈黙の後、ユキはこちらを見ることなく、ゆっくりと口を開いた。

    「ご主人、この花の名前は?」

    それはまたしても理由の説明ではなく、この花についての質問だった。頭の理解が追いつかないまま、素直にユキの質問に答える。

    「クリサンセマム・パルドサム。別名ノースポール。日本名は寒白菊かんしろきく。」

    「じゃあ、その花言葉は?」

    答えながらも必死に思考をめぐらせるが、考えるすきを与えないかのように次の質問が来る。

    「えっと、冬の足音、高潔、誠実、それから…」

    そこまで言って思わずハッとする。

    そんな非現実的な事が有り得るのだろうか?しかし実際に、ユキは私の所に帰ってきた。それならば…。

    心臓がドクドクと鳴り、変な汗が首筋を伝う。気が付いてしまった事実に身体が震える。ユキはまだ穏やかな瞳で鉢植えを眺めている。かすかにその身体が震えているように見えるのは寒さのせいか、それとも自分が震えているからだろうか…。

    長く綺麗な白髪が、月明かりに照らされてキラキラと輝いている。その横顔は空から舞い降りた天使のようだ。私はなぜだか、ユキがこのまま消えてしまいそうな気がして口を開く。

    「クリサンセマムの、花言葉は…」

    クリサンセマムの花言葉で最も有名なもの。全ての花の中で、唯一この花だけが持つ花言葉。それは…

    ゆっくりと深呼吸をしてから、震える声でそっとその言葉を口にする。


    「輪廻転生りんねてんせい」    

  
    ずっと鉢植えを見つめていたユキがこちらに向く。

    「そうだよ」

    私の目をしっかりと見つめ返す、吸い込まれそうな翡翠色のひとみ

    「ご主人の強い想いが、転生という形となって私を連れ戻したのだよ」

    「私の想い…?」

    「毎日、水やりの間もずっと、私の事を考えてくれていただろう?」

    「だって、ユキの事を考えて買った種を育てるのに、ユキを思い出さないわけないもん」

    ユキの死はあまりにも突然で、ユキのいない日々は寂しくて苦しくて、ユキを思い出さない日は無かった。

    「その気持ちが種を育て、その想いが今朝ようやく芽を出した」

    あぁ…私の気持ちは、この想いは、ちゃんと届いていたんだ…。

    「ユキ、これからも一緒にいようね」

    「当たり前だぞ、ご主人!」

    ユキは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

    「へっくしゅん!」

    ユキが大きなクシャミをする。やっぱりこの季節に薄手のワンピース1枚では寒いに決まっている。

    「ほら、風邪ひくからお部屋入ろう」

    「うー…寒いぞ…」

    ユキと室内に戻り、お風呂を沸かすスイッチを入れる。お湯が沸くまでの間、ユキの身体が冷えないようにブランケットを掛け、ホットミルクを作る。

    「これはミルクか?なんだかいい匂いがするぞ!」

    マグカップを渡すとユキはキラキラと目を輝かせた。どうやら蜂蜜を少し入れたのに、匂いで気が付いたようだ。

    「蜂蜜を入れてあるから、甘くて美味しいよ」

    どうやら人間になっても猫舌なのは変わらないらしい。ユキは念入りにふーふーと息を吹き掛けてミルクを冷ましてから、恐る恐る一口飲んだ。

    「ん!!」

    ユキの翡翠色の瞳が大きく見開き、さらにキラキラと輝く。そしてゴクゴクと一気にホットミルクを飲み干した。

    「ご馳走様ちそうさま!ご主人は天才だ!」

    ホットミルクで大袈裟おおげさだとは思うが、嬉しそうなユキを見ていると、こっちまで嬉しくなる。


    こうして、1人と1匹…ではなく、2人での新しい生活が始まった。
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