黎明が紡ぐ夜の物語

のどか

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夢の終わり

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ようやくひとりきりになった部屋で溜めこんだものを吐きだすように大きく息を吐く。
疲れた。当分立ち上がれそうにないくらいに身体が重い。
こんな感覚は久しぶりだった。いや、もしかしたらはじめてかもしれない。
今まではどんなに過酷な戦場に放り込まれても疲れを感じる暇も感傷に浸る余裕もなかった。

「いるんだろ!入るぜ!!」

いつだって、俺が沈み込む前にこうやってノックも無しにズカズカ入り込んでくるバカが居たからだ。
どんなに否定してみても、守るべきものがすぐ側にいて隣を見れば顔が見られて、自分の手で守ってやれる距離にあいつがいたことに安心していた。
だけど、それも今日までだ。どれだけ鈍いあいつでもあの拒絶には気付いただろう。
引かれたラインにも気付いてしばらく落ち込んで俺のとこには来ないはずだ。
いくら自他称あいつの兄貴のレオでもたった数時間で俺のとこに乗り込んでくるまでに浮上させるのは無理だ。

「あたしを無視していつまでも自分の世界に浸ってんじゃねぇ!!」
「……幻聴どころか幻覚が見えるほどに俺は疲れてんのか」

眦を釣り上げてキャンキャン吠えるあいつの姿を視界から締め出すように目を閉じる。
本当に疲れた。兄上の話も聞いたし、自分の立場も今後の身の振り方も大体決まった。となると面倒なだけの祝宴はレオとあいつに押し付けてサボっても問題ない。
レオが言った通り、あいつを必要としているのは俺の方だ。それはもう誤魔化しようがない真実だった。
だけど、“俺の為”じゃだめなんだ。
あいつにとってプラスになることなら何だってしてやるが、“俺の為”にあいつを側に置いて巻き込む訳にはいかない。

「ナハト!!」
「……お前は大人しく待てもできないのか」
「あたしは犬じゃない!!」

犬だろ。今の自分の姿を第三者の視点から見てみろ。
完全に主人(俺)に構って貰いたくてこっちの都合お構いなしにじゃれついてくる仔犬だろうが。

「なにをそんなに考えこんでるんだ?
 ……あの人のことか?」

俺の呆れた視線は完全無視でぐぐっと眉を寄せながら躊躇いなく切りこんできたバカに溜息が洩れた。
どうしてこう面倒なことばかりに気がついて、容赦なくそれをつついてくるんだ。
肝心なことには一向に気付かずに周りを振りまわしまくってるくせに、人が気付かれたくないことにだけ野生動物かと疑いたくなるほどの勘の良さを発揮させてんじゃねぇよ。

「あの方はもともとその覚悟で俺たちを待ってたんだ。
 それを俺が引きずるのも思い悩むのもあの方に失礼だ」
「男ってホントわかんねぇな。だったら何をそんなに苛立ってるんだ?」
「……苛立ってる、だと?」
「自覚なしか?なんかものすごく焦ってイライラしてるように見える」

知るかそんなもん。もう考えんのも面倒だ。

「そんなことよりお前、これからどうするつもりだ」
「へ?」
「小競り合いはまだあるだろうが…一応、これで終戦したことになる」
「あー、うん。アンタはどうするんだ?」
「爵位と領地を賜った。そこにひっこむ」

ポイと投げ捨てた書類を拾い上げて目を通す姿をじっと見る。
大きく目を見開いた顔がどんどん険しくなっていくのに嫌な予感がして何事かを喚きだす前に先手を打つことにした。

「……願いは、叶ったか?」
「そんなこと言ってる場合じゃ」
「ディアナ」
「……今のところは叶ってる」

その言い回しに違和感を感じたが、叶ったならもういいだろう。
面倒なことは早く済ませるに限る。なによりも、余り長くは俺自身が持ちそうにない。
無様な自分を曝け出す前に一秒でも早く遠ざけて、あいつのいない生活に慣れないといけない。

「なら、剣を振りまわす理由はもうないな?」
「どうしたんだよ、ホントになんか変だぜ?」
「お前の身の振り方について考えてやってんだ。感謝しろ馬鹿」
「バカってゆーな!!つーか、あたしの身の振り方って…」

ものすごく微妙な顔でじとりと俺を睨む視線を遮るように目を閉じた。

『爵位と領地をやる。だからディアナを寄こせ』

その言葉に従うつもりはない。
でも今は、王宮以上に安全で安心できる場所が思いつかない。
兄上が何を血迷ってあいつが欲しいと言いだしたのかは知らない。なにに利用する気かも分からない。
それでも軍への就職が決まっている部下も大勢いる。
そいつらは相手が新王だろうが貴族だろうが上官だろうが、あいつを守るだろう。
弟のようだ、こんな息子が欲しい、なんてからかいながら実の娘のように、妹のように溺愛している俺たちの勝利の女神を。

「……べつに、剣を持つ理由がなくなった訳じゃない」
「あ?」
「守りたいと思うもんがある限り、あたしはこいつを手放す気はねぇ。
 あたしは剣士になりたかったわけじゃない。
 だけど守られるだけの女の子になりたかったわけでもないんだ。
 大事なモンは自分の手で守る」

思考を遮るように紡がれた言葉に、顔をあげた瞬間合わせられた強い瞳に、呆然とする。
いつから、一体いつからこんな表情をするようになったんだ。
俺が守らなきゃならないと思っていた小さな女の子はもういなかった。
生意気で強がりで泣き虫な少女は、もういなかった。
そこにいたのは、妙に大人びた顔をした、俺の知らないあいつだった。

「あたしだってもう22だぜ?自分のこれからのことくらい自分で考えるよ」
「そう、か。……そうだな」

離さなければならないと思った手はとっくに離れていた。
俺がお前を手を掴んでいると思っていたのは、お前が黙って俺の側にいてくれたからだ。
お前が望めば、俺がどんなに失くしたくないと思ってもお前は簡単にこの手から飛び立っていけたのに。
そんな当たり前のことを忘れるくらいに、お前はいつも俺の側にいてくれた。
どうやら、俺は随分と思いあがっていたらしい。
小さな女の子は、俺の後ろをついてまわっていた少女は、凛と背筋を伸ばして真正面から俺を見据えるくらいに強く美しい女になっていた。
それなのにお前は、俺がそれに気付かなくても、いや、俺に気付かせないように、ずっと変わらずに俺の側にいた。

「選択肢をやる。どうするかは自分で選べ」

もういい。もう十分だ。
本当に俺が、お前を掴まえて鳥籠に押し込んでしまわないうちに逃げろ。
二度とその自由な空から戻ってくるな。



夢のおわり 
(不思議と満たされた気分だった)
(ただ、ひとつだけ願うのは)
(お前が俺のいない世界で幸せになることだけだ)
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