1 / 5
序
罪と罰
しおりを挟む
“この世に生を受けたこと”
それこそが自分の罪なのだと母は言った。
白い息を短く吐き出しながら少年は考える。
では一体自分に与えられた罰とは何なのだろうかと。
実の母親に刺客を送られるほど憎まれること?
凍える夜に雪を踏み分けながら追っ手から逃げること?
少年は思いつく限りのことを浮かべてみたけれど、どうにもしっくりと来ない。
母に愛して貰えないのは辛くて悲しかった。
雪の夜を駆けるのは寒くて心細かった。
疎みや蔑みの視線や言葉は冷たくて痛かった。
けれど、ただそれだけだった。
幼いころはそれに絶望したり、苦しんだりもしたけれど、今はもう何も感じない。
いつしかそれが少年の中で当たり前のことになっていたからだ。
なによりも少年は見つけてしまった。
この手をしっかりと握りしめる大きなこの手があれば他はどうでもいい。
そう思ってしまう存在を。
“母”よりもよほど大きな存在を見つけてしまったのだ。
剣を振るう者特有のごつごつした、けれど父のそれより小さい温かい掌。
自分より何歩も先を歩く青年が自分のために歩調を緩め、時折気遣う様に少年を振り返ればそれだけで少年は満足だった。
彼がいるから少年はどんなに暗くて寒い夜でも力の限り走れるし、息が切れて、苦しくても繋がれた手を離さないでいられる。
どんな状況であっても諦めずに前を向いていられる。
自分の手をひく青年こそが少年の世界であり全てだった。
はらり。
純白の花が少年の頬を撫でた。
ピリッとした痛みと共に純白が水滴に変わる。
「また降ってきてしまいましたね」
絶望的な状況の中、少年の手をしっかりと握って青年は困ったように笑った。
気がつけばそこはいつか青年に連れてきてもらった二人だけの秘密の場所だった。
父が治めるこの国が一望できる丘の上。
少年はハッとした様に青年を見上げる。
青年はいつものように柔らかく微笑んでいた。
まるで自分たちを追ってきている存在など最初からなかったかのように。
ただいつものように穏やかな笑みを浮かべているのだ。
「しばらく此処でじっとしていてくださいね」
ふわりと今まで青年が着ていた羽織りが少年を包み込む。
まるで青年に抱きしめられているようで酷く落ち着いた。
合点が言ったようにギュッと羽織を握りながら少年は頷く。
青年はそれに笑みを零し安心させるように頭を撫でると木の陰から躍り出た。
紅色に染められた真白を見て少年は思った。
あぁ、これが自分に与えられた罰なのだと。
自分の元に戻って来た優しい手はあの時自分の頬を撫でた六花より冷たかった。
まるで女性のような艶やかな黒髪は乱れて、雪に溶けた肌は地面と同じ紅に染まっていた。
この世に生を受けたことが罪だと言うのなら、その罰は大切な者を奪った世界を享受し生きていくことなのだろう。
少年は忘れない。
世界から彩りを奪った真白を。
最愛を隠した緋色の六花を。
嘲笑うように輝くこの月の夜を。
それこそが自分の罪なのだと母は言った。
白い息を短く吐き出しながら少年は考える。
では一体自分に与えられた罰とは何なのだろうかと。
実の母親に刺客を送られるほど憎まれること?
凍える夜に雪を踏み分けながら追っ手から逃げること?
少年は思いつく限りのことを浮かべてみたけれど、どうにもしっくりと来ない。
母に愛して貰えないのは辛くて悲しかった。
雪の夜を駆けるのは寒くて心細かった。
疎みや蔑みの視線や言葉は冷たくて痛かった。
けれど、ただそれだけだった。
幼いころはそれに絶望したり、苦しんだりもしたけれど、今はもう何も感じない。
いつしかそれが少年の中で当たり前のことになっていたからだ。
なによりも少年は見つけてしまった。
この手をしっかりと握りしめる大きなこの手があれば他はどうでもいい。
そう思ってしまう存在を。
“母”よりもよほど大きな存在を見つけてしまったのだ。
剣を振るう者特有のごつごつした、けれど父のそれより小さい温かい掌。
自分より何歩も先を歩く青年が自分のために歩調を緩め、時折気遣う様に少年を振り返ればそれだけで少年は満足だった。
彼がいるから少年はどんなに暗くて寒い夜でも力の限り走れるし、息が切れて、苦しくても繋がれた手を離さないでいられる。
どんな状況であっても諦めずに前を向いていられる。
自分の手をひく青年こそが少年の世界であり全てだった。
はらり。
純白の花が少年の頬を撫でた。
ピリッとした痛みと共に純白が水滴に変わる。
「また降ってきてしまいましたね」
絶望的な状況の中、少年の手をしっかりと握って青年は困ったように笑った。
気がつけばそこはいつか青年に連れてきてもらった二人だけの秘密の場所だった。
父が治めるこの国が一望できる丘の上。
少年はハッとした様に青年を見上げる。
青年はいつものように柔らかく微笑んでいた。
まるで自分たちを追ってきている存在など最初からなかったかのように。
ただいつものように穏やかな笑みを浮かべているのだ。
「しばらく此処でじっとしていてくださいね」
ふわりと今まで青年が着ていた羽織りが少年を包み込む。
まるで青年に抱きしめられているようで酷く落ち着いた。
合点が言ったようにギュッと羽織を握りながら少年は頷く。
青年はそれに笑みを零し安心させるように頭を撫でると木の陰から躍り出た。
紅色に染められた真白を見て少年は思った。
あぁ、これが自分に与えられた罰なのだと。
自分の元に戻って来た優しい手はあの時自分の頬を撫でた六花より冷たかった。
まるで女性のような艶やかな黒髪は乱れて、雪に溶けた肌は地面と同じ紅に染まっていた。
この世に生を受けたことが罪だと言うのなら、その罰は大切な者を奪った世界を享受し生きていくことなのだろう。
少年は忘れない。
世界から彩りを奪った真白を。
最愛を隠した緋色の六花を。
嘲笑うように輝くこの月の夜を。
0
あなたにおすすめの小説
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる