完全幸福論

のどか

文字の大きさ
106 / 145
第3章~あなたの愛に完全幸福します~

100

しおりを挟む

あのやりとりが夢だったかのようにジェロージアは普段通りに戻った。
最初は警戒していたリヒトも段々面倒臭くなって最近は放置している。
それでも一応、ノクトには面倒なやつに想像以上に気にいられていたらしいという報告はしておいた。
すぐに、それがジェロージアだろうと今のリヒトの状況を楽しんでいるらしい返事が届いてなんとも言えない気分になった。
素直に同情もとい心配してくれる手紙をくれたのはジオとニナ夫婦からだけだった。
セイラたちからの手紙は―――うん、見なかった事にしようと思う。ステラ、ごめん。


「さて、今日はこの国の興りについての授業にしましょうか」
「リヒト様、それなら私もう」
「えぇ、ですから裏の歴史です」

普通の授業では語られることのない夜と朝の歴史。
王族と夜の闇とノエルの話。


「、」
「この間のクーデターはご存じですね?」
「はい」
「この国の未来を担う者として貴女はこの関係をきちんと知らなければならない。
 この件に関しての認識が甘いと先日の比ではない被害が出る可能性があります」
「しっかり学びますわ。教えてくださいませ」


真剣な面持ちでそう告げる王女にリヒトはにこりと微笑んだ。
語られるのは一般に教えられる歴史を交えた本当の記録。
悪だと教えられた最後の王が最大の犠牲者だという真実の話。
何の罪もない王が夜明けを告げる為だけに処刑された哀しい記憶の物語。

「そん、な。それでは、それではノエルは……!!」

自分たちはなんて罪深いのだろう。
苦しげに表情を歪めた彼女は確かに罪を感じている。
彼らの存在を、この歴史を忘却してしまった王族は数多くいる。
自分たちの罪から目をそむけて知らぬ存ぜぬを貫きとおしてきた王は少なくない。
けれど、彼女にそれを許す気はない。
リヒトはそんな自分に自嘲の笑みを零しながらクーデターの加害者であり、一番の被害者である。“彼女”の話をした。
見守る役目を果たすことが叶わず、その名を利用され穢されるくらいなら全ての企てを自らの命を持って破綻へと導いた気高い睡蓮の話を。

「だからこそ、今、力ある者が守らねばなりません。あのようなことは二度とあってはならない」
「はい」

今にも泣き出しそうな顔をしながらも力強く頷いた王女にリヒトは優しく微笑んだ。








しっかりと返事をした自分に優しく微笑んで礼を言ったリヒトを思い出して王女は溜息を吐いた。
重たいと思った。自分が背負うものをはじめて重たいと思った。
否、今までは本当の意味でそれを理解していなかっただけで、これからきっともっと重たいものを背負っていることを自覚しなくてはならなくなるのだろう。
けれど、それを自分たちが背負わなければその負担は全て夜の闇に押し付けられるのだと知った。
それは嫌だ。あの少女に、リヒトの心を占め続ける義妹に負けたくない。
クーデターの起こった夜会で彼女が言った言葉を覚えている。
『姫が国をお治めになるころには私が女が殿方に劣らないと証明しておりますからどうぞご安心を』
彼女は笑ってそう言ったのだ。
負けたくない。リヒトが誇らしげに語る彼女に。
彼が家族への手紙に花を添えて送るのを知っている。
その花が母親である侯爵夫人ではなく、義妹であるセイラ嬢への贈りものだということも知っている。
リヒトは優しい。時間制限付きだということを忘れてしまいたくなるくらいに。
離したくない。ずっと側にいて欲しい。これからもずっと。

「これが、恋というものなのかしら……?」

婚約者のいる自分にはあってはならない感情だ。
けれど自分をなんとも思っていない、ただ従兄というだけで婚約者に名が挙がったあの男よりも優先する価値はあるはず。
そう思ってしまう私はいけない子ですか?
星が輝く夜にまたひとつ溜息を吐いた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

貴方の✕✕、やめます

戒月冷音
恋愛
私は貴方の傍に居る為、沢山努力した。 貴方が家に帰ってこなくても、私は帰ってきた時の為、色々準備した。 ・・・・・・・・ しかし、ある事をきっかけに全てが必要なくなった。 それなら私は…

処理中です...