115 / 145
第3章~あなたの愛に完全幸福します~
109
しおりを挟む「なぁ、やっぱ俺と一緒にここに残ろうぜ」
期限が近付くにつれて鬱陶しくなってくるジェロージアに溜息を吐きながら決まりきった答えを返す。
「嫌だっていってるだろ。俺がお仕えする人は決まってるの」
ジェロージアを適当にあしらいながら少し前にアルバが持ってきた情報を整理する。
例の夜会にはやっぱり何か裏があるらしく、夜会に顔を出さないことで有名なノクトのところにも招待状が届いたらしい。
普段は公式行事で絶対参加の場合しか王家からの招待状は届かない。
今回の夜会は完全に私的なものだ。それなのに、ノクトだけならまだしもまだ社交界デビューしていないセイラとアルバにまで参加するようにとのお言葉まであったらしい。
侯爵家―――夜の闇の後継者候補のお披露目という建前までつけて。
ただでさえあんな煩雑な場に可愛い弟妹を出したくはないのに、断われない理由を押し付けられてはどうしようもない。
ラヴァンシーの事件の時のセイラを思い出してリヒトは顔を顰める。
王女の替え玉として参加したあの夜会でだってセイラは視線を集めていた。
あのころより綺麗になっているだろうセイラはきっと男たちの視線を集め、群がられるだろう。
そう思うとますます面白くない気がした。
「いいじゃん。お前帰ると俺寂しい」
「知るか」
「リヒト、俺を置いてくなよ」
思考を遮るように腕を掴んで切なげに囁いてきたジェロージアの頭を掴まれていない方の手で殴る。
「気持ち悪い」
「何度も言ってるだろ。俺は本気。俺と一緒に残れよ」
じゃれているときは適当に振り払えばいいが、こうして真剣に見つめられるとリヒトはどうしていいか分からなくなる。
たまにこうした顔で真意のわからないことを囁くようになったジェロージアにどう対処すればいいのかリヒトは未だに分からなかった。
それでもいい加減向き合わないといけない。
いつもなら聞かなかったことにして逃げるように足を進めていたリヒトは、ピタリと足を止めて真っ直ぐにジェロージアを見つめ返した。
「なぁ、ジェロ。俺はあの場所で生きたい」
「リヒト」
「俺、きっとあの場所でしか生きられないんだ」
優しくて優しくて、泣きたくなるくらいに温かいあの場所でしかきっと生きられない。
あの場所で満足に息をすることを覚えてしまったから。
あの場所に自分の居場所を見つけてしまったから。
俺は、ボスの本当の息子じゃないけど、ボスと姉ちゃんに拾われた子どもだけど、だけど、あのふたりは俺に好きに生きてもいいって言ってくれた。
一緒にいてもいいっていってくれた。
血の繋がりのない俺が双子のお兄ちゃんでいてもいいっていってくれた。
俺のことも大事な息子だって、愛してるって言ってくれた。
「だから、俺はお前がどんなに必要としてくれても応えてやれない」
「……それで、俺が納得するとでも?」
「してくれるよ。
だってお前、俺の親友なんだろ?」
今まで絶対に認めようとしなかったジェロージアを見つめてそう言う。
悔しくて悔しくて、だけど、どこかで喜んでいる自分がいて、それがまた悔しくてジェロージアは真っ直ぐに向けられている視線から逃れるように俯いた。
「ジェロ。ごめん。ありがとう」
「、んだよ。ずっと逃げ続けてくれれば、ずっと追いかけられたのに」
ちゃんとジェロージアと向き合って、考えて、答えを出されてしまったらそれ以上何も言えない。
今までみたいに言い逃れや言いわけを盾にして逃げ続けてくれればよかったのに。
「……親友はやめないからな。休暇もらったら遊びに行くし」
「うん」
穏やかに答えるリヒトに泣きそうになりながらぐだぐだと言葉を続ける。
珍しくリヒトは鬱陶しがることなくきちんと全部に返事をしてやった。
ようやく顔をあげたジェロージアの何かをふっ切ったような笑みが浮かべられていてほっと息を吐く。
「ありがとな、リヒト」
認めてくれる人が欲しかった。
自分をレドモンド家の次男じゃなく、ジェロージアというひとりの人間として認めてほしかった。
そんなときに無意識にそれをやってのけたリヒトに出会った。
あの手この手で懐柔しようとしても決して懐かないリヒトにいつのまにか懐柔されていたのは自分の方で、リヒトの特別がほしかった。
だけど、思えばとっくの昔にもらっていたのかもしれない。
リヒトがあからさまに邪険に扱うのは自分だけだから。
それだけちゃんと心を許してくれていたのかもしれない。
ちゃんと、特別にしていてくれたのかもしれない。
いつだってリヒトはちゃんと自分をみていてくれたのだから。
「ばーか」
スタスタと歩きだしたリヒトを慌てて追いかけた。
0
あなたにおすすめの小説
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
貴方の✕✕、やめます
戒月冷音
恋愛
私は貴方の傍に居る為、沢山努力した。
貴方が家に帰ってこなくても、私は帰ってきた時の為、色々準備した。
・・・・・・・・
しかし、ある事をきっかけに全てが必要なくなった。
それなら私は…
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる