短編集

のどか

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崇高すぎる志は天に昇り、哀しみの雨となりて地に降り注ぐ

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とても綺麗な国だった。
春には花が溢れ、夏には緑が輝き、秋は山が歓びに彩られ、冬は雪が休息を知らせる。
幸せだった。
多くのものに愛され、抱かれて、大切に育てられてきた。
柔らかな陽射しに、キラキラと輝く水に、化粧を施した草花に、終わりと始まりを告げる雪花。
この地に息づく全てのものに見守られ、慈しまれ、育まれてきた。
花を愛で、風を感じ、雨に洗われ、太陽に微笑みかける、そんな日常が大切で。
笑顔であいさつを交わす人々が、屈託なく笑い駆けまわる子どもたちが、一日の疲れを労いあうように肩を組んで酒を酌み交わす人々が、何よりも愛おしくて。
夫を叱り飛ばす妻の声が、肩を落として妻に謝る夫の声が、その様子を見てコロコロと笑う子どもの声が、そんなどこにでもある風景が、目に見える幸せのカチだった。
だから。

「どうかお考え直しください!罠に決まっています!!
 姫様をお守りできるのならばこの命、惜しくなどありません……!!」

この声を、この心を、この生命を。

「なりません。もう決めたことです」

守りたいものを守るために覚悟を決めましょう。

「なにも姫様が犠牲になることなど……!」
「わたくしの心は既に決まっております」
「姫、」
「この身がほしいと申すのならば、差し出しましょう。
 それでつまらぬ戦を回避できるなら、わたくしの宝を守れるのであれば、なにも惜しくなどありませぬ」
「それでは、我らの心は、どうなるのですか。
 貴女様を慕い、貴女様をお守りすることに喜びを、誇りを感じている私はどうなるのです!?
 そんなの、何の解決にもならない。ただの貴女の自己満足だ……!!」
「……そなたの言うとおりです。
 なれど、わたくしは欲張りなのです。なにも失いたくない。
 美しい国も、優しく愛おしい民も、大切なわたくしの剣であるお前も。
 失いたくないのです。何一つ、損なう姿などみたくない」

戦う術を持たないわたくしが、戦場に立つことの叶わぬわたくしが、守れるというのなら。
守られてばかりだったわたくしに守ることができるというのなら。
こんなに嬉しく、幸せなことはない。
だから。

「ひめ、さま」

だから、どうか、許してください。

「これは私の義務であり誇りです。
 穢す者はそなたでも許しません」

悲しまないでください。

「ひめさま、」

わたくしは、幸福なのだと胸を張って言えるから。
だから、どうか、どうか、無駄に血を流さないでください。
美しいわたくしの国を、わたくしを育んだ人々を、大切なわたくしの剣(あなた)を愛してください。
わたくしの分まで、愛して、守ってください。








崇高すぎる志は天に昇り、哀しみの雨となりて地に降り注ぐ
(愛しているのです)
(この地を、この国を、ここに生きる人々を、私を育んだもの全てを)
(だから、どうか、いつまでも笑っていてください)
(それだけが、願いです)








*「呑みこまれた願いは地を穿ち、誓いの息吹となりて天を翔る」の姫様視点

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