夢幻の花

喧騒の花婿

文字の大きさ
29 / 42
FILE3『無自覚と功罪』

8・まるで聖女のように

しおりを挟む
「結城さんは確か、カガリスポーツ専属モデルのWATARUが好きだと騒いでいたかな」


 仙石がぽつりと呟いた。


「え、知ってるの?」


「ああ。君は知らないのか? 日に焼けた小麦色の肌、甘いマスクに甘い声。サクラと噂になっているのが気になるが、ここだけの話、実は私もファンなのだよ」


「いやいや、WATARUくんの話じゃねえよ! 結城 沙奈を知っているのかって聞いたの」


 ぼくが叫ぶと、仙石はわざと片目を瞑って耳を押さえる仕草をした。嫌味なやつだ。


「君の地声は耳と脳に響くから、あまり興奮しないでくれ。三、四年生のとき同じクラスだったのだよ。そのときから彼女は芸能通だったな」


「そうなんだ」


 ぼくたちは急いでアイドル倶楽部とやらの教室へ行くことにした。五年三組を拠点としているそうだ。


 仙石が言うには、アイドル倶楽部は毎年人気で、三十人くらい部員がいるのではと、それはそれは羨ましそうな声で呟いていたのが印象的だった。


「結城さん、いるかい?」


 非常に賑やかな倶楽部で、自分たちの好きなアイドルの自慢話を繰り広げていたが、仙石が声をかけた途端、結城が一瞬面倒そうな表情をして立ち上がった。


「なに、仙石さん? 今倶楽部中なんだけど」


「話がある。あまり人目に付かないところに行こう」


 しばらく結城は拒否していたが、後ろにぼくが控えているのを見て、少し驚いたようだった。ぼくを見上げた後、大人しくなって頷いた。


 屋上は普段鍵が掛かっていて、誰も出入り出来ないようになっているというところを逆手に取り、屋上のドアの手前に、ぼくたちは座った。声が響いてしまうが、誰も通らないからきっとばれないだろう。


 ぐだぐだされるのは嫌いだったので、ぼくはストレートに質問をぶつけてみた。


「山岡の修学旅行費を盗み、新聞倶楽部の会報の裏に貼ったの、お前だろ」


 それだけ言うと、結城はガクガクと膝を震わせ、力が抜けたように項垂れた。


「ど、どうして……」


 声にならない震えた声を出した後、結城の顔は涙でグショグショになっていた。どうせばれないとでも思っていたのだろう。


「わ、私じゃなくて、いの……」


「猪俣はやってねーよ。山岡と仲の良い猪俣が疑われるように、新聞倶楽部の会報の裏に貼ったのかな、とは思ったけど」


 ぼくの追撃に、結城は口を噤んで唇を震わせた。自家の経営する煎餅屋にケチを付けられたと思い、記事を書いた山岡を恨んでいたのだろうと言うと、結城は観念したように頷いた。


「頑張って家族で切り盛りしているのに、ただ家のことを何も知らない人に批判され、それを学校内に記事として貼られた私の気持ちはわかる? そして、まるで聖女のように『私は間違ったことを書いていません』とでも言いそうなあの顔。私は、あいつを困らせてやろうと思って、修学旅行費を盗んだの。山岡さんの家、ママが厳しいから、旅費を無くしたことも伝えられないと思ったの。そうすれば、修学旅行も行けなくなって、ざまあみろだわ、と……」


 そう言うと、結城は顔を覆って泣いた。困惑したように頭をカシカシとかいた仙石が、結城の肩を力づけるように叩いていたのを見て、ぼくも結城にハンカチを差し出した。


「今日、おれハンカチ二枚持ってるから……」


「……君はハンカチ王子か」


 ぽつりと呟いた仙石に、ぼくはじろりと睨み付けてやった。


 結城が落ち着いたら、とにかく公にはしないから安心しろということ、ただ迷惑をかけた山岡には謝った方が良いという助言をして、その場を立った。


 結城は倶楽部に戻らず、このまま帰るというので、ぼくと仙石は結城を下駄箱まで送って行った。


 どこかすっきりした空気がぼくと仙石の間に流れていた。この件は、司には話しておこうということになったので、司にだけは伝えた。勝手なことをしたぼくたちを、呆れ気味に見て、その後叱られた。


 次の週、結城 沙奈は一日も学校にこなかった。


FILE3.終わり
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...