夢幻の花

喧騒の花婿

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FILE2『嘘で塗られた自分の体』

2・私は操り人形

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「あいつ、家の人に怪我のことを言っていないみたいだから」


「え、そうなの? 頭も打ったのに。病院に行かないと、頭は何があるかわからないですからねえ」


「心配かけたくないから、秘密にしておいてくれって言われました」


「困ったなあ」


 中川先生は白衣の襟を正しながら唸った。私はベッドに横になると、一息ついた。


「時間があったら、大谷くんを呼んで来てくれますか?」


「わかりました。中ちゃん先生、湿布、ありがとうございました」


 カーテンを閉めた向こう側から、中川先生と柏木くんの声が聞こえてくる。二時間目の体育が過ぎるまで、こうやって保健室にいたいなと思うけれど、それまでにお腹が治ってしまったらきちんと出るしかないだろうな、と考えたら、またお腹が痛くなってきてしまった。



 昨日、大谷くんと佐久間くんが、私の修学旅行費を見つけてくれたと先生から連絡が入ったとき、私はピアノのレッスンをしていた。帰ってきて、ママが報告してくれたとき、私はホッとして泣いた。



 五歳の頃からピアノを習っているけれど、それはママの都合であることを私は知っている。ママは、一流の娘に育てたいからと、色々私に教育を施している。週三回の学習塾の他、ピアノ、スイミング、英語を習っている。



 バレエも習わせたかったようだけど、私が泣いて嫌がったので、可哀想に思ったパパがママを一喝してくれて、それは免れた。



 パパは普通の会社員で、朝早くから夜遅くまで働いている。私が寝る頃帰って来て、起きたときは仕事に出かけているので、あまり顔を合わせることはない。



 近所の子が、私立の女子小学校に通っているから、ママはその子の親と張り合って、私に色々な習い事をさせる。



 私の着る洋服もママが決める。子供ブランドの服をデパートで買ってきて、私はそれを着せ替え人形のように着ていた。



 修学旅行費だって、締め切り期間が書かれたプリントをしっかりママに渡していたはずだった。それなのに、ママは忘れていた。私の教育と、自分の趣味で忙しかったからだ。ママの趣味は、ネイル教室に通って、ネイルを勉強すること。



 結局、私と転校生の大谷くんだけが、修学旅行費を期限切れ後に持ち込みすることとなった。



「ママのせいで、こんなことになったのに……」



 こんな騒ぎになることはなかったのに。誰かに盗まれて、あんな悪戯されなくても済んだのに。



 私はまたお腹がキリキリと痛むのを感じて、これ以上考えるのをやめた。少し眠ればこの痛みは治るはずだから。


2・続く
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