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FILE3『無自覚と功罪』
5・父ちゃん
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倶楽部のない日だったので、ぼくは掃除が終わったらすぐに家に帰ることにした。掃除の時間、佐久間と取り巻き二人がからかって、濡れぞうきんをぼくに向かって投げてきたので、ぼくは箒でそれをフルスイングをしたら、佐久間の顔面にヒットした。その後顔を真っ赤にして殴りかかってきたので、ちょっと可哀想な気もしたけれど、まだ治っていない彼の左頬を箒で軽く突いた。
ぼくと佐久間が一緒にいることはクラスのブラックリストに認定されているらしく、女子が川野先生を呼んで、すぐに引き離された。
高田から今月の新聞倶楽部会報をもらって、ランドセルに入れた。じっくりと家で読んでみようと思う。
学校からの帰り道、早番だったのか、父が前方を歩いているのが見えた。背が高くひょろりとしている父は、後ろ姿ですぐにわかる。
「父ちゃん」
ぼくは小走りに父に近づいて声をかけた。振り返った父は、ヘラヘラと笑顔を見せた。
「たくみじゃないか。奇遇だな、学校帰りか」
「父ちゃんこそ、バイト帰り?」
父は首を竦めると、周囲を見渡した。
「父が定職を持っていないなんて知られたら、たくみが学校でいじめられるだろ。そんなこと大声で言うんじゃありません」
口調は怒っている風だが、表情はそれに反して穏やかだった。
「別にいいよ。おれ、いじめられっぱなしじゃないし。絶対やり返すし」
「ああ……そうだな、そういうタイプだな。なら、フリーター父ちゃんの名誉のためにも、そういうことを大声で言うんじゃありません」
「あー、それならわかったよ」
ぼくは笑いながら頷いた。ぼくの父は、のらりくらりとしているところがあって、そこが母の気に入らないところらしかった。真面目な話をしているときは、からかわないで欲しいのだそうだ。
「ああ、それから、やり返すことを父親が肯定したら駄目だな。何て言えばいいのかな、いじめられたら……適度に牽制し、後はスルー。これが正解かな?」
「いじめの問題に正解も不正解もあるの?」
「え、いや……難しいものだな……スルーしても解決とは言えないしな……」
ぼくは腕を組んで悩みぬいている父がおかしくなって、思わず笑ってしまった。
ぼくは、雰囲気が和らぐから、父の飄々ととぼけた性格が嫌いではない。ふわりとした髪にわりと大きな目は、完全に瓜二つで、ぼくは良く父に似ている。身長も百七十九センチあるそうなので、ぼくもそれくらいは伸びたいと思っている。
「学校は慣れたか?」
「まあね。二日目に母ちゃんが呼び出されて参ったけど、楽しいよ。友達も出来たし」
「ああ、例の『佐久間くん』の件だな。渚さんが言っていたけど、佐久間くんのお母さんはかなりたくみに対しご立腹だったらしいな」
ぼくは頷いた。
「慰謝料もらうとか訴えるとかなんとか言ってたけど、あっちもおれのこと怪我させたし、結局両成敗だよ。その前にも、他の父兄さんと何度かやりあってるんだって、あの母ちゃん。見た目で判断するのはあまり好きじゃないけれど、金髪ロングでピアス、口調が汚くて男言葉だったし、品性の欠片もなかった。見た目は一つの判断材料になるって学んだよ。とにかくすごい母ちゃんだった。佐久間もあの母ちゃんには委縮してた」
ぼくがそう言うと、父は「うーん」と腕を組んで何かを考えていた。やがてゆっくりと息をはくと、ぼくに口を開いた。
「確かに、佐久間くんのお母さんはすごかったかもしれない。だがたくみ、お前も悪いことをしたんだぞ。例え向こうからけんかを売られたとしても、一方的ないじめならともかく、暴力で解決しようとしたことは、俺はあまり好きじゃない。人を傷付けたお前に、人のことをどうこう言える資格はないんだよ。人の身体を傷付けるということは、そういうことだ。お前も悪い」
「う、うん」
確かにぼくは乱暴なところがあって、それを両親に咎められることは多かった。でも、そこまで深く考えたことはなかった。ぼくは人を傷付けてしまったことに変わりはないわけで、それを誰かに言われたら反論できない。暴力はやはりいけないことなのだ。
と、頭ではわかっているのだが、ついカッとなってしまうとそれに頼ってしまうのも事実だ。
一対一のけんかだったから、それで良いと思っていたけれど、こうやってお互いの親を巻き込んでいるのを見ると、確かに綺麗な解決法ではなかったのかもしれない。ぼくは周囲のことを考えなさすぎたのだ。
「まあ、たくみが自分からけんかを売ることはないのは知ってるよ。でも、たくみも反省する面はあるよな?」
「うん、おれも悪かったな。父ちゃんに言われて、気付いたよ」
「まあ、俺も偉そうなことは言えないんだけれどな。本屋バイトだし」
自虐的に笑った父に、ぼくは笑いながら背中を叩いた。
「大丈夫、クラスの奴には、自由業って言っておいたから!」
「子供に気を遣われるとは情けない……」
父が良く言うのは、敵を作ってしまうと報復が怖いということだった。大切な子供がもし何かされたら親はもう生きられない。そういう意味でもみんなと仲良くするように、ということだった。
5.続く
ぼくと佐久間が一緒にいることはクラスのブラックリストに認定されているらしく、女子が川野先生を呼んで、すぐに引き離された。
高田から今月の新聞倶楽部会報をもらって、ランドセルに入れた。じっくりと家で読んでみようと思う。
学校からの帰り道、早番だったのか、父が前方を歩いているのが見えた。背が高くひょろりとしている父は、後ろ姿ですぐにわかる。
「父ちゃん」
ぼくは小走りに父に近づいて声をかけた。振り返った父は、ヘラヘラと笑顔を見せた。
「たくみじゃないか。奇遇だな、学校帰りか」
「父ちゃんこそ、バイト帰り?」
父は首を竦めると、周囲を見渡した。
「父が定職を持っていないなんて知られたら、たくみが学校でいじめられるだろ。そんなこと大声で言うんじゃありません」
口調は怒っている風だが、表情はそれに反して穏やかだった。
「別にいいよ。おれ、いじめられっぱなしじゃないし。絶対やり返すし」
「ああ……そうだな、そういうタイプだな。なら、フリーター父ちゃんの名誉のためにも、そういうことを大声で言うんじゃありません」
「あー、それならわかったよ」
ぼくは笑いながら頷いた。ぼくの父は、のらりくらりとしているところがあって、そこが母の気に入らないところらしかった。真面目な話をしているときは、からかわないで欲しいのだそうだ。
「ああ、それから、やり返すことを父親が肯定したら駄目だな。何て言えばいいのかな、いじめられたら……適度に牽制し、後はスルー。これが正解かな?」
「いじめの問題に正解も不正解もあるの?」
「え、いや……難しいものだな……スルーしても解決とは言えないしな……」
ぼくは腕を組んで悩みぬいている父がおかしくなって、思わず笑ってしまった。
ぼくは、雰囲気が和らぐから、父の飄々ととぼけた性格が嫌いではない。ふわりとした髪にわりと大きな目は、完全に瓜二つで、ぼくは良く父に似ている。身長も百七十九センチあるそうなので、ぼくもそれくらいは伸びたいと思っている。
「学校は慣れたか?」
「まあね。二日目に母ちゃんが呼び出されて参ったけど、楽しいよ。友達も出来たし」
「ああ、例の『佐久間くん』の件だな。渚さんが言っていたけど、佐久間くんのお母さんはかなりたくみに対しご立腹だったらしいな」
ぼくは頷いた。
「慰謝料もらうとか訴えるとかなんとか言ってたけど、あっちもおれのこと怪我させたし、結局両成敗だよ。その前にも、他の父兄さんと何度かやりあってるんだって、あの母ちゃん。見た目で判断するのはあまり好きじゃないけれど、金髪ロングでピアス、口調が汚くて男言葉だったし、品性の欠片もなかった。見た目は一つの判断材料になるって学んだよ。とにかくすごい母ちゃんだった。佐久間もあの母ちゃんには委縮してた」
ぼくがそう言うと、父は「うーん」と腕を組んで何かを考えていた。やがてゆっくりと息をはくと、ぼくに口を開いた。
「確かに、佐久間くんのお母さんはすごかったかもしれない。だがたくみ、お前も悪いことをしたんだぞ。例え向こうからけんかを売られたとしても、一方的ないじめならともかく、暴力で解決しようとしたことは、俺はあまり好きじゃない。人を傷付けたお前に、人のことをどうこう言える資格はないんだよ。人の身体を傷付けるということは、そういうことだ。お前も悪い」
「う、うん」
確かにぼくは乱暴なところがあって、それを両親に咎められることは多かった。でも、そこまで深く考えたことはなかった。ぼくは人を傷付けてしまったことに変わりはないわけで、それを誰かに言われたら反論できない。暴力はやはりいけないことなのだ。
と、頭ではわかっているのだが、ついカッとなってしまうとそれに頼ってしまうのも事実だ。
一対一のけんかだったから、それで良いと思っていたけれど、こうやってお互いの親を巻き込んでいるのを見ると、確かに綺麗な解決法ではなかったのかもしれない。ぼくは周囲のことを考えなさすぎたのだ。
「まあ、たくみが自分からけんかを売ることはないのは知ってるよ。でも、たくみも反省する面はあるよな?」
「うん、おれも悪かったな。父ちゃんに言われて、気付いたよ」
「まあ、俺も偉そうなことは言えないんだけれどな。本屋バイトだし」
自虐的に笑った父に、ぼくは笑いながら背中を叩いた。
「大丈夫、クラスの奴には、自由業って言っておいたから!」
「子供に気を遣われるとは情けない……」
父が良く言うのは、敵を作ってしまうと報復が怖いということだった。大切な子供がもし何かされたら親はもう生きられない。そういう意味でもみんなと仲良くするように、ということだった。
5.続く
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