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第4章★堕ちた王子★
第1話☆目醒め☆
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大きな黒い物体がおぞましい動きで近付いてくる中、リョウマに抱えられた菫は懐から短刀を取り出し、物体に向かって投げた。
顔であろう場所に命中すると、大きな悲鳴を上げて一瞬動きを止めた。
「菫様!」
リョウマが後ろを振り返りながら走る。
動きを止めていた黒い物体は、再びこちらに向かって来ていた。
短刀が刺さった頭から真っ赤な血のようなものが吹き出している。
「菫様、危険なことをしないで下さい!」
「……あれ、わたしの劣等感の塊じゃないかな……」
「……は?」
「何も出来ない自分が不甲斐なく、昔から兄や弟と比べて、情けなく思ってきました。それを物体にした劣等感の権化のような気がします」
「……菫がそう感じるのならば、きっとそうなのだろうな」
リョウマはふと立ち止まると、菫をそっと離して立たせた。
「菫様、下がっていて下さい。俺があなたの劣等感を排除します」
リョウマは剣を構えると、菫を見てフッと笑った。
「劣等感を斬り捨て、本来の笑顔を俺に見せて下さい。あなたの心は俺が護りますから」
「リョウマ様……」
「菫様は覚える必要のない劣等感を肉親や兄弟に植え付けられています。そんな感情を抱く必要は一切ありません。親兄弟と自分を比べるな」
リョウマは話しながら剣を構え直す。
「俺がどれほど菫様に救われたか。何も出来ないなんて悲しいことを言わないで下さい。邪神国で話をしましたが、アコヤも菫様に救われたと泣いて喜んでいました。あの人は自分を卑下しすぎているけれど、人の気持ちに寄り添い、優しく包んでくれると感謝していました」
「……」
「自分に優しくしてあげて下さい。人には出来て、何故自分には出来ないんだ」
「リョウマ様、前、来ます!」
黒い塊がリョウマに襲いかかってきた。
リョウマは後ろに飛ぶと、軽く剣を振って黒い塊を両断する。
十数分かけて、リョウマは塊を分断するように切り刻んだ。
思った以上に斬った物体は温かい体温で、まるで居心地すら良い感覚に囚われた。
塊を掴んで持ち上げてみると、ふわふわとした感覚で、温泉のように温かかった。
菫の心が具現化したものなら、この居心地の良さは当たり前か、とリョウマは切り刻みながら心の中で思っていた。
「リョウマ様!」
菫が走ってきて後ろから抱きついた。
ラウンジと同じような構図に、リョウマは一瞬心臓が跳ね上がる。
「菫様……俺が剣を持っているときには近づかないで下さい」
「ありがとう。いつもわたしを助けて下さって……」
「……俺の台詞です。さあ、目を醒ませ。俺は童話の王子にはなれないが、騎士として後ろに控えている」
「……キス、した方がいい?」
菫が試すようにクスッと微笑みながら言う。
リョウマは菫を見下ろすと、頬を赤らめたがフッと笑うと首を振った。
「騎士と結ばれる姫の童話など、聞いたことがありません」
「頬くらいならいいでしょ。あなたに感謝の口づけを」
菫はつま先立ちをすると、リョウマの頬に軽くキスをした。
突然周囲が明るくなったような感覚がした。
菫が目を開けると、木造の天井が見える。
自分の内部でもない、リョウマ邸でもない、とすぐに気付いた。
「菫!」
右手が温かい。
横を向くと、カルラが涙を溜めて大きく目を見開いてこちらを見ていた。
「あ……カルラ様……」
「良かった、目が醒めた……」
長く息をはくと、カルラはボロボロ大粒の涙を流しながら菫を抱きしめた。
「ここは……?」
「隠れ里の総合病院だよ。リョウマは……」
心配そうにカルラが呟くと、菫の体が光を放ち、リョウマが菫の心臓あたりから飛び出してきた。
「リョウマ!」
地面に倒れ込んだリョウマに、カルラは駆け寄る。
「……カルラ! お前が助けてくれたのか、ありがとう」
「いや、俺は菫の手を握っていただけだよ。やはりリョウマは菫に取り込まれていたか……セイだろう……」
リョウマに手を貸して助け起こしながら、カルラが言った。
リョウマは神妙に頷く。
「セイが夢見術を菫にかけた。その後俺を菫の内部に取り込んだ」
「……今、エイチ先生を呼んでくるから、2人はここで待ってろ。俺はその後セイのところに行ってくる」
テキパキとした口調で言ってはいたが、カルラの目からは大粒の涙が流れ落ちていた。
「……涙を拭け」
リョウマが苦笑しながらカルラを見下ろして、人差し指で涙を拭いてやっていた。
「……カルラ様、待って、1人でセイ様の元に行かないで。わたしも行きます」
「俺も行く。カルラまで夢見術にかけられたら堂々巡りだ。まずは菫様の容態を医者に見てもらってからだ……というか、ここはどこの病院なんだ?」
リョウマがきょとんとして周囲を見渡す。
菫とカルラはハッとして顔を見合わせた。
「隠れ里にリョウマが……国王の命を奪ったラスボスがいるとみんなに知られたら、大変だ……」
「リョウマ様に罪はないですが、確かに国民感情を考えたら……」
「と、とりあえず天界国騎士団ということは伏せよう。いい、リョウマ?」
リョウマは頷くと、立て続けに疑問を口にする。
「というか、何故この病院で菫は目醒めたのだ? 俺の家にいたはずだろう。どのくらい寝ていたんだ? それにカルラ、課題はクリアできたのか? 仕事はまだ大丈夫なのか?」
「あ……そうだよな、えっと……説明してから先生呼びに行っても大丈夫、菫?」
「はい、わたしも気になります」
菫が頷くと、カルラは1度菫の顔色を確認し、ゆっくりと頷いた。
「まず、菫は5日間眠り続けていた」
「えっ……そんなに……」
「14日、女中の休みを取ったと言っていたよな。あと7日でそれが終わる計算になる」
カルラが菫の目を見て言った。
「ルージュ様の話によると、顔合わせの席でなかなか戻ってこないセイとリョウマを探しに行ったリョウマの家族は、リョウマの部屋のベッドで寝ている菫を発見。明らかに苦しそうにしていたため、すぐに病院に連絡した」
菫はカルラを見つめ、納得したように頷いた。
「そこに、セイ含めた稲田一族が部屋に来て、菫がいることを確認。さすがに驚いたそうだよ。セイがこの隙に経緯を家族に話したんだろう。菫が王女だとバレないよう、とりあえず菫のことは知らないフリをしたらしい」
「倭国民で、菫の正体を知っている者は、そうやって身分を隠し通してくれるものなのか? 裏切る奴は出てこないのか?」
リョウマは難しそうな顔をして腕を組み、下を向いて言った。
「まあ現状、王女が生きていると敵に知られたら、デメリットが大きい。生き残りの倭国民は、現在菫が立て直しているような状態なんだ。国民の仕事の斡旋や、衣食住の確保、医療、全て菫が采配を取っている。まあ、資産がそこそこあったであろう倭国幹部は、そのことを知らないから……」
「……自分の資産があれば逃げおおせられるということか。国民を見捨て、自分だけ逃げていれば満足か……どこも同じだな」
「これで役立たずと言える王党派の神経がすごいと思うよ、俺は」
カルラは苦笑をしてリョウマを見た。
「ええと、わたしを見つけてからの行動はどうなりました?」
菫が先を促す。カルラは気づいたように口を開いた。
「稲田一族は、天界国の病院に菫を連れて行くことを渋り、その場をお開きにして菫を連れてどこかへ行ってしまったと、ルージュ様が言っていた」
「隠れ里の総合病院に連れてきて下さったんですね……」
「まあ、天界国の病院に運んだら、色々検査出来ないしな……そこはまあ、判断としては間違っていなかったと俺も思う」
リョウマは考え込むように静かに話を聞いている。
☆続く☆
顔であろう場所に命中すると、大きな悲鳴を上げて一瞬動きを止めた。
「菫様!」
リョウマが後ろを振り返りながら走る。
動きを止めていた黒い物体は、再びこちらに向かって来ていた。
短刀が刺さった頭から真っ赤な血のようなものが吹き出している。
「菫様、危険なことをしないで下さい!」
「……あれ、わたしの劣等感の塊じゃないかな……」
「……は?」
「何も出来ない自分が不甲斐なく、昔から兄や弟と比べて、情けなく思ってきました。それを物体にした劣等感の権化のような気がします」
「……菫がそう感じるのならば、きっとそうなのだろうな」
リョウマはふと立ち止まると、菫をそっと離して立たせた。
「菫様、下がっていて下さい。俺があなたの劣等感を排除します」
リョウマは剣を構えると、菫を見てフッと笑った。
「劣等感を斬り捨て、本来の笑顔を俺に見せて下さい。あなたの心は俺が護りますから」
「リョウマ様……」
「菫様は覚える必要のない劣等感を肉親や兄弟に植え付けられています。そんな感情を抱く必要は一切ありません。親兄弟と自分を比べるな」
リョウマは話しながら剣を構え直す。
「俺がどれほど菫様に救われたか。何も出来ないなんて悲しいことを言わないで下さい。邪神国で話をしましたが、アコヤも菫様に救われたと泣いて喜んでいました。あの人は自分を卑下しすぎているけれど、人の気持ちに寄り添い、優しく包んでくれると感謝していました」
「……」
「自分に優しくしてあげて下さい。人には出来て、何故自分には出来ないんだ」
「リョウマ様、前、来ます!」
黒い塊がリョウマに襲いかかってきた。
リョウマは後ろに飛ぶと、軽く剣を振って黒い塊を両断する。
十数分かけて、リョウマは塊を分断するように切り刻んだ。
思った以上に斬った物体は温かい体温で、まるで居心地すら良い感覚に囚われた。
塊を掴んで持ち上げてみると、ふわふわとした感覚で、温泉のように温かかった。
菫の心が具現化したものなら、この居心地の良さは当たり前か、とリョウマは切り刻みながら心の中で思っていた。
「リョウマ様!」
菫が走ってきて後ろから抱きついた。
ラウンジと同じような構図に、リョウマは一瞬心臓が跳ね上がる。
「菫様……俺が剣を持っているときには近づかないで下さい」
「ありがとう。いつもわたしを助けて下さって……」
「……俺の台詞です。さあ、目を醒ませ。俺は童話の王子にはなれないが、騎士として後ろに控えている」
「……キス、した方がいい?」
菫が試すようにクスッと微笑みながら言う。
リョウマは菫を見下ろすと、頬を赤らめたがフッと笑うと首を振った。
「騎士と結ばれる姫の童話など、聞いたことがありません」
「頬くらいならいいでしょ。あなたに感謝の口づけを」
菫はつま先立ちをすると、リョウマの頬に軽くキスをした。
突然周囲が明るくなったような感覚がした。
菫が目を開けると、木造の天井が見える。
自分の内部でもない、リョウマ邸でもない、とすぐに気付いた。
「菫!」
右手が温かい。
横を向くと、カルラが涙を溜めて大きく目を見開いてこちらを見ていた。
「あ……カルラ様……」
「良かった、目が醒めた……」
長く息をはくと、カルラはボロボロ大粒の涙を流しながら菫を抱きしめた。
「ここは……?」
「隠れ里の総合病院だよ。リョウマは……」
心配そうにカルラが呟くと、菫の体が光を放ち、リョウマが菫の心臓あたりから飛び出してきた。
「リョウマ!」
地面に倒れ込んだリョウマに、カルラは駆け寄る。
「……カルラ! お前が助けてくれたのか、ありがとう」
「いや、俺は菫の手を握っていただけだよ。やはりリョウマは菫に取り込まれていたか……セイだろう……」
リョウマに手を貸して助け起こしながら、カルラが言った。
リョウマは神妙に頷く。
「セイが夢見術を菫にかけた。その後俺を菫の内部に取り込んだ」
「……今、エイチ先生を呼んでくるから、2人はここで待ってろ。俺はその後セイのところに行ってくる」
テキパキとした口調で言ってはいたが、カルラの目からは大粒の涙が流れ落ちていた。
「……涙を拭け」
リョウマが苦笑しながらカルラを見下ろして、人差し指で涙を拭いてやっていた。
「……カルラ様、待って、1人でセイ様の元に行かないで。わたしも行きます」
「俺も行く。カルラまで夢見術にかけられたら堂々巡りだ。まずは菫様の容態を医者に見てもらってからだ……というか、ここはどこの病院なんだ?」
リョウマがきょとんとして周囲を見渡す。
菫とカルラはハッとして顔を見合わせた。
「隠れ里にリョウマが……国王の命を奪ったラスボスがいるとみんなに知られたら、大変だ……」
「リョウマ様に罪はないですが、確かに国民感情を考えたら……」
「と、とりあえず天界国騎士団ということは伏せよう。いい、リョウマ?」
リョウマは頷くと、立て続けに疑問を口にする。
「というか、何故この病院で菫は目醒めたのだ? 俺の家にいたはずだろう。どのくらい寝ていたんだ? それにカルラ、課題はクリアできたのか? 仕事はまだ大丈夫なのか?」
「あ……そうだよな、えっと……説明してから先生呼びに行っても大丈夫、菫?」
「はい、わたしも気になります」
菫が頷くと、カルラは1度菫の顔色を確認し、ゆっくりと頷いた。
「まず、菫は5日間眠り続けていた」
「えっ……そんなに……」
「14日、女中の休みを取ったと言っていたよな。あと7日でそれが終わる計算になる」
カルラが菫の目を見て言った。
「ルージュ様の話によると、顔合わせの席でなかなか戻ってこないセイとリョウマを探しに行ったリョウマの家族は、リョウマの部屋のベッドで寝ている菫を発見。明らかに苦しそうにしていたため、すぐに病院に連絡した」
菫はカルラを見つめ、納得したように頷いた。
「そこに、セイ含めた稲田一族が部屋に来て、菫がいることを確認。さすがに驚いたそうだよ。セイがこの隙に経緯を家族に話したんだろう。菫が王女だとバレないよう、とりあえず菫のことは知らないフリをしたらしい」
「倭国民で、菫の正体を知っている者は、そうやって身分を隠し通してくれるものなのか? 裏切る奴は出てこないのか?」
リョウマは難しそうな顔をして腕を組み、下を向いて言った。
「まあ現状、王女が生きていると敵に知られたら、デメリットが大きい。生き残りの倭国民は、現在菫が立て直しているような状態なんだ。国民の仕事の斡旋や、衣食住の確保、医療、全て菫が采配を取っている。まあ、資産がそこそこあったであろう倭国幹部は、そのことを知らないから……」
「……自分の資産があれば逃げおおせられるということか。国民を見捨て、自分だけ逃げていれば満足か……どこも同じだな」
「これで役立たずと言える王党派の神経がすごいと思うよ、俺は」
カルラは苦笑をしてリョウマを見た。
「ええと、わたしを見つけてからの行動はどうなりました?」
菫が先を促す。カルラは気づいたように口を開いた。
「稲田一族は、天界国の病院に菫を連れて行くことを渋り、その場をお開きにして菫を連れてどこかへ行ってしまったと、ルージュ様が言っていた」
「隠れ里の総合病院に連れてきて下さったんですね……」
「まあ、天界国の病院に運んだら、色々検査出来ないしな……そこはまあ、判断としては間違っていなかったと俺も思う」
リョウマは考え込むように静かに話を聞いている。
☆続く☆
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