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第七噺『新説御伽草子』
三【神の眷属】
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大黒が原に降り立ったのは、小さな男だった。針を刀に見立てて差している。
まるでお椀のような舟から降りたその男は、前方に綺麗な桜が咲いていることに気が付いた。
その周辺で鬼が宴会をしている。
男は彼らを見ると不敵に笑った。
「こんなところにおったのか」
その井出立ちは立派な法師のようだったが、人間にしてはとても小さい。男は桜の近くへと足を進めた。
桜を見るためには良い酒で酔いたいと拘りを持って、風鬼は鬼ヶ島で伝わる最高級の酒『竜使いの加護』を持ってきていた。
そろそろ酔いが回ろうという頃、誰かの気配を感じて風鬼は後方を振り向いた。
法師の格好をした男が、こちらを真っ直ぐ見て腰に差した刀に手を宛がっていた。
風鬼は眉を潜めて立ち上がり、子供たちをかばうように前方へ出た。
そんな様子に気付いた子供たちも立ち上がり、風鬼の見ている方向を見る。
まるで親指ほどしかない小さな人間が立っていた。
髪の毛は黒く、短髪にしている。
その小さな風貌から強さが全く感じられなかったが、こちらを見抜く光のような目の力が強く、春日童子は思わず身震いをしてしまった。
隣にいたスクナも思わず息を呑んで風鬼の腕を掴んだ。
「誰だか知らぬが、ここは人間のくるべき場所ではないぞ。早々に立ち去れ」
威圧感を込めた風鬼の声がずしんと周囲に響き渡る。
普段見せない父の威風に、春日童子の背中はざわめいた。
「はは。怖いなあ」
涼しげな表情で人間は笑った。
春日童子は姉妹を守るように前方へ出たが、呉葉が異様に驚いているのが気になった。
「父さん、迷い込んだんじゃないのかな、この人間」
あまり強そうではない外見なので、春日童子は父の横に並んで人間を見下ろした。
「迷い込んだ? この俺が? 笑わせてくれる。人間が鬼にすることと言えば、一つしかないやろう。わからんか?」
笑いながら言った小さな男は、刀のような針を腰から抜くと肩に掛けた。
癖のある発音が耳慣れず、春日童子は何度か彼の言葉を心の中で反芻し意味を探った。
しっかりとした声で一語一語はっきりと語る男は、身体が小さいくせに自信に満ち溢れている。
春日童子は自分の劣等感と彼の態度を重ねてみて自分を恥じた。
男は刀をこちらに向けると、風鬼に向かって鋭い視線を投げかけた。
「鬼退治や」
風鬼は息を呑んだ。
まだ年の頃は人間にしては若そうで、青年くらいの年に見えた。
その背はまるで豆のようだったが、その落ち着きと不気味な笑みが恐ろしさを助長している。
「名乗れ、人間よ。鬼の住む地に踏み入れた侵入者なのだから、礼儀は弁えてもらわぬと私たち鬼も納得出来ないのでな」
男は「それもそうやな」と頭をかくと、刀を収めて仰々しくお辞儀をした。
「どうも、京からはるばるやってきた一寸法師と申します。以後お見知りおきを」
ゆっくりと話す一寸法師と名乗る人間は、顔を上げて満面の笑顔を見せた。
独特の語り口に、どこか調子を狂わされる。
「久しいな、呉葉姫。随分探した」
「え?」
三匹は一斉に呉葉を見た。
不適な笑みを崩さずに一寸法師は呉葉を見据えた。
呉葉は一度風鬼を見たが、父は僅かに目を合わせて頷いたので、呉葉も答えることにした。
「一寸法師様……お久しぶりですね」
どこか衝撃を受けたような表情の呉葉が、神妙に彼に向かってお辞儀を返した。
風鬼は呉葉の反応を見て、呉葉と昔旅をしていた連れの男だということを察した。
呉葉はしばらく呆然と一寸法師を見やると、ゆっくりと足を進めて前方へと出た。春日童子は思わず呉葉の腕を掴む。
「春日くん?」
「行かないで」
呉葉が人間であることも、彼と一緒に以前旅をしていたことも、隠れて聞いた。
けれど呉葉は、鬼として生きると父に向かって誓っていた。
だから決して人間の元に戻るはずはないのだと自分に言い聞かせた。
「春日くん、離してくれるかしら。腕が痛いわ」
「……ごめん」
春日童子が思わず呉葉の腕を離すと、呉葉は迷わずに一寸法師の元へと歩いた。
「随分別嬪さんになったな。天狗に攫われたときはどうなることかと思ったが、まさか鬼に捕まっていたとは驚きやわ」
偉そうにふんぞり返りながら言った一寸法師に、春日童子は眉を潜めた。
鬼を恐れぬ人間は他にもいたが、鬼に対して斜に構える人間はなかなかいない。
「ボクらは呉葉ちゃんを捕まえてなどいない」
春日童子が思わず叫んだが、一寸法師はそれには全く取り合わないようにふんと鼻を鳴らした。
「貴公の熱さ、火傷しそうやわ。何も知らん鬼を退治するのも気が引けるところやけど、名を上げ偉い人間様に認めてもらうにはこれが一番なんでな。堪忍な」
「どういうことだ?」
子供たちをかばうように身を入れた風鬼の左頬から、突然血が流れた。呉葉は目を見開いて一寸法師の姿を探す。
刀を抜いた一寸法師は、一瞬のうちに風鬼の頬に斬り掛かっていた。
身体が小さい分素早いので、どこに隠れたかわからなくなった。
まるでかまいたちのような速さに、風鬼は一瞬にして彼の力量を恐れた。
「春日、スクナを連れて木の上にいなさい」
風鬼は金棍棒を構えて静かに言った。
春日童子は首を振ったが、「いなさい」と再び強く言って振り返った風鬼の目が真剣だったため、スクナの手を掴むと桜の木の上に飛び乗った。
「ねえ、どういうことなの?」
スクナが混乱したように全員を見渡して声を上げた。
「人間的に言えば、勇者が姫を救いにきたんだろう」
春日童子の声は上擦り、かなり芝居掛かった口調になってしまった。
呉葉は春日童子を一瞬見ると、悲しそうな表情を見せた。
人間風情に負けるわけがないはずだが、風鬼の態度はどこか警戒している表情が滲んでいる。
春日童子とスクナは木の上から成り行きを見守ることになった。
「呉葉と共に旅をしていた法師様というのは、君のことだな」
春日童子たちが避難したことを確認すると、風鬼は宙に向かって声を上げた。
「お父さん、頬から血が出ているわ」
声を上げたスクナだったが、風鬼は僅かに首を振って木を見上げ「こんなもの、怪我のうちには入らんよ」と静かに呟いた。
「呉葉姫、まさか鬼に絆されたわけやあるまいな? 宰相殿、泣くで」
呉葉は決意したように唇を強く結んだ。
「宰相は……泣かないわよ。これで泣くような殊勝な父なら、私を勘当することもなかったはずやわ」
呉葉はゆっくりと前進した。以前一緒に旅をしていた一寸法師の姿を捉える。
呉葉の実の父は、その土地でも力のある宰相だった。
ある日突然旅の者だと称して、一寸法師が泊めてくれとやってきたことが始まりだった。
しばらく一緒に暮らしていたのだが、ある日何故か突然一寸法師と共に屋敷を勘当されたのだ。
その後一寸法師と呉葉は二人で旅を続けた。
勘当した父親を二人で見返そうと、名を上げるために鬼退治に繰り出すことにした矢先に天狗に攫われ、この島に連れてこられた。
その後風鬼に保護され、現在に至る。
彼の気性から、すでに自分のことを諦めて、人界で他の女性と幸せに暮らしているものだとばかり思っていた呉葉は、多少の嬉しさを覚えたのも事実だった。
国の言葉を聞いているうちに、呉葉は一寸法師に対して何とも言えない感情が湧き上がった。
「で、何で鬼なんかと仲良くしてはるんや」
「異形の天狗に攫われた後、この鬼の家族に拾われて暮らしてきたの」
呉葉は大きく手を振り上げて鬼の家族を紹介した。
「あほ。鬼に情などあるはずない。育てた末食う気やったんや。絆されるな」
「呉葉、私たちはお前を食うなど考えたことがないよ」
風鬼が悲しそうに呟いたが、呉葉はちらりと風鬼を見ただけで何も言わなかった。
「鬼に善良という名の枕詞は付かん。鬼の存在意義は、人間を不幸に陥れる異形の化け物に過ぎん。騙されるな、呉葉姫」
一寸法師は呆れたように乾いた声で笑った後続けた。
「これは無理にでも連れ戻さないとあかんな。これ以上鬼とおったら、食われてしまう。あまり強引なのも好かんが、場合が場合やしな」
とんとんと肩叩きの要領で刀を肩に乗せると、一寸法師は一度困ったように笑顔を見せた。
聞き分けのない子供に対して取るような態度だった。
*続く*
まるでお椀のような舟から降りたその男は、前方に綺麗な桜が咲いていることに気が付いた。
その周辺で鬼が宴会をしている。
男は彼らを見ると不敵に笑った。
「こんなところにおったのか」
その井出立ちは立派な法師のようだったが、人間にしてはとても小さい。男は桜の近くへと足を進めた。
桜を見るためには良い酒で酔いたいと拘りを持って、風鬼は鬼ヶ島で伝わる最高級の酒『竜使いの加護』を持ってきていた。
そろそろ酔いが回ろうという頃、誰かの気配を感じて風鬼は後方を振り向いた。
法師の格好をした男が、こちらを真っ直ぐ見て腰に差した刀に手を宛がっていた。
風鬼は眉を潜めて立ち上がり、子供たちをかばうように前方へ出た。
そんな様子に気付いた子供たちも立ち上がり、風鬼の見ている方向を見る。
まるで親指ほどしかない小さな人間が立っていた。
髪の毛は黒く、短髪にしている。
その小さな風貌から強さが全く感じられなかったが、こちらを見抜く光のような目の力が強く、春日童子は思わず身震いをしてしまった。
隣にいたスクナも思わず息を呑んで風鬼の腕を掴んだ。
「誰だか知らぬが、ここは人間のくるべき場所ではないぞ。早々に立ち去れ」
威圧感を込めた風鬼の声がずしんと周囲に響き渡る。
普段見せない父の威風に、春日童子の背中はざわめいた。
「はは。怖いなあ」
涼しげな表情で人間は笑った。
春日童子は姉妹を守るように前方へ出たが、呉葉が異様に驚いているのが気になった。
「父さん、迷い込んだんじゃないのかな、この人間」
あまり強そうではない外見なので、春日童子は父の横に並んで人間を見下ろした。
「迷い込んだ? この俺が? 笑わせてくれる。人間が鬼にすることと言えば、一つしかないやろう。わからんか?」
笑いながら言った小さな男は、刀のような針を腰から抜くと肩に掛けた。
癖のある発音が耳慣れず、春日童子は何度か彼の言葉を心の中で反芻し意味を探った。
しっかりとした声で一語一語はっきりと語る男は、身体が小さいくせに自信に満ち溢れている。
春日童子は自分の劣等感と彼の態度を重ねてみて自分を恥じた。
男は刀をこちらに向けると、風鬼に向かって鋭い視線を投げかけた。
「鬼退治や」
風鬼は息を呑んだ。
まだ年の頃は人間にしては若そうで、青年くらいの年に見えた。
その背はまるで豆のようだったが、その落ち着きと不気味な笑みが恐ろしさを助長している。
「名乗れ、人間よ。鬼の住む地に踏み入れた侵入者なのだから、礼儀は弁えてもらわぬと私たち鬼も納得出来ないのでな」
男は「それもそうやな」と頭をかくと、刀を収めて仰々しくお辞儀をした。
「どうも、京からはるばるやってきた一寸法師と申します。以後お見知りおきを」
ゆっくりと話す一寸法師と名乗る人間は、顔を上げて満面の笑顔を見せた。
独特の語り口に、どこか調子を狂わされる。
「久しいな、呉葉姫。随分探した」
「え?」
三匹は一斉に呉葉を見た。
不適な笑みを崩さずに一寸法師は呉葉を見据えた。
呉葉は一度風鬼を見たが、父は僅かに目を合わせて頷いたので、呉葉も答えることにした。
「一寸法師様……お久しぶりですね」
どこか衝撃を受けたような表情の呉葉が、神妙に彼に向かってお辞儀を返した。
風鬼は呉葉の反応を見て、呉葉と昔旅をしていた連れの男だということを察した。
呉葉はしばらく呆然と一寸法師を見やると、ゆっくりと足を進めて前方へと出た。春日童子は思わず呉葉の腕を掴む。
「春日くん?」
「行かないで」
呉葉が人間であることも、彼と一緒に以前旅をしていたことも、隠れて聞いた。
けれど呉葉は、鬼として生きると父に向かって誓っていた。
だから決して人間の元に戻るはずはないのだと自分に言い聞かせた。
「春日くん、離してくれるかしら。腕が痛いわ」
「……ごめん」
春日童子が思わず呉葉の腕を離すと、呉葉は迷わずに一寸法師の元へと歩いた。
「随分別嬪さんになったな。天狗に攫われたときはどうなることかと思ったが、まさか鬼に捕まっていたとは驚きやわ」
偉そうにふんぞり返りながら言った一寸法師に、春日童子は眉を潜めた。
鬼を恐れぬ人間は他にもいたが、鬼に対して斜に構える人間はなかなかいない。
「ボクらは呉葉ちゃんを捕まえてなどいない」
春日童子が思わず叫んだが、一寸法師はそれには全く取り合わないようにふんと鼻を鳴らした。
「貴公の熱さ、火傷しそうやわ。何も知らん鬼を退治するのも気が引けるところやけど、名を上げ偉い人間様に認めてもらうにはこれが一番なんでな。堪忍な」
「どういうことだ?」
子供たちをかばうように身を入れた風鬼の左頬から、突然血が流れた。呉葉は目を見開いて一寸法師の姿を探す。
刀を抜いた一寸法師は、一瞬のうちに風鬼の頬に斬り掛かっていた。
身体が小さい分素早いので、どこに隠れたかわからなくなった。
まるでかまいたちのような速さに、風鬼は一瞬にして彼の力量を恐れた。
「春日、スクナを連れて木の上にいなさい」
風鬼は金棍棒を構えて静かに言った。
春日童子は首を振ったが、「いなさい」と再び強く言って振り返った風鬼の目が真剣だったため、スクナの手を掴むと桜の木の上に飛び乗った。
「ねえ、どういうことなの?」
スクナが混乱したように全員を見渡して声を上げた。
「人間的に言えば、勇者が姫を救いにきたんだろう」
春日童子の声は上擦り、かなり芝居掛かった口調になってしまった。
呉葉は春日童子を一瞬見ると、悲しそうな表情を見せた。
人間風情に負けるわけがないはずだが、風鬼の態度はどこか警戒している表情が滲んでいる。
春日童子とスクナは木の上から成り行きを見守ることになった。
「呉葉と共に旅をしていた法師様というのは、君のことだな」
春日童子たちが避難したことを確認すると、風鬼は宙に向かって声を上げた。
「お父さん、頬から血が出ているわ」
声を上げたスクナだったが、風鬼は僅かに首を振って木を見上げ「こんなもの、怪我のうちには入らんよ」と静かに呟いた。
「呉葉姫、まさか鬼に絆されたわけやあるまいな? 宰相殿、泣くで」
呉葉は決意したように唇を強く結んだ。
「宰相は……泣かないわよ。これで泣くような殊勝な父なら、私を勘当することもなかったはずやわ」
呉葉はゆっくりと前進した。以前一緒に旅をしていた一寸法師の姿を捉える。
呉葉の実の父は、その土地でも力のある宰相だった。
ある日突然旅の者だと称して、一寸法師が泊めてくれとやってきたことが始まりだった。
しばらく一緒に暮らしていたのだが、ある日何故か突然一寸法師と共に屋敷を勘当されたのだ。
その後一寸法師と呉葉は二人で旅を続けた。
勘当した父親を二人で見返そうと、名を上げるために鬼退治に繰り出すことにした矢先に天狗に攫われ、この島に連れてこられた。
その後風鬼に保護され、現在に至る。
彼の気性から、すでに自分のことを諦めて、人界で他の女性と幸せに暮らしているものだとばかり思っていた呉葉は、多少の嬉しさを覚えたのも事実だった。
国の言葉を聞いているうちに、呉葉は一寸法師に対して何とも言えない感情が湧き上がった。
「で、何で鬼なんかと仲良くしてはるんや」
「異形の天狗に攫われた後、この鬼の家族に拾われて暮らしてきたの」
呉葉は大きく手を振り上げて鬼の家族を紹介した。
「あほ。鬼に情などあるはずない。育てた末食う気やったんや。絆されるな」
「呉葉、私たちはお前を食うなど考えたことがないよ」
風鬼が悲しそうに呟いたが、呉葉はちらりと風鬼を見ただけで何も言わなかった。
「鬼に善良という名の枕詞は付かん。鬼の存在意義は、人間を不幸に陥れる異形の化け物に過ぎん。騙されるな、呉葉姫」
一寸法師は呆れたように乾いた声で笑った後続けた。
「これは無理にでも連れ戻さないとあかんな。これ以上鬼とおったら、食われてしまう。あまり強引なのも好かんが、場合が場合やしな」
とんとんと肩叩きの要領で刀を肩に乗せると、一寸法師は一度困ったように笑顔を見せた。
聞き分けのない子供に対して取るような態度だった。
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