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佐々木さんと工藤くんの気まずい朝
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しおりを挟む「……」
冷や汗が止まらない。
項を冷たい手で撫でられたような一瞬の悪寒の後に、一気に心臓が騒ぐ。
胸から心臓が飛び出るのではないかとついさっきも思ったけど。
この温度差は本当に心臓に悪い。
トイレの扉、一枚隔てたその向こう。
どこか遠慮がちに靴を脱ぐ音、がさっと玄関のゴミ袋が倒れる音に佐々木は無言で顔を覆った。
辛い。
そうだ。
思い出した。
酔いが程よく回った工藤くんを家に入れたとき、彼が玄関で靴を脱ぐときも同じようにゴミ袋が倒れたのだ。
申し訳なさと恥ずかしさでいっぱいだった。
しかも部屋に入ってから部屋干ししてあった下着の存在を思い出し、しばらく工藤くんに玄関で待ってもらったのだ。
ゴミ袋の隣りで。
しかし、工藤くんは嫌な顔一つせず、気にしないでくださいと微笑み……
「……ちっ」
幻聴だろうか。
(え……? 舌打ち?)
扉一枚隔てているせいか、妙な声?音?が耳に入った。
(気のせいか…… 工藤くんが舌打ちするはずないし。私と違って)
チャラチャラとした大学生イメージが抜けなかった佐々木に静かな衝撃を与えた若者、それが工藤くんだ。
自分の学生時代と比較するたびに今の若者って凄く礼儀が正しいんだな、むしろ工藤くんが凄いのかな~と感心半分劣等感半分な複雑な気持ちを抱いて来た。
なんというか、未来の希望に満ちた若者そのものな工藤くんは佐々木には眩しすぎる存在だ。
そんな眩しい工藤くんとどうしてあんなことをしたのか。
あんなことができたのか。
記憶ははっきり残っているのに現実感がない。
長く、リアルな夢を見ている気分だ。
「……佐々木さん?」
「……」
「……あー、トイレ?」
「……はい」
夢だったら、いいのに。
*
これは一体どういう状況なのか。
佐々木は今、全裸だ。
裸でトイレの便座に座り込んでいる。
そして工藤くんはそのトイレの薄い扉を控えめにノックしているというこの状況。
(悪夢だ……)
照明がついているので無視もできない。
その前にもう返事をしてしまった。
「……具合、悪いんですか?」
心配ありありな声になんと返事をすればいいのか迷う。
エチケットやマナーに関して工藤くんは完璧だ(と思っている)。
普段の彼ならトイレに籠っている女にわざわざ声をかけたりしないだろう。
気を遣ってくれるはずだ。
「すみません、昨日…… 俺が……」
工藤くんが心配しているのは昨夜のアレだろう。
なんとも言いずらそうな様子に佐々木もなんと答えればいいのか分からなかった。
けど、ここで黙っているわけにはいかない。
それはあまりにも無責任だ。
佐々木は覚悟を決めた。
「違うの…… 工藤くんのせいじゃなくて…… その、」
もう、恥ずかしいところをいっぱい見られたのだ。
「服を……」
「……服?」
羞恥心だとか、そんなものは今更だ。
「服を、まだ着てなくて……」
心に渦巻く自己嫌悪だけはどうしようもないけど。
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