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佐々木さんと工藤くんの気まずい朝
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しおりを挟む嫌な沈黙が漂う。
「すみません…… 一回起こしたんですけど。佐々木さん、全然起きなくて……」
「ごめんなさい」
気持ち的に土下座したい気分だ。
当たり前のように注がれる工藤くんの視線を正面から受け止める勇気はない。
あの後、律儀に一回外に出て行った工藤くんに申し訳ないという気持ちでいっぱいのまま急いで箪笥を漁った。
擦るようにしてメイク落としシートでごしごしと顔も拭った。
それでもべたつく髪やシャワーを浴びていない自身の身体から嫌な匂いがしないかと気になって気になって仕方がない。
さすがに外で待たせたままシャワーなどできず、また簡単な化粧をする余裕もなかった。
スッピンを見られたくない。
正直、裸を見られるよりもここ最近のストレスで荒れた自分の顔を見られる方が精神的に辛かった。
だからついつい顔が俯く。
工藤くんに妙な誤解を与えてしまっているかもしれないが、やはり心の準備が出来ていない中で正面で向かい合って話をする気力も体力もなかった。
「俺の方こそ、鍵もかけずに出ちゃって……」
「いや、本当に大丈夫。全部、私がいけないから……」
いつもは若い男の子特有のハキハキとした工藤くんの声。
今はぼそぼそと妙に落ち着きなく、低く、知らない男のようだ。
その声に妙に心がざわついたのは昨夜のことを思い出してしまったせいか。
もしくはそんな声を出させてしまったという罪悪感のせいか。
「工藤くん……」
「はい……」
狭い床の上で二人して正座している。
傍から見るとなんとも可笑しな光景だが、ちっとも笑えない。
出来ることなら何も言わず、このまま工藤くんに帰って欲しい。
むしろ一度家を出たなら戻って来なくとも良かったのに。
気を抜くと工藤くんへの文句が次から次へと出てきそうになる。
まるで自分は何も悪くないと言い訳しているみたいだ。
そんな情けない自分に佐々木は唇を舐める。
「昨日の夜は…… 本当にごめんなさい」
正直、記憶を掘り返してみてもどうしてこんな状況に陥ったのか、そのきっかけがなんだったのか、よく分からないのだ。
酒の勢いとその場の空気、ノリのせいか。
どちらが悪いともいえない。
お互いがお互い、悪い何かに軽い気持ちのまま呑み込まれてしまったのだ。
それでも結果を見れば悪いのは自分だと佐々木は思っている。
(大学生相手に、何やってんだろう)
それも、つい最近までお酒も飲めなかった男の子相手に。
「あの、気にしなくていいから…… いや、気にしないでって言うのも難しいと思うけど、でも、本当に気にしなくていいというか、その…… つまり、ええ……っと、」
「……」
「……ごめん、ちょっと混乱してて、どう言えばいいのか……」
年上としての意地、プライドはあるくせに、佐々木の口から出るのはなんとも情けない謝罪だけだ。
そもそも工藤くんにどうしてこんな風に必死に謝っているのかもよく分からない。
ただ、少しでも胸に蔓延る罪悪感を消したかった。
年下の未来ある若者に醜態を晒したこと。
酔っていたとはいえ、しつこく誘ってしまったこと。
申し訳なさそうに謝って来た工藤くんには言えないが、正直久しぶりに男に抱かれて色々と発散できたという本音。
それでも、もしも昨日に戻れるのなら佐々木は絶対に酒は飲まない、そもそも飲み会自体に参加しない、工藤くんと二人にならないことを迷うことなく選択しただろう。
メリットデメリットでいえばデメリットが大きすぎる。
一夜のノリでセックスしてしまった男と今日明日と何食わぬ顔でお喋りできるような図太さや経験が佐々木にはなかった。
「佐々木さん」
工藤くんの顔が見れない。
頭上から降って来る年下の男の声は初めて挨拶したときのように穏やかで、爽やかで、一瞬で警戒心を解いてしまいそうになるほど適度に人懐っこい。
佐々木にはない愛嬌が工藤くんにはあった。
少年に近く、大人になりきれない、青年独特の甘い炭酸飲料に似た親しみやすさ。
その年代の若者と比べて工藤くんはとてもスマートな男だと佐々木は密かに思っている。
「すみません。こんなこと、男の俺が言うのは…… すごく失礼だと思うんですけど」
工藤くんの顔が見えない分、佐々木はその声に含まれた小さな緊張に気づいた。
自分ばかりが緊張していると思っていたが、工藤くんもきっと同じように緊張している。
そんな当たり前のことにも気づかなかった自分に自己嫌悪がまた静かに募った。
また、罪悪感がちりちりと疼く。
それに急かされるように、佐々木は恐る恐ると顔を上げて工藤くんの視線を受け止めた。
「……お互い、昨日のことは忘れましょう」
カーテンの隙間から差し込む光が工藤くんを照らしている。
共に一夜を過ごしたせいか、初めて会ったときの印象が少し変わった。
それでも、どこか品のある、いかにも育ちの良さそうな柔和な笑みを浮かべる工藤くんはやっぱり工藤くんだと思う。
佐々木のイメージする工藤くんのまんまだ。
そのことに佐々木もほっとした。
「……うん。そうだね」
お互い、昨夜のことは忘れよう。
それが一番いい。
そうでなければ、明日職場で一体どんな風に会えばいいのか分からない。
知らないふり、いつも通りのふりをすればいいのなら、きっとそれが一番楽だ。
「……これ、コンビニで買って来たんですけど」
強張っていた佐々木の顔が少し緩んだことに工藤くんも気づいたようだ。
遠慮がちに差し出された近所のコンビニの袋。
「何が好きなのか分かんなかったんで、とりあえず色々買ってきました」
「え、いいのに、そんな……」
「いや、一晩厄介になったのは俺ですし……」
飲料水やお弁当、デザートの類が入っているらしいコンビニ袋を二人で譲り合うという奇妙な光景がしばらく続いた。
お互い真正面から目を見るのはやはり気まずい。
肌を重ねた男女特有の空気感と部屋に漂う独特の残り香に気づかないふりをしながら、二人は妙な連帯感が芽生える予感に蓋をした。
これは佐々木と工藤が初めてセックスした次の日の朝の出来事だ。
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