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工藤くんの言い分
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しおりを挟む工藤はなるべくいつも通り、ゆっくり過ぎず早すぎないスピードで歩くことを心がけた。
「……」
角を曲がり、先ほど入ったコンビニが視界に入る。
そして、ちらっと背後を振り返り、不本意ながら一晩過ごしたアパートの姿形が見えなくなったことを確認してから深く細い溜息を盛大に吐き出した。
「……最悪」
自分でも引くぐらい暗い声が零れる。
近くにあった電柱に手を当て、靴の先を見下してもう一度溜息を吐き出したが、気持ちは一向に晴れない。
道端にしゃがみ込みたい気分だ。
もちろん、人目のあるところでそんなことはしない。
(煙草吸いたくなるのって、こんなときなんかな……)
口に手を当て舌打ちする。
今だけサークルの先輩や教授達が肩身の狭い思いをしつつも禁煙できない気持ちが分かった気がした。
だからと言ってわざわざ吸おうとも思わない。
ただ、気持ち的に深々とニコチンを吸って肺と脳みそを違うもので満たし、盛大に胸の奥に燻る憂鬱な何かを煙と共に吐き出したかった。
ついでに副流煙と一緒に周囲に道ずれ的な毒を吐き出したいような、八つ当たりじみた思いもある。
(あー…… くそ、最悪)
がしがしと前髪を掻きながら、工藤はもう諦めてさっさと帰ろうと重い足を動かした。
(母さんに何言われるか……)
工藤は実家住まいである。
昨夜連絡も無しに無断外泊をしたため、今から家に電話しなければならない。
それも憂鬱の一つだ。
(一回どっかで着替えたい)
頭の中でここの近くに住んでいる友人知人はいなかったかと探る。
ティッシュで拭いただけの身体から汗やその他の匂いがしないかと心配だ。
何よりもべたべたするし、このまま電車に乗ることを考えると思わず眉間に皺が寄る。
工藤は友人達からよく潔癖だとか神経質だとか言われたりもするが、本人はあまりそういう意識はなかった。
むしろ周りの男共が大雑把なんだと思っている。
中学高校はバリバリの運動部員で汚い部室やロッカー、汗臭い男達と平気でじゃれあっていた。
ただ、隣りで小便した友人が手も洗わずにおにぎりやらなんやらを食べているのを見ると自然と距離を置いてしまうタイプだ。
それでも、よく知りもしない女とノリで寝てしまうのだから、結局自分もただの男なんだなーと工藤は何故か感慨深いものを感じた。
見ず知らずの女ではなかったせいもある。
これが夜の繁華街でナンパしてくるような女なら工藤もギリギリで理性が勝つどころか引いただろう。
この若さで性病持ちになりたくないし、そんなヤバそうな女に引っかかって後でトラブルに遭いたくなかった。
佐々木さんとは顔見知りだったからこそ賢者タイムに突入してから後悔がじわじわと全身に広がった。
けど、佐々木さんと顔見知りでなかったらそもそも酔っていたとはいえセックスまでしなかったとも思う。
なんて皮肉だろうと工藤は自嘲した。
(……俺、やっぱ臭いかも)
襟を引っ掴み匂いを嗅ぐ。
なんとなく、あれの匂いがした。
汗とは違う、独特の匂い。
やっぱり、シャワーを浴びるべきだった。
既に一泊した後だし、普通に佐々木さん家のシャワーを借りればよかったと一瞬後悔して、すぐに否定する。
(いや、ないわ……)
セックスした女の家に一晩泊まり、更にシャワーを借りて……なんて。
一体どんな関係だ。
思えば狭いアパートだった。
きっと浴室も狭いのだろう。
その狭い浴室でシャワーを浴びて、必然的に佐々木さんの使っているシャンプーやらボディーソープを知ってしまったり、もしかしたら使ったり、更にバスタオルやドライヤーを借りるのか。
あの、佐々木さんから?
勢いで寝てしまった女から?
佐々木さんとセックスしてからまだ半日も経っていない。
キスして、下着どころか乳首や下の毛までバッチリ見て、触って、指突っ込んで、調子に乗ってなんか卑猥なこと言ったり……
ゴム越しとはいえ、中に射精した女と酔いも醒めて意識がはっきりした状況で無言でシャワーだけ借りるなんて。
(罰ゲームかよ)
むしろ、全部ドッキリだったらいいのに。
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