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にー
しおりを挟む呼び出しから戻って来た苑子に群がる友人達。
何で呼ばれたのかと、口々に聞いてくる。
答えなど初めから分かっているのに苑子自身の言葉で彼女達は詳しい話を聞きたいらしい。
そんな好奇心の塊のような彼女達に苑子は何も隠すことなくあっさりと答えた。
「別に。告白されただけ」
特に自慢することも恥ずかしがることもなく答える苑子はいつもと変わらない。
いつもと同じように丈の短いスカートで遠慮なく脚組みをして、だるそうにスマホをいじっている。
机周りに集まる友人達に視線を向けることもない。
そんな苑子の態度が内心で面白くないと思うグループもいるが、表立って文句や悪口を苑子に言うことはなかった。
苑子は敵も多いが「友達」も非常に多かったからだ。
友達というよりも取り巻きに近いが。
「うっそ~ やるじゃん、その一年」
「てか無謀じゃない? そのちゃんに告るとか」
一年の頃からの付き合いのせいか、友人達は実に苑子のことをよく分かっている。
「めっちゃ顔いいけど、苑子のタイプじゃないよね」
苑子の目の前で口々に可哀そうと勇気と無謀をはき違えた一年を茶化す友人達が可笑しかった。
よくもまぁ、他人の色恋沙汰にそこまで盛り上がれるな、と苑子はスマホを見ながら思う。
「……ねぇ、そのちゃん」
「何、あゆ」
「その後輩君の名前とか、聞いた?」
「秋くん」
今だスマホに集中している苑子は実に素っ気ない返事を返した。
初対面の人間から見れば感じの悪い対応だが、一年の頃から何かとつるんでいる彼女達は慣れたものである。
実際に苑子に質問をした友人はその答えに満足気だ。
時には聞いているのに面倒臭がって返事をしないこともあるのだから。
「秋くんかぁー…… なんか可愛いかも」
友人の一人、あゆのその意味有り気な呟きに、周囲から囃し立てるような黄色い声が上がる。
「え、マジ? あゆ、本気なの?」
「……うん。実はちょっといいな~って思った。背高いし、顔も好きなタイプだし、あと犬っぽくてなんでも言うこと聞いてくれそうな感じとか。お姉さんが全部教えてあげたいみたいな?」
「何それ、マニアックすぎ」
甲高い笑いが上がる。
その煩さに苑子は眉をしかめた。
「それに…… 今だったら失恋して弱ってると思うんだぁ。落ち込んで落ち込んで、どん底にいる後輩君を…… 私が優しく慰めてあげたら、簡単に落ちそうな気がしない?」
「…………ゲスい」
「……うん。あゆって本当腹黒いとこあるよね」
若干引いたような視線を浴びせられ、似非ゆるふわパーマを揺らしながら、あゆは小首を傾げる。
「えー? そうかなぁ? 傷ついた男の子を慰めるだけだよ? むしろ慈善事業じゃん」
ねぇ、そのちゃんと同意を求められた苑子はやはり顔を上げることもせずに適当に返事を返した。
「んー……」
気のない振りをしながらも、苑子は大半の話をちゃんと聞いている。
そして苑子の性格ならば一度振った男がその後誰と付き合おうと興味も関心も持たないであろうことをあゆもその他の友人達も知っている。
「だめ」
だからこそ、苑子の口から素っ気なく否定の言葉が出たとき、皆思わず口を閉ざした。
「ダメだから。秋くんにちょっかいかけるのだけはダメ」
苑子らしくない強い否定だ。
教室で、苑子達が集まる席の周りだけしーんと静まり返った。
苑子の言葉に怒りや苛立ち、不愉快という感情は見えない。
それでも、常にない温度に彼女達は敏感だった。
事の発端のあゆに視線を向けることなく、苑子の目は画面の文章を追う。
早速鬱陶しいぐらい熱いメッセージを送って来た彼氏に思わず笑みがこぼれる。
純粋とは程遠く、それでいて見惚れるほど綺麗な笑みだ。
「秋くんはだめ。だって、もう私のものだし」
笑みを浮かべたまま、苑子は顔を上げずにその場にいる友人達に言い聞かせる。
心の底から楽しそうにしている苑子は実に珍しい。
「……そうそう。皆にも後でちゃんと紹介するね」
漸く顔を上げた苑子は実に清々しい笑みを浮かべていた。
スマホを掲げ、そこに映る顔を真っ赤にした噂の後輩とその腕に腕を絡めて顔を寄せる苑子の写真を見せつける。
自撮りしたのか、写真はピントが合っていない上にブレているせいで全体が写っていなかった。
それでも知り合いが見れば誰が写っているのかすぐに認識できる。
画面の中の苑子は女から見ても可愛らしく、そしてわざとらしいぐらいに可憐だ。
その笑みはまるで画面越しからこちらを挑発しているかのようである。
固まったまま、画面を凝視する友人達に悪戯っぽく苑子は笑う。
その視線は隣りで間抜けな顔をしているあゆに向けられた。
「ごめんね、あゆ」
まったく、ちっともごめんと思っていない口調で苑子は形ばかりの謝罪をした。
本気で悪いとも思っていないし、そもそも悪い事など何一つしていないのだ。
これは一種の苑子なりの揶揄いである。
「これ、私の彼氏なんだ」
だから、あげることはできない。
(今は、まだ……ね)
*
好奇心丸出しの視線を浴びせられながら、秋は二年の教室がある通路の端で立っていた。
自意識過剰でなければ、あからさまに秋の顔をちらちら見たり、何か噂したり、わざわざ見に来る生徒がいるのだ。
だが当の秋は度胸があるのか、それとも鈍感なのか、一向にそういった視線に頓着しない。
忠犬のように指示された通りに大人しくその場で待っていた。
もちろん秋が待っているのは今日告白し、めでたく交際の許可を貰った恋人だ。
出来れば早くその顔を見て、声を聴きたい。
教室ならもう既に一度行っているため、できれば直接迎えに行きたかったのだが、何故か苑子はそれを拒否し、人目のつく階段付近で待っているようにとメッセージを送って来た。
理由は分からないが、惚れた恋人のお願いに秋は快く了承して、今この場にいる。
(苑子先輩…… まだかな)
ちらちらとスマホの時計や新たなメッセージが来ていないかと確認する。
一分に二回以上は同じことを繰り返していることに秋は気づいていない。
落ち着きのないその様子を笑い、近づく影にもまだ気づいていなかった。
「秋くん」
秋にとって何よりも心地が良く、胸をときめかす声。
意識するよりも早く、条件反射のように勢いよく振り返る秋に、呼んだ当人である苑子は可笑しそうに笑った。
「そ、苑子、せんぱいっ」
苑子が自分を見て笑っている。
その事実だけでもう胸がいっぱいいっぱいの秋はただアホみたいに名前を呼ぶしかできない。
大勢の上学年に見られていることなど秋はまったく気にしていない。
今の秋の目には苑子しか映らないのだから。
「顔、真っ赤」
くすくすと、それこそ砂糖菓子のように甘い笑い声に秋はもうどうしようもなく胸が苦しくなった。
苑子先輩。
目の前の彼女が自分の恋人だという事実が今だ信じられない。
「ごめんね。待たせちゃって」
心臓が壊れてしまったかのように激しく揺れ動く。
苑子がなんの躊躇いもなく秋の近くに寄ったからだ。
長身の秋を見上げる苑子。
必然的に上目遣いになる彼女のどこか潤んだような眼差しが堪らなく綺麗で、吸い込まれそうだ。
目尻にかかる長い睫毛や、色白の頬に差すほんのりとした赤。
ふっくらとした下唇に無意識に視線が集中してしまい、秋は慌てて目を逸らした。
(そ、そのこせんぱい、ち、ちかいっ)
石鹸の甘く爽やかな香りが鼻孔を擽る。
(うわ、うわ、なにこれ、めっちゃいいにおい)
シャンプーか、ボディーソープか、それとも柔軟剤か。
何かは分からないがその清純そうな匂いに秋は興奮した。
体育倉庫裏で告白し、了承されたその直後に記念として一緒に写真を撮ったときは緊張しすぎてまともに鼻もきかなかったが、少し落ち着いたせいで今は余計なことまで過敏に意識してしまう。
自分はこんなにも奥手だったのかと秋は新たな自身の一面に激しく戸惑っていた。
そして秋がまったく注意を向けなかった周囲にもまた戸惑いが広がっていた。
廊下でいちゃいちゃする目立つ二人の姿に。
* *
良くも悪くも苑子は目立つ。
派手な外見や容赦ない性格で敵を作ることが多い上に他者に対して興味関心が極端に薄いのだ。
苑子の良く言えば年不相応な色気、率直にいえば遊んでそうなビッチ風の雰囲気に惹かれて集まる輩は非常に多い。
一年の頃はまだ苑子の性格が知られておらず、甘い蜜を吸おうと面白いぐらいに男達に群がられていた。
そしてコバエほいほいに集まるコバエのような男達はゆらゆらと吸い込まれ、干からびていくように苑子の冷淡な態度に打ちのめされたのだ。
だからこそ、彼らは俄かに目の前の光景が信じられなかった。
あの苑子が、男に、しかも一年に甘えている姿が。
「ねぇ、早く帰ろうよ」
「は、はいっ!」
ぎゅっと秋の腕にしがみ付き、小首を傾げて見上げる苑子。
実にわざとらしいぶりっ子具合であり、これを一般の女子がやれば失笑ものだが、外見だけは極上の苑子がやるとその本性を分かっていてもときめいてしまう。
苑子の本性を知らないであろう秋にとっては相当な威力だ。
心臓に直接核弾頭を発射されたようなものである。
「秋くん、秋くん」
そして無情の司令官である苑子は容赦がない。
「ねぇ、お願いがあるんだけど」
既に白旗を振る秋の心臓を木っ端微塵どころか塵一つ残らずに殲滅する気でいるのだ。
「今日、家に来ない?」
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