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絶望
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しおりを挟むディエゴは逸る気持ちを抑えることが出来なかった。
もうすぐメリッサに会えるのだから。
死よりも辛い苦痛の中で、ディエゴは理性を忘れて本能を剥き出しにしていた。
王太子であることの責務や覚悟、父親に対する複雑な愛情、臣下や民に対する義務や国の将来。
そういった長年ディエゴが大事にしてきた全ての事柄が一遍に消えた。
そして、本能のままに唯一ディエゴが執着し、求めたのはメリッサだ。
メリッサだけだ。
生まれた時から知っているメリッサ。
自分が庇護し、大切にしてきた幼い王女。
娘のようにすら思っていたメリッサと婚約をしたが、本当にディエゴはメリッサに欲情できるか、女として見れるか不安を覚えることも多かった。
そう、信じていたのだ。
だが、今は違う。
今ならば分かる。
ディエゴが抱いていたのは葛藤ではなく、罪悪感だと。
妹のように、娘のように愛し、大事にしていたメリッサに劣情していたことに対する罪悪感がずっと棘のようにディエゴの胸に引っかかっていた。
自身をメリッサの庇護者だと自認していたくせに、その実は女として愛しているという真実に必死に目を背けようとしていたのだ。
もしも一度でもディエゴの箍が外れ、メリッサに恋情を示し、当のメリッサに拒絶されることをディエゴは怯えていたのだ。
どんな戦場も恐れず、数多の敵兵を葬り、国の勇者として讃えられている王太子である自分が、そんなことに思い悩んでいたことを認めたくないというプライドもあったのだろう。
そのプライドの、なんと無価値なことか。
生死を彷徨い、壮絶な苦痛を味わったからこそ、今のディエゴは断言できる。
くだらないプライドや女々しい不安に囚われることも愚かしさ。
そんな不安など、所詮は理性による抑圧でしかなかったことにディエゴは気づいたのだ。
死を覚悟したとき、ディエゴの魂を繋ぎとめたのは復讐でも王太子としての責任でもない。
ディエゴを現世に繋ぎとめたのはメリッサだ。
ああ、メリッサに会いたい。
その声を聴き、その笑みを視界に焼き付け、赤ん坊の頃から知っている柔らかな肌に口づけたい。
あのときのように愛を囁いて欲しい。
自身もまた、ずっと胸に仕舞い込んでいた、或いは隠していた愛を囁きたい。
親愛ではなく、情愛のそれをメリッサに捧げたい。
毒によって全てを剥ぎ取られたディエゴに残っていたのは悍ましいほどの憎悪と怒り、地獄のような痛みと、そしてどこまでも清く、甘く、火傷しそうなほどに熱い愛情であった。
王女メリッサへの愛。
それがディエゴの生きる希望だったのだ。
本能のままにメリッサを欲し、甘いミルクの匂いがするその肌に触れて自身を刻みつけたいと、何度も何度も願い、そしてそれを命綱にしてディエゴは苦しい戦いを制して生還した。
もう誤魔化すことはできない。
ディエゴはメリッサを愛している。
男として、女のメリッサを欲している。
出来ることならば、今すぐにでも抱いてしまいたいと思っているのだ。
誤魔化すことなどもうできない。
そして、誤魔化す必要などないことを、ディエゴは悟ったのだ。
何も焦ることはない。
怖がることもない。
何故ならば、メリッサはディエゴの妻なのだから。
この国の、未来の王妃。
そして、未来の国母となる娘だ。
*
慣れているはずのメリッサの宮に来たのは久しぶりだ。
どこか奇妙な空気に違和感を感じながらも、一月もの間ずっと寝ていた自身の感覚のせいだとディエゴは深く考えなかった。
そんなことよりも早くメリッサに会いたくて仕方がないのだ。
ディエゴの回復を喜び、そしてしきりに無理をしてはいけない、興奮するのは危ない、後で王女殿下が出向くので今はお引き取りをと、見慣れた顔の侍女達が笑顔を浮かべながらディエゴをなんとか追い出そうとしていることにも気づかなかった。
むしろディエゴは彼女達を邪魔に思い、怒鳴りつけようかと思うほど苛立っていた。
ディエゴは目の前の扉の奥にメリッサの気配を感じて、我慢などできなかったのだ。
そして、侍女達がメリッサのため、そして哀れな王太子のために追い出そうとしていることにディエゴは最後まで気づけなかった。
不審に思う前に、メリッサが姿を現わしたからだ。
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