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絶望
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しおりを挟むディエゴは気づけば寝台に寝かされていた。
側には幼い頃からディエゴに仕えている女官がいた。
涙を浮かべて目覚めたディエゴに抱き着くのを、ディエゴは呆然と見ていた。
そして、部屋の片隅にある鏡に気づいた。
ディエゴが何度か自分の傷跡を確認するために置いた鏡だ。
そこに映る包帯を巻いた大柄な男と目が合った。
「俺は…… 醜いのか?」
鏡の中の男の口が動く。
側でそれを聞いていた女官が必死に否定するが、ディエゴの耳には入っていなかった。
「俺は、ずっと大事にして来たメリッサに拒絶されるほど、気持ちが悪いのか?」
鏡の中の男が笑う。
心底可笑しいとばかりに笑うのに、その左目からは涙が伝っていた。
縋り付く女官を乱暴にどかし、ディエゴはふらつきながらその鏡に近づく。
そして、自身を嗤う鏡の中の男を間近で見つめる。
「なぁ、もう、メリッサは俺を愛していないのか?」
随分と情けない、捨てられた犬のような惨めな男だ。
「名前すら呼ばれたくないほど、俺を、嫌っているのか?」
泣き笑いをする男が顔を覆っていた包帯をとる。
毎朝薬を塗られた傷跡がこれ以上癒えることはない。
右目は瞼を焼かれ、その周りも全て皮膚が溶けて醜く盛り上がった肉で奇妙な模様を描いていた。
ディエゴの顔の左側が嘘みたいに無傷で、左側だけが凛々しくも美しい青年のままだ。
その対比が、余計に痛々しく、見る者を不快にする。
ああ、確かに醜いとディエゴは思った。
幼いメリッサが怖がり、嫌うのは当然だ。
だからディエゴはその鏡の中の男を殴り殺した。
メリッサが怖がるものをディエゴはずっと排除してきたのだ。
硝子が砕けるような音に、悲鳴をあげる女官。
爛れた右手の傷口から血が出ていたが、ディエゴはまったく気にしなかった。
肉体とは別の痛みが、あの日の毒のようにディエゴに地獄の苦しみを与えていたからだ。
*
絶望したディエゴだが、それでもメリッサに対する愛しさが無くなることはなかった。
自分の変わり果てた姿を見て、メリッサは混乱しているのだと周りの人々は言う。
いずれメリッサも大人になればディエゴの深い愛情に気づくだろうと大半の者が言うのだ。
だが、ディエゴはあのときのメリッサの嫌悪に塗れた視線を忘れることができなかった。
愛しているからこそ、深く傷つき、恐れた。
今のディエゴは一万の敵兵よりも、幼いメリッサの方がずっと怖ろしかった。
とっくに成人した大の大人がなんて情けないと思いながらも、再びメリッサに拒絶されれば自身が何を仕出かすか分からないほど恐怖していたのだ。
そしてメリッサがもしも前のように自分に微笑みかけてきたら、それはどんな宝にも勝ると思った。
そんな折に、国王は何を思ったのかディエゴに軍事同盟を組む隣国へしばらく行かないかという話が出た。
現実から逃げるように身体を鍛えるディエゴはその危うい精神状態とは裏腹に日々回復し、もう剣を振り回して馬にも乗れるほどだ。
右腕はまだ完治していないものの、ディエゴはもしものために両手を利き手として使うことができ、特別不便ではなかった。
メリッサの心変わりを知り、婚約解消の勅命を出した国王を恨むことはできず、むしろディエゴの気持ちを落ち着かせるためにと軍事力に不安を持つ隣国で軍事顧問としてしばらくの間行ってみないかと提案する国王の優しさにディエゴは傷ついた心が少し癒されるのを感じた。
メリッサと距離を置けば、少しは心が癒えるだろうし、メリッサ自身も今は混乱しているだけであり、ディエゴが側を離れれば冷静になるはずだ。
二人の絆がそんなに簡単に裂けるはずがないと国王はディエゴを慰めた。
ディエゴは久方ぶりに気持ちが前向きになるのが分かった。
そして、父の厚意を受け入れることにした。
隣国とは数年前に同盟を組み、侵略しないことを条件に様々な物資を毎年ただ同然で輸出してもらっている。
代々女系の王族のため、今も女王が国を支配している。
知識では知っているものの、女が国を支配するなど信じられないというのがディエゴの率直な感想であり、賓客として招かれることは当然だと思っている。
戦闘の勘を取り戻せたと判断してからディエゴは隣国に向かうつもりだ。
婚約者に振られて隣りの国に逃げるようなディエゴを貶す輩はいない。
皆がディエゴを哀れみ、メリッサの薄情さを嘆いた。
だが、ディエゴと同じように城の人々に可愛がられて来たメリッサを強く責められる輩もいなかった。
誰もがメリッサに泣かれ、嫌われることを恐れる中、ディエゴだけが強く諫めることができていた。
ディエゴがどんなに口煩くとも、メリッサがディエゴを嫌うはずがなかったからだ。
そんな幸せだった頃を思い出しながら、ディエゴは旅立つ準備を進めた。
このまま逃げるわけには行かないと、何度もディエゴは思った。
隣国に行く前に、もう一度だけメリッサに会わなければならないと。
だが、今のディエゴがメリッサの宮に行っても会ってくれないかもしれない。
むしろ周囲がそれを拒むだろう。
ディエゴとて本音は恐ろしい。
しかし、それ以上に傷つけられても構わないと思うほどメリッサに会いたいという思いが強かった。
隣国には年単位で滞在することになるだろう。
いつ戻れるかも分からない。
ディエゴが望めばいつでも帰国できるとしても、責任感が強く完璧主義なディエゴは中途半端に仕事を投げ出すつもりはなかった。
今までで最も長い間メリッサと離れる。
どうか少しでもメリッサが寂しいと、ディエゴを恋しがることを願わずにはいられなかった。
ディエゴがなんとかもう一度メリッサに会おうと策を練る日々が続いた。
そして、メリッサとの思い出が詰まった庭園を散歩していたときだ。
メリッサと、ディエゴ付きの女官が木陰に身をひそめるようにして密会するのを見つけたのは。
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