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婚約
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しおりを挟むメリッサが身分の低い騎士と結婚をする。
それこそメリッサを娘のように可愛がり溺愛していた頃のディエゴならば何をふざけたこと言っているのだと激怒してその場の臣下達を八つ当たりで斬り捨てるぐらいのことはしただろう。
だが、隣国に行ったその日から、ディエゴの激情は鳴りを潜め、酷く冷静な男となった。
王が勝手にメリッサとカイルという男との結婚を認め、更に新しい家名と爵位を二人に与えて王家の分家とする。
つまりはメリッサとカイルの間に男子が生まれれば、その子供にも王位継承権が与えられるということである。
ディエゴがこのまま結婚をせず子供もいない状態で、先にメリッサが男児を生んでしまった場合、相当ややこしいことになるだろう。
また、王の愚劣さを主張するために、反対勢力の臣下の一人はカイルに欲が生まれでもしたらそのままメリッサを女王にし、王配として国を乗っ取るかもしれないと呆れるような戯言まで言った。
これを聞いた王は激怒し、滅多に見られない怒声と鋭い殺気に、普段は豪傑と謳われる臣下達を震えあがらせたのだ。
温和な王が怒った顔は確かにディエゴにそっくりで、二人の血の繋がりを示していた。
王が何にそこまで怒ったのか戸惑う周囲を、ディエゴは笑った。
心底面白くて堪らないというディエゴの笑いに、皆が注目した。
ディエゴは言う。
「俺はメリッサと、そのカイルという男の結婚に賛成だ。反対する理由もない」
ディエゴの意外すぎる意見に、臣下達はざわめいた。
それを片手だけで制するディエゴの王者としての風格は年々強くなっている。
「純粋な王家の血筋は俺とメリッサ、そして父上しか残っていない」
ちらっと玉座の王を仰ぎ見る。
じっとディエゴを見下す国王の視線と見上げるディエゴの視線が絡む。
感情の読めない二人はまさに瓜二つであり、その血の濃さに見守る臣下達は今更ながら驚いた。
「メリッサがより多くの子を産むということは、この国の途絶えそうになっている王族の血を引き継ぎ、増やすことに繋がる。多少相手の男の身分が低かろうと、国で最も美徳とされる戦士としての腕前が確かならば、由緒正しき勇者が姫を娶るという国の理想に叶っていると俺は思う」
「しかし、王太子殿下、いくらなんでも分家をつくるのはやりすぎでしょう。次代の国王である王太子殿下を差し置いて、王女殿下があの男との間に子を作ったら……」
ディエゴは無言で煩く喋るその臣下を睨む。
たったひと睨みで、臣下はその場に崩れそうになるほどの強烈な殺気を感じたが、それを感じたのはその臣下のみである。
殺気をただ一人浴びせられた臣下は、ディエゴが何にそれほど殺気だったのか理解する間もなく、それ以上何も言わずに黙り込んだ。
「俺も父上に報告したいことがある。ちょうどいい。この場を借りて、今、報告しても?」
年を経て落ち着いたのか、かつての無骨で尊大な態度のディエゴは鳴りを潜め、怪訝な表情を浮かべる国王に跪き、謁見の間全体に聞こえるようなのびのびとした声で語る。
顔の半分ほどを眼帯で隠したディエゴだが、その口角の上がり具合を見れば彼が非常に浮かれていることが分かった。
「父上、いや、陛下。俺は隣国の王女と婚約することにした。既に隣国の女王の許可は得ており、妻となる王女を今年中に後宮に迎えるつもりだ」
一瞬の間を置き、騒然となった。
騒ぐ周囲の中、国王とその息子だけがお互いを無言で見つめていた。
*
ディエゴが帰国し、そしてメリッサとカイルの結婚に賛成して、更には隣国の王女と婚約するという大事件が連続で起こり、城中が大騒ぎとなった。
メリッサはその時いつものようにカイルを護衛にして、急な結婚式のために花嫁衣裳の採寸をされていた。
目の前で恥ずかしげもなく服を脱ぎ、下着のみの恰好で立っているメリッサから目を逸らしたいのに、気づくと凝視しているカイル。
ディエゴと同い年で、メリッサよりも14も年上だというのに、頬を染める姿はとにかく初々しい。
そんな可愛らしいところもメリッサは気に入っている。
見たければ堂々と見ればいいのにと思っていたメリッサは、いつの間にかそれを口に出していたらしく、仕立屋や侍女達は可笑しそうにくすくす笑った。
「王女殿下の言う通りですわ」
「ええ、カイル様もお好きなだけ見ていいのですよ?」
「お二人はもうすぐご夫婦になるのですから、遠慮することはありませんわ」
再び顔を真っ赤にする未来の夫の姿に、メリッサは微笑んだ。
心底幸せで仕方がないという、王女の無垢な笑みを見て侍女達もまた安らぎを感じていた。
ディエゴとメリッサが仲の良い従兄妹であったときも、メリッサはこの世の全ての幸せを手にし、辛い事も痛い事も何も知らないような無垢な笑みをよく浮かべていた。
メリッサは罪深い女だ。
我儘で傲慢で、非情でもある。
ディエゴの愛情を知る侍女達はそれでも裏切ったメリッサに尽くすことをやめない。
どんなにメリッサが酷い女でも、彼女達は心底メリッサが好きだった。
いずれその身にディエゴの恨みや災厄が降りかからないように、常に神に祈るほどに。
どうかメリッサが幸せになれるようにと願った。
ディエゴがメリッサのことを忘れ、他の幸せを見つけてくれるようにと都合の良い願いだと分かった上で祈らずにはいられなかった。
もしも神が罪深いメリッサを罰するならば、自分達が代わりたいと思うほどメリッサを深く愛していたのだ。
そんな彼女達の願いや不安とは裏腹に、メリッサはあっさりディエゴの数年ぶりの面会願いを許可し、カイルを連れ添って思い出の庭園で再会することとなった。
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