最弱で駆ける道

じゃあの

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第一章 『始まりの洞窟』

第四冊 『迷いの仲間』

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 ────斬撃がオークの腹を切り裂き、鮮血が飛び散る。同時にオークの悲鳴が轟、周囲の地面が破壊される。思わず陽も悲鳴を上げそうになるが、それを押さえて前を見た。
 斬撃が、飛んだ。異世界で定番の技に、思わず痛みさえも一瞬吹き飛んだ。

「シッ!」
 
 その時だ。暗黒の迷宮と化していた洞窟の奥から、短い声と共に人影が到来する。腰に付けている刀を抜き、一閃。吸い込まれるようにオークの眼にむかっていき、両目ともに血飛沫を上げて両断される。

「ゴガァァァアァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 悲鳴が轟、オークがあまりの痛みに地面を振動させながら逃げ出す。
 先ほどまで予想だにしなかった光景に、思わず陽は茫然としてしまった。その視界にふわりと、紫色の髪が映る。

「────え?」

 その紫色の髪を持つ人影────剣士風の少女は、オークの眼を切り裂いた剣についた血をハンカチのようなもので拭うと、鞘に仕舞い、スッと綺麗な佇まいで陽の方を見た。

「大丈夫?」

 ────人を見て、感動したことが陽はあったのだろうか。
 分からない。分からないが、断言できることがある。陽は、今目の前にいる人以上に、美しいと思える人間に出会ったことがない。

 腰まで届くであろう紫色の髪を短く纏め、全てを包むかの如く柔らかい、けれどその中に確かな意思を感じさせる強い空色の瞳。面差しには成長途中の大人っぽさと笑みが見せる子供っぽさ、二つが完璧に中和され完成された芸術品の如き魅力があった。
 背丈は百六十㎝後半。黒を中心に構成された軽装は、一切の無駄がなく、シンプルであるがゆえにその少女を一層引き立たせていた。腰にある鞘も、腕に嵌めている篭手も、装飾品全てすら、その少女を引き立たせる文字通り道具に過ぎない。

「えっと、あれ? 大丈夫?」

 耳を震わせる綺麗な声で、陽は一瞬にして意識が戻る。
 心地よい、そう感じるような声を受けハッと前を見れば、先ほど自分が感動した少女の顔が目の前に。

「はうアッ!? ッ、あ”」

 一瞬後退しようとするが、その時点で痛みが戻ってくる。現在の陽は左腕が半ば切れている。
 あまりの感動でそれを忘れていたが、今になって戻ってきた。痛い、痛い。無茶に体を動かしたり血が出過ぎたせいで貧血が訪れる。体全体が冷たい様な感覚に襲われた。

「? あっ!? 暗くてよく見えなかったけど怪我してる!」
「────ぉぉぉぉぉぉおーい! ティア! 急に『何かが戦ってる!』とか言って走るから心配した……よ?」

 剣士風の少女が驚き、あわあわする中、遠くから魔法使いの様な男とその横を走る戦士風の女が現れた。戦士風の女は無口だが、魔法使い風の男は剣士風の少女────ティアに呼びかけるが、陽が怪我しているのを見ると『た、大変だ!』と声を荒げた。

 ローブを被り、その隙間からは緑色の髪が見え隠れする。瞳は琥珀色に輝き、手には魔法使いらしく杖抱え、どことなく苦労人の気配がする少年だった。

「えっと、カルム! この人治してあげて!?」
「ばっ、ティア! 敵か味方かもわからないんだぞ!? そんなやたらめったら治療できるもんか! 回復させたら僕たちを殺すかもしれない!」

 ティアと魔法使いの男、カルムが言い争いをしている。
 だが、陽はその間にも、意識が飛びそうになっていた。元々貧血状態が長く続き、そろそろ限界を迎える。段々意識がはっきりしなくなってきて、会話の内容も曖昧になっていった。

「ほら! 今にも気絶しそう! カルム、カルム!」
「っぁ、ええいもうわかった! 敵だったらそん時だ!」

 カルムが陽の腕を持ち、その部分に杖を当てて目を閉じた。

「『癒しの力よ、今再び、この者に現世を謳歌する力を与え給え』────『回復レキュペレーション』!」
「あ……ぁあ」

 その瞬間、杖を当てた陽の腕が輝き出し、半ば切断されていた腕が元どおりになって行く。一瞬ではないが、何か暖かな温度と共にゆっくり、肉が再生して行くように、だ。
 それと同時に、半ば途切れかけていた陽の意識も復活して行く。冷たくなりかけていた体は温度を取り戻し、目の前をはっきり認識できるようになった。

 陽はそんなことよりも、驚いていることがあった。
 
 魔法だ。
 
 目の前の男は今、回復魔法を使った。正に創作物で語られる魔法そのもの。いつもならば興奮して叫んでいたかもしれないが、しかし。今は状況が違う。オークを撃退し自分を直してくれたのだから敵対の意思がないことぐらいわかるが、相手が誰か分からない状態では喜べなかった。

「すげぇ……魔法だ……」

 しかし、溢れ出す様な魔法への興味は抑えきれなかったらしく、気が付けば陽はそんな言葉を口にしていた。
 それを見て二人は目を丸くし顔を見合わせると、プッ、と吹きだした。なんだか自分が無邪気な子供のようで、陽は少し照れ臭くなってしまう。

「っはは、どうやら、敵じゃあないみたいだね」
「そうね。なんとなくそんな気がする」
「あはは……お恥ずかしい限りで」

 なんとなくほんわかとした雰囲気が流れ、陽は苦笑いをしながら地面に手を当て、立ち上がろうとする。しかし、思ったように力が入れず腕から前に崩れて顎を打ってしまった。

「あでっ」
「おっと、まだ動かないでくれよ。繋がったからといって、全てが完璧に治ったわけではないんだから」

 その様子を見て、カルムが陽を立ち上がらせながら説明する。
 自分の不完全ながら繋がっている腕を見て思わず寒気が走り、なんとなく、先ほどまで切れていた部分を蓋をするような動作で掴む。

「いやいや、流石にそこまでしなくても大丈夫さ」
「そうなのか? なんだか怖いんだが……」

 初めて見た魔法を疑うわけではない。実際腕がくっついているし、痛みや切れていた時の感覚すら消え去っている。それでも思わずそんな行動を取ったのは、医学以外で腕が治るという事に対しての、陽の先入観といった所だろう。

「まあ、不安なら自分で治すことだね。それで、質問いいかな?」
「あ、ああ。なんでも聞いてくれ。助けてもらったからな。堪えられること少ないだろうけど。それと、助けてくれてありがとう」

 お礼を言っていなかったことに今更気づいて、頭を下げる。
 そんな陽に対してカルムは首を振った。

「どういたしてまして。それでは遠慮なく─────君のことを教えてほしいんだ。実は僕たち、記憶喪失でね。なんでここに居たかもわからなければ、この洞窟についても全然分からない。魔物は少ないし人はいない。けど君と出会った。もしかしたら君が僕たちを閉じ込めたのかも……と言う訳さ」
「えっ」

 いきなりの犯人扱いと衝撃の展開に思わず間抜けた声を出し、そうなの? とでも言うようにティアへ視線を向ければ、軽く息を漏らして頷いた。

「んなバカな……俺は犯人じゃない。第一俺もここがどこだか分からないし、自分の名前以外何も思い出せないんだ」
「へぇ? 本当に?」

 必死に自分の無罪を主張する陽に対し、ティアは目を細めながら疑ってくる。
 それに対し目を細めても可愛いな、なんて間抜けなことを考えたが、陽にとっては気が気じゃなかった。こちらとしても相手を疑いたいのに、自分を疑われてはしょうがない。

 転生者であることは黙っておいた方が吉だろう。異世界の種類によっては、転生者が奴隷だったり殺すべき悪だったりする。

「ほ、本当だ! 俺がそんなことをできるやつに見えるか?」
「自分の力を隠しているだけかもしれないじゃないか。油断したところで殺すかもしれない。『敵じゃない』と判断しても、それは『味方である』訳では無いからね」

 もっともなことを言われて、陽は黙ってしまう。まずい。このままでは犯人にされてしまう。相手が記憶を失って居ようとも、見る限り異世界の住人であることは確定。であれば、異世界特有の『命の軽さ』を発揮して殺されるかもしれない。
 
 だが、どうする事も出来ない。
 確かに魔法が存在しているんだったら、存在を偽るとか本人が知らないうちに発動させるとかあるかもしれない。第一陽自身も自分が何者か分からない現状、必死に否定しても無意味だった。

 回答せず焦る陽に対し、段々二人は怪訝そうな顔をし始める。
 だが、そんな三人の元へ一人の少女が前に出る。先ほどカルムの隣に居た、戦士風の少女だ。

「……そいつ、嘘、ついてないよ。カルム、ティア」
「ん、本当? フィリア。だったら本当だね」

 戦士風の少女────フィリアはティアの問いにコクリと頷く。
 短いショートの水色に、水色の瞳。全体的に無表情の顔、標準的な大きさの剣を背中に刺し、同時に盾を持った幸薄そうな少女だ。

 しかし、いきなり喋ったと思ったら嘘ではない、と言うのはどういう事だろうか。いや、そう判断してくれたのなら嬉しいのだが、急すぎるがゆえに安心できなかった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんでその子の言葉を信じるんだ? あれか? なんか特殊な能力でも持っているのか?」
「へぇ、よくわかったね。この子、フィリアは人の嘘を見抜く力を持っているんだ。だから、君の言葉が嘘ではないと分かったんだよ」

 人の感情を理解できる分、自分の感情が薄いんだけどね、と付け足し、カルムは草臥れた様子で笑った。
 なるほど、フィリアと呼ばれた少女は嘘を見抜く力を持っているようだ。まさかの異能力に陽は驚くが、嘘を見抜く程度では、魔法に比べてインパクトは薄かった。

「疑って悪かったね。改めて自己紹介をしよう。僕の名前はカルム・フィティリス。見ての通り魔法使いだ」
「私はユースティア・ローゼンヴァイス。剣士よ」
「……」
「ほら、自己紹介」
「……フィリア……戦士」
「俺は、空白陽。よろしく」

 テンプレの様に自己紹介が終わる。簡素過ぎるとも思ったが、自分たちは記憶を失ってる身(陽だけ設定)なのだから、自分の名前や職業ぐらいしか言う事がないのだ。陽は申し訳程度によろしくと言ったがそれに対する答えも同様のものだった。

「ふむ……なかなか珍しい名前だね。ソラシロ君。少し話があるんだけど……」
「あっ……ちょっと待った。訂正させてくれ。陽が名前で、空城がファミリーネーム。俺の地元では逆だったんだよ」

 カルムの話とやらを遮り、陽は自分の名前に関して訂正する。異世界常識:『名前と苗字の順番が違う』を忘れていた。というのも、異世界では礼儀でもない限り、下の名前、つまりは先に来ている名前で呼ぶのが定石だ。なのに、自分だけが『ソラシロ』と呼ばれたのに疑問を感じたのである。
 二人はそれを聞き「変なの」とでも言うように微妙な顔をする。フィリアも反応こそ薄いが、少し意外そうな顔をした。

「本当に珍しいねぇ……それで、話し始めていいかい?」
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあ……ヨウ君。同じ記憶喪失同士、一緒に探索しないか?」
「えっ!?」

 予想外の提案に、あからさまに驚く。予想外、といっても、それは嬉しい意味でだ。目先の事ばかりでこれからどうするかはあまり考えてなかったが、この三人組と行動出来るのなら願ってもない。だが、一つ問題があった。陽の戦闘力だ。

「それは嬉しいけど……俺、あまり戦闘できないぞ?」

 チート無し、戦闘技能無し、魔法無し、武器無し。それが陽の現状だ。頼みの綱だった銅の剣も落としてしまった。あれがあれば少しはマシだったかもしれないが、いまさら嘆いてもしょうがないわけで。そもそも、陽の力では剣があったところでこの三人に劣るだろう。

「構わないよ。その代り荷物持ちなんかやってもらうことになるけど……」
「全然大丈夫だ。むしろそれだけでいいのか? あ、と言ってもほかにやれる事あまりないんだけど……」
「あー……だとしたら、料理とかできるかい?」

 僕たち、ティアぐらいしか料理できなくてね。と頬を掻くカルム。
 右も左も分からなく、自分が何者かもわからない現状。だが、それでもそういう知識は覚えていた。では出来るのか、出来ないのかと言われると、それは出来る、と答える。

 一人暮らしだったのか家事担当なのかは分からないが、陽の知識の中には料理に関するものが入っている。主婦以下素人以上、という、なんとも頼りの無いスキルではあるが、料理自体は出来る。

「出来ぜ。といっても、皆を満足させられるかどうかは別だけど……」
「本当かい? だったらお願しようかな」

 ひと段落ついた、とばかりにカルムは息を吐くと、背後でしっかり話を聞いて黙っていたティアに視線を向ける。それを受けティアは、横で舟を漕ぎ始めているフィリアを揺らし、前を向けさせた。
 カルムはそれを見ると、右手を陽に差し出す。

「よろしく。ヨウ」
「あ、ああ。俺からもよろしく。カルム」
「私からもよろしく。ヨウ君」

 カルムと握手を交わす。
 ティアとも、握手をするわけではないが、いきなり下の名前で呼ばれてどぎまぎしてしまった。いや、下の名前で呼ぶのは普通なのだろう。商売や客相手でもない限り、異世界なんかでは下の名前で呼ぶイメージがある。

「あ、ああ。よろしく、ティア」
「……ごめん。ユースティア、でいいかな? さすがに初対面で渾名はちょっと……」
「うぐっ」
「……勘弁してくれ」

 初対面、という言葉の矢印が実体化して心臓に刺さったような感覚。言っていることは正しい。異世界とはいえ、人間関係の常識はさほど変わらないようだ。ここで陽が「いやいや! 仲よくしようぜ?」とでも言えればよかったのかもしれないが、そんな図太い精神は持ち合わせていない。あるのは豆腐メンタルだ。
 
 それを見てカルムは眉を歪めている。おそらくだが、こういった類の問題は今までもあったのだろう。二人が天然などで問題を起こし、カルムがその尻拭い。段々とその顔が四十年間独身で人生に疲れたサラリーマンの顔になってきている。

「……え、えっと! そうじゃなくて! いや、ヨウ君が嫌だとかそういうことじゃなくて、やっぱり親しい人から付けてもらった愛称は大切っていうか……」
「ぐふっ、ぐふっ……大丈夫。これからしっかり仲良くなって呼ばせてもらうから……」
「ふぇ!? いきなりそういうこと言われると驚くよ! ……あ、いやだから仲良くなるのが嫌だとかそういうのじゃないから! だからそんな死にそうな顔しないで……?」

 イタチごっこ、とでも言うべきだろうか。ティアが誤解を解こうと言葉を重ねるごとに陽が傷つき、それを見てさらに言葉を紡ぐ。そしてそれを見ているカルムはますます険しい顔に成り、場には微妙な雰囲気が流れている。
 とはいっても、別に険悪ではない。陽は相手に悪気がないのが分かっているし、反応してしまうのは本能だからだ。

 もしこれがアニメや動画の類であるのならば、ほんわかする優しい背景。そして茶番用BGⅯが流れていることだろう。
 なんにせよ、これからの関係の為にもこの雰囲気を脱「ぐぅ~」したい─────

「「え?」」
「……ん?」

 そんな中、一つの間抜けな音が響いた。
 三人がその表情や会話を辞め、一斉にそちらを見る。すると、そこには無表情な顔をわずかに動かしながらも、腹を抱えているフィリアの姿が。彼女は再度腹から「くぅ~」と言う音を出した。

「……おなか、すいた」

 ────どうやら、腹ペコなようで。

「お腹すいたって……おなかすいったて……ふふっ」
「くぅく……はははは! そうかいそうかい、お腹減ったかい!」
「ふ……っ……あははは!」

 上から、陽、カルム、ティアである。
 思わず吹き出してしまい、先ほどの茶番空気は消え去った。あるのは先ほど以上に和んだ雰囲気と、笑い声だけだ。

 そしてそれを見ながらフィリアは、

「? ……?」

 不思議そうに、顔を傾げていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

「はっ……!」

 ─────盾を構えたフィリアが、眼前のアルマジロ型の魔物にタックルを仕掛ける。
 重みと力を受けたアルマジロは、そのしっかりしていそうな体とは裏腹に、いともたやすくボールの様に空中へ吹き飛ばされた。

「ギィッ!」

 腹を上に晒しながら情けない声を上げたアルマジロは、その勢いを利用して体勢を直そうとする。
 が、それはカルムが許さない。

「────空を舞う生命よ、今この言の葉を持ちて、地を這う獣に成り下がれ……『重力膨張グラヴィタツィオーネ!』

 詠唱と共に杖から放たれた謎の力がアルマジロを襲う。
 体勢を直しかけていたが、その魔法を受け、正しい重力の動きとは思えない軌道で落下し始める。もがこうとしているが、体が一切動かないようだ。

 そして、ちょうど地面まで1mほどまで落下した瞬間、

「シッ!」

 刹那、飛び出してきたティアの一閃によって真っ二つに切り裂かれる。
 恐ろしいほどに綺麗に裂かれたアルマジロは声を上げる間もなく絶命し、戦闘は終了した。当然、少し遠くで詠唱していたカルムも、接近していたフィリアも、たった今アルマジロを殺したティアさえも、返り血どころか傷一つない。

 ────陽ならば殺されてしまう魔物を、あっさり倒せる技量。

「すげぇ……」

 陽は遠慮などすることなく、感嘆の声を漏らした。アニメなどではそう言った超人技をよく見るが、現実で見ると迫力が違った。考えても見てほしい。目の前で剣士と魔法使いと戦士による一糸乱れぬ連携を見たのだ。思わず陽が呟いてしまっても、無理はない。

 現在は。フィリアが「お腹すいた」と言ってから十数分ほどだ。
 では食事にしよう、となったのだが、食材が無かったのである。携帯職や飲料水はあるものの、メインと成るような食べ物がなかった。

 冒険者で食材が足りないのなら? 狩るっきゃねえだろ!
 という謎の思考で魔物を狩ることになったのだ。というより、今までのそうしていたらしい。それを見居て陽が抱いたのは、毒の類が入っていないか? という事だ。

 ここは異世界。どんな生き物がいるかもわからないし、外見が地球の動物と同じだからと言って、中身まで同じとは思えない。
 其れゆえの心配だったのだが、その辺は完璧にわかるらしい。冒険者なのだから、その手の知識はしっかりしているとのこと。万が一毒が入っていても、カルムが魔法で解読できるらしい。しかし、今回は特に危険な部分もなく、食べやすい種類に入るとのこと。

 其れなら安心だ、となり、魔物を買って今に至る。
 陽が参加していないのは、初日だから実力を見せるためと、戦力に成らない為である。前者は嬉しいが後者は悲しい。事実だから否定できないが、密かに強くなりたい、と思ったのは内緒だ。

 三人はそれぞれの武器を収めると、アルマジロ型の魔物を回収して陽のもとへくる。

「すごいな。俺には到底できそうにない」
「ははっ、練習したら誰でもできるよ。それに、今日は少し調子が良かったかな」
「ん……がん、ばった」

 などと他愛無い会話を繰り返しながらも、カルム達三人はそれぞれ野宿用の道具などを取り出し、それを設置していく。当然、陽も手伝っている。野宿道具といっても、寝袋などを出すのは後。今は火起こし用の道具だ。
 カルムが取り出した料理道具一式は、普通のナイフ、鍋、フライパン(の様な物)、その諸々の小道具、そして黒い板だった。それの上に鍋を設置している。

「その黒い板は?」
「火を起こすための道具さ。普通の火じゃなくて魔力で付けられた火を、長く持たせる効果がある」
「なるほど」

 専門用語らしく少し難しいが、そこはオタク、知識でどうにでもなる。そんな様子を見たカルムが、追加で説明してくれた。
 曰く、この道具は魔力の効果をなるべくキープする効果があるのだという。詳しい説明は省くが、魔法は魔力が無くなれば消えてしまう。魔法で作られた火や水は、普通に消えるのとは別に、魔力が消えると消滅する。逆に、魔力さえ残っていればいくらでも残るのだ。

 魔法は放っておくと中に閉じ込められている魔力が外気へ逃げていく。それをキープする、つまりは火を長くともし続けるのが、この道具なのだ。この場合外気に逃げる筈の魔力はその黒い板の中へ吸い込まれ、黒い板を巡回し、火へ戻っていく。多少はどうしても逃げてしまうが、これによって少ない魔力で長い時間火を灯すことが可能になるという事だ。

 さて、準備が出来たら今度は陽の番である。
 せっかく初日なのだ。成るべく豪勢な料理にしたいが……

「……食材はなにがある? あ、メインはさっきの魔物だとしても、それ以外、と言う意味で」
「あ、はいはいこれ」

 ティアがバッグから取り出したのは、調味料や小物だった。そう言えば、このパーティーではティアが料理担当だったんだか、と今更ながら思い出し、何を作るかを考えていく。
 あるのは塩、胡椒、油(きっと)、酒(恐らく)、キノコ(色が少し可笑しかった)、ニンニク(多分)、貝(中身は分からない)などなど。

 ……大変不安ではあるが、この食材が集まっているのなら、作るのは決まった。
 突然ではあるが、陽はクッ〇パット常連者だ。なので、今回はそこで見たお手軽肉料理を作る。

「よし」

 料理人専用、なのだろう。申し訳程度の消毒やエプロンらしき正装を付け、陽は食材を選んでいく。まずは先ほどのアルマジロの魔物の肉。どうやら解体や血抜きは済ませてくれていたようで、ブロック肉になっていた。どこの部位かは分からないが……とりあえず、豚の様な肉質や硬さだった、と言っておこう。

 それを薄くスライスしていく。スライスした肉に塩、胡椒、酒で下味を付けて行き、ロールケーキ状に巻いていく。半量巻けたら同様にしても一つ作る。そして、それぞれ厚みが半分になるようカットして4つにする。 

  薄く片栗粉をまぶして油を熱したフライパン(の様な物)で焼く。片面が色づいたら返して火を弱めて中まで火を通す。
 その間にスープを作る。キノコを刻み、貝はこすり合わせて洗う。そしてニンニクをスライスする。肉を細かく刻み、それ等でスープを作る。

 フライパンにスライスしたにんにくを入れ、香りが出てきたら、キノコと塩を入れてしっかり炒める。少し経ったら、あさり、酒を入れて軽く炒める。
 水を入れ、蓋をして煮立てる。普通は貝はアサリを使うので、それが開いてきたら合図。なので、この階が開く種類であることを願うが……ビンゴ。開いてきたのでお皿中央に肉をおき、スープを注ぐ。

「っし、できた。スープに浸すジューシーロールステーキ」

 パパッと盛り付けが完了し、三人へ配る。

「わぁ」
「へぇ」
「おいしそう……」


 三人とも、この手の料理は見たことがないようで、感嘆の声を漏らしている。陽としては喜ばしい限りだ。フィリアなどは尻尾と耳でも生えている様な反応っぷりである。フォークやスプーンなどを配り、三人の前に置く。

「まあ、なにはともあれ、食べてみれくれよ」
「そうだな……では」
「っと、まった」

 ───やはり、その文化は無いか。
 陽は食べ始めようとした三人を制止する。理由は当然、『いただきます』と『ご馳走様』を教えるためだ。この手の展開ではそういう挨拶などは一般的に存在していない可能性が高い。もしや、と思ったがビンゴだったようだ。

「? どうしたんだい、ヨウ」
「そうだよ。冷めない様に早く食べよう?」 

 三人を止めた陽を訝し気に見てくる。フィリアは食べようとしていたので、強引にやめさせた。

「食べる時と、終わった時。いただきますって、挨拶をするんだよ」
「どうして?」
「命に感謝して、いただきます。命をありがとう、ご馳走様でした。命を殺して食べているわけだが可、しっかり言った方がいいんだよ」
「なるほど…」
「深いね……」

 三人ともしみじみと頷いている。
 陽は再度挨拶するときには手を合わせるのだと教え、四人はパチンッ! と手を合わせ、

「「「「いただきます!」」」」

 と、命に感謝しながら食べ始めた。

 まずはカルム。彼は食器を持ち、匂いを嗅いだ後、スープを少しづつ飲んだ。「うまい!」という声と共に表情を明るくさせ、食べ続けていく。
 次にティア。彼女は同じように匂いを嗅ぐと、カルムより幾分か上品な仕草で口に貝とスープを口に含み、目を見開く。もぐもぐとあっという間に一口目を食べ終わり、「美味しい……」と呟いた。
 最後にフィリア。彼女は作法や礼儀など気にせず、フォークでロールステーキをぶっさすと、口でかぶりついた。もぐもぐと口を動かしながらも、首をぶんぶん振っている。どうやら、カルムやティアと同じ様な感想、と言いたいらしい。

「それはなにより」
「いや、本当においしいよ……これほどの技術を、一体どこで身に着けたんだい? って、そうか。記憶がないのか……」

 カルムは「ごめん」と言って申し訳なさそうな顔をする。大方、記憶がないことを陽が気にしていると思ったのだろう。確かに、なぜ自分がこんな料理技能を持っているのか、自分が何者なのかわからないが、あまり気になっていないのだ。

「いやいや、気にしてないよ。この料理に関しては、多分、俺は家族とか仲間の中で料理を作っていたんだと思う」

 これは、陽の考えである。
 身に覚えのない知識も技術も、陽が転生する前に身に着けていたものであることに違いはない。となれば、必然的に、それ等を行う立場であった、若しくはそれらを趣味にしていたと考えるのが妥当である。

「そっか……じゃあ、料理がおいしいのもその為なのね」
「太鼓判押すよ。ぜひ喜んで食べてくれ」
「うん」

 そこで、会話は途切れてしまう。四人とも黙ってしまい、微妙な空気が途切れた。
 いや、話題はいっぱいあるのだ。自分たちのことに関して、この洞窟のことに関して、そして何よりこれからのことに関して。

 しかし、逆に多すぎて何を話していいか分からない。
 と、悩んだ陽は、とりあえず。先ほどの戦闘で一番気になった、魔法に関する話題を出した。

「そ、そういえばさ。俺、あまり魔法に関して詳しくないんだよ。もしよかったら、教えてくれないか?」
「そうなのかい?」
「と、いうことは……適正とか調べてないの?」
「適性? 魔法適正?」

 魔法適正と言えば、魔法を扱う上で必要になってくる、才能である。
 異世界では常識であり、物語の主人公たちはそこでチートを発揮したり、固有魔法を発現させたりする。その点で、陽も非常に気になっていた。

「そう。魔法適正。記憶はそこまで失われているのか……」
「あ、いやでも気にしてないからさ。これからだよ、これから」
「そう思って居るのならいいけど……じゃあ、さ。調べてみる? 適性」

 陽は「ぜひ!」と食い気味で返事をした。この手の展開は一番楽しみな展開である。
 きっと、この世界では魔法適正を調べる、と言うのは日常茶飯事なのだろう。しかし、やはり気になるようで、二人も食事の手を緩めてこちらに注目している。
 否、違った。フィリアだけは食事の手を緩めることなく、むしろ加速して話を聞いていた。

 カルムは皿に残っている食べ物をフィリアに渡すと、立ち上がり「道具を取ってくる」といって席を外した。
 ちなみに、何故皿を渡したかと言うのは、ティア曰く「フィリアは基本的に間接キスとか気にしないから、私たちの中ではおなかいっぱいの時には結構渡したりしてるかな。ちょっと、女の子としては心配だけど……」と、乾いた笑みを浮かべていた。

「……ヨウ君」
「ん?」

 そうして、カルムが少し離れたところにおいてある大きなバッグの中に手を突っ込み、ガサゴソと何かを探している時、ティアが若干頬を赤らめながら、皿を差し出してきた。
 ────これは、つまり、

「ごめん。お変わり作ってもらってもいいかな……?」

 言ったティアは先ほどよりもっと顔を赤くし、恥ずかしそうにえへへと笑っている。
 ────それを聞いた瞬間、陽はフライパン片手に食材を炒めていた。本能的である。刹那だ。まさに本人が気づくことなく、気が付けば野菜と肉を炒めていた。

 考えてほしい。先ほど自分を救ってくれて、自分がかわいいと思う少女に頬を赤らめながらお願されたら、答えない男がどこに居る。否、居る筈がない! そんな奴は男じゃない! と、陽の心の内が叫んでいる。

 ティアはそれを見てちょこんと正座しながら皿を持って待っている。
 フィリアも、なぜか皿を持って待っていた。あ、あなたも食べるんですね。陽は内心苦笑いをしながらも、料理を続けていく。

 しかし、カルムが戻ってきたのを見て、急に料理方法を変えた。簡単炒め物から、少し時間の掛かる物へ、である。
 陽は蒸すように酒を入れて蓋をすると、三人の方へ戻っていく。

「? え、あ、どうしたの? ま、まさか辞めちゃうの?」
「……かなしい……」
「あ、いやいや違うよ。カルムが戻ってきたから、料理が出来上がる間に調べてもらおうと思って」

 三人はなるほど、と頷いた。
 そういうことである。少し時間がかかる蒸しを行うことで、その間に魔法適正を調べよう、と言う戦法だ。これだったら無駄に時間を使うことなく、魔法適正を調べることが出来る。

「そうか……じゃあ始めよう」

 カルムはその脇に抱える……ぱっと見碁盤のようにも見える木材の道具を四人の間に降ろした。
 それは、円形状の模様が描かれており、その中心から逆三角形が四方に描かれている。中心には深いくぼみ、北が赤、南が青、東が緑、西が茶色の色が割り振られており、ぱっと見何に使うのか分からない道具だ。

「これは?」
「魔法適正を調べる神製道具アーティファクト、『魔法適正調査盤』、通称マッチョだよ。もうチョイ小型でも良かったんだけど、これが一番調べやすいからね。それとも、別の方がいいかい?」
「ま、マッチョ……まあ、俺には調べやすい調べやすくないは分からないから、お任せするよ。ところで、アーティファクトって?」

 陽の質問にカルムは「ああ」と呟く。
 神製道具アーティファクト。異世界知識を使用するのなら、魔法が宿った道具だとか、特殊な方法で作られた道具、ダンジョンなどの掘り出し物などだ。

(それにしてもマッチョって、すごい名前だなぁ……)
「ヨウ君?」
「ん? あぁ、いや、なんでもない」
「よし。神製道具アーティファクトっていうのは、神の作り出したとされる道具のことだよ。人間の技術では再現不可能な神の御業。魔法適正調査盤マッチョはそのうちの一つ。魔法適正を調べるっていう、どこでも使われている神製道具アーティファクトだよ」
「なるほど」

 神の作り出した道具らしい。まあ、ある程度は予想出来ていた。つまりは、『魔法適正を調べる』という技術は人間では再現不可能、という事だろう。初めて異世界らしい道具に出会った気がする。
 陽の返事にカルムは満足したように頷くと、その道具の中心に手を翳した────

「……我ら人の子也。無垢成る者に今、浮世を覆す力の兆しを与え給え」

 どこか、日本語に似た発音で紡がれる言葉。それと同時に、魔法適正調査盤マッチョが光り輝く。全体的に淡い光を発し始め、その光が段々中心の窪みへと収束していった。

「さっ、ヨウ、血を出してくれ」
「……へぁ!?」

 自分自身でも予想できないような声を出してしまった。まさか、ここまで嫌なテンプレが再現されているとは。確かに魔法適正を調べる儀式の中で、調べる者の血液を採るというのはよく見る例だ。
 しかし、実際に体験するとなると、怖いのは当然だった。創作物では主人公が結構簡単に採血しているが、普通は怖いに決まっている。

「血じゃないと駄目……?」
「駄目」      
 
 弱弱しく言うように対し、カルムは無慈悲に切り捨て、細い針を持って近づいてくる。

「唾でもいいけど……」
「血でやります」

 さすがに唾でやるのは、衛生的にも精神的にも嫌だった。陽は針を受け取ると、数十秒逡巡した後に、自分の人差し指に針を突き刺さす。赤い斑点がちょこんと生み出された。なんだかとてつもなく緊張して無駄な気分に成りつつも、指から出た血を、魔法絵適正調査盤マッチョの中心の窪みに垂らす。

「その血が君の魔法適正を決める。四方のうち、適性がある三角形が赤色に染まるよ」

 血が魔法適正調査盤マッチョに浸透し、等々、陽の適性が明らかに成る─────
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