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第一章 『始まりの洞窟』
第十五冊 『龍神の力』
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それは突然だった。龍神の剣を手にしてから数日、洞窟内を探索する中、唐突に見つけたのだ。
──────目の前の状況が理解できない。
「どう……いう……」
そこは広場の様な場所だった。ドーム状の天井、ゴツゴツとした地面、戦闘地形的にはかなり悪い。
オークはその広場の奥で、静かに眼を伏せて座っている。剣を地面に刺し、まるで眠っているかのような静かさだ。
ティアはそのさらに奥、壁に縄で括り付けられていた。服には破れた様な感じは無いが、顔、腕、足の何か所かが赤く腫れて、気絶している。さすがに無傷ではないようだ。だが確かに、ティアは捕らえれながらも、生きている。
手の中の龍神の剣を落としそうになり、ヨウは手に力を入れる。目の前がチカチカと点滅する幻覚があり、自然と息が荒くなった。全身を嫌な汗が流れていくのを感じる。だって、今まで考えてもみなかった。『ユースティアが生きている』、なんてことは。
だって、カルムとフィリアは死んだ。其れなのに、ティアだけが生きているだなんて誰が想像できる。確かに死ぬところ見ていないとは何度も思った。でも、でも、そんな都合よく生きているだなんて。
虫が良すぎるのは分かっている。だけど、僅かな希望、『ティアを助けられるかもしれない』という結果を求めしまった。
そうだ、分かっている。あの日比はもう戻らないことは一番よく理解できている。それに、ハッキリ言ってしまえば、ユースティアを助けたところで、意味がない。
いや、意味はある。
意味はある。ティアを助ける理由などいくらでもある。仲間だから助ける、償いの為に、助けるために、あの時助けてもらった恩返しをするため。探すまでもない────心が訴えているのだ。あの時は逃げた、けれど、今度こそ。
ヨウは、いつの間にか、声を大にして叫んでいた。
「────ユースティアァアアアアアッ!」
「C1C4J3L5……!」
本人は気絶しているせいか返事は無い。だが、その代りにオークの眼が開かれた。地面に刺さった巨大な剣を抜き、謎の言語を喋れば、次に咆哮。衝撃波が地面を砕き、突風が吹くが、もう、ヨウは怯むことは無い。それさえも、追い風に変えてやる。
龍神の剣を握り直し、確かな眼差しを宿す。力が足りるかは分からない、魔法はまだ十分に扱えない。けれど、それで逃げ出していい理由は無い。何度も後悔したはずだ、何度も悔やんだはずだ─────ここが、命を懸けるべきところなはずだ。
「─────まってろ」
怖い、怖い。けれど、一度理想が見えてしまったのなら、それを掴むために進まなければいけない。
前に─────前に。ユースティアを助けるために!
~~~~~~~~~~~~~~~~
戦闘の開始は突然だった。
「■■■■■■■─────!!」
「ッ、ハッ─────!」
立ち上がったと思ったら、弾丸の様に疾走を始めるオーク。剣の間合いまで入れば、家なら壊せるんじゃなかろうかと思わせる威力で巨大な剣を振り下ろす。ヨウは真っ向から龍神の剣をぶつけ、剣戟が発生した。
じりじりと鍔競り合うが、やがてヨウがオークの巨剣を受け流すと、間髪入れず相手の顔に突き出そうとする。が、それは首を傾けることで避けられ、オークは口を開けて咆哮した。
衝撃波が発生し、ヨウが空中に浮き背後に吹き飛ばされる。空中で体勢を立て直し、静かに着地すると、剣をしっかりと握り構えた。
このオークの咆哮、分かったのだが、魔力が乗っている。咆哮という、生物的現象に魔力を乗せ、疑似的な『魔法』の様な現象を再現しているのだ。若しくは固有魔法だが、単一の行動、詰り咆哮だけしかしないとなると、その可能性は低かった。
ヨウは足に魔力を込め、自分の肉体を強化しながら肉薄する。振り上げる様に剣を振るい、オークを両断しようと迫る刃、だが、オークの攻撃がヨウに届かなかった様に、ヨウの攻撃も容易には。オークは剣で迎え撃つ。
剱と剱が激突し、劈く様な音、衝撃波が発生する。本来なら手で顔を覆いたくなるが、そんな余裕はない。現にオークはそんな事まったく気にしていないのだから。
「まだだぁ────ッ!」
冗談じゃない。やはり相手は化け物だ。叫んで、自分を奮い立たせてないとやってられない。
ヨウはオークの剣から己の剣を遠ざけ、さらに一歩踏み込んで再度剣を振るう。当然、オークは対応してきた。剣戟が起こり、再度衝撃波が発生。
激しい剣戟の嵐。ヨウが斬り込めばオークが弾き、それを利用したオークの攻撃をヨウが防ぎ─────切って、弾いて、防いで、また切って、切って、防いで、弾いて、切って、回避して、切って、回避して、弾いて、防いで。
(……きりがない)
考えろ。俺はどんな普通に剣を構えている。相手はどんな風に剣を構えている。場所は何処だ。状況は何だ。考えろ。力が足りないというのなら知恵を絞れ。実力が均衡しているというのならどこかで先を行け。そうでなければ勝てない。
「使って、やるさ!」
ヨウは激しいオークとの剣戟から抜け出し、懐の龍の魔導書を開く。生半可な魔法では駄目だ。相手を倒せる様な強い魔法でなくては。
もうこれは『読む』という行為ではない。感覚の話だ。己の感覚、強いと思う魔法を探し出せ────!
「■■■■■■■─────!!」
不穏な気配でも感じ取ったのだろうか。オークは先ほどよりも疾い速度で突撃してくる。やはり、というべきか。オークは少し手加減していたのだ。相手はまだ、ヨウのことを『全力を出して相手するべき相手』とは思って居ない。
そう思わせる前に沈めば、ヨウはそれまでだ。終わっては成らない、オークを倒すのは────殺して、ティアを助けるのはヨウなのだから。
「─────『体内に眠る龍の魔力よ、」
「■■■■■─────!!」
詠唱を、開始する。その間にもオークは迫ってきた。
だが実質ヨウは片手で、しかも詠唱を噛まない様にしながら戦わないといけない。考え事をする暇もなく、オークは両手で巨剣を握り、まっすぐ振り下ろしてきた。
「再来し、怒りとな』────くっ」
そんな状況下で、暢気に詠唱を続けられるわけがない。いったん中断して、魔導書を持つ左手、剣を握っている右手、合わせて両手で剣の側面を突き出し、攻撃を防ごうとする。
だが、
「■■■■■■■─────!!」
「な────ッ!」
剣と剣が激突し、先ほどよりも重い衝撃が襲い掛かり、そのあまりの強さに防いだが痛みを感じる。
しかし、驚いたのはそれではない。次の瞬間、オークの姿が消えたからだ。いや、違う。そうとしか考えられないだけで、ヨウの眼はしっかりととらえていた。オークの姿がブレ、右に移動するところを。
慌てて右を向いた時にはもう遅い。オークはその巨剣をヨウの腹に向って突き出していた。
何とかヨウも、龍神の剣を巨剣の切っ先にぶつけるが、そんな有り合わせの防御で攻撃が防げるはずがない。オークは体を大きく動かし、巨剣を想いきり振う。
バゴンッ!
冗談ではない、冗談の様な音。剣からは普通あり得ない炸裂音が飛び出て、ヨウは吹き飛ばされていた。それに気づいたのは、目先に居たオークが遠くになった時だ。態勢を立て直す暇もなく、地面を何度もバウンドし、背中に痛み。どうやら壁にぶつかったらしい。砂埃が舞い、壁が壊れたのか小石のパラッ、という音が聞こえる。
「けほ─────っ!?」
「■■■■■■■─────!!」
明確な殺意を感じる。ヨウは立ち上がろうとして、目の前にオークがいることに気づいた。そしてまた、正確に言うのならば、ヨウ自身がそれを認識したのは、オークに首を掴まれてからだ。
そのままぐるんっ、と体を後ろへ向けると、遠心力を利用してヨウをぶん投げる。
「ガッ─────! 終わら、ねぇ!」
一方的ではいけない。ヨウは向かってくる殺意に反応し、殆ど本能的に飛ばされている空中で体勢を直し、剣を振るう。金属音と共に火花。
ヨウは空中で逆立ちの様な態勢で剣を振るっていた。こんな荒業、龍神の体無しでは到底できない芸当だ。
そこで違和感を感じる。
「っ、本が……」
気づかぬうちに手放し、吹き飛ばされていたと思った龍の魔導書。足元を見れば、まるで最初からそこにあったかの様に魔導書が置いてあった。そういう機能か、はたまた能力か。分からないが、きっと、この本は手放してはいけないのだ。
ヨウは魔導書を開くと、再度詠唱を試みる。
「■■■■■■■─────!!」
「……『体内に眠る龍の魔力よ、再来し、怒りとなりて、ッ」
当然、オークはそれを許さない。今度は自分で突っ込んでくるのではなく、足元を砕き、その破片を飛ばしてきた。何が目的────? と一瞬思い破片を剣で弾くが、目に痛みを感じる。
カルムから聞いたことがあった、『魔法使いの効果的な潰し方』。魔法使いとは詠唱を持って魔法を発動させるので、詠唱さえ止めてしまえば魔法を中断させることが出来る。
今回オークが行ったのは、魔法使い妨害行動の一つ。『痛みによって言葉を遮断する方法』だ。戦闘行動、例えば蹴る、殴るなどの行動は痛くても続けられるだろうが、打撃や斬撃を与えられて意味のある言葉を発し続けられる人間はいない。
今回を例に挙げるとすれば、砂埃や石が眼に入って、声を上げずに、詠唱を続けられるわけが無いのだ。龍神の体と言えど、そこは変わらないという事だろう。
やはりオークは、ある程度の知性を持っているようだ。
オークはそのまま、これまでの動きと同じ様に剣を振るう。
目潰しを喰らい、詠唱が中断され、片目が一時的に潰れているヨウだが、それでも体と腕は自由だ。バックステップで剣を回避すれば、こちらもしっかりと剣を握り、横なぎに剣を振るった。
金切り音が発生し、お互いの剣が弾かれる。そして互いに同じタイミングで剣を振るい、再度剣戟。オークが一度後退すると、急加速して剣を振るう。が、それは読めていた。ヨウは魔導書を懐(正確には服の引っかける所)に仕舞うと両手で剣を握り迎え撃つ。
互いの背後の地面が砕け、一際大きい音が炸裂する。ヨウもオークもそれを気にせず、次の攻撃へと移った。オークが横なぎに巨剣を振るえば、ヨウは跳躍して回避。落下の力を利用し、剣を振り下ろすが、当然の如くオークはガード。
「ッ、きりがねえ」
一進一退の攻防。正直言ってまだ大量に余裕はあるが、これではジリ貧だ。魔法を詠唱しようにも相手に邪魔されてできない。魔力にはまだまだ限界がある。龍神の後継者となったヨウの魔力上限は、元の十倍~数十倍ある。
互いに特殊な技が無いのも問題だろう。魔法をバンバン使うタイプだったり、種族ごとの特性を生かすタイプだったら、もっと早く決着がついているかもしれない。けど、互いに剣を使う者だ。ヨウの場合は魔法を使おうにも邪魔される。
何の前振りもなく、オークが動いた。
「■■■■■■■─────!!」
「魔力────!」
ドンッ!
広場全体に掛かる重力が、一際重くなった様な錯覚を受ける。オークの剣に魔力が集まっていき、その密度は恐ろしい程だ。冗談じゃない、こうも簡単に、それこそ魔力を操るだけで強化などされてはたまったものではない。唯一出来るのは剣術だが、肉体の強化だってそれなりの実力が必要だ。
ヨウの場合は、どちらかというと『龍神の肉体の強化』と言った感じだ。魔力をそのまま龍神の力に変換することによって強化している(もっとも、これも予測でしかないが)。だが、本来魔力を一点に集めたところで特定部位の強化など出来るわけがない。出来るのならば、魔法使いが全員脳筋になってしまう。
となれば、オークの固有魔法と考えるべきか。どう考えようが、厄介なことに変わりはない。
オークは魔力の篭った剣を持ち、一気に肉薄してくる。ダンッ! と、とんでもない音が響き、次の瞬間には顔が近くにあった。
剣を握る手が一層強くなる。顔を歪めながら、剣で弾くが、それだけでは威力を殺しきれず、寧ろ剣と剣の衝撃によって生まれた衝撃波がヨウの頬と体を何か所か傷つけた。少量噴き出す血に、オークが歪んだ笑みを浮かべる。
「■■■■■■■─────!!」
「ふざ、っけんなぁ!」
相手の剣を弾くき、続けざまに剣を振るおうとするが、オークは軽やかな動きで背後に飛び退く。
戦闘が始まってから初めての負傷。驚くべき遅さだが、それほどまでに二人の実力が均衡していた、という証。だが、これからはそうはいかない。オークが魔力で強化を始めた以上、ヨウも何か手を打つ必要がある。
手始めに行うのは、同じく魔力による身体強化。全身、特に手足に魔力を回せば、軽くなった様な感覚。しっかりこの状態でも戦闘を行えるかを確認すると、剣を握り、先ほどより速い速度で相手に突撃する。
「ッ、ラァ!」
「■■■■■■■─────!!」
激しくなり、再び均衡する剣戟。ヨウは魔導書を取り出す。
(これじゃ────足りない! 魔法が必要だ。魔法が、強い魔法が!!)
『大いなる力には大いなる代償が必要』。ならば、ヨウが懸けるのは、当然自分の命。
「……『体内に眠る龍の魔力よ、再来し、怒りとなりて、我が大敵を撃ち滅ぼし給え』─────」
片手で剣を扱い、片手で魔導書を詠唱する。魔力消費量、体力消費量、外傷の加速速度。どれをとっても早すぎる。
オークの剣を弾いていたが、片手では速度に難があり、巨剣が脇腹を掠る。
「───くっ! もう一度ぉおおぉおお!」
「■■■■■■■─────!!」
呻き、詠唱が中断。だが止まる訳にはいかない。自分が死ぬ気でなければ、相手の命を奪えない。
ヨウは空中に一瞬権を放り、逆手に持ち変える。オークの顔に刺そうとすれば、相手は後退。すぐさま剣を振るってくる。それを受け流し、
「……『体内に眠る龍の魔力よ、再来し、怒りとなりて、我が大敵を撃ち滅ぼし給え』─────」
ヨウは距離を取る。もう少しで、もう少しで詠唱が完了する。
だが、相手がそれを許すはずもない。オークは巨剣を片手に持ち変え、空いたもう片方の手でヨウを拘束しようとする。詠唱さえ、封じてしまえばいいのだ。態々剣を振るう。必要はない。相手の腕には、強大な魔力密度が感じられた。恐らくカルムを殺した様に、首を折って殺すつもりだろうか。
ヨウもそれに対し、剣を振るおうと、わざと大きく振るえば─────見せつけるが如く、剣を空中に放り捨てた。
剣に意識を向けていたオークはそちらに一瞬意識を取られる。知能があるというのならば、それを利用するだけの事。今まで剣を使っていた相手が唐突に剣を、己の得物を捨てたのだ。一瞬と言えど、動揺は禁じ得ない。
(─────『武器を捨てる』。ティアから教わった最終手段。人間でも惑わされるこれに対抗できるモノなら抗ってみろよ、豚野郎ゥッ!)
オークの手には、剣を捨てたことによりフリーになった手をぶつける。だが魔法に魔力を供給しているこんな時に、『身体強化』は行えない。腕の先端、指がポロポロという菓子を齧る音、それに似た音を出し折れるのを感じる。
そして、魔法は完成した。
「────『龍の吐息』ッ!!!」
|龍神族(ジルドニラ)、神の名を冠する魔法が今、オークに向って放たれた。
ヨウの背後の空間が歪む。そこから幾つにも重なった紅い魔法陣が出現し、光り輝く。大きさは、一番大きいもので半径2mはあるだろう。空間を丸ごと照らす光。刹那の瞬間、魔法陣の中心から極太の光が発射され、オークに直撃した。
「くっ、すげぇ……」
思わず声を漏らすが、前を見れない。あまりの光量に、顔を覆わざる負えない。
数秒、途轍もない音と共にそれが続いたかと思うと、光は収束していった。オークの方を見れば、砂煙が立ちよく見えない。代わりに、地面を抉り、空間を切り裂いたのが見えた。
道具でさえあの力を持つ龍神の魔法、攻撃に転換すればこれほどまでの威力を持つのだ。オークをもってして一撃で『生きているか分からない』ところまで追い込む。あれ程力のあったオークが、短い詠唱で。未熟なヨウでこれだというのなら、さらに訓練し、最後にはどこまで強くなるというのだろうか。
「……った」
カランッと、ヨウ足元に龍神の剣が突き刺さる。ほぼ同時に、痛みが襲ってきた。忘れていたが、そうだった。ヨウはオークの腕を止めるために右手を犠牲にしていたのだ。まだ魔力は残っている。身体能力を強化させて直してもいいし、龍魔法の中から再生能力があるのを探してもいい。
だが、オークが死んだという確証がない限り無駄に魔力は使えない。油断した時が終わりの時だ。ヨウは右手を庇いながら、目の前砂煙を見つめる。
ゴキッ
「ッ、おいおい……」
ゴキッ、ゴキン
「嘘だろ……?」
金属の様な音。砂煙が晴れ始め、オークはそれでも生きていた。そして、先ほどとは様子がちがう。
目が更に紅く輝き、体全体が途方もない魔力の奔流で覆われていた。だが、体全体が焼けているし、特に頬と腕なんか酷い。もう使いものに成らない体を動かし、オークはそれでも生きていた。
「────a5i4mrd3d4,a5pb3e4!」
ボロボロの腕で、巨剣を振り上げる。
「c1g2m1──────!」
「ッ!」
振り下ろされたオークの剣。今までで最高の一撃に、ヨウは反応できない。そのまま、無慈悲にも巨剣はヨウを両断─────する前に、オークは倒れた。
「…a…」
「────ッ、ハァ、はぁ!」
ドサリと、オークの体が鈍い音を立てて倒れる。
ヨウは茫然と見ていたが、一気に張りつめていた危険が解け、全身の力が抜けた。あと少し、あと一歩、オークが倒れるのが遅かったら、今倒れているのはヨウの方だった。
「─────」
ヨウは荒い息を吐いていたが、何も言わない。いや、何も言えない。何かを言ったら、それは相応しくない様に思えた。だから、魔導書を懐に仕舞い、慣れない左手で剣を握る。一応フィリアから、『剣を利き手ではない方の手でうまく握る方法』を教わってはいたが、それを実行する余裕はない。
そうしてオークに近づけば、まだ少しだけ、風前の灯火だが生きていた。眼だけでヨウを射抜き、殺しそうな程睨んでいる。まだ生きていたいのだ、死にたくないのだ。フィリアを、カルムを殺したオークだって、死ぬのは嫌なのだ。
けど、ヨウはオークを殺す。ティアを助けるために、そして自分がこれからも生きるために。
「……豚野郎でも、意地はあるんだな」
上手い言葉が浮かばず、結局それだけ言い捨てて、ヨウはオークの心臓部分に剣を振り下ろす。鮮血が舞い、オークの瞼が段々と下がり──────ここに、死に果てた。
──────目の前の状況が理解できない。
「どう……いう……」
そこは広場の様な場所だった。ドーム状の天井、ゴツゴツとした地面、戦闘地形的にはかなり悪い。
オークはその広場の奥で、静かに眼を伏せて座っている。剣を地面に刺し、まるで眠っているかのような静かさだ。
ティアはそのさらに奥、壁に縄で括り付けられていた。服には破れた様な感じは無いが、顔、腕、足の何か所かが赤く腫れて、気絶している。さすがに無傷ではないようだ。だが確かに、ティアは捕らえれながらも、生きている。
手の中の龍神の剣を落としそうになり、ヨウは手に力を入れる。目の前がチカチカと点滅する幻覚があり、自然と息が荒くなった。全身を嫌な汗が流れていくのを感じる。だって、今まで考えてもみなかった。『ユースティアが生きている』、なんてことは。
だって、カルムとフィリアは死んだ。其れなのに、ティアだけが生きているだなんて誰が想像できる。確かに死ぬところ見ていないとは何度も思った。でも、でも、そんな都合よく生きているだなんて。
虫が良すぎるのは分かっている。だけど、僅かな希望、『ティアを助けられるかもしれない』という結果を求めしまった。
そうだ、分かっている。あの日比はもう戻らないことは一番よく理解できている。それに、ハッキリ言ってしまえば、ユースティアを助けたところで、意味がない。
いや、意味はある。
意味はある。ティアを助ける理由などいくらでもある。仲間だから助ける、償いの為に、助けるために、あの時助けてもらった恩返しをするため。探すまでもない────心が訴えているのだ。あの時は逃げた、けれど、今度こそ。
ヨウは、いつの間にか、声を大にして叫んでいた。
「────ユースティアァアアアアアッ!」
「C1C4J3L5……!」
本人は気絶しているせいか返事は無い。だが、その代りにオークの眼が開かれた。地面に刺さった巨大な剣を抜き、謎の言語を喋れば、次に咆哮。衝撃波が地面を砕き、突風が吹くが、もう、ヨウは怯むことは無い。それさえも、追い風に変えてやる。
龍神の剣を握り直し、確かな眼差しを宿す。力が足りるかは分からない、魔法はまだ十分に扱えない。けれど、それで逃げ出していい理由は無い。何度も後悔したはずだ、何度も悔やんだはずだ─────ここが、命を懸けるべきところなはずだ。
「─────まってろ」
怖い、怖い。けれど、一度理想が見えてしまったのなら、それを掴むために進まなければいけない。
前に─────前に。ユースティアを助けるために!
~~~~~~~~~~~~~~~~
戦闘の開始は突然だった。
「■■■■■■■─────!!」
「ッ、ハッ─────!」
立ち上がったと思ったら、弾丸の様に疾走を始めるオーク。剣の間合いまで入れば、家なら壊せるんじゃなかろうかと思わせる威力で巨大な剣を振り下ろす。ヨウは真っ向から龍神の剣をぶつけ、剣戟が発生した。
じりじりと鍔競り合うが、やがてヨウがオークの巨剣を受け流すと、間髪入れず相手の顔に突き出そうとする。が、それは首を傾けることで避けられ、オークは口を開けて咆哮した。
衝撃波が発生し、ヨウが空中に浮き背後に吹き飛ばされる。空中で体勢を立て直し、静かに着地すると、剣をしっかりと握り構えた。
このオークの咆哮、分かったのだが、魔力が乗っている。咆哮という、生物的現象に魔力を乗せ、疑似的な『魔法』の様な現象を再現しているのだ。若しくは固有魔法だが、単一の行動、詰り咆哮だけしかしないとなると、その可能性は低かった。
ヨウは足に魔力を込め、自分の肉体を強化しながら肉薄する。振り上げる様に剣を振るい、オークを両断しようと迫る刃、だが、オークの攻撃がヨウに届かなかった様に、ヨウの攻撃も容易には。オークは剣で迎え撃つ。
剱と剱が激突し、劈く様な音、衝撃波が発生する。本来なら手で顔を覆いたくなるが、そんな余裕はない。現にオークはそんな事まったく気にしていないのだから。
「まだだぁ────ッ!」
冗談じゃない。やはり相手は化け物だ。叫んで、自分を奮い立たせてないとやってられない。
ヨウはオークの剣から己の剣を遠ざけ、さらに一歩踏み込んで再度剣を振るう。当然、オークは対応してきた。剣戟が起こり、再度衝撃波が発生。
激しい剣戟の嵐。ヨウが斬り込めばオークが弾き、それを利用したオークの攻撃をヨウが防ぎ─────切って、弾いて、防いで、また切って、切って、防いで、弾いて、切って、回避して、切って、回避して、弾いて、防いで。
(……きりがない)
考えろ。俺はどんな普通に剣を構えている。相手はどんな風に剣を構えている。場所は何処だ。状況は何だ。考えろ。力が足りないというのなら知恵を絞れ。実力が均衡しているというのならどこかで先を行け。そうでなければ勝てない。
「使って、やるさ!」
ヨウは激しいオークとの剣戟から抜け出し、懐の龍の魔導書を開く。生半可な魔法では駄目だ。相手を倒せる様な強い魔法でなくては。
もうこれは『読む』という行為ではない。感覚の話だ。己の感覚、強いと思う魔法を探し出せ────!
「■■■■■■■─────!!」
不穏な気配でも感じ取ったのだろうか。オークは先ほどよりも疾い速度で突撃してくる。やはり、というべきか。オークは少し手加減していたのだ。相手はまだ、ヨウのことを『全力を出して相手するべき相手』とは思って居ない。
そう思わせる前に沈めば、ヨウはそれまでだ。終わっては成らない、オークを倒すのは────殺して、ティアを助けるのはヨウなのだから。
「─────『体内に眠る龍の魔力よ、」
「■■■■■─────!!」
詠唱を、開始する。その間にもオークは迫ってきた。
だが実質ヨウは片手で、しかも詠唱を噛まない様にしながら戦わないといけない。考え事をする暇もなく、オークは両手で巨剣を握り、まっすぐ振り下ろしてきた。
「再来し、怒りとな』────くっ」
そんな状況下で、暢気に詠唱を続けられるわけがない。いったん中断して、魔導書を持つ左手、剣を握っている右手、合わせて両手で剣の側面を突き出し、攻撃を防ごうとする。
だが、
「■■■■■■■─────!!」
「な────ッ!」
剣と剣が激突し、先ほどよりも重い衝撃が襲い掛かり、そのあまりの強さに防いだが痛みを感じる。
しかし、驚いたのはそれではない。次の瞬間、オークの姿が消えたからだ。いや、違う。そうとしか考えられないだけで、ヨウの眼はしっかりととらえていた。オークの姿がブレ、右に移動するところを。
慌てて右を向いた時にはもう遅い。オークはその巨剣をヨウの腹に向って突き出していた。
何とかヨウも、龍神の剣を巨剣の切っ先にぶつけるが、そんな有り合わせの防御で攻撃が防げるはずがない。オークは体を大きく動かし、巨剣を想いきり振う。
バゴンッ!
冗談ではない、冗談の様な音。剣からは普通あり得ない炸裂音が飛び出て、ヨウは吹き飛ばされていた。それに気づいたのは、目先に居たオークが遠くになった時だ。態勢を立て直す暇もなく、地面を何度もバウンドし、背中に痛み。どうやら壁にぶつかったらしい。砂埃が舞い、壁が壊れたのか小石のパラッ、という音が聞こえる。
「けほ─────っ!?」
「■■■■■■■─────!!」
明確な殺意を感じる。ヨウは立ち上がろうとして、目の前にオークがいることに気づいた。そしてまた、正確に言うのならば、ヨウ自身がそれを認識したのは、オークに首を掴まれてからだ。
そのままぐるんっ、と体を後ろへ向けると、遠心力を利用してヨウをぶん投げる。
「ガッ─────! 終わら、ねぇ!」
一方的ではいけない。ヨウは向かってくる殺意に反応し、殆ど本能的に飛ばされている空中で体勢を直し、剣を振るう。金属音と共に火花。
ヨウは空中で逆立ちの様な態勢で剣を振るっていた。こんな荒業、龍神の体無しでは到底できない芸当だ。
そこで違和感を感じる。
「っ、本が……」
気づかぬうちに手放し、吹き飛ばされていたと思った龍の魔導書。足元を見れば、まるで最初からそこにあったかの様に魔導書が置いてあった。そういう機能か、はたまた能力か。分からないが、きっと、この本は手放してはいけないのだ。
ヨウは魔導書を開くと、再度詠唱を試みる。
「■■■■■■■─────!!」
「……『体内に眠る龍の魔力よ、再来し、怒りとなりて、ッ」
当然、オークはそれを許さない。今度は自分で突っ込んでくるのではなく、足元を砕き、その破片を飛ばしてきた。何が目的────? と一瞬思い破片を剣で弾くが、目に痛みを感じる。
カルムから聞いたことがあった、『魔法使いの効果的な潰し方』。魔法使いとは詠唱を持って魔法を発動させるので、詠唱さえ止めてしまえば魔法を中断させることが出来る。
今回オークが行ったのは、魔法使い妨害行動の一つ。『痛みによって言葉を遮断する方法』だ。戦闘行動、例えば蹴る、殴るなどの行動は痛くても続けられるだろうが、打撃や斬撃を与えられて意味のある言葉を発し続けられる人間はいない。
今回を例に挙げるとすれば、砂埃や石が眼に入って、声を上げずに、詠唱を続けられるわけが無いのだ。龍神の体と言えど、そこは変わらないという事だろう。
やはりオークは、ある程度の知性を持っているようだ。
オークはそのまま、これまでの動きと同じ様に剣を振るう。
目潰しを喰らい、詠唱が中断され、片目が一時的に潰れているヨウだが、それでも体と腕は自由だ。バックステップで剣を回避すれば、こちらもしっかりと剣を握り、横なぎに剣を振るった。
金切り音が発生し、お互いの剣が弾かれる。そして互いに同じタイミングで剣を振るい、再度剣戟。オークが一度後退すると、急加速して剣を振るう。が、それは読めていた。ヨウは魔導書を懐(正確には服の引っかける所)に仕舞うと両手で剣を握り迎え撃つ。
互いの背後の地面が砕け、一際大きい音が炸裂する。ヨウもオークもそれを気にせず、次の攻撃へと移った。オークが横なぎに巨剣を振るえば、ヨウは跳躍して回避。落下の力を利用し、剣を振り下ろすが、当然の如くオークはガード。
「ッ、きりがねえ」
一進一退の攻防。正直言ってまだ大量に余裕はあるが、これではジリ貧だ。魔法を詠唱しようにも相手に邪魔されてできない。魔力にはまだまだ限界がある。龍神の後継者となったヨウの魔力上限は、元の十倍~数十倍ある。
互いに特殊な技が無いのも問題だろう。魔法をバンバン使うタイプだったり、種族ごとの特性を生かすタイプだったら、もっと早く決着がついているかもしれない。けど、互いに剣を使う者だ。ヨウの場合は魔法を使おうにも邪魔される。
何の前振りもなく、オークが動いた。
「■■■■■■■─────!!」
「魔力────!」
ドンッ!
広場全体に掛かる重力が、一際重くなった様な錯覚を受ける。オークの剣に魔力が集まっていき、その密度は恐ろしい程だ。冗談じゃない、こうも簡単に、それこそ魔力を操るだけで強化などされてはたまったものではない。唯一出来るのは剣術だが、肉体の強化だってそれなりの実力が必要だ。
ヨウの場合は、どちらかというと『龍神の肉体の強化』と言った感じだ。魔力をそのまま龍神の力に変換することによって強化している(もっとも、これも予測でしかないが)。だが、本来魔力を一点に集めたところで特定部位の強化など出来るわけがない。出来るのならば、魔法使いが全員脳筋になってしまう。
となれば、オークの固有魔法と考えるべきか。どう考えようが、厄介なことに変わりはない。
オークは魔力の篭った剣を持ち、一気に肉薄してくる。ダンッ! と、とんでもない音が響き、次の瞬間には顔が近くにあった。
剣を握る手が一層強くなる。顔を歪めながら、剣で弾くが、それだけでは威力を殺しきれず、寧ろ剣と剣の衝撃によって生まれた衝撃波がヨウの頬と体を何か所か傷つけた。少量噴き出す血に、オークが歪んだ笑みを浮かべる。
「■■■■■■■─────!!」
「ふざ、っけんなぁ!」
相手の剣を弾くき、続けざまに剣を振るおうとするが、オークは軽やかな動きで背後に飛び退く。
戦闘が始まってから初めての負傷。驚くべき遅さだが、それほどまでに二人の実力が均衡していた、という証。だが、これからはそうはいかない。オークが魔力で強化を始めた以上、ヨウも何か手を打つ必要がある。
手始めに行うのは、同じく魔力による身体強化。全身、特に手足に魔力を回せば、軽くなった様な感覚。しっかりこの状態でも戦闘を行えるかを確認すると、剣を握り、先ほどより速い速度で相手に突撃する。
「ッ、ラァ!」
「■■■■■■■─────!!」
激しくなり、再び均衡する剣戟。ヨウは魔導書を取り出す。
(これじゃ────足りない! 魔法が必要だ。魔法が、強い魔法が!!)
『大いなる力には大いなる代償が必要』。ならば、ヨウが懸けるのは、当然自分の命。
「……『体内に眠る龍の魔力よ、再来し、怒りとなりて、我が大敵を撃ち滅ぼし給え』─────」
片手で剣を扱い、片手で魔導書を詠唱する。魔力消費量、体力消費量、外傷の加速速度。どれをとっても早すぎる。
オークの剣を弾いていたが、片手では速度に難があり、巨剣が脇腹を掠る。
「───くっ! もう一度ぉおおぉおお!」
「■■■■■■■─────!!」
呻き、詠唱が中断。だが止まる訳にはいかない。自分が死ぬ気でなければ、相手の命を奪えない。
ヨウは空中に一瞬権を放り、逆手に持ち変える。オークの顔に刺そうとすれば、相手は後退。すぐさま剣を振るってくる。それを受け流し、
「……『体内に眠る龍の魔力よ、再来し、怒りとなりて、我が大敵を撃ち滅ぼし給え』─────」
ヨウは距離を取る。もう少しで、もう少しで詠唱が完了する。
だが、相手がそれを許すはずもない。オークは巨剣を片手に持ち変え、空いたもう片方の手でヨウを拘束しようとする。詠唱さえ、封じてしまえばいいのだ。態々剣を振るう。必要はない。相手の腕には、強大な魔力密度が感じられた。恐らくカルムを殺した様に、首を折って殺すつもりだろうか。
ヨウもそれに対し、剣を振るおうと、わざと大きく振るえば─────見せつけるが如く、剣を空中に放り捨てた。
剣に意識を向けていたオークはそちらに一瞬意識を取られる。知能があるというのならば、それを利用するだけの事。今まで剣を使っていた相手が唐突に剣を、己の得物を捨てたのだ。一瞬と言えど、動揺は禁じ得ない。
(─────『武器を捨てる』。ティアから教わった最終手段。人間でも惑わされるこれに対抗できるモノなら抗ってみろよ、豚野郎ゥッ!)
オークの手には、剣を捨てたことによりフリーになった手をぶつける。だが魔法に魔力を供給しているこんな時に、『身体強化』は行えない。腕の先端、指がポロポロという菓子を齧る音、それに似た音を出し折れるのを感じる。
そして、魔法は完成した。
「────『龍の吐息』ッ!!!」
|龍神族(ジルドニラ)、神の名を冠する魔法が今、オークに向って放たれた。
ヨウの背後の空間が歪む。そこから幾つにも重なった紅い魔法陣が出現し、光り輝く。大きさは、一番大きいもので半径2mはあるだろう。空間を丸ごと照らす光。刹那の瞬間、魔法陣の中心から極太の光が発射され、オークに直撃した。
「くっ、すげぇ……」
思わず声を漏らすが、前を見れない。あまりの光量に、顔を覆わざる負えない。
数秒、途轍もない音と共にそれが続いたかと思うと、光は収束していった。オークの方を見れば、砂煙が立ちよく見えない。代わりに、地面を抉り、空間を切り裂いたのが見えた。
道具でさえあの力を持つ龍神の魔法、攻撃に転換すればこれほどまでの威力を持つのだ。オークをもってして一撃で『生きているか分からない』ところまで追い込む。あれ程力のあったオークが、短い詠唱で。未熟なヨウでこれだというのなら、さらに訓練し、最後にはどこまで強くなるというのだろうか。
「……った」
カランッと、ヨウ足元に龍神の剣が突き刺さる。ほぼ同時に、痛みが襲ってきた。忘れていたが、そうだった。ヨウはオークの腕を止めるために右手を犠牲にしていたのだ。まだ魔力は残っている。身体能力を強化させて直してもいいし、龍魔法の中から再生能力があるのを探してもいい。
だが、オークが死んだという確証がない限り無駄に魔力は使えない。油断した時が終わりの時だ。ヨウは右手を庇いながら、目の前砂煙を見つめる。
ゴキッ
「ッ、おいおい……」
ゴキッ、ゴキン
「嘘だろ……?」
金属の様な音。砂煙が晴れ始め、オークはそれでも生きていた。そして、先ほどとは様子がちがう。
目が更に紅く輝き、体全体が途方もない魔力の奔流で覆われていた。だが、体全体が焼けているし、特に頬と腕なんか酷い。もう使いものに成らない体を動かし、オークはそれでも生きていた。
「────a5i4mrd3d4,a5pb3e4!」
ボロボロの腕で、巨剣を振り上げる。
「c1g2m1──────!」
「ッ!」
振り下ろされたオークの剣。今までで最高の一撃に、ヨウは反応できない。そのまま、無慈悲にも巨剣はヨウを両断─────する前に、オークは倒れた。
「…a…」
「────ッ、ハァ、はぁ!」
ドサリと、オークの体が鈍い音を立てて倒れる。
ヨウは茫然と見ていたが、一気に張りつめていた危険が解け、全身の力が抜けた。あと少し、あと一歩、オークが倒れるのが遅かったら、今倒れているのはヨウの方だった。
「─────」
ヨウは荒い息を吐いていたが、何も言わない。いや、何も言えない。何かを言ったら、それは相応しくない様に思えた。だから、魔導書を懐に仕舞い、慣れない左手で剣を握る。一応フィリアから、『剣を利き手ではない方の手でうまく握る方法』を教わってはいたが、それを実行する余裕はない。
そうしてオークに近づけば、まだ少しだけ、風前の灯火だが生きていた。眼だけでヨウを射抜き、殺しそうな程睨んでいる。まだ生きていたいのだ、死にたくないのだ。フィリアを、カルムを殺したオークだって、死ぬのは嫌なのだ。
けど、ヨウはオークを殺す。ティアを助けるために、そして自分がこれからも生きるために。
「……豚野郎でも、意地はあるんだな」
上手い言葉が浮かばず、結局それだけ言い捨てて、ヨウはオークの心臓部分に剣を振り下ろす。鮮血が舞い、オークの瞼が段々と下がり──────ここに、死に果てた。
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