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第二章 『ギルセル王国第三都市セルビス』
第十九冊 『いざ国へ』
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──────太陽の光が燦々と輝く。恵みを受けた木々が風を受け、歓喜を表す様に揺れている。それが連鎖と成り、全員で喜びを分かち合う、サーッ、という音が聞こえた。
外界とは隔離された別次元の様な爽やかさを感じる。森が果物を癒し、果物が生物を癒し、生物が森を癒す。助け合いで存在しているこの『森』は、ある種、自然として完璧な調和を取れている。まるで、神が作り出した完成形。そんな中、ヨウとティアは、
「「「「グギャアアアアアアアッ!」」」」
「チッ! 数が多すぎる……!」
「ヨウ君! 下がって!」
ゴブリン────緑獣族の大群に追いかけられていた。ヨウがこの世界来てすぐに遭遇した、森の緑獣族である。
現在は、洞窟を出て少ししたところだ。以外にも速く脱出できたのだが、御覧の有様。こればっかりは緑獣族の存在を忘れていたヨウが悪い。
「ハァッ!」
緑獣族に背を向けて走っていたティアが一瞬背後を向き、剣を抜刀する。フィリアの遺品の中から持って来た、特徴の無い無骨な剣、彼女はそれを受け継いでいた。
剣に魔力が集まっていき、ティアが横なぎに振えば、その先端から魔力の塊が放たれる。
剣聖流:飛閃だ。
空を切り裂きながら飛ぶ斬撃は、緑獣族の内二匹を切断する。だが、三匹目の持つ『銅の剣』によって防がれてしまった。あまり効果の無かったことに顔を歪めながらも、ティアは再び動き出す。
「ごめん、あんまり意味なかった!」
「いや、大丈夫だ……しっかし、なんでこんなに数が多いんだ? この数、『群れ』ってレベルじゃないだろ。『集落』レベルはあるんじゃないか?」
ヨウは逃げながら、少し背後を見て確認する。目視でも見える数は数十を超えているだろう、もしかしたら数百はいくかもしれない。ここまで行くと、一集団では収まらないだろう。その原因が見つからず、ヨウは首を傾げる。
「……多分、だけどね。『龍の試練』が終わった影響で、青い鳥の魔法みたいな効果が消えたんでしょ? だとしたら、今まで活動が遮られていたせいで、魔物たちの活動が反比例する様に活性化したんじゃないかな。『今まで動けなかった分動く』、みたいな感じで」
「ふむふむ」
ティアは鞘に剣を仕舞いながら、自らの考察を話す。
と、言われても、生き物の生態系や魔物の習性についてはあまり理解していない。説明されたところで、『あっ、そうなのか?』と答えるぐらいしかできない。
「どうする? 相手するか、逃げるか。個人的には殲滅した方がいい気がするんだけど。もしこの辺に人間が居たら、迷惑掛かっちゃうよ」
「そういうもんか?」
「うん。『龍神継承の洞窟』がどこに存在しているかは分からないけど、私たちが招き入れた厄介だし。一匹一匹がこの強さだと、下手したら大騒ぎになっちゃうかも」
その辺の異世界常識はよく分からないが、人に迷惑がかるかもしれない、ということは理解できた。これ程の大群が一般人……戦闘能力を持たない人間と遭遇したら、それこそ大問題だ。このまま野放しにしておくわけにはいかない。
「了解─────『龍の剣よ、腕に宿れ』……龍神の剣!」
空気を切り裂く音。次の瞬間には、ヨウの手に龍神の剣が収まっていた。右手で構えれば、眼前の緑獣族を見据え、一瞬だけ思考を巡らせる。
(……大丈夫、だ)
生物を殺す事に抵抗はある。だが、恐怖することも、憶することもなくなった。自分この世界で生きていく以上、生物を己の手で殺すと言う事は、生きる事と同じ意味だ。なにより、神を殺すのだ。こんなところで迷っている暇はない。
「……!」
手足に魔力を流し、剣を構えながら肉薄する。一番近くにいた緑獣族の胸に剣を滑りこませ、両断。ずるり、と緑獣族の上半身が地面に落ちた。さらに横に居た|緑獣族(ゴブリン)に剣を振るえば、腕を切り飛ばす。止めに剣を突き刺して殺した。
返す刀で、緑獣族の背後からの攻撃を剣で弾き、そのまま一閃。緑獣族は後ろに倒れた。これで、合計三匹を殺したことになる。
「相変わらず気味悪いな……」
緑獣族の群が混乱するのも束の間。ヨウは後退し、そう呟いた。返り血は浴びない様にしていたので汚れていない。が、数々の肉片と緑獣族が溢れかえる様子は、それなりに気持ち悪い。
「見てていい光景じゃないのは確かだね……けど、しっかり倒さないと!」
ティアも同じ感想を抱いたようだが、そこは経験の差といった所だろうか。
振りぬかれた剣は緑獣族の内一匹を両断した。そのまま勢いを利用し、ティアは追加で二匹も斬り付けていく。
その瞬間、ティアの背後に緑獣族が銅の剣を持って迫ったが、ヨウはそこに横やりを入れた。足に魔力を込め、緑色の体に蹴りを入れる。上向きに放たれた一撃は、緑獣族の体を飛ばした。バウンドし、そのまま近くの木に引っかかり動かなくなった。死んではいないが、気絶しているのだろう。
「ヨウ君、ありがとう!」
「あぁ! 気にすんな!」
短い言葉を交わし、二人は再び剣を振るう。
戦っていて分かったことだが、やはり洞窟内の魔物と比べて強さは劣る様だ。緑獣族という、異世界において弱いという固定概念の例に漏れず、そこまでの強さは持たないらしい。もっともこれは、龍神の力を受け継いだヨウだからこそ、抱ける感想だ。受け継ぐ前であったなら、体験した通り敵う訳がない相手である。
ヨウが斬り込み、相手が油断したところをティアが倒していく。互いが油断したところはカバーし、そうしてどれぐらいの時間が立っただろうか。息が上がってきた頃緑獣族は全滅していた。たった今、潰れたパイの様な音を立てて、最後の緑獣族が死んだところである。
「これで最後だよな? 他に生き残りとかはいないよな?」
「うん、視界に見える範囲ではもういないし、これだけ同胞が倒れれば、生き残りがいたとしても迂闊に人間を襲う事は出来ないだろうから」
生き残るための『本能』というのは、必ず存在している。いくら知恵の低い緑獣族であっても、『あ、駄目だ、死ぬ』と思えば、つまり恐怖や死を感じれば襲ってこないということだった。
ヨウは龍神の剣を収納し、ティアは剣を鞘に納める。そして、再び歩き出した。
「しっかし、この森はどこに繋がっているんだ? 国とかが近くにあればいいんだが……」
「えーっとね、私の記憶が正しければ、『都市セルビス』に出るはずだよ。私とカルムとフィリアも、其処の町からここに出発したんだ」
「……ごめん、詳しく説明してくれるか?」
「あっ、そっか、ごめん。じゃあ、説明するね」
さらりと、都市の名前が出てくるが、異世界人のヨウにとっては理解不能な話である。そもそも、此処がどこなのか、どんな国なのか、それすらわかっていないのだ。そう思ったヨウは、ティアへ説明を求めた。思えば、この世界に来てから、初めての『国』などという、生活に関する情報だ。
「まず、私たちが今いる国は、『ギルセル王国』。世界で三番目に大きい国で、その中でも、現在地は第三都市『セルビス』。私たち三人は、セルビスからこの洞窟に向かったの」
指を立て、正に説明、といった風に言葉を紡ぎ始める。ギルセル王国、第三都市セルビス。単語が多いが、それは追々覚えていくしかないだろう。今は、話しを聞くことが先決だ。
「第三都市セルビス……で、あれだよな。記憶が無くなったんだっけ?」
「そうなんだけど……少し、この洞窟を出て、少し思い出したことがあるの」
そこで、ティアは少し立ち止まり、洞窟を振り返る。絶壁の様な壁は、今思えば洞窟そのものだったのだ。
「『龍神の洞窟』──────私たちは、この洞窟のことを『超越の魔宮』呼んでいたわ。世界でも謎が多い洞窟として、有名だった」
「超越の魔宮? なんだそりゃ。それに、謎が多いってどういう……」
「迷宮指定ランクSS:超越の魔宮。世界の中でも謎が多いとされていて、セルビスの近隣に存在しているとされていた迷宮」
迷宮指定ランク─────所謂『人類同盟』が定めている、洞窟の難易度の事らしい。この難易度は、魔物の強さ、迷いやすさ、罠の多さ。総合力によって判定される。そして、SSと言えば、世界最高レベルの難易度らしい。
「この超越の魔宮はね、外側からは入れないの」
「そんなの初耳だぞ……龍神継承の洞窟だからか?」
「たぶんね。選ばれた者や、何らかの偶然でしか入れないんだと思う……っ、ほら、ちょうど」
ティアは足を止め、ヨウも釣られる様に足を止めた。そして、彼女は地面に指で示せば、そこには紅い線が引かれている。地球で言うマッキーペンの様な濃さで、腕程の太さがある。草や木などの高低差を気にせず引かれている様で、上空から見れば一直線の線に成っているだろう。かなり規模は大きく、視界に映っている限りでは、終わっていない。
「これは、超越の魔宮と、外の世界を分つと言われている『線』よ。今、私たちは内側に居るけど、外側からこの線に足を踏み入れると、いつの間にか」
「なるほど、そんな仕組みが……」
この『線』。ヴァリアントレリオンが、己の血族だけを入れる為に作ったモノだろう。原理は分からないが、恐らく龍魔法────龍神の力を利用したはずだ。所謂『結界』の効果がある魔法があるかは分からないが、きっと、どこかには眠っている。
言語理解の『出力』を高めて、魔法の名前から内容を読み取る方法があるが、あれは相当な痛みと魔力量を消費する。一応、神から授かっている力を操ろうとするのは容易ではない、ということだろう。
「って、ちょっと待て。じゃあ何でティアたちは入れたんだ? 外側から入れないんだったら、どうやって中に入ったんだよ」
「それは、分からないの……フィリアとカルムと一緒にこの森まで来て、線を見つけたところまでは思い出したんだけど……それから覚えてなくて、気が付いたら洞窟の中。記憶を失って倒れていたの」
血族だけが入れる『線』なのに、何故ティアたちは入れたのだろう。正確に言えば、『入れられた』のだろう。ヴァリアントレリオンが言っていた、『ティアは死記神から愛されている』。これが関係していたりするのだろうか。
「それで、探索していたら俺がオークに殺されそうになっていた、と……今思えば、とんでもない運命のめぐりあわせだな」
「運命……じゃあ、あの時ヨウ君がとても弱くて、死にかけていたのも運命だったのかな?」
「あ、あながち間違いじゃないけど……平常運行だな」
「?」
時たま出てくる天然に苦笑いし、疑問符を浮かべるティアに『なんでもない』という風に手を振れば、ヨウは『線』を飛び出す。中途半端に飛び越えるのも違う気がして、大股ではっきりと飛び越えた。
一方ティアはその後に続き、線を飛び越える様にしていた。
これで、赤い『線』を超えたことになる。予想通りなら、ヨウは入れるだろうが、ティアはもう入れない。出たとほぼ同時に、ヨウは地面の線に外側から足を乗せてみる。やはり触れれるし、通れる。何も問題は無い様だ。
「……やっぱり、俺は大丈夫みたいだな」
「そうだね、私も────って、ヨウ君?」
ヨウは、外側から線に踏み出そうとしたティアの体を止めていた。ティアは呆けた様子で驚いている。
「やめておこう。ティアの場合、何が起きるか分かったもんじゃないしな」
「あ……そっか」
ティアの場合、ヴァリアントレリオンに一度殺されかけている。その上『死記神の愛』なんて訳の分からないものを背負っている。龍神の『線』外側から触れた場合、ティアも無反応ではない可能性がある。第一、ティア達もどうやってこの洞窟内に入ったか分からないのだ。だとするのなら、触れた瞬間記憶を失い、瞬間移動し、中へ行ってしまう可能性だってある。そんなのはごめんだ。
ティアが歩き出せば、その先導を頼りにしてヨウも歩き出す。本来ならヨウが先導すべきなのかもしれないが、ティアはこの辺の地形について知っているかもしれないので、先導してもらっている。
どれぐらい歩いたか。それでも、そんなに時間は立っていないはずだ。気が付けば遠目に、変化が見え始めていた。
いや、段々とはっきり見えてくる。遠目に見える其れは建物で、多分町だ。それと同時に、森の終わりが見えてきた。そこから少し歩いたところには、街門が見える。どうやら、とうとうたどり着いた様子だ。
「付いたね─────セルビス」
ギルセル王国の三番都市、セルビス。二人は森の入り口にある『この先危険!』という看板を一瞥し、街門へと歩き出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
セルビスへ入ろうと、街門に並ぶ人々の列に並ぶこと、数十分。漸く二人の番が回って来た。ちなみに、その間にティアからある程度の説明は受けていて、都市へ入るシステムは把握済みだ。根本的なところから言うのなら、日本人であるヨウにとって、都市を移動する際に街門がある、というのは少し新鮮だった。
ちなみに、街門はかなりの大きさだ。見上げる余裕もあり、その上には街の高い建物が見え隠れしている。相当な喧噪さで、賑やかな印象だ。
「次の者、前に」
前の冒険者が手続きを終え、街の中へと入って行く。ヨウとティアが前に出れば、そこには銀色の鎧を着た門番がいた。
「人類同盟カードの提示、若しくは許可証の提示をお願いします」
「はい、これでお願いします。こっちの彼はどっちも持ってません」
ティアは一歩前に出て、懐から人類同盟カードを取り出す。それは、人類同盟に登録しているものだけが持つ、特殊なカードだ。いわゆる身分証明証の役割を持ち、このカードがあれば大抵の場合どこでも行き来できる。ティアはその|人類同盟(ギルド)に登録している、所謂冒険者であるため、そのカードを持っていた。
ちなみに、人類同盟についてだが、ティア曰く『登録したとき説明されるから、今は説明しないでおく』だ、そうなので、あまり把握していない。分かるのは、ヨウが想い描く『ギルドと冒険者』、即ち異世界で有名なテンプレであることだけだ。
「ふむ。そちらの方は通行を許可します。ですが、そちらの貴方は、仮許可証を発行する必要があります。その為には金貨2枚が必要ですが、宜しいですか?」
門番はそれなりに礼儀正しい態度で、ヨウに聞いてくる。金貨2枚、それは、地球において『2000円』に相当する値段だ。この世界の通貨の価値は、屑貨、銅貨、銀貨、金貨、聖金貨、王貨、と高くなって行く。
それぞれ、1円、10円、100円、1000円、10000円、100000円と高くなって行く。一応、人類同盟が置かれている国では、この通貨制度が一般的らしい。
その上にも、国同士の取引や大きな商会の取引で使われる『神貨』と言われる通貨もある。価値は言わずもがな、百万円だ。神が使われているのは、本当の意味で神が実在していたこの世界ならでは、ということなのだろう。ヨウにとっては、紙が使われていないこと、百万円なんて大金が一枚のコインで扱われていることに驚いたが……説明している時のティアの反応を見るに、案外普通なのだろう。
「あっはい、じゃあこれで」
ヨウは予め用意していた金貨2枚を、門番に手渡す。これはカルムの持っていた|万物収納異空間展開鞄(リュックン)の中に入っていた物だ。どうやらカルムはパーティーの資金を|万物収納異空間展開鞄(リュックン)に入れていたらしく、それを思い出したティアに教えてもらったのだ。ちなみに、中にある通貨の総枚数は、屑90銅63銀20金22聖40枚王8枚。つまりは1422720円、という事だ。
日本の金とは似ているだけで、平均の稼ぎや物価など、色々変わっては来る。一概に相当するとは言い切れない。
貯金が百四十万というのはどうなのだろうか。ティアによれば冒険者とは基本的にその日暮らしの職業。そもそも金が貯まる事は少ないはずだ。それを考えれば大きな金額だろうか。まぁ、そこまで気にする事はない問題だ。
門番はその金貨に力を入れたり、指で弾いてみたりし、頷く。
偽物かどうか判断するためだろう。偽造技術が発達していないこの世界では、精巧な偽物等作ることができない。故に、その程度のチェックで本物かどうか判断できるのだ。
「はい、確認しました。では、これを」
門番が手渡してくるのは、仮の許可証だ。ティアの持っていた人類同盟カードと同じ大きさではあるが、少し違う。人類同盟カードが若干水色のカードだったのに対し、仮の許可証は茶色だし、少しチープだ。仮であるためか、手抜き感がある。仮の許可証には、名前の記入欄がある。
「その許可証は、人類同盟等で本登録した場合、街門にいる門番へと返してください。また、その許可証の期限は七日間です。それを過ぎると利用できなくなり、その時に成っても本許可証を持っていなかった場合逮捕の対象と成りますので、ご注意ください」
「はい、分かりました」
「では、最後にこちらに手をお願いします」
門番が示したのは、街門に取り付けれているテーブルの様な物。その上には透明な水晶が置いてある。これも説明は受けていた。曰く、『人間的常識における犯罪の経歴が無いかどうかを調べる神製道具』らしい。無罪であるのなら青、有罪ならば赤に変色する。
手を翳すことで人の魔力を感知。そこから『穢れ具合』を調べるらしい。この穢れ具合、というのは神の固有魔法が関係しているらしく、人代暦の人間達にとっては理解できないという。だからこその、神製道具だ。
其れに手を翳せば、当然だが、青。人間以外の生物を殺した場合や、相手が襲ってきて、返り討ちにした場合は無罪となる。ヨウの場合、直接的に人を殺しているわけではないし、普通に犯罪は犯していない。
「はい、確認しました。では、お通り下さい」
「ありがとうございます」
「──────ようこそ、セルビスへ」
門番がそういって、端に退く。ヨウとティアはそれぞれ顔を見合わせ、どちらからとも分からず、中へ踏み込んだ。
外界とは隔離された別次元の様な爽やかさを感じる。森が果物を癒し、果物が生物を癒し、生物が森を癒す。助け合いで存在しているこの『森』は、ある種、自然として完璧な調和を取れている。まるで、神が作り出した完成形。そんな中、ヨウとティアは、
「「「「グギャアアアアアアアッ!」」」」
「チッ! 数が多すぎる……!」
「ヨウ君! 下がって!」
ゴブリン────緑獣族の大群に追いかけられていた。ヨウがこの世界来てすぐに遭遇した、森の緑獣族である。
現在は、洞窟を出て少ししたところだ。以外にも速く脱出できたのだが、御覧の有様。こればっかりは緑獣族の存在を忘れていたヨウが悪い。
「ハァッ!」
緑獣族に背を向けて走っていたティアが一瞬背後を向き、剣を抜刀する。フィリアの遺品の中から持って来た、特徴の無い無骨な剣、彼女はそれを受け継いでいた。
剣に魔力が集まっていき、ティアが横なぎに振えば、その先端から魔力の塊が放たれる。
剣聖流:飛閃だ。
空を切り裂きながら飛ぶ斬撃は、緑獣族の内二匹を切断する。だが、三匹目の持つ『銅の剣』によって防がれてしまった。あまり効果の無かったことに顔を歪めながらも、ティアは再び動き出す。
「ごめん、あんまり意味なかった!」
「いや、大丈夫だ……しっかし、なんでこんなに数が多いんだ? この数、『群れ』ってレベルじゃないだろ。『集落』レベルはあるんじゃないか?」
ヨウは逃げながら、少し背後を見て確認する。目視でも見える数は数十を超えているだろう、もしかしたら数百はいくかもしれない。ここまで行くと、一集団では収まらないだろう。その原因が見つからず、ヨウは首を傾げる。
「……多分、だけどね。『龍の試練』が終わった影響で、青い鳥の魔法みたいな効果が消えたんでしょ? だとしたら、今まで活動が遮られていたせいで、魔物たちの活動が反比例する様に活性化したんじゃないかな。『今まで動けなかった分動く』、みたいな感じで」
「ふむふむ」
ティアは鞘に剣を仕舞いながら、自らの考察を話す。
と、言われても、生き物の生態系や魔物の習性についてはあまり理解していない。説明されたところで、『あっ、そうなのか?』と答えるぐらいしかできない。
「どうする? 相手するか、逃げるか。個人的には殲滅した方がいい気がするんだけど。もしこの辺に人間が居たら、迷惑掛かっちゃうよ」
「そういうもんか?」
「うん。『龍神継承の洞窟』がどこに存在しているかは分からないけど、私たちが招き入れた厄介だし。一匹一匹がこの強さだと、下手したら大騒ぎになっちゃうかも」
その辺の異世界常識はよく分からないが、人に迷惑がかるかもしれない、ということは理解できた。これ程の大群が一般人……戦闘能力を持たない人間と遭遇したら、それこそ大問題だ。このまま野放しにしておくわけにはいかない。
「了解─────『龍の剣よ、腕に宿れ』……龍神の剣!」
空気を切り裂く音。次の瞬間には、ヨウの手に龍神の剣が収まっていた。右手で構えれば、眼前の緑獣族を見据え、一瞬だけ思考を巡らせる。
(……大丈夫、だ)
生物を殺す事に抵抗はある。だが、恐怖することも、憶することもなくなった。自分この世界で生きていく以上、生物を己の手で殺すと言う事は、生きる事と同じ意味だ。なにより、神を殺すのだ。こんなところで迷っている暇はない。
「……!」
手足に魔力を流し、剣を構えながら肉薄する。一番近くにいた緑獣族の胸に剣を滑りこませ、両断。ずるり、と緑獣族の上半身が地面に落ちた。さらに横に居た|緑獣族(ゴブリン)に剣を振るえば、腕を切り飛ばす。止めに剣を突き刺して殺した。
返す刀で、緑獣族の背後からの攻撃を剣で弾き、そのまま一閃。緑獣族は後ろに倒れた。これで、合計三匹を殺したことになる。
「相変わらず気味悪いな……」
緑獣族の群が混乱するのも束の間。ヨウは後退し、そう呟いた。返り血は浴びない様にしていたので汚れていない。が、数々の肉片と緑獣族が溢れかえる様子は、それなりに気持ち悪い。
「見てていい光景じゃないのは確かだね……けど、しっかり倒さないと!」
ティアも同じ感想を抱いたようだが、そこは経験の差といった所だろうか。
振りぬかれた剣は緑獣族の内一匹を両断した。そのまま勢いを利用し、ティアは追加で二匹も斬り付けていく。
その瞬間、ティアの背後に緑獣族が銅の剣を持って迫ったが、ヨウはそこに横やりを入れた。足に魔力を込め、緑色の体に蹴りを入れる。上向きに放たれた一撃は、緑獣族の体を飛ばした。バウンドし、そのまま近くの木に引っかかり動かなくなった。死んではいないが、気絶しているのだろう。
「ヨウ君、ありがとう!」
「あぁ! 気にすんな!」
短い言葉を交わし、二人は再び剣を振るう。
戦っていて分かったことだが、やはり洞窟内の魔物と比べて強さは劣る様だ。緑獣族という、異世界において弱いという固定概念の例に漏れず、そこまでの強さは持たないらしい。もっともこれは、龍神の力を受け継いだヨウだからこそ、抱ける感想だ。受け継ぐ前であったなら、体験した通り敵う訳がない相手である。
ヨウが斬り込み、相手が油断したところをティアが倒していく。互いが油断したところはカバーし、そうしてどれぐらいの時間が立っただろうか。息が上がってきた頃緑獣族は全滅していた。たった今、潰れたパイの様な音を立てて、最後の緑獣族が死んだところである。
「これで最後だよな? 他に生き残りとかはいないよな?」
「うん、視界に見える範囲ではもういないし、これだけ同胞が倒れれば、生き残りがいたとしても迂闊に人間を襲う事は出来ないだろうから」
生き残るための『本能』というのは、必ず存在している。いくら知恵の低い緑獣族であっても、『あ、駄目だ、死ぬ』と思えば、つまり恐怖や死を感じれば襲ってこないということだった。
ヨウは龍神の剣を収納し、ティアは剣を鞘に納める。そして、再び歩き出した。
「しっかし、この森はどこに繋がっているんだ? 国とかが近くにあればいいんだが……」
「えーっとね、私の記憶が正しければ、『都市セルビス』に出るはずだよ。私とカルムとフィリアも、其処の町からここに出発したんだ」
「……ごめん、詳しく説明してくれるか?」
「あっ、そっか、ごめん。じゃあ、説明するね」
さらりと、都市の名前が出てくるが、異世界人のヨウにとっては理解不能な話である。そもそも、此処がどこなのか、どんな国なのか、それすらわかっていないのだ。そう思ったヨウは、ティアへ説明を求めた。思えば、この世界に来てから、初めての『国』などという、生活に関する情報だ。
「まず、私たちが今いる国は、『ギルセル王国』。世界で三番目に大きい国で、その中でも、現在地は第三都市『セルビス』。私たち三人は、セルビスからこの洞窟に向かったの」
指を立て、正に説明、といった風に言葉を紡ぎ始める。ギルセル王国、第三都市セルビス。単語が多いが、それは追々覚えていくしかないだろう。今は、話しを聞くことが先決だ。
「第三都市セルビス……で、あれだよな。記憶が無くなったんだっけ?」
「そうなんだけど……少し、この洞窟を出て、少し思い出したことがあるの」
そこで、ティアは少し立ち止まり、洞窟を振り返る。絶壁の様な壁は、今思えば洞窟そのものだったのだ。
「『龍神の洞窟』──────私たちは、この洞窟のことを『超越の魔宮』呼んでいたわ。世界でも謎が多い洞窟として、有名だった」
「超越の魔宮? なんだそりゃ。それに、謎が多いってどういう……」
「迷宮指定ランクSS:超越の魔宮。世界の中でも謎が多いとされていて、セルビスの近隣に存在しているとされていた迷宮」
迷宮指定ランク─────所謂『人類同盟』が定めている、洞窟の難易度の事らしい。この難易度は、魔物の強さ、迷いやすさ、罠の多さ。総合力によって判定される。そして、SSと言えば、世界最高レベルの難易度らしい。
「この超越の魔宮はね、外側からは入れないの」
「そんなの初耳だぞ……龍神継承の洞窟だからか?」
「たぶんね。選ばれた者や、何らかの偶然でしか入れないんだと思う……っ、ほら、ちょうど」
ティアは足を止め、ヨウも釣られる様に足を止めた。そして、彼女は地面に指で示せば、そこには紅い線が引かれている。地球で言うマッキーペンの様な濃さで、腕程の太さがある。草や木などの高低差を気にせず引かれている様で、上空から見れば一直線の線に成っているだろう。かなり規模は大きく、視界に映っている限りでは、終わっていない。
「これは、超越の魔宮と、外の世界を分つと言われている『線』よ。今、私たちは内側に居るけど、外側からこの線に足を踏み入れると、いつの間にか」
「なるほど、そんな仕組みが……」
この『線』。ヴァリアントレリオンが、己の血族だけを入れる為に作ったモノだろう。原理は分からないが、恐らく龍魔法────龍神の力を利用したはずだ。所謂『結界』の効果がある魔法があるかは分からないが、きっと、どこかには眠っている。
言語理解の『出力』を高めて、魔法の名前から内容を読み取る方法があるが、あれは相当な痛みと魔力量を消費する。一応、神から授かっている力を操ろうとするのは容易ではない、ということだろう。
「って、ちょっと待て。じゃあ何でティアたちは入れたんだ? 外側から入れないんだったら、どうやって中に入ったんだよ」
「それは、分からないの……フィリアとカルムと一緒にこの森まで来て、線を見つけたところまでは思い出したんだけど……それから覚えてなくて、気が付いたら洞窟の中。記憶を失って倒れていたの」
血族だけが入れる『線』なのに、何故ティアたちは入れたのだろう。正確に言えば、『入れられた』のだろう。ヴァリアントレリオンが言っていた、『ティアは死記神から愛されている』。これが関係していたりするのだろうか。
「それで、探索していたら俺がオークに殺されそうになっていた、と……今思えば、とんでもない運命のめぐりあわせだな」
「運命……じゃあ、あの時ヨウ君がとても弱くて、死にかけていたのも運命だったのかな?」
「あ、あながち間違いじゃないけど……平常運行だな」
「?」
時たま出てくる天然に苦笑いし、疑問符を浮かべるティアに『なんでもない』という風に手を振れば、ヨウは『線』を飛び出す。中途半端に飛び越えるのも違う気がして、大股ではっきりと飛び越えた。
一方ティアはその後に続き、線を飛び越える様にしていた。
これで、赤い『線』を超えたことになる。予想通りなら、ヨウは入れるだろうが、ティアはもう入れない。出たとほぼ同時に、ヨウは地面の線に外側から足を乗せてみる。やはり触れれるし、通れる。何も問題は無い様だ。
「……やっぱり、俺は大丈夫みたいだな」
「そうだね、私も────って、ヨウ君?」
ヨウは、外側から線に踏み出そうとしたティアの体を止めていた。ティアは呆けた様子で驚いている。
「やめておこう。ティアの場合、何が起きるか分かったもんじゃないしな」
「あ……そっか」
ティアの場合、ヴァリアントレリオンに一度殺されかけている。その上『死記神の愛』なんて訳の分からないものを背負っている。龍神の『線』外側から触れた場合、ティアも無反応ではない可能性がある。第一、ティア達もどうやってこの洞窟内に入ったか分からないのだ。だとするのなら、触れた瞬間記憶を失い、瞬間移動し、中へ行ってしまう可能性だってある。そんなのはごめんだ。
ティアが歩き出せば、その先導を頼りにしてヨウも歩き出す。本来ならヨウが先導すべきなのかもしれないが、ティアはこの辺の地形について知っているかもしれないので、先導してもらっている。
どれぐらい歩いたか。それでも、そんなに時間は立っていないはずだ。気が付けば遠目に、変化が見え始めていた。
いや、段々とはっきり見えてくる。遠目に見える其れは建物で、多分町だ。それと同時に、森の終わりが見えてきた。そこから少し歩いたところには、街門が見える。どうやら、とうとうたどり着いた様子だ。
「付いたね─────セルビス」
ギルセル王国の三番都市、セルビス。二人は森の入り口にある『この先危険!』という看板を一瞥し、街門へと歩き出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
セルビスへ入ろうと、街門に並ぶ人々の列に並ぶこと、数十分。漸く二人の番が回って来た。ちなみに、その間にティアからある程度の説明は受けていて、都市へ入るシステムは把握済みだ。根本的なところから言うのなら、日本人であるヨウにとって、都市を移動する際に街門がある、というのは少し新鮮だった。
ちなみに、街門はかなりの大きさだ。見上げる余裕もあり、その上には街の高い建物が見え隠れしている。相当な喧噪さで、賑やかな印象だ。
「次の者、前に」
前の冒険者が手続きを終え、街の中へと入って行く。ヨウとティアが前に出れば、そこには銀色の鎧を着た門番がいた。
「人類同盟カードの提示、若しくは許可証の提示をお願いします」
「はい、これでお願いします。こっちの彼はどっちも持ってません」
ティアは一歩前に出て、懐から人類同盟カードを取り出す。それは、人類同盟に登録しているものだけが持つ、特殊なカードだ。いわゆる身分証明証の役割を持ち、このカードがあれば大抵の場合どこでも行き来できる。ティアはその|人類同盟(ギルド)に登録している、所謂冒険者であるため、そのカードを持っていた。
ちなみに、人類同盟についてだが、ティア曰く『登録したとき説明されるから、今は説明しないでおく』だ、そうなので、あまり把握していない。分かるのは、ヨウが想い描く『ギルドと冒険者』、即ち異世界で有名なテンプレであることだけだ。
「ふむ。そちらの方は通行を許可します。ですが、そちらの貴方は、仮許可証を発行する必要があります。その為には金貨2枚が必要ですが、宜しいですか?」
門番はそれなりに礼儀正しい態度で、ヨウに聞いてくる。金貨2枚、それは、地球において『2000円』に相当する値段だ。この世界の通貨の価値は、屑貨、銅貨、銀貨、金貨、聖金貨、王貨、と高くなって行く。
それぞれ、1円、10円、100円、1000円、10000円、100000円と高くなって行く。一応、人類同盟が置かれている国では、この通貨制度が一般的らしい。
その上にも、国同士の取引や大きな商会の取引で使われる『神貨』と言われる通貨もある。価値は言わずもがな、百万円だ。神が使われているのは、本当の意味で神が実在していたこの世界ならでは、ということなのだろう。ヨウにとっては、紙が使われていないこと、百万円なんて大金が一枚のコインで扱われていることに驚いたが……説明している時のティアの反応を見るに、案外普通なのだろう。
「あっはい、じゃあこれで」
ヨウは予め用意していた金貨2枚を、門番に手渡す。これはカルムの持っていた|万物収納異空間展開鞄(リュックン)の中に入っていた物だ。どうやらカルムはパーティーの資金を|万物収納異空間展開鞄(リュックン)に入れていたらしく、それを思い出したティアに教えてもらったのだ。ちなみに、中にある通貨の総枚数は、屑90銅63銀20金22聖40枚王8枚。つまりは1422720円、という事だ。
日本の金とは似ているだけで、平均の稼ぎや物価など、色々変わっては来る。一概に相当するとは言い切れない。
貯金が百四十万というのはどうなのだろうか。ティアによれば冒険者とは基本的にその日暮らしの職業。そもそも金が貯まる事は少ないはずだ。それを考えれば大きな金額だろうか。まぁ、そこまで気にする事はない問題だ。
門番はその金貨に力を入れたり、指で弾いてみたりし、頷く。
偽物かどうか判断するためだろう。偽造技術が発達していないこの世界では、精巧な偽物等作ることができない。故に、その程度のチェックで本物かどうか判断できるのだ。
「はい、確認しました。では、これを」
門番が手渡してくるのは、仮の許可証だ。ティアの持っていた人類同盟カードと同じ大きさではあるが、少し違う。人類同盟カードが若干水色のカードだったのに対し、仮の許可証は茶色だし、少しチープだ。仮であるためか、手抜き感がある。仮の許可証には、名前の記入欄がある。
「その許可証は、人類同盟等で本登録した場合、街門にいる門番へと返してください。また、その許可証の期限は七日間です。それを過ぎると利用できなくなり、その時に成っても本許可証を持っていなかった場合逮捕の対象と成りますので、ご注意ください」
「はい、分かりました」
「では、最後にこちらに手をお願いします」
門番が示したのは、街門に取り付けれているテーブルの様な物。その上には透明な水晶が置いてある。これも説明は受けていた。曰く、『人間的常識における犯罪の経歴が無いかどうかを調べる神製道具』らしい。無罪であるのなら青、有罪ならば赤に変色する。
手を翳すことで人の魔力を感知。そこから『穢れ具合』を調べるらしい。この穢れ具合、というのは神の固有魔法が関係しているらしく、人代暦の人間達にとっては理解できないという。だからこその、神製道具だ。
其れに手を翳せば、当然だが、青。人間以外の生物を殺した場合や、相手が襲ってきて、返り討ちにした場合は無罪となる。ヨウの場合、直接的に人を殺しているわけではないし、普通に犯罪は犯していない。
「はい、確認しました。では、お通り下さい」
「ありがとうございます」
「──────ようこそ、セルビスへ」
門番がそういって、端に退く。ヨウとティアはそれぞれ顔を見合わせ、どちらからとも分からず、中へ踏み込んだ。
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