6 / 24
ワンステップ
自己紹介
しおりを挟む
「ではーーーー」
私はテーブルに置かれたケーキを手に取り、ひと口食べてみた。
ほんのりとした甘み、中はとてもしっとりとした生地で紅茶にもよく合う。まるでお店で売られているもののような素晴らしい出来だ。
「美味しい。私がよく使用人に頼んで買ってきて貰うお店のものと同じ味だ。すごい。マシュー嬢、お菓子作りお上手なんですね」
こんなに美味しいケーキを作れるなんてマシュー嬢はお菓子作りの才能があるのかもしれない。
お店のものと比べて遜色ないというより、全く同じだ。
「そ……そう、それは良かったわ」
マシュー嬢は顔を引き攣らせ、そう呟いた。
何だかびっくりした時のような、または若干怒っているような表情なのだが何かまずかっただろうか?
私としては褒めたつもりなのだけれど、褒め方ーーーーあるいは褒めどころを間違えてしまったのかもしれない。
気をつけないと。せっかくの楽しいお茶会が私のせいで台無しになってしまう。
「あ、本当だ! とっても美味しいよ!」
オリバーはそんな何の飾り気もない素直な感想を口にした。
私はそんなオリバーの安易な感想に肝を冷やした。そんな感想ではマシュー嬢は絶対に喜んでくれないに決まっているからだ。最悪、さらに機嫌が悪くなるかもしれない。
私は慎重に横目で左隣に座るマシュー嬢の様子を伺った。
「本当ですかー!? マシュー嬉しいー! やったー! オリバー様に褒めて貰えたー!」
と、マシュー嬢はまさかの大喜び。
私はほっと胸を撫で下ろす反面、自分の判断にほとほと嫌気がさした。
マシュー嬢はあれこれと感想を語るよりも、素直にシンプルに、美味しいとだけ伝えた方が効果があるようだ。
マシュー嬢はストレートな表現を好む。
情報は有益だ。忘れないようにしっかり覚えておかないと。
「美味しい。うん、美味しい。本当に美味しい。美味しい。お店のものと同じくらい美味しい。うん、本当美味しい。美味しい。美味しい。すごく美味しい。一番美味しい。うん、美味しい。美味しい。これは美味しい。美味しい」
しっかりと味わいながらストレートな感想を私は口にする。
けれどマシュー嬢の表情は冴えず、どころか私を見るその視線から怒りの感情を感じるのは、なぜ?
「うん、確かに。本当に美味しいよ! ありがとうマシュー、僕のために」
「そんな、大げさですよー! でも、オリバー様に喜んで貰えて良かったですー!」
上手い。オリバーのシンプルで感謝を込めた感想のおかげでマシュー嬢はとても上機嫌になった。
これはチャンスだ。そう考えた私は次なる一手を打った。
「ガイアン嬢、オルテン嬢。お二人もケーキどうですか? 本当に美味しいですよ」
私はガイアン嬢とオルテン嬢にもケーキを勧めた。美味しいものを食べれば人は皆、幸せな気持ちになるものだ。
そうしてガイアン嬢とオルテン嬢も機嫌が良くなって、マシュー嬢はさらに機嫌が良くなって、今回のお茶会は大成功! という流れになるはずだ。
そう考えた私だったが、しかし現実はそう上手くはいかなかった。
「え……いや……それは、ちょっと……」
「私も……それは、オリバー様の……」
ガイアン嬢とオルテン嬢は何だか言いづらそうにそう呟くと、視線を落としケーキを食べようとはしなかった。
二人はダイエット中なのであろうか。残念、作戦は失敗のようだ。
ちらりマシュー嬢の様子を伺うと、さっきはあれほど機嫌が良かったのに今は横目で鋭く私を睨みつけていた。
ああ……。私のせいだ。ガイアン嬢とオルテン嬢が食べてくれなかったから、また機嫌を損ねてしまったらしい。
こうなったら私が二人の分まで食べてーーーーいや、だめだ。今日の私は裏目に出てばかりだ。私が動けば必ず逆の結果になる。今は動いてはだめなんだ。
そうだ、ケーキはもう終わりにしよう。別のことに視線を向けよう。
たとえダイエット中でも、出来る楽しいことを。
必死に考えを巡らせていると、答えは足元に落ちていることに今更ながら気が付いた。
お茶会といえば、美味しいお茶、美味しいお菓子、楽しい会話、ではないか。
お茶とお菓子はあれど、会話が抜けていた。
そんな基本中の基本である簡単な事を忘れているだなんて、うっかりにもほどがある。
人はコミュニケーションをとって仲を深めるものなのだ。
そうと決まれば後は会話の内容だ。
あ……。私ときたらまたしてもうっかりとしていた。
会話をするよりも前に、私の素性を明かさないと。
今の今まで何となくその場の雰囲気に流されていたが、私と他の御令嬢達はほぼ初対面なのだ。
そんなよく知らない人間とお茶を飲んでも美味しいはずがない。
それにいつまでも素性を明かさないなんてむしろ相手に失礼だ。
もしかすると、私が一向に素性を明かさないからその事で御令嬢達は怒っているのかもしれない。
そこまで考えて、私は大急ぎで自身の素性を明かす事にした。
苦手だが、出来るだけ自然で爽やかな笑みを浮かべて。
「ご挨拶が遅くなり大変申し訳ありません。私の名前はアーリィ・アレストフ。こちらのオリバー・マカロフ公爵令息と三ヶ月後に結婚する予定のものです。皆様、どうぞよろしくお願い致します」
途端に静寂が訪れた。
私はテーブルに置かれたケーキを手に取り、ひと口食べてみた。
ほんのりとした甘み、中はとてもしっとりとした生地で紅茶にもよく合う。まるでお店で売られているもののような素晴らしい出来だ。
「美味しい。私がよく使用人に頼んで買ってきて貰うお店のものと同じ味だ。すごい。マシュー嬢、お菓子作りお上手なんですね」
こんなに美味しいケーキを作れるなんてマシュー嬢はお菓子作りの才能があるのかもしれない。
お店のものと比べて遜色ないというより、全く同じだ。
「そ……そう、それは良かったわ」
マシュー嬢は顔を引き攣らせ、そう呟いた。
何だかびっくりした時のような、または若干怒っているような表情なのだが何かまずかっただろうか?
私としては褒めたつもりなのだけれど、褒め方ーーーーあるいは褒めどころを間違えてしまったのかもしれない。
気をつけないと。せっかくの楽しいお茶会が私のせいで台無しになってしまう。
「あ、本当だ! とっても美味しいよ!」
オリバーはそんな何の飾り気もない素直な感想を口にした。
私はそんなオリバーの安易な感想に肝を冷やした。そんな感想ではマシュー嬢は絶対に喜んでくれないに決まっているからだ。最悪、さらに機嫌が悪くなるかもしれない。
私は慎重に横目で左隣に座るマシュー嬢の様子を伺った。
「本当ですかー!? マシュー嬉しいー! やったー! オリバー様に褒めて貰えたー!」
と、マシュー嬢はまさかの大喜び。
私はほっと胸を撫で下ろす反面、自分の判断にほとほと嫌気がさした。
マシュー嬢はあれこれと感想を語るよりも、素直にシンプルに、美味しいとだけ伝えた方が効果があるようだ。
マシュー嬢はストレートな表現を好む。
情報は有益だ。忘れないようにしっかり覚えておかないと。
「美味しい。うん、美味しい。本当に美味しい。美味しい。お店のものと同じくらい美味しい。うん、本当美味しい。美味しい。美味しい。すごく美味しい。一番美味しい。うん、美味しい。美味しい。これは美味しい。美味しい」
しっかりと味わいながらストレートな感想を私は口にする。
けれどマシュー嬢の表情は冴えず、どころか私を見るその視線から怒りの感情を感じるのは、なぜ?
「うん、確かに。本当に美味しいよ! ありがとうマシュー、僕のために」
「そんな、大げさですよー! でも、オリバー様に喜んで貰えて良かったですー!」
上手い。オリバーのシンプルで感謝を込めた感想のおかげでマシュー嬢はとても上機嫌になった。
これはチャンスだ。そう考えた私は次なる一手を打った。
「ガイアン嬢、オルテン嬢。お二人もケーキどうですか? 本当に美味しいですよ」
私はガイアン嬢とオルテン嬢にもケーキを勧めた。美味しいものを食べれば人は皆、幸せな気持ちになるものだ。
そうしてガイアン嬢とオルテン嬢も機嫌が良くなって、マシュー嬢はさらに機嫌が良くなって、今回のお茶会は大成功! という流れになるはずだ。
そう考えた私だったが、しかし現実はそう上手くはいかなかった。
「え……いや……それは、ちょっと……」
「私も……それは、オリバー様の……」
ガイアン嬢とオルテン嬢は何だか言いづらそうにそう呟くと、視線を落としケーキを食べようとはしなかった。
二人はダイエット中なのであろうか。残念、作戦は失敗のようだ。
ちらりマシュー嬢の様子を伺うと、さっきはあれほど機嫌が良かったのに今は横目で鋭く私を睨みつけていた。
ああ……。私のせいだ。ガイアン嬢とオルテン嬢が食べてくれなかったから、また機嫌を損ねてしまったらしい。
こうなったら私が二人の分まで食べてーーーーいや、だめだ。今日の私は裏目に出てばかりだ。私が動けば必ず逆の結果になる。今は動いてはだめなんだ。
そうだ、ケーキはもう終わりにしよう。別のことに視線を向けよう。
たとえダイエット中でも、出来る楽しいことを。
必死に考えを巡らせていると、答えは足元に落ちていることに今更ながら気が付いた。
お茶会といえば、美味しいお茶、美味しいお菓子、楽しい会話、ではないか。
お茶とお菓子はあれど、会話が抜けていた。
そんな基本中の基本である簡単な事を忘れているだなんて、うっかりにもほどがある。
人はコミュニケーションをとって仲を深めるものなのだ。
そうと決まれば後は会話の内容だ。
あ……。私ときたらまたしてもうっかりとしていた。
会話をするよりも前に、私の素性を明かさないと。
今の今まで何となくその場の雰囲気に流されていたが、私と他の御令嬢達はほぼ初対面なのだ。
そんなよく知らない人間とお茶を飲んでも美味しいはずがない。
それにいつまでも素性を明かさないなんてむしろ相手に失礼だ。
もしかすると、私が一向に素性を明かさないからその事で御令嬢達は怒っているのかもしれない。
そこまで考えて、私は大急ぎで自身の素性を明かす事にした。
苦手だが、出来るだけ自然で爽やかな笑みを浮かべて。
「ご挨拶が遅くなり大変申し訳ありません。私の名前はアーリィ・アレストフ。こちらのオリバー・マカロフ公爵令息と三ヶ月後に結婚する予定のものです。皆様、どうぞよろしくお願い致します」
途端に静寂が訪れた。
0
あなたにおすすめの小説
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる