繰り返される転生劇〜喜劇こそ、笑いこそ世界を救うたった一つの手立てではないかっ!〜

清水花

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エピソード・オブ・少年

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 少年パティが語る、にわかには信じられない事実。

「勝った事がない⁉︎ 嘘だろっ⁉︎」

 あれほどの立ち合いをやってみせ、自身の実力を俺に見せつけたパティが試合で勝った事がない? 

 どう考えても信じられない。彼の、パティの実力を実際にこの目で見て、肌で感じた俺には絶対に信じられない事実だった。

 それくらいにパティは筋がよく、センスがある。なのに勝てない? 謎過ぎるだろ。いったい何がどうなってるんだ。

「ごめん。君の実力を知る者としてその話は全く信じられないんだけど、いったいどういう事?」

 俺の問いかけに対し、少年パティはうつむいたまま動かない。

 うつむいていて、僅かに身体が震えている。

「……どうした? 気分でも悪いのーーーー」

「……怖いんだ」

 ぽつり、と一言。薄い唇からこぼれ出た。

「……怖いんだ。まけ……負けるのが……また、負け……るのが」

 口を開くと同時にパティの身体の震えはどんどん大きくなって、息は荒く、目からは大粒の涙が溢れ出した。

 俺は急いでパティの側まで駆け寄り背中をさすって気持ちを落ち付けようと試みる。

「……っだって……僕が……あの……負けて……子犬……子犬が……僕が……僕が……弱いからっ……」

 なんとか言葉を紡ごうと試みるが、溢れ出す感情が邪魔して上手く喋れずにいる。

 片手で頭を抱きかかえるようにしてパティを抱きしめる。パティは未だ嗚咽おえつを漏らしている。


 それからしばらくパティは泣き続けたが、ようやく気持ちが落ち着いたのか呼吸も整い、涙も止まったようだ。鼻をすすりながら、目元を袖で拭って、俺を見る。

「ごめんなさい……急に……」

「いいんだよ。若いうちは色々あるもんさ。それよりも少しは落ち着いたかい? 気分は悪くない?」

「……うん、……平気」

「あの……もし、話して楽になるようだったら話してくれて構わないからね? 俺、話し聞くの好きだからさ」

「……うん。ありがとう」


 やや間が空いて少年パティは語り出した。

「今から三年前くらいにね、今通ってる剣術道場に通い始めたんだ。それで確か入門して一ヶ月が経とうとしたある日の帰り道にね、小さな子犬をいじめている人達がいたんだ。壁に子犬を追い詰めて石を投げたり、棒で叩いたりしていた。子犬は石や、棒が当たるたびに鳴いてたし、目の辺りから血も出てた。僕はあんなに可愛い子犬に何でそんな酷い事をするのか分からなかったけど、その人達は……その人達は楽しそうに笑っていたんだ」

 パティは込み上げる怒りの感情を抑えるように、声を震わせる。

「僕は気が付いたらその人達の前に立ちはだかって、やめろっ! て叫んでた。そしたらその人達は、僕の着ている剣術道場の稽古着を見て『じゃあお兄さんと勝負しよう。君が勝てばあの犬は助けてあげる』って言ったから勝負する事にしたんだ。稽古始めたばかりだったけど素人相手ならもしかしたら勝てるかもしれないって思ったから……。そして互いに手頃な枝を持って勝負が始まったんだけど、その人達は三人で一斉に襲いかかって来たんだ。僕は地面に倒れ込んでその人達を見上げると、笑顔のまま僕の事を見て『じゃあ、君が代わりね』って言って……今度は僕に石を投げたり、棒で叩いたり……してきたんだ。とっても痛かった。とっても痛かったけど、僕がやられればあの子犬が助かるって思って、僕は必死に我慢したんだ」

 少年パティの語る話しにやり場のない憤りを覚え、腹の底にはドス黒い何かがしっかりとした形を形成し始めていた。

「それからしばらくして、僕の意識が遠のき始めた頃に、僕に対する暴力は止んだ。身体中がものすごく痛んだ。痛くて涙もたくさん出た。それでもどうにか目を開けて視界が霞む中、子犬を探したんだ。子犬は最初の場所にいなかったから、よかった上手く逃げたんだって思った。でも……違った」

 パティは両の拳を力いっぱい握りしめて肩を揺らす。

「笑いながら歩いていくその人達の手には、尻尾を掴まれて逆さまにされた子犬がぶら下げられていたんだ。僕は急いで追いかけようとしたけど痛くて身体が動かなくて、離せっ! て、言おうと思ったけど言葉なんて出てこなくて、地面に這いつくばって何も出来ずに連れて行かれる子犬をただ見つめる事しか出来なかった。悔しかった。情けなかった。許せなかった。弱い自分が、理不尽な人達が。強くなきゃ何も守れないって思った。僕が弱いせいであの子犬は連れていかれたんだ。だから僕は……だから僕は強くなろうって決めたんだ。誰かを守れるように、誰かを庇えるように。もう……あんな想いはしたくないからっ」

 語気を強めてパティは語る。

「その後、通りすがりのおじさんに家まで連れて帰ってもらったんだけど、おじさんの背中から見たものは、道端に横たわるもうすっかり動かなくなったさっきの子犬だった」

 少年パティは、静かに泣いた。

 




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