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エピソード・オブ・少年

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 二つ目。それは、とある冬の日だったという。もとより寒がりのカルロス陛下は暖炉の前に陣取って、極厚のブランケットを三枚もマントのように身体に巻いて、こう言い放った。

「寒すぎるし、もうワシは何もしたくない!」

 またいつもの奇行が始まった、と。陛下の側近であるセバス・チャンタロウは思ったらしい。長年、散々カルロス陛下に振り回されてきた歴戦の騎士であり、対・陛下の専門家であり、城と街の人々の唯一の希望であり、頼みの綱であるところのセバス・チャンタロウはこれまで陛下との口論にどうにかこうにか勝ち越してきたが、この日遂に陛下に対し何の抵抗も見せずに降伏の意である、両手を上げた。

「ーーーー今日はもうお休みになりますか?」

「いんや。ずっと休みじゃ」

「ずっと、とは?」

「これから先、ずぅっっっっっっっっっっと、じゃ」

「…………」

 理解しがたい陛下のお言葉にさすがのセバス・チャンタロウも困惑した。そしてあれやこれやを聞いているうちに陛下のおっしゃる言葉の真意が見えてきたという。

 そしてそれはセバス・チャンタロウを文句なく一撃で黙らせるほどインパクトのある真実でもあった。

「じゃーかーらー、ワシは陛下をやめるんじゃって!」

 陛下の言い放ったそれは先祖代々ドウェイン家により執り行われてきた権力による統治をやめるとの事だった。

 王座の退位。君主の不在。空の玉座。覇権争い。国家転覆。秩序の崩壊。無法土地。無残な内戦。戦争勃発。

 一瞬のうちに様々な問題が頭を駆け巡り、それらを一つ一つ迅速丁寧に処理していく自分の姿が脳裏に浮かんだという。しかし、四つ目あたりの問題で自分一人ではどうしようもない仕事量という壁にぶち当たり、それでも果敢に突撃を仕掛けはしたが壁がもつそのあまりの重量と重要性を前に膝から崩れ落ち敗れ去った。

 何も語れずただただ放心状態であったセバス・チャンタロウはこの日、遂に自他共に認める冷静さをかなぐり捨てて大いに取り乱した。

「てんめー! 陛下この野郎!」

 セバス・チャンタロウが言い放ったこの一言は兵士の間から街へと一気に語り継がれ、隣国にまで広がる事態となった。

 翌日の朝刊には《遂にキレた! セバス・チャンタロウ》や《我らの希望の星、遂に墜つ》や《真冬の悪夢チャンタロウの乱》などの見出しが一面を飾り、子供達の間では『てんめー! 〇〇この野郎!』のやり取りが大流行した。

 後日、取材陣の質疑に対しセバス・チャンタロウは『全くの事実無根である』の一点張りで、多くの証人が実在するものの確たる証拠不十分で事の真相は迷宮入りとなった。

 つまりこれがベネツィ七不思議の一つ《城内に響く謎の謀反の声》の正体である。

 そんなぶっ飛んだ事を言い出した陛下自身は『街は争い一つない安定した状態だし、何か困り事があれば自分はこれからも変わりなく力を貸すし、わざわざ王座という立場に君臨する必要がない、今後はみんなで国だの理想郷だの作っていこう』と考えての発言だった事は後々になって発覚した事実である。

 かくしてカルロス陛下は思惑通り王座を退いた訳だが、セバス・チャンタロウも負けてはいなかった。人生最大級の大壁を前に一度は地に膝をつきはしたが、そこはさすがのセバス・チャンタロウである。膝立ちのまま。膝立ちのままで果敢にも大壁に立ち向かい持ち前の賢い頭で機転を利かせて問題の進行方向をわずかにズラす事に成功したのである。

 陛下のわがまーーーー望み通り王座から退かせ、そしてその上で、様々なものを利用して事なきを得たのである。

 退位後も今まで通り城で暮らす事を望んでいた陛下を利用する事で、誰がどう見てもいつもと変わらない城の風景を維持し、陛下もご高齢であるという事と自身の側近という立場を利用し陛下の代わりに仕事を片付けた。また、人当たりの良いカルロス陛下の人望を利用し、街の人々が寂しがらないようにと《特別町長》という名誉ある役職を新たに設け、就任していただいた。

 かくして、策士セバス・チャンタロウの思惑通り、陛下は王座を退位したが今までと何ら変わらない毎日を送る事になったのである。

 



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