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エピソード・オブ・少年
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「たっ……ただ今、入った情報ですが団員同士の始剣式は急遽取りやめて代わりにカルロスちゃんと、わたっ……私の……模擬戦を行う模様です」
辺りがどよめき出し、デイルさんはガタガタと震える身体で、
「どっ……どな……どなたか! 私と代わって、カルロスちゃんと力比べをなさりたい方っ⁉︎」
「…………」
辺りは静けさに包まれている。遠くの方で押し殺すような笑い声が聞こえた。
遠巻きからパールさんが試合スペースを指差して『急げ、急げ! これ以上陛下を待たせるな』の合図をデイルさんへと送っている。
デイルさんは非常にきびきびとした動きで白線内に入り、陛下に、カルロスちゃんにそれはそれは深々と一礼した。
皆の視線は当然のごとく広場中央の二人へと集中する。
皆はカルロス陛下のご登場に大盛り上がりで声援を送っている。
カルロス陛下はダブルピースサインを頭上でぶんぶんと振り回し、それに応えている。
紳士は洗練された動きで陛下の天高く掲げられたダブルピースをそっと元の位置へと戻してみせた。
デイルさんは構えるか、構えないかくらいの中途半端で変な動きのままモゾモゾとしている。
本来守るべき対象である国民に対し剣を向けるのは騎士道に反する行為と思っているのかも知れない。
ましてやそれが自分が忠誠を誓った相手ならなおさら騎士道に反すると思っているのかも知れない。
下手をすればなんやかんやで死罪になりかねない、と思っているのかも知れない。
運良く死罪は免れても、明日お城に出勤したら自分の居場所を消されている、と思っているのかも知れない。
涙目でタイクーン城から帰宅し、奥さんに別れを告げられると思っているのかも知れない。
酒に溺れる日々が始まると思っているのかも知れない。
でも、国王を辞めて自分と同じ一般的な国民になったのだから、もしかするとギリッギリで騎士道に反しないと思っているのかも知れない。
裏ではともかく表向きはカルロスちゃんなのだし、今は始剣式なのだし、向けると言っても本物ではない木剣なのだし、日頃の副団長としての働きっぷりと忠誠心は充分すぎるほどに理解してくれている筈だし、何と言ってもノリの良い陛下の事である。こういう場の雰囲気を一番理解してくれる筈だ、と思っているのかも知れない。
絶対そうだ。そうに違いない、と思っているのかも知れない。
と、その時。先ほどまでふらふらとしていたデイルさんの立ち姿が今までとは打って変わって、さすが副団長! というような立派な構えをとって見せた。
辺りからは『いいぞ! やれやれ!』や『負けるなよー! デイルさん!』や『男、見せろやデイル!』など、明らかに面白がっている声援が飛び交い始めた。
デイルさんは構えのままジリジリと距離を詰めていく。
カルロス陛下は相変わらず楽しそうにぶんぶんと木剣を振っている。
そして遂に、手を伸ばせば届く距離にまで近付いた。
いったいどう出るっ⁉︎ デイルさん!
と、
そこで、それまで微動だにしなかった紳士が数歩前に歩み寄りデイルさんに向かってぽつりと囁いた。
次の瞬間、デイルさんは構えを解いてカルロス陛下が楽しそうに振り回す木剣の軌道の中へ自ら入り、脳天に一撃頂いた。
ベネツィ護衛騎士団副団長デイル。
本当の意味で様々なものを守り、男の中の男としてこの日、人生2度目となる敗北を喫した。
辺りがどよめき出し、デイルさんはガタガタと震える身体で、
「どっ……どな……どなたか! 私と代わって、カルロスちゃんと力比べをなさりたい方っ⁉︎」
「…………」
辺りは静けさに包まれている。遠くの方で押し殺すような笑い声が聞こえた。
遠巻きからパールさんが試合スペースを指差して『急げ、急げ! これ以上陛下を待たせるな』の合図をデイルさんへと送っている。
デイルさんは非常にきびきびとした動きで白線内に入り、陛下に、カルロスちゃんにそれはそれは深々と一礼した。
皆の視線は当然のごとく広場中央の二人へと集中する。
皆はカルロス陛下のご登場に大盛り上がりで声援を送っている。
カルロス陛下はダブルピースサインを頭上でぶんぶんと振り回し、それに応えている。
紳士は洗練された動きで陛下の天高く掲げられたダブルピースをそっと元の位置へと戻してみせた。
デイルさんは構えるか、構えないかくらいの中途半端で変な動きのままモゾモゾとしている。
本来守るべき対象である国民に対し剣を向けるのは騎士道に反する行為と思っているのかも知れない。
ましてやそれが自分が忠誠を誓った相手ならなおさら騎士道に反すると思っているのかも知れない。
下手をすればなんやかんやで死罪になりかねない、と思っているのかも知れない。
運良く死罪は免れても、明日お城に出勤したら自分の居場所を消されている、と思っているのかも知れない。
涙目でタイクーン城から帰宅し、奥さんに別れを告げられると思っているのかも知れない。
酒に溺れる日々が始まると思っているのかも知れない。
でも、国王を辞めて自分と同じ一般的な国民になったのだから、もしかするとギリッギリで騎士道に反しないと思っているのかも知れない。
裏ではともかく表向きはカルロスちゃんなのだし、今は始剣式なのだし、向けると言っても本物ではない木剣なのだし、日頃の副団長としての働きっぷりと忠誠心は充分すぎるほどに理解してくれている筈だし、何と言ってもノリの良い陛下の事である。こういう場の雰囲気を一番理解してくれる筈だ、と思っているのかも知れない。
絶対そうだ。そうに違いない、と思っているのかも知れない。
と、その時。先ほどまでふらふらとしていたデイルさんの立ち姿が今までとは打って変わって、さすが副団長! というような立派な構えをとって見せた。
辺りからは『いいぞ! やれやれ!』や『負けるなよー! デイルさん!』や『男、見せろやデイル!』など、明らかに面白がっている声援が飛び交い始めた。
デイルさんは構えのままジリジリと距離を詰めていく。
カルロス陛下は相変わらず楽しそうにぶんぶんと木剣を振っている。
そして遂に、手を伸ばせば届く距離にまで近付いた。
いったいどう出るっ⁉︎ デイルさん!
と、
そこで、それまで微動だにしなかった紳士が数歩前に歩み寄りデイルさんに向かってぽつりと囁いた。
次の瞬間、デイルさんは構えを解いてカルロス陛下が楽しそうに振り回す木剣の軌道の中へ自ら入り、脳天に一撃頂いた。
ベネツィ護衛騎士団副団長デイル。
本当の意味で様々なものを守り、男の中の男としてこの日、人生2度目となる敗北を喫した。
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