繰り返される転生劇〜喜劇こそ、笑いこそ世界を救うたった一つの手立てではないかっ!〜

清水花

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エピソード・オブ・少年

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「ーーーー始めっ!」

 開始の声が掛かると同時に喧騒は止み、辺りは信じられないくらいの静けさに包まれた。

 近くに植えられた木々の葉が風で揺れて、乾いた音が鳴った。

「しゃあああ!」

 先に動いたのはデスパウロ君。子供とは思えない素早い動きでパティの胸に突きを送り込む。

 パティは自身の胸めがけて滑り込む突きを叩き崩し、デスパウロ君の左頬に横薙ぎにした刀身の一撃を加える。

 パンッという乾いた音だけが響く。

 白旗4本が同時に揚がりパティに1点が入った。

 やや遅れて、控えめな歓喜の声があがりーーーーまた静寂に包まれる。

「よしっ! まずは1ポイント」

 ティナさんは試合を見るのがよほど怖いのか目を閉じて祈っている。

 遠巻きではパールさんがかなり控えめにガッツポーズを決めている。

 俺の頭頂部では、じろうが両前足を勢いよく叩きつけている。

 ふむ。スピードはやはりパティの方が上のようだ。もしかすると今までのようにこのまま勝利してしまうかもしれないな。

 だが、決勝戦。そう簡単にはいくまい。

 両者開始位置へ着いて、第2ラウンド開始である。

 またも先に動いたのはデスパウロ君。だが今回は単純に素早く仕掛けるのではなくフットワークを活かした戦い方へとシフトしたようだ。最初の一回でスピードでは相手に分があると判断し戦略を変えてきた。さすがだ、戦い慣れている。

 小刻みに宙へ跳ねて前後左右へ移動しているデスパウロ君をパティは視線だけ動かし追っている。途中何度かパティの射程内に入ったがパティは固まってしまったように手を出さない。

 いや、

 でいる。

 恐らくだがデスパウロ君のフットワークを活かした、動きながらでの戦闘に慣れていないため上手く攻撃のタイミングが合わずに躊躇しているようだ。下手に手を出せば隙を突かれてポイントを奪われてしまう。

 すると、デスパウロ君は一旦パティの右側へと飛んで、今度はすぐさま左側へと飛び射程内に入ると同時にパティの頭上から模擬刀を振り下ろした。

 パティはすんでのところでそれを受け止め反撃に移ろうとしたが、目の前にはデスパウロ君がおらずやむなく反撃を中止した。

 ーーーーパンッ。

 皆の耳には、ただその音だけが届いた。

 パティにはその音と僅かな痛みが届いた。

 やや間があって赤旗3本が揚げられデスパウロ君に1ポイントが入る。

「「「「「すっげー!」」」」」

「「「「「今の見たかよっ⁉︎」」」」」

「…………」

 一撃目。あれは二撃目を当てるためのフェイクだ。わざとガードを誘い、手薄になった中段にしっかりと当ててきた。

「ふむ……」

 スピードはパティが上。

 技術と経験値はデスパウロ君が上のようだ。

 これは相当上手くやらないと勝利するのは難しい。さすがは決勝戦といったところか。

 子供とは思えないレベルの高さだ。

「両者開始位置に着いて」
 
 第3ラウンド開始である。

 ここに来て、不動明王の異名をいつの間にか授けられていたパティがついに動いた。

 構えのままにじり寄り、突きを数回短く撃って反応を伺う。デスパウロ君は変わらずのフットワークでいて、パティの突きをいとも簡単に躱していく。

 パティは持ち前のスピードを活かしデスパウロ君の懐奥深くへと潜り込み、中段めがけて斬りかかる。

 が、

 決死の特攻は例のフットワークの前にいとも簡単に崩れ去り、更にはバックステップ中に放たれた一撃が頭部を打ち抜いた。

 今度は赤旗4本が見事に揚げられる。

 ーーーー強い。

 デスパウロ君は名前の通りというか、かなり手強い相手のようだ。

 剣術もさることながら、戦闘経験の差がありありと試合に出てしまっている。

 あの日、少し覗き見しただけだが三番街の道場ではパティより強い子いなかったように思う。だから自分よりも強い相手との戦闘による経験が足りないのである。遥かな高みにいる相手を見て、触れて、真似て、自分の糧とする事が出来ていない。

 その場から動かない木を相手に見立てていくら稽古をしたところで、それはあくまで自身の頭で想像した結果の再現に過ぎないのである。

 思い通りにならない、思いもしない動きをする相手。といったところか。

 これは最悪の結果も考えておかなければいけないか……。

「両者開始位置について」

 第4ラウンド。
 
 先ほどまで軽やかなフットワークを披露していたデスパウロ君は、まるでその場に縫い付けられたようにぴたりと動きを止めて、口角を大きくあげた笑みでパティに向かって左手で手招きをした。

 動かないでやるから早く来い。

 そう、俺には伝わってきた。

 パティはゆっくりとデスパウロ君に近付いていき互いの間合いに入る。

 構えたまま。

 互いの剣先が軽く触れたまま動かない。

 観客席の皆も固唾をのんで試合に夢中になっていて、ティナさんは祈りの格好のまま時折ちらりと様子を伺う程度で、頭の上のじろうはすっかり猫パンチをやめて動かない。

 静まりかえった観客席で誰かの喉がぐるると鳴った。

 その時、パティが動いた。

 上段、中段、上段、下段。なりふり構わず剣を振るうパティ。

 それら4度の攻撃を全てを跳ね除けられ、デスパウロ君の突きがパティに向けて放たれる。

 パティは己が刀身で突きの軌道をずらし反撃を試みる。

 が、

 瞬時に距離を詰められ反撃を阻止される。

「ふむ。本当にあの子は体の使い方が上手いな」

 デスパウロ君はバックステップからのなぎ払い、着地と同時に特攻をかけ攻め入ってきた。

 パティも一旦バックステップで距離をとりつつ一太刀躱し、瞬時に間合いを詰めて足を止めての激しい攻防が繰り広げられる。

 パティ達の激しいせめぎ合いにAグループとCグループの選手、審判も自身の試合そっちのけで食い入るように見つめている。

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」

 攻め、退き、受け、誘い、打ち、崩し、躱し、流す。

 二分間以上激しい打ち合いが続き辺りには、足が地を削る音、木剣が跳ねる音、空を切る音、二人の呼吸音が静まりかえった会場を騒がしく彩っている。その時、

 ーーーーパンッ。

 二人は同時に動きを止めて、音のない会場の中、観客の視線は審判四人に集まる。

 審判四人は同時に白旗4本を揚げた。

「パティー! パティー!」

 大興奮のティナさんは僅かに潤んだ瞳で我が子の名前を叫んでいて、頭の上のじろうは猫パンチを再開させて『しゅっしゅっしゅっしゅっ』と、掛け声にも似た鳴き声? をあげている。

 これで2対2。勝負はまだ分からない。

 その後の第5、第6、第7ラウンドも足を止めての激しい打ち合いは尚も続き、互いに一歩も退かず、譲り合わず、折り合わず、意地を張り通した。それは戦略がどうとか、弱点を突くとか、そういった勝ち負けの概念を取り払った純粋にどちらが強くてどちらが弱いのか、ただその一点を確認するためのもののように俺には思えた。

「青春してるな……」

 その結果。パティが2ポイントを取り、デスパウロ君が1ポイント取る形になった。

 序盤は負けるかもしれないと思うほどかなり劣勢に見えたが、どうにか後半から盛り返す事が出来たらしい。

 パティ4点、デスパウロ君3点で迎えるは運命の第8ラウンド。

 このラウンドを取ればパティはBグループ優勝となるが……はたして。

「ーーーー始めっ!」

 試合開始の声に互いに歩み寄り、深呼吸をしたのち、ゆっくりと構えた。

 この試合5度目となる意地の張り合いが始まる。

 もう後がないデスパウロ君が先に動いた、上から下へ縦横無尽に繰り出される連撃がパティを襲うがパティは至って冷静に対応し連撃に生じる僅かな隙間を縫って反撃を繰り出す。

 パティの奴。この試合の中で、デスパウロ君と戦っている今この瞬間にも自身を成長させていやがる。

「なんて子だ……」

 パティの潜在能力が確実に開花し始め、俺の胸はワクワクではちきれそうになっていた。
 
 試合会場では圧倒されつつあったデスパウロ君は意地の張り合いをやめて、再び軽快なフットワークを駆使して試合の流れを変えようと試みる。

 このままでは勝てないと判断したか。意地の張り合いはパティの勝ちだな。

 軽快な足さばきでパティを翻弄し、足元からの切り上げがパティの顎先を狙う。

 渾身の切り上げは虚しく空を切って弧を描く。

 デスパウロ君の伸びきった左脇腹がガラ空き状態となり、パティの目の前に晒される。

「ーーーー勝ったな」

 が、

 なぜかパティはガラ空き状態であった筈の左脇腹に手を出すことはなかった。

 デスパウロ君は切り上げの勢いで身体を右回転させての胴薙ぎがパティの胸に直撃した。

 赤旗4本が揚げられデスパウロ君に1ポイントが追加される。

「何で……」

「あぁー! パティが負けちゃう!」

「しゅっしゅっしゅっしゅっしゅ!」

 隙だらけだった筈のあの瞬間。あんな隙を見逃すはずもないパティがなぜ反撃に出なかったのか、俺は困惑するばかりだったが答えはすぐに分かった。

 パティは開始位置に戻る事はなく、その場で目を押さえてうずくまっていたのだ。

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