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エピソード・オブ・少年
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タイクーン城一階、兵士詰所横の医務室にて。
「いたたたたっ! 痛いって!」
「動かないで、ジッとして。目の中の異物を洗い出さなきゃいけないんだから……ほらっ! 男なんだから我慢するっ!」
パティは医務室の先生に取り押さえられて、流水で眼内洗浄を受けている。
ティナさんは心配そうにその様子を伺い、じろうは飼い主であるパティの耳の中に鼻を突っ込んで匂いを嗅いでいる。時折ぷしゅーぷしゅーという息遣いが聞こえてきて、何だか楽しい。
「よっし。これでいいかな。あとはこの……カルちゃんマークの目薬を一日数回さしてね」
「うわぁ……カルちゃんかぁ……しみるんだよなぁ」
「文句言わないっ! 陛下ーーーーカルロスちゃんが支援してくれてるお陰で、この目薬には普通じゃ考えられないような高価な薬品がふんだんに使われてるんだから」
「へぇ……じゃあ効果もすごいの?」
「ええ。失明してても治る」
「本当にっ⁉︎ じゃあ、健康な目に使ったら?」
「1滴差せば視力が100.0に、2滴差せばおでこに第三の眼が開眼し、3滴差せば目が三つとも爆発するわ」
「えぇーっ⁉︎ そうなのっ⁉︎」
楽しそうな会話を楽しむ二人についつい嫉妬してしまう。
「まあ、ようするに良薬目に苦しってヤツね。とにかく……用法用量をきちんと守って正しく使ってね」
「一応……聞いておきたいんだけど、爆発した後に更に目薬を差すとどうなるの……?」
先生は呆れたような表情を浮かべて、
「まあ……。普通に目が再生するわね」
「どんだけぇぇぇ!」
みんなを代表して一応言っておく。
「それでは先生。ありがとうございました。失礼します」
ティナさんとパティは先生にぺこりとお辞儀をしてから医務室を出た。
石造りの廊下を歩いて再び試合会場へと向かう。その途中でティナが口を開いた。
「そうそう。パティ、さっきあなた試合にはもう勝ったとか、判定待ちとか言ってたけどあれは何だったの? タケルさんも同じ様な事言ってたけど母さん全く分からない」
「ああ……アレね」
そういうとパティはちらりと俺を見て笑う。
「見えたんだろ?」
「うん。見えたっていうか、思い付いたっていうか……そんな気がした」
「?」
ティナさんは、やはりよく分からないといったような表情でいる。
あの日。
少年パティと初めてあったあの日。
構えた俺に相対して、パティはこれから自身の身に何が起こるのかほぼほぼ正確に感じ取っていた。
『無理っす……』
『ーーーーぬっ⁉︎ なぜかね⁉︎』
『いや……普通に目が怖いし、たぶん僕が動いたら枝を吹き飛ばされて肩に一撃食らうと思う……。そしたらきっとかなり痛いと思う。痛いのは嫌い。だから……無理っす』
あの日のアレがまた起こったのだ。
だが今回は、一撃貰うというイメージではなく。自身が試合に勝利した姿が頭に浮かんでいたのだろう。
判定待ち、とすると。最後の必殺技を決めた後の辺りのイメージか。
「だからね、母さん。学校とかの帰り道でふと自分がカレーを食べてる風景が頭に浮かんで、それで今日の晩御飯はカレーだったらいいなぁ……とか思って家に帰ると本当にカレーだった時とかあるじゃん。ようはあれと同じだよ」
「う……ん……。なるほ……ど」
ティナさんにも、なんとなく雰囲気は伝わったようだ。
じろうはパティの頭の上で居心地が良さそうに寝息をたてている。
「あっ……そうだアニキ。ごめんなさい。勝手に必殺技真似しちゃった!」
「いやいや……。あれは紛れも無い君の必殺技だったよ。俺の必殺技はもっとこう、ズバーンとドカーンとボッカーンって感じだから」
「……もう少し具体的に言えんのかね……だっけ?」
そう言ってパティは元気に笑う。
「しっかし、結果が分かってたんならもう少し手加減してあげても良かったんじゃないか? ものすごい音してたぞ……たぶんミミズ腫れだな、ありゃ」
「卑怯な真似するからバチが当たったんだよ」
「ほう……。気付いてたのか」
「あれだけ正確な剣筋なのに、いきなり地面削ったら誰でも気付くよ。いいライバルとして尊敬していたし手本にしていたのに、急にあんな事するからがっかりしてとても腹が立った。このまま負けてもいいとさえ思っていたけど、絶対負けちゃだめだ勝たなくちゃだめだって思ってそれで……」
「はっはっはっは! じゃあ、自業自得だ。仕方ないかっ!」
「うん」
長い廊下を歩いて、ようやく試合会場である広場に出た。
広場では試合を終えたAグループとCグループの優勝者が高台に上がり拍手喝采を浴びている。
「行ってらっしゃい。パティ」
「行ってこい。パティ!」
俺とティナさんはパティを送り出し、パティは元気に広場を駆けていく。
パティの登場に観客席からはまたしても歓声があがった。
高台の階段を前にパティは目を輝かせ、騎士団員から慎重に手渡された鈍く光る細身の長剣を持って、堂々としっかりとした足取りで一歩一歩階段を上がっていき、高台頂上に登ると長剣を天高く掲げてみせた。
陽の光が長剣の細身を照らし一層輝かしく光を放つ。会場には嵐のような歓喜の声と地を揺らすほどの拍手喝采が巻き起こり、パティの優勝を祝福した。
大勢の歓喜の声と期待を一身に受ける少年のその小さな背中は、いつにもましてとても大きく勇敢なものに見えた。
過去に囚われ怯えながらも日々一歩一歩前進し続けた彼のその勇敢な毎日に、
何事にも挫けず正しく強くあろうとしたその屈強な信念に、
如何なる時も弱きを守ろうとする誇り高きその騎士道に、
あるいはその全てに敬意を評して、
「優勝、おめでとう!」
小さな騎士、少年パティが誕生した瞬間だった。
エピソード・オブ・少年
終わり。
「いたたたたっ! 痛いって!」
「動かないで、ジッとして。目の中の異物を洗い出さなきゃいけないんだから……ほらっ! 男なんだから我慢するっ!」
パティは医務室の先生に取り押さえられて、流水で眼内洗浄を受けている。
ティナさんは心配そうにその様子を伺い、じろうは飼い主であるパティの耳の中に鼻を突っ込んで匂いを嗅いでいる。時折ぷしゅーぷしゅーという息遣いが聞こえてきて、何だか楽しい。
「よっし。これでいいかな。あとはこの……カルちゃんマークの目薬を一日数回さしてね」
「うわぁ……カルちゃんかぁ……しみるんだよなぁ」
「文句言わないっ! 陛下ーーーーカルロスちゃんが支援してくれてるお陰で、この目薬には普通じゃ考えられないような高価な薬品がふんだんに使われてるんだから」
「へぇ……じゃあ効果もすごいの?」
「ええ。失明してても治る」
「本当にっ⁉︎ じゃあ、健康な目に使ったら?」
「1滴差せば視力が100.0に、2滴差せばおでこに第三の眼が開眼し、3滴差せば目が三つとも爆発するわ」
「えぇーっ⁉︎ そうなのっ⁉︎」
楽しそうな会話を楽しむ二人についつい嫉妬してしまう。
「まあ、ようするに良薬目に苦しってヤツね。とにかく……用法用量をきちんと守って正しく使ってね」
「一応……聞いておきたいんだけど、爆発した後に更に目薬を差すとどうなるの……?」
先生は呆れたような表情を浮かべて、
「まあ……。普通に目が再生するわね」
「どんだけぇぇぇ!」
みんなを代表して一応言っておく。
「それでは先生。ありがとうございました。失礼します」
ティナさんとパティは先生にぺこりとお辞儀をしてから医務室を出た。
石造りの廊下を歩いて再び試合会場へと向かう。その途中でティナが口を開いた。
「そうそう。パティ、さっきあなた試合にはもう勝ったとか、判定待ちとか言ってたけどあれは何だったの? タケルさんも同じ様な事言ってたけど母さん全く分からない」
「ああ……アレね」
そういうとパティはちらりと俺を見て笑う。
「見えたんだろ?」
「うん。見えたっていうか、思い付いたっていうか……そんな気がした」
「?」
ティナさんは、やはりよく分からないといったような表情でいる。
あの日。
少年パティと初めてあったあの日。
構えた俺に相対して、パティはこれから自身の身に何が起こるのかほぼほぼ正確に感じ取っていた。
『無理っす……』
『ーーーーぬっ⁉︎ なぜかね⁉︎』
『いや……普通に目が怖いし、たぶん僕が動いたら枝を吹き飛ばされて肩に一撃食らうと思う……。そしたらきっとかなり痛いと思う。痛いのは嫌い。だから……無理っす』
あの日のアレがまた起こったのだ。
だが今回は、一撃貰うというイメージではなく。自身が試合に勝利した姿が頭に浮かんでいたのだろう。
判定待ち、とすると。最後の必殺技を決めた後の辺りのイメージか。
「だからね、母さん。学校とかの帰り道でふと自分がカレーを食べてる風景が頭に浮かんで、それで今日の晩御飯はカレーだったらいいなぁ……とか思って家に帰ると本当にカレーだった時とかあるじゃん。ようはあれと同じだよ」
「う……ん……。なるほ……ど」
ティナさんにも、なんとなく雰囲気は伝わったようだ。
じろうはパティの頭の上で居心地が良さそうに寝息をたてている。
「あっ……そうだアニキ。ごめんなさい。勝手に必殺技真似しちゃった!」
「いやいや……。あれは紛れも無い君の必殺技だったよ。俺の必殺技はもっとこう、ズバーンとドカーンとボッカーンって感じだから」
「……もう少し具体的に言えんのかね……だっけ?」
そう言ってパティは元気に笑う。
「しっかし、結果が分かってたんならもう少し手加減してあげても良かったんじゃないか? ものすごい音してたぞ……たぶんミミズ腫れだな、ありゃ」
「卑怯な真似するからバチが当たったんだよ」
「ほう……。気付いてたのか」
「あれだけ正確な剣筋なのに、いきなり地面削ったら誰でも気付くよ。いいライバルとして尊敬していたし手本にしていたのに、急にあんな事するからがっかりしてとても腹が立った。このまま負けてもいいとさえ思っていたけど、絶対負けちゃだめだ勝たなくちゃだめだって思ってそれで……」
「はっはっはっは! じゃあ、自業自得だ。仕方ないかっ!」
「うん」
長い廊下を歩いて、ようやく試合会場である広場に出た。
広場では試合を終えたAグループとCグループの優勝者が高台に上がり拍手喝采を浴びている。
「行ってらっしゃい。パティ」
「行ってこい。パティ!」
俺とティナさんはパティを送り出し、パティは元気に広場を駆けていく。
パティの登場に観客席からはまたしても歓声があがった。
高台の階段を前にパティは目を輝かせ、騎士団員から慎重に手渡された鈍く光る細身の長剣を持って、堂々としっかりとした足取りで一歩一歩階段を上がっていき、高台頂上に登ると長剣を天高く掲げてみせた。
陽の光が長剣の細身を照らし一層輝かしく光を放つ。会場には嵐のような歓喜の声と地を揺らすほどの拍手喝采が巻き起こり、パティの優勝を祝福した。
大勢の歓喜の声と期待を一身に受ける少年のその小さな背中は、いつにもましてとても大きく勇敢なものに見えた。
過去に囚われ怯えながらも日々一歩一歩前進し続けた彼のその勇敢な毎日に、
何事にも挫けず正しく強くあろうとしたその屈強な信念に、
如何なる時も弱きを守ろうとする誇り高きその騎士道に、
あるいはその全てに敬意を評して、
「優勝、おめでとう!」
小さな騎士、少年パティが誕生した瞬間だった。
エピソード・オブ・少年
終わり。
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