繰り返される転生劇〜喜劇こそ、笑いこそ世界を救うたった一つの手立てではないかっ!〜

清水花

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ベネツィ大食い列伝

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「ぜ……全部?」

「はい。みんな寝てたから独り占めしちゃいました」

「で、で、でも……かなりの量だったよね?」

「ですねー。杏仁豆腐が運ばれて来た時は私もびっくりしました。こんなにたくさん食べていいの⁉︎ って、内心飛び跳ねちゃってましたから」

 あ、そっちでびっくりするんだね。特大のカモが特大のネギを背負ってやって来た、みたいな。

 さすが女子って感じだ。

 俺には最悪のラスボスとしか見えなかったけど、アリシアにはここまで頑張ったご褒美に見えたんだね。

 そんな見方をされたんじゃ、あの杏仁豆腐も形無しだ。 

「しかし、あの状況からよく全部食べられたね。結構お腹パンパンだったんじゃない?」

「はい。もう三日は何も食べなくていいや、って思ってたんですけど杏仁豆腐を一目見たら何だかもう少し入るかなって思えてきて……それで一口食べてみたらとっても美味しくて、予選からずっと揚げ物とか味の濃いものばかり食べてきたじゃないですか? だから杏仁豆腐で口の中がスッキリして気が付いたらもうほとんど残ってなくて、タケルさん達のために少し残しとかないとって思ったんですけど……誘惑に負けちゃいました。だからごめんなさい」

 なるほど、そう言う事か。

 満腹状態であるにもかかわらず食べられた理由。

 ーーーー女子の別腹。

 好物を目の前にして食べたいとは思うのだが、胃の中はすでに許容限界。

 食べたいが、食べられない。

 食べられないが、食べたい。

 そんな矛盾を何とかしようと太古の時代にとある女性が編み出したのが、かの有名な《欲張り女子の食事法アナザーベリー!》である。

 言わずとしれたその能力は許容限界を迎えた胃に直接作用し、食べたい物を受け入れる為のスペースを無理矢理に作り出すご都合主義よろしくの必殺技である。

 それから長き時を、時代を渡って伝承され続け女性のみならず男性も《欲張り女子の食事法アナザーベリー!》を習得するに至った。

 男性の場合は《酒池肉林への羨望アナザーベリー!》とでも言うべきか?

 かくして、欲張りなわがまま女性の苦肉の策から生まれたこの必殺技は、食料の乏しい冬季を生き延びるための栄養確保手段として一躍かっていたのはあまり知られていない事実である。

 つまり、欲張り女性のわがままが人類の生命維持能力を一ステージ向上させたのである。

 しかし、太古の時代から受け継がれ改良され続けてきたとはいえ、あれほどのレベルのものをまさかこんな所で拝めるとは思いもしなかった……。

 女性の底知れない食欲、と言ったところか。

 と、まあ。俺達のチームが見事に優勝した経緯も、杏仁豆腐消失の謎も溶けた。

 と言うことは?

「タケルさん、いつまでもそんな所にいないで早く上がってきて下さいよ! 何だか予選から決勝までほとんどの料理を私一人で食べたみたいな雰囲気になってるんですから、早く誤解を解いて下さいよ! すっごい食いしん坊みたいで恥ずかしいんですから!」

「あ、あぁ……そうだね。ちょっと待っててくれ、パティとじろうも連れてくるから!」

「早くして下さいよー!」

 俺は急ぎ選手席へと戻り、未だ眠るじろうとパティを抱きかかえてアリシアの元へと走った。

 俺達のチーム全員が高台の上に揃うと更に多くの観客や新聞の取材陣から取り囲まれ、怒涛の質問責めに合った。

 眼下に広がる群集から視線をきって、ふいに視線を上げた高台から見える景色はとても新鮮で心が躍るものだった。

 実況席ではカルロス様の鼻ちょうちんが自身の身体を浮かせようとしていたり、特設キッチンでは役目を終えた調理スタッフが芝生の上に大の字になって倒れ込んでいる、また選手席ではカルロス餃子を持ったまま気絶した大柄な謎の女性、未だ腕組みしたままでいるデュークと顔色が真緑に変色しテーブルに突っ伏したシド、身体中汗だくで未だに食べ続けようとするおデブちゃん達、今しがたようやく入れ歯を発見しこれから四品に挑もうとする御老人。

 こうして愉快な人々による、愉快な大食い大会はようやく終わりを迎えた。

 その後、頃合いだと判断したのかセバス・チャンタロウのその見事なまでの洗練された動きから放たれる一撃により、敢えなくカルロス様の鼻ちょうちんは破裂してしまった。

 破裂の衝撃でようやく目を覚ましたカルロス様より、念願の優勝商品、屋台(博多一号)が授与される事となった。

 カルロス様は屋台(博多一号)が飾られている特設ステージへと上がると、まるで少年のように目を輝かせ屋台のあちこちを触り、何やら楽しまれている。側近のセバス・チャンタロウはこちらへ手を向けて合図を送っており、その合図からは『しばし、待て』というセバス・チャンタロウの意図を汲み取れた。

 しかし、カルロス様は開発に掛かる費用をかなり負担したと聞いていたのだが、完成品を見るのはこれが始めてなのだろうか? やがて、

 ガッタン!

 と、特設ステージの方から非常に大きな音がしてみんなの視線に心配の色が見え出した。

 カタタタ、カタタターーーー

 屋台の車輪が回り始め、屋台が後退し始めたように思えた。

 バキッ! バキキッ! ベキッ!

 特設ステージの一部が悲鳴とともに破損したようだ。

 カタタタ、カタタタ、カタタターー

 屋台は見間違いではなく、はっきりと後退し始めそして、屋台を引くための持ち手部分が天に向かって真っ直ぐ伸びた。

 それとほぼ同時に屋台は特設ステージの上から忽然と姿を消して、カタタタという車輪が回る音だけが特設ステージの遥か後方から聞こえてきた。

 カルロス様はステージ上で振り返り、屋台の行く末を心なしか心配そうに見守っている。

 俺とパティとアリシアは居ても立っても居られず、屋台が姿を消した特設ステージ裏側へと走る。俺達に次いで多くの人達も走った。

 屋台は持ち手部分を上下に動かし、器用にバランスを取って後退を続けている。銀色の歯車が陽の光を反射してより一層その輝かしさを増した、

 その直後。

 ーーーードッポォウン!

 と、屋台は再び俺達の視界から姿を消し、代わりに見事なまでの水柱が一番街の水路から上がった。

 その光景を見ただけで状況を理解した町の人々は、一斉に特別町長たるカルロス様へと視線を送る。

 カルロス様は右手を自身の後頭部に当てこう言った、

「ボタン……間違えたんじゃぜ……。てへっ」

 町の人々はしばらくの間、言葉を失いただ力無くカルロス様を見つめていたが、やがて数人の町の人達からちらほらと無言の拍手が鳴り響きだした。

 静まりかえった大食い大会会場には、あまりにも弱々しい寂しげな拍手の音だけが少しの間鳴り響いた。

『てへっ』じゃあねぇぇぇ! 

 とは、流石に突っ込めない俺であった。

 
 
 
 ベネツィ大食い列伝

 終わり。






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