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第9話 炊飯器で作るトマト煮込みとお嬢と私①
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いつからだろう、一晩眠っても疲れが取りきれなくなったのは。
「しおりさん、もう11時です。さっさと起きてくださいまし?」
「まだ11時だよ…。お願いもうちょっと寝かせて…。」
必死の懇願も虚しく、お嬢様小学生のまい子に布団を剥ぎ取られてしまった。まい子はやはり育ちがいいのだろう、とっくに着替えを済ませて行儀良く布団が畳んであった。そんな彼女を毒するわけにはいかない。のそのそと布団から這い出ると、まい子もやれやれと座り直した。
「何これ宿題?休みの真っ昼間からえらいね」
「ええ、レディとして当然です」
テーブルの上にはカラフルなペンとノートが広げてあった。好きな職業を調べてまとめる宿題だそうで、まい子はアイドルについて調べていた。もしかしてアイドルに憧れているのだろうか。だとすれば、意外にも小学生らしくて可愛いじゃないか。
「ふーん、上手だねえ。まい子は可愛いからきっと叶えられるよ」
「はい、そのつもりです。商品知識を深めるのはプロの仕事ですから」
いきなり商品知識という単語が彼女の口から飛び出たことに驚き、「うーん?」などと曖昧な相槌を打ってしまった。
「私、大きくなったらアイドルのプロデューサーになりたいのです。そのためにアイドル自体のことを知らないといけないと思いまして」
商品知識という冷たい印象の言葉とは裏腹に、アイドルという存在の意味、彼女たちを取り巻くトラブルの解決策、彼女たちを「売る」ためには自分はどうあるべきか、小学生とは思えないほどまい子はしっかり考えていた。きっと彼女の頭の中には常にそのことがあるのだろう、語り口は淀みがなくキラキラ輝く瞳が美しかった。
「すごいね、色々考えてんだ」
「先を見通して行動することが成功への近道と、お父様がおっしゃっておりましたから。これはただの一歩です」
会ったこともないが、まい子の父親も相当立派な職業についているのだろう。いったい彼女の両親はどんな人なのかと想像しながら、宿題に再び取り掛かるまい子の様子をだらりと眺めていた。途中、邪魔ですとか早く着替えなさいなどと言われた気がするが眠たくてあまり覚えていない。
「しおりさんは大きくなったら何になるんですの?」
無邪気な問いがグサリと刺さり、突然目が冴えてしまった。
私にも一つ夢がある。もう誰にも言わないことにしたけれど、それだけを見て、追いかけて来たつもりだった。結局、今手元にあるのはだらだらと歩んできた道のりで得た甘い思い出と、数万円しか入っていない預金通帳と、「自分にはやりたいことがある」という小さいプライドくらいだ。
あの時見つけた夢は眩しいくらいに輝いて見えたのに、今では埃をかぶってしまっている。私が向き合っていないせいで、夢が可哀想だ。
まい子の父親の言う通り、先を見通して行動することが成功への近道なら、今の私は失敗への道をゆっくり転がり落ちていることになるんだろうか。
「私はね、もう大きいからこのままなんだよ」
自分なりにニコリと笑って見せてから台所へ逃げた。まい子には私の顔はどんな風に見えていたんだろう。
「しおりさん、もう11時です。さっさと起きてくださいまし?」
「まだ11時だよ…。お願いもうちょっと寝かせて…。」
必死の懇願も虚しく、お嬢様小学生のまい子に布団を剥ぎ取られてしまった。まい子はやはり育ちがいいのだろう、とっくに着替えを済ませて行儀良く布団が畳んであった。そんな彼女を毒するわけにはいかない。のそのそと布団から這い出ると、まい子もやれやれと座り直した。
「何これ宿題?休みの真っ昼間からえらいね」
「ええ、レディとして当然です」
テーブルの上にはカラフルなペンとノートが広げてあった。好きな職業を調べてまとめる宿題だそうで、まい子はアイドルについて調べていた。もしかしてアイドルに憧れているのだろうか。だとすれば、意外にも小学生らしくて可愛いじゃないか。
「ふーん、上手だねえ。まい子は可愛いからきっと叶えられるよ」
「はい、そのつもりです。商品知識を深めるのはプロの仕事ですから」
いきなり商品知識という単語が彼女の口から飛び出たことに驚き、「うーん?」などと曖昧な相槌を打ってしまった。
「私、大きくなったらアイドルのプロデューサーになりたいのです。そのためにアイドル自体のことを知らないといけないと思いまして」
商品知識という冷たい印象の言葉とは裏腹に、アイドルという存在の意味、彼女たちを取り巻くトラブルの解決策、彼女たちを「売る」ためには自分はどうあるべきか、小学生とは思えないほどまい子はしっかり考えていた。きっと彼女の頭の中には常にそのことがあるのだろう、語り口は淀みがなくキラキラ輝く瞳が美しかった。
「すごいね、色々考えてんだ」
「先を見通して行動することが成功への近道と、お父様がおっしゃっておりましたから。これはただの一歩です」
会ったこともないが、まい子の父親も相当立派な職業についているのだろう。いったい彼女の両親はどんな人なのかと想像しながら、宿題に再び取り掛かるまい子の様子をだらりと眺めていた。途中、邪魔ですとか早く着替えなさいなどと言われた気がするが眠たくてあまり覚えていない。
「しおりさんは大きくなったら何になるんですの?」
無邪気な問いがグサリと刺さり、突然目が冴えてしまった。
私にも一つ夢がある。もう誰にも言わないことにしたけれど、それだけを見て、追いかけて来たつもりだった。結局、今手元にあるのはだらだらと歩んできた道のりで得た甘い思い出と、数万円しか入っていない預金通帳と、「自分にはやりたいことがある」という小さいプライドくらいだ。
あの時見つけた夢は眩しいくらいに輝いて見えたのに、今では埃をかぶってしまっている。私が向き合っていないせいで、夢が可哀想だ。
まい子の父親の言う通り、先を見通して行動することが成功への近道なら、今の私は失敗への道をゆっくり転がり落ちていることになるんだろうか。
「私はね、もう大きいからこのままなんだよ」
自分なりにニコリと笑って見せてから台所へ逃げた。まい子には私の顔はどんな風に見えていたんだろう。
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