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私、前世を思い出しました。
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しおりを挟む私は何処にでもいる普通の社会人だった。
持病のせいで長時間労働も出来ず、学もない私はパートをしながら節約をして独りひっそりと生きていた。
そんなかわり映えのしない生活を送っていた私の唯一の楽しみは、自分の誕生日の日に乙女ゲームを買う事だった。
家族も友達も恋人も居ない私にとって、乙女ゲームは心の支えと言っても過言ではなかった。
時に友達として…時に恋人として関係を築いていき、一年かけてじっくり遊び、隠しキャラを出したりスチルをコンプしたりして遊んでいた。それが、私の唯一の楽しみだった。
何故今こんな話をしたかというと…
「ティアナ様!?大丈夫ですか!?」
私は、どうやら転生したようなのです。
頭から血を流しながらオロオロするメイドや男の子を見る。
「大、丈夫ですわ。傷はそんなに深くありま…せ…ん…」
ポタポタとドレスに血が垂れていくのを見ながら私の意識は無くなった。
「ん…ひぃっ!?」
ズキズキする頭を押さえながら起き上がり、周りを見て変な声が出てしまった。
それもしょうがないと思う……だって部屋が全面鏡なんだもの!!!
鏡に囲まれた真ん中にベットがあるせいか、どこを見ても私が映る。
自室に居る筈なのに、遊園地とかにある鏡の迷路にいる気分だった。
それに加え、鏡に写ってる顔が前世の私とは比べ物にならないくらい可愛いのだ。月とスッポンと言っても過言ではない。
ツンっとつった琥珀色の目の下には泣きボクロがあり子供とは思えない色気が放たれている。赤い唇はプルンっとしている上に、軽くウェーブがかかった銀色の髪は今まで触ったことがない程サラサラだった。
「あれ…この顔…何処かで見たような……?」
何処でだろう。こんなかわいい顔一度見たら忘れないだろうに、思い出そうとすると頭がズキズキと痛んだ。
「ふぅ…状況整理だ…」
転生する前の私の名前は、藤崎紫苑。
此処では、ティアナ・スカーレット。5歳。
スカーレット家の長女で家族は兄と父と母の四人家族。
この名前にも…聞き覚えがあるのに…思い出せない…。
頭の中に沢山の情報が一気に流れ込んだせいなのか、酷く頭が痛む。
ズキズキと痛む頭を抑えながら、唸っていると
バンッ
「ティア!!怪我は大丈夫か!?」
大きく音を鳴らし開いた扉から入ってきたのは兄であるジョシュア・スカーレットだった。
私と同じ銀色の髪を後ろで結い、キリッとした金色の瞳には心配の色が見えた。
「お、お兄様!?学園に居るはずじゃ…?」
ぎゅぅっと抱きしめられた嬉しさよりも、ここに居るはずのないお兄様の存在に困惑を隠せない。
「僕の可愛いティアが怪我したと聞いて学園になんて居られる訳無いだろ!?大丈夫かい?痛みはないかい?ほら、お兄様にティアの可愛い顔をよく見せておくれ。」
「少し痛みますが、お兄様に会えたからこれくらい大丈夫ですわ。」
頬にかかった髪の毛を優しく退けて、頬に手を添えるお兄様に笑いかければ、少しホッとした顔でお兄様も微笑んだ。
私は前世の記憶を思い出したけど、ティアナとして過ごした記憶もちゃんと存在する。
今はまだ少し混乱してるけど、お兄様が私をとても溺愛しているのはよく知っている。
だから前世を思い出しても困惑より嬉しさの方が強かった。
前世では家族に縁がなかったから今世では優しい家族に囲まれてとても幸せだ。
「こんな怪我をして大丈夫じゃないよ、可愛いお姫様。
ねぇ、ティア。僕はたった一人の可愛いお姫様の為なら何処へでも駆けつけるからね。その事は、覚えていてね。」
包帯が巻かれた頭を見て悲しげに眉を下げ、頬や鼻にキスする。
「お兄様、本当に大丈夫よ。だけどね……お兄様に会えて、私嬉しいわ、お兄様大好きよ」
「ふふふ、僕もだよ。」
お兄様に抱きつけば、お兄様は少し頬を緩ませて、私を抱きしめ返した。
お兄様の腕の中はとても暖かくて、私の頬も勝手に緩んでいった。
「あら、ジョシュ。いつの間に帰ってきたの?」
ニコニコしながら抱き合っていると、驚いた顔でお父様達が部屋に入ってきた。
「私はジョシュにティアの怪我の件は伝えてない筈なんだがな…」
お兄様の私への溺愛ぶりを知っているお父様は困った様に眉を下げる。
「父上がそうやって隠すので、ティアの動向は逐一僕に入ってくるようにしてるんです!それに!!僕の可愛いティアが怪我したと聞いて学園に留まる訳ないでしょ!?」
「お前は本当に…はぁ……。ティア、怪我は平気か?
怪我した場所が場所だから具合が悪くなったり痛んだらすぐ言いなさい。わかったね?」
「さっきまでは、ズキズキしていましたが、お兄様が来てからはなくなりました。」
心配そうに私を見るお父様にニコっと笑いかけると、ホッとしたのか私の頬を撫でる。
「父上!怪我をさせた者はどうなさったのです!頭とはいえ可愛いティアに一生残る傷跡を残しておいて…っ!」
そういえば…私何で怪我したんだっけ…
「ティア?実は謝りたいと連日来ているのよ。ティアさえ良ければ部屋に連れてくるけれど、どうする?」
私の隣に座り穏やかに笑うお母様。
「私は…大丈夫です。」
コクリと頷く
「ジョシュは「僕はティアの側に居ますからね!!」…やっぱりか…同席はいいが、くれぐれも粗相はするなよ?」
ガルガル威嚇するお兄様を見て諦めたのか、深くため息をついてお父様は部屋から出ていった。
ーー…
お父様達が連れてくるまで暇だった私はお兄様に沢山話しかけた。
離れている間何を学んだのか、学園はどんな所なのか、そんな風に質問ぜめをする私をニコニコしながら見て、お兄様は一つずつちゃんと答えてくれた。
コンコン
それから暫くして、部屋がノックされた。
「どうぞ。」
お父様に連れられて入ってきたのは、あの日見た男の子と騎士。
男の子は金色の髪にまるで海の底のように深い青色の瞳をしていた。
「この度は、私の不注意で誠に申し訳ありませんでした。」
私に頭を下げる男の子を見て、後ろでアワアワと慌て始める騎士。
「私は平気なので頭を上げて下さい。傷跡は残るそうですが、幸いな事に髪の毛で隠れますし気にしないで下さい。」
何か言おうとしていたお兄様の口は私の小さな手で塞いでるので大丈夫!
私の小さな手ではお兄様の口を塞ぎきれないけど、私に甘々なお兄様が無理に外したりしないのは分かっている。
「ですがっ…っスカーレット家が大事にしている御令嬢である貴方に一生残る傷跡をつけてしまいました。
こんな事で償えるとは思ってはいませんが…。
ティアナ・スカーレット、私の婚約者になってくれませんか…?」
私の前に跪き手を差し伸べる男の子。
「お、王子!?」
騎士は男の子に向かって叫んだ……………え?王子?
私が目をぱちくりさせていると
「ふざけるな!ティアを傷つけた奴にティアはやらん!例え王子であろうとな!!」
驚きの余り緩んだ私の手を掴み、お兄様が王子に向かって叫ぶ。
王子に向かってこんな口聞いて…大丈夫なのか…?お兄様よ…。
「ティア、貴方の好きな様にしなさい。
私達は貴方達には幸せになってもらいたいの。だから貴方が結婚する人は、貴方が選ぶのよ?」
「それなら……お断り申し上げます。
こんな傷の責任は取っていただかなくても大丈夫ですので王子様もどうか今回の事は気になさらないで下さい。」
お母様とお父様はとても仲が良く、我が家は貴族であるのに政略結婚反対派だったからこそ出来るお断りだ。
本来なら王家に対しても難しいだろうが、我が家は先代の時に王女様が嫁いで来ているし、王家の血を入れる必要は当分ないのだ。
「大丈夫だぞ!ティア!もし婚期を逃しても僕が面倒見るからな!」
私を抱きしめ頬ずりするお兄様。
婚期を逃しそうだったらどうにか独りで生きる道を探しますとは言えない雰囲気に、私は黙ったまま頬擦りを受け取った。
「…分かりました。それではまず僕を知って貰う事から始めたいと思います。
改めて…僕はクリストファー・ランドルです。また後日お茶のお誘いに来ます。」
そう言って去っていく王子様を罵倒するお兄様の声もそれを止めるお父様の声も、今は右から左へ垂れ流しだ。
何故なら私はその名前を知って''いた''。
王子の名前なんて聞き覚えがあるに決まってるけど、その''前''から私は知っていたのだ。
理解した瞬間、頭の中にかかっていた霧が消えていく様だった。
会った事もないのに見覚えのある顔の正体も聞き覚えのある名前の正体もわかった。
彼は、私が前世で一番やり込んだ乙女ゲーム『雪原の光』の攻略対象だ。
『雪原の光』というゲームはとても難易度が高い事で有名だった。
その理由はいくつかある。
第一に、選択肢のやり直しは出来ずセーブ等もない。
Endに到達するまでは、例え電源を切ってやり直そうとしてもやり直せない。
だがどのゲームにも抜け道はやっぱり存在して、一応やり直す方法はあるにはあった。その方法はデータの初期化だった。
因みに色んな人が探したがデータの初期化以外の方法は無く、始めから以外やり直し方はなかった。
そして第二に、攻略対象に対して1つでも選択肢を間違えれば即BADEND。しかもこのゲームは従来のゲームと違い、決められた選択肢の中から答えを探す物ではなかった。
従来なら話の途中に選択肢が現れ、プレイヤーはその中から選んでゲームを進めていく。
だが、『雪原の光』は、選択肢が必要な場所でもストーリーは変わらず進んでいく。本当はその場面で言わなければ言葉があっても、プレイヤー側が気付かなければ静かにBADENDへと向かっていくのだ。
しかもその選択肢ですら、プレイヤー側がチャットに書き込んだ文次第では即詰む事すらある。
解析班曰く、単語や登録されたキーワードに反応してるのではとまとめには書いてあったが、チャットに打ち込んだ文字が見えてるかの様に言葉を返してくるキャラクター達はまるで実際に存在している人と対話してるかの様な気分にさせてくれた。
まぁ、そんな鬼畜仕様のゲームなものだからBADENDの数も多かった。
けれどそれに比例する様にHAPPYENDも多いゲームだった。
メインの攻略対象は、全部で5人。
だが実はこのゲーム、登場する名前付きの男性は、ある隠しキャラを除いて全員攻略出来るらしいのだ。
私も半信半疑でやった事があるが、好物や性格等が分かっている攻略対象達以上の難易度の高さで、結局攻略する前に死んでしまった。
そしてここが1番重要だ。
私はどの攻略対象のどのルートでも悪役令嬢として登場し、最後は処刑。又は国外追放で野党に襲われ死亡する悪役令嬢なのだ。
HAPPYENDだろうとBADENDだろうとどっちに転んでも死ぬ運命なのです。
やっていた時は、使いまわされる雑巾の様な扱いに少しだけ心が痛んだが、所詮ゲームでの事。なんだかんだ楽しんでしまった。
けれど今は自分の事である
これは…どう回避したらいいんでしょう…?
お兄様達が居なくなった部屋で必死にゲームの情報を思い出す。
まず始めにティアナ・スカーレットはクリストファー・ランドルに一目惚れをする。
少しでもクリストファーと接近したくて事故に見せかけ抱きつこうとするが、クリストファーがたまたま避け、怪我をする。そしてその怪我を理由に強引に婚約を迫る。
傲慢で我侭なティアナに嫌気が差していたクリストファーは魔法学園でヒロインと出会い、少しずつ彼女の魅力に惹かれていく。
それに気づいたティアナは、ヒロインをトコトンイジメ、最後は断罪イベントが待ち受けるという、今となってはテンプレとなった物語である。
攻略対象は王子であるクリストファー、そして多分もうすぐ来る義弟ニコラス。
後は…確か学園で出会う筈……あれ、でも確か学園外にもまだ居たような……。
「あー!記憶にもやがかかって思い出せないっ!」
確かニコラスはお母様の妹の子供で、お母様の妹が亡くなり帰る場所が無くなったニコラスをお父様達が引き取ってくる。
闇の魔力を持ち煙たがられていたニコラスを、自分の居場所が無くなることを危惧したティアナがこれまたイジメる。ここまで来るとイジメが趣味なのかと聞きたくなる。
ニコラスはその影響で性格がネジ曲がり、無表情がデフォルトになったニコラスは感情がなくなったロボットの様になってしまう。
そんなニコラスをヒロインが癒やしていく、という感じの流れだった筈だ。
確か…BADENDは、ニコラスの幸せが気に食わないティアナがヒロインを雇った男達に襲わせ、それを知ったニコラスが魔法でティアナと男達を消し、自分も自殺する。
「先ずは…王子との婚約回避…その後ニコラスが来たら仲良くする…かな?」
王子と婚約しなければ、嫉妬もしないしヒロインを虐める理由がなくなる!
ニコラスも私がイジメなければ性格がねじ曲がることもなかったろうし…
「せめて、生きよう!」
目標、生存ルートの開拓!!!!!
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