フレッド様の人質姫

雪野 結莉

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2章 想いの変化 きっかけ

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覚悟を決めたフレッドは、上着を脱いでソファに掛け、シャーロットのベッドの横に椅子を持ってきて腰掛けた。

月明かりだけが頼りの部屋の中、シャーロットのプラチナブロンドが、キラキラと輝いて見えた。
「う……ん」
シャーロットがうなされ、コロンとフレッド側の方へ寝返りを打つ。
フレッドは、熱が上がったのかもしれないと、シャーロットの額に手を充て、そのまま、顔に掛かった髪を払ってやり、首筋に手を充てた。

うん。
熱は上がっていないようだ。
氷嚢はなくても大丈夫かなと、手を離そうとした時に、シャーロットの手がフレッドの袖を捉えた。
「シャーロットちゃん?」
声を掛けるも、シャーロットの瞳は閉じたまま。

「寝ぼけてるてだけ、か」
月明かりに白く反射しているシャーロットの顔は、光っているようにも見えた。
熱のせいで頬は赤く染まり、思わずその唇を奪いたい衝動に駆られる。
そうしないのは、フレッドが本当にシャーロットを想っているからだった。
「オレって、こんな理性の人だったのね」
一人でクスリと笑う。

ランバラルドにいた頃は、女の子に手を出すことに罪悪感など抱かなかった。
誘われればノコノコとついて行き、思うがままに過ごしていた。
女の子はみんな変わらずに可愛いと思い、誰かを特別に想う日が来るとは思っていなかった。

フレッドの父親も結婚前はかなり遊んでいたと言うが、結婚してからは母ひとすじで、浮気など一度もしたことがなかった。
フレッドは、その話を聞いていたが、自分は結婚しても落ち着かないだろうと思っていた。

それが、一度恋を知ってしまったら、一人の女性を追って、祖国にも帰らずにそのただ一人の人のためにここにいる。
想っても、想い返してもらえることのない、彼女ただ一人のために。

袖を掴まれて腕を下ろせず、フレッドはシャーロットの頬を撫でる。
このまま、独り占めできてしまえばいいのに、と。

微かに睫毛が震えたかと思うと、シャーロットのすみれ色の瞳がそこから現れた。
「フレッドさ、ま?」
シャーロットは頬を撫でていたフレッドの手を掴んで、頬にあてた。
「ふふっ。フレッド様がここにいらっしゃるなんて、これは夢ですのね」
寝ぼけた様子で笑うシャーロットに、フレッドは肯定の言葉をかける。
「そうだよ。これは夢だから、ゆっくりおやすみ」

夢だと思っているなら、その方がいいと思ったのだ。
寝室に、想う相手以外の男がいるなど、シャーロットにとって良くないことだと判断したからだった。

「フレッド様、私、フレッド様にこうしていてもらえると、とても安心するんですの。だから、もう少しでいいから側にいてくださいませね」
シャーロットは頬にあるフレッドの手に頬をすり寄せた。
「そうだね。もう、少しだけ側にいさせてね」
フレッドは悲しげに、目を閉じたシャーロットを見下ろした。

フレッドが側にいてくれるとわかったシャーロットは、目を閉じてまたすうすうと寝息を立て始めた。

シャーロットはいつもフレッドを早くランバラルドへ返さなければいけないと考えていた。
それが熱に浮かされた今も言葉に出てしまったのだ。

「シャーロットちゃんは残酷だなぁ。側にいるのは少しでいいなんて」
ずっと側にいたいのに。

フレッドはこのままボナールに骨を埋める覚悟はできていた。
だが、このままボナールに居続ければ、いつかシャーロットが自分ではない誰かの隣で笑っているところも見なくてはならない。
それは、ランバラルドのライリーかもしれないし、エリシアのエドワードかもしれない。
骨を埋める覚悟はできていても、まだ自分ではない誰かのために微笑みを向けるシャーロットを見るのは辛い。


翌朝、フレッドは夜が明ける前にシャーロットの私室を後にした。


いつもの時間に目が覚めたシャーロットは、起き上がるとベルを鳴らしてジュディを呼んだ。
「はーい、姫様。おはようございます」
元気いっぱいにジュディが部屋に入ってきた。
キョロキョロとあたりを見回し、シャーロットに尋ねる。
「姫様、お一人ですか?」
シャーロットはキョトンとして答える。
「いやね、ジュディ。当たり前じゃない。言っておくけど、もうぬいぐるみとかテディと寝る歳じゃありませんからね。ひとりです!」
シャーロットの様子から、昨夜フレッドがシャーロットの部屋で看病していたことは知らないだろうと判断した。

「……フレッド様のヘタレ!」
ジュディはシャーロットに聞こえないように、つぶやいたのだった。
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