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2章 気持ちを育む

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最悪な茶話会の翌週、ルーク様の家に行くと、ルーク様がわたしの頬を見て目を丸くした。

「どうしたんだ? それ」
「ちょっとね。名誉の負傷よ」
「おてんばだなあ」
くすくすと笑うルーク様。
ふん。何も知らないで。
女の戦いがあったんだからね! ……とは言えず。

ルーク様の部屋で寛いでいると、コンコンとノックの音がした。
メイドがお茶を持って来てくれたんだ。
ルーク様はわたしと話していたのとは別人のような冷たい表情で、「そこに置いてくれ」と言った。

わたしはメイドが部屋を出て行ってから、ルーク様に言う。
「ルーク様、使用人といえど、あの態度は良くないと思いますよ。誰だって冷たくされたら悲しいです」
ルーク様はわたしのお小言に頬を膨らませる。
「でも、オレだって顔に火傷があって、屋敷中に冷たくされてたんだ。いい顔ができないのは当然だろう」
「それでも、何かしてもらったら感謝の気持ちを持たないと。やられたらやり返すでは、いつまで経っても良好な関係は築けませんよ」
「……わかったよ。ジーナがそう言うなら、改める」

わたしはルーク様がわかってくれて、思わず笑みが溢れた。

タイミング良く、お茶菓子を持ってメイドが再度部屋を訪れた。
まだ年若いメイドは、ビクビクとしながらテーブルにお茶菓子のシフォンケーキを置いた。

「あ、ありがとう」
ルーク様は耳を真っ赤にしながら、メイドにそう言うと、メイドは目を見開いた。
「は、はい! ぼっちゃま。他にご入用のものがあれば、お申し付けください。では、失礼いたします」
メイドは一度目のような怯えた表情ではなく、笑顔で部屋を出て行った。

ルーク様は、メイドが入れてくれた紅茶を飲んでわたしを見つめた。
「やっぱり、ジーナだな」
「何がですか?」
「いや、オレの婚約者はジーナ以外では務まらないということだよ」
「なんですか? 当たり前でしょう。わたしが婚約者なんだから、他の人に務まったら困ります」

メイドさんが持ってきてくれたシフォンケーキに手を伸ばす。
そういえば、この前の茶話会ではケーキを食べられなかったから、シフォンケーキが食べられるのは嬉しい。
デイヴィス家のお菓子は何を食べても美味しい。
さすが侯爵家だ。

「この前、フリーク侯爵夫妻が娘を連れてうちに来た」
「えっ」
フリーク侯爵といえば、この前の茶話会でのことを思い出す。
「まさか、婚約者のことで何か言いにきたんですか?」
わたしが心配そうに尋ねると、ルーク様は目を丸くした。

「よくわかったな。婚約者として名乗りをあげるから、ミラー子爵家との婚約を解消するように言ってきた」

やっぱり……。
「それで、どうしたんですか?」
ルーク様はことも無げにため息をついてから、シフォンケーキを手で摘んで口に放り込んだ。
「ルーク様、いくら一口サイズに切ってあるからって、手で食べてはいけません」
「まったく。大事なことを話してるのに、ジーナはジーナだな。もちろん、フリークの申し出は断ったよ。親は乗り気だったけど」
「えっ」

デイヴィス侯爵様と侯爵夫人が乗り気だったのはショックだ。
別段、仲良くはなかったが、婚約者として認められていると思っていたのに。

「父上は、オレの後ろ盾になる家は強い方がいいと考えたようだな。オレは魔物を討伐するまでは剣技に全てを注ぐが、その後は侯爵家の執務を執り行う必要がある。実際はどうなるかわからないが、魔物討伐に全てを注いだオレが、執務を執り行う技量が備わっているとは思えない。となると、オレの結婚相手や実家が代わりに執務を助ける必要があるからな。オレとしては、ジーナはオレを助けてくれると思うし、義兄上ももちろん助けてくれると思っているから、別にフリーク侯爵家のような後ろ盾は必要ない。だいたい、ジーナ以外の婚約者はもっと必要ない」
わたしはルーク様の言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろした。

侯爵家と子爵家を比べたら、身分の差は比べるまでもないくらい明らかに我が家が劣る。
うちは子爵家にしては資産は潤沢にあり、伯爵家に近い家ではあるが、どうがんばっても侯爵家には敵わない。

「どうして、今頃ルーク様の婚約者になりたいなんて思ったんでしょうね……」
わたしが俯いて呟くと、ルーク様は物知り顔で答えた。
「フリーク侯爵が賭博で借金を作ったからだろ」
「借金? わたしもその話は聞きましたが、借金と婚約とは関係ないでしょう?」
「バカだな、ジーナ。たっぷりと関係あるだろうが。オレと婚約したら、デイヴィス侯爵家からの援助金が期待できるし、英雄の婚約者には国から奨励金が出る」
「えっ!」

奨励金……そんなものが出ているなんて知らなかった。
ただ、わたしはルーク様と婚約しただけのつもりでいたのに。

「ああ、誤解するなよ? ジーナの家は奨励金は受け取っていないからな。王家から話は出ていたが、ジーナのご両親は辞退なさった。分不相応なお金は身を滅ぼすからと。実際、ミラー子爵家は地道な努力で資産は伯爵並みにあるはずだから」
もぐもぐと口を動かし、わたしへの話も止めず。
ルーク様は器用な方だ。

「なんでそんなにお詳しいのですか? わたしなど、社交の場に多少なりとも出ているのに、あんまり知らなかったです」
わたしの方が外の世界には詳しいと思っていたので、ちょっと悔しい。

「オレは家庭教師の講義の時に、本館に行くだろ? その時に、使用人達が話していることには耳を傾けるし、家庭教師も社交界での話題はオレに教えてくれる。それに、オレは本館ではあまり喋らないからな。オレをいないものとして噂話をするメイドも多い」
なるほど……。ルーク様の情報源は、侯爵家の本館だったのか。

「それに、娘にも会ったが、ジーナの方がかわいいしな」
ルーク様が心から笑ってそう言うので、わたしは頬を赤く染めた。
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