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15章 加護
わたくしの思い通りに
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「愛しいローゼリア。今日も演習場には行くのか?」
王太子であるお兄様がわたくしの部屋を訪ねて来る。
「ええ、お兄様。英雄の婚約者としての勤めですわ」
数人いる専属侍女に髪を結い上げさせ、ドレスも外出用に着替えたわたくしは、ゆっくりとソファに腰掛けお茶を飲んでいた。
演習場には少しくらい遅れて行っても支障はない。
このわたくしが行って差し上げるのだから、少しくらい待てばいい。
お兄様はわたくしの向かいのソファに腰を降ろし、微笑んでわたくしを見つめる。
「今日も綺麗だな、ローゼリア」
「まあっ、お兄様お上手ですこと」
ふふっ、と微笑み合う。
「ところで、ルークとはうまくいっているのか?」
お兄様の分のお茶を侍女に頼んだところで、不意にお兄様から声を掛けられる。
「うまく、とは? 剣に授ける光の加護のことでしたら、わたくしはちゃんと授けておりますわ」
それを使いこなせないのは、ルークのせい。
「そうか、それならそっちはいいが」
「そっち、とは?」
侍女からお茶を受け取ると、お兄様は熱いうちに口をつけた。
「討伐前に書類上だけでも婚姻を結んで、討伐から帰ったらすぐに式を上げるようにデイヴィス家に進言したが、デイヴィス侯爵からは良い返事がもらえなかったぞ」
「……まぁっ! なんて失礼な!」
このわたくしが婚姻を結んでやると言っているのに、まったく。憎たらしいこと。
別にルークはどうでもいいが、あやつと婚姻を結べないと困るのだ。
十数年前、ペルジャ国からわたくしを正妃として迎えたいと打診があった。
断れば、石油の輸出を制限されるような、わたくし達に不利な政略結婚として。
ペルジャの王太子は王家の出来損ないと言われる王子だ。
やっとできた、たった一人の世継ぎに、国王も王妃もドロドロに甘やかして育て、体型も醜く太っておれば、学校に行きたくないという我儘を聞き頭も良くないと言う。
そんなところへ嫁ぐのは真っ平だ。
そんなところへは嫁ぎたくない。
だから、策を講じて光の術者をどうしても婚約者にしなければならないルークの婚約者に収まったのだ。
ペルジャ国も、我が国の魔物事情は知っているため、それならば仕方ないと諦めてはくれた。
ただ、今のペルジャの王太子には側妃いるものの、まだ正妃は決まっていない。
わたくしが本当に婚姻するまでは、諦めずに正妃の座を空けているのだ。
ああ、忌々しい。
そんな事情がなければ、ルークなどではなく、もっとわたくしに従順な夫を探すはずだったのに。
出来損ない王子に比べれば、顔が整っており、学生時代も成績優秀だったルークは生意気ではあるが、まだましと婚約をしたのに、あいつはわたくしに歯向かうかのように、婚約式も城のバルコニーでのお披露目も、全てすっぽかしたのだ。
デイヴィス侯爵は連日の訓練で体調を壊したと言っていたが、間違いなく仮病だ。
恥をかかされたわたくしは、その日一日中腹の虫が収まらなかった。
まぁ、侍女を何人か鞭で叩いて気晴らしはしたけれど。
「ローゼリア? どうした? 急に黙って」
屈辱的なことを思い出し、眉に皺が寄る。
「申し訳ございません、お兄様。ちょっと、面白くないことを思い出しておりましたの」
「そうか。美しいローゼリアの眉間に皺が寄るのはよくないぞ。嫌なことは忘れてしまえ」
「そうですわね。そういたしますわ」
気分を落ち着かせるために、紅茶を一口飲む。
「お兄様、婚姻のことですが、デイヴィス侯爵には、討伐後もしルークが戦死した場合のことを言っておいてください。しっかり言質は取っておいてくださいませね。戦死特例が適用されるはずですから」
我が国には、戦争に行った兵士の婚約者がみごもっていた場合のことを考え、戦死後でも婚姻届が受理される法律がある。
ルークが死んだらその後に婚姻届を出し、わたくしは寡婦となり、このまま王宮で優雅に暮らしましょう。いくら他に嫁の来てがない王太子でも、他国の一度婚姻した者を娶ろうと思うほどは落ちぶれてはいないでしょう。
お兄様は少し考えてから、にっこりと笑う。
「そうだな。討伐は戦争と同じ、戦死するものだからな。生き残ったとしても、王命で婚姻させてしまえばいいだけのことだ」
わたくしもお兄様の意見に賛同するように、微笑みを返す。
ルークが死のうが生きようが、どうでもいいのだ。
討伐が失敗しても王族は逃げ延びて、またここに我らの王国を作る。
その時の為に、税を上げてわたくしたちが逃げている間の資金は潤沢にあるのだから。
もし、討伐が成功してルークが生き残ったとしたら、王命によりわたくしと婚姻させ、一生わたくしの手のひらで飼い殺して差し上げましょう。
ふふふ。あら、何か楽しくなってきたわ。
「どうした? ローゼリア。楽しそうだな」
「ええ、お兄様。わたくしとルークの新婚生活を思い浮かべておりましたの。きっと、わたくしたちは幸せになれますわ」
「そうだな。ルークは生意気ではあるが、できる男だ。きっと、ローゼリアを幸せにしてくれるだろう。生意気なところは、少し矯正しなければならないが」
お兄様はもちろん、お父様もお母様もわたくしを溺愛してくれる。
この国にいる限り、わたくしは幸せに暮らせるわ。
「あら、お兄様。そろそろ演習場に行く時間でしてよ」
遅れているのはわかっているが、わたくしは今気が付いたように、お兄様に声をかける。
お兄様は腕時計をチラリと見て、わたくしに手を差し出す。
「行く時間など、とっくに過ぎているではないか。まあ、いい。我ら王族は優雅に登場しよう」
わたくしはお兄様の手を取り、エスコートをしてもらいながら、部屋を出た。
王太子であるお兄様がわたくしの部屋を訪ねて来る。
「ええ、お兄様。英雄の婚約者としての勤めですわ」
数人いる専属侍女に髪を結い上げさせ、ドレスも外出用に着替えたわたくしは、ゆっくりとソファに腰掛けお茶を飲んでいた。
演習場には少しくらい遅れて行っても支障はない。
このわたくしが行って差し上げるのだから、少しくらい待てばいい。
お兄様はわたくしの向かいのソファに腰を降ろし、微笑んでわたくしを見つめる。
「今日も綺麗だな、ローゼリア」
「まあっ、お兄様お上手ですこと」
ふふっ、と微笑み合う。
「ところで、ルークとはうまくいっているのか?」
お兄様の分のお茶を侍女に頼んだところで、不意にお兄様から声を掛けられる。
「うまく、とは? 剣に授ける光の加護のことでしたら、わたくしはちゃんと授けておりますわ」
それを使いこなせないのは、ルークのせい。
「そうか、それならそっちはいいが」
「そっち、とは?」
侍女からお茶を受け取ると、お兄様は熱いうちに口をつけた。
「討伐前に書類上だけでも婚姻を結んで、討伐から帰ったらすぐに式を上げるようにデイヴィス家に進言したが、デイヴィス侯爵からは良い返事がもらえなかったぞ」
「……まぁっ! なんて失礼な!」
このわたくしが婚姻を結んでやると言っているのに、まったく。憎たらしいこと。
別にルークはどうでもいいが、あやつと婚姻を結べないと困るのだ。
十数年前、ペルジャ国からわたくしを正妃として迎えたいと打診があった。
断れば、石油の輸出を制限されるような、わたくし達に不利な政略結婚として。
ペルジャの王太子は王家の出来損ないと言われる王子だ。
やっとできた、たった一人の世継ぎに、国王も王妃もドロドロに甘やかして育て、体型も醜く太っておれば、学校に行きたくないという我儘を聞き頭も良くないと言う。
そんなところへ嫁ぐのは真っ平だ。
そんなところへは嫁ぎたくない。
だから、策を講じて光の術者をどうしても婚約者にしなければならないルークの婚約者に収まったのだ。
ペルジャ国も、我が国の魔物事情は知っているため、それならば仕方ないと諦めてはくれた。
ただ、今のペルジャの王太子には側妃いるものの、まだ正妃は決まっていない。
わたくしが本当に婚姻するまでは、諦めずに正妃の座を空けているのだ。
ああ、忌々しい。
そんな事情がなければ、ルークなどではなく、もっとわたくしに従順な夫を探すはずだったのに。
出来損ない王子に比べれば、顔が整っており、学生時代も成績優秀だったルークは生意気ではあるが、まだましと婚約をしたのに、あいつはわたくしに歯向かうかのように、婚約式も城のバルコニーでのお披露目も、全てすっぽかしたのだ。
デイヴィス侯爵は連日の訓練で体調を壊したと言っていたが、間違いなく仮病だ。
恥をかかされたわたくしは、その日一日中腹の虫が収まらなかった。
まぁ、侍女を何人か鞭で叩いて気晴らしはしたけれど。
「ローゼリア? どうした? 急に黙って」
屈辱的なことを思い出し、眉に皺が寄る。
「申し訳ございません、お兄様。ちょっと、面白くないことを思い出しておりましたの」
「そうか。美しいローゼリアの眉間に皺が寄るのはよくないぞ。嫌なことは忘れてしまえ」
「そうですわね。そういたしますわ」
気分を落ち着かせるために、紅茶を一口飲む。
「お兄様、婚姻のことですが、デイヴィス侯爵には、討伐後もしルークが戦死した場合のことを言っておいてください。しっかり言質は取っておいてくださいませね。戦死特例が適用されるはずですから」
我が国には、戦争に行った兵士の婚約者がみごもっていた場合のことを考え、戦死後でも婚姻届が受理される法律がある。
ルークが死んだらその後に婚姻届を出し、わたくしは寡婦となり、このまま王宮で優雅に暮らしましょう。いくら他に嫁の来てがない王太子でも、他国の一度婚姻した者を娶ろうと思うほどは落ちぶれてはいないでしょう。
お兄様は少し考えてから、にっこりと笑う。
「そうだな。討伐は戦争と同じ、戦死するものだからな。生き残ったとしても、王命で婚姻させてしまえばいいだけのことだ」
わたくしもお兄様の意見に賛同するように、微笑みを返す。
ルークが死のうが生きようが、どうでもいいのだ。
討伐が失敗しても王族は逃げ延びて、またここに我らの王国を作る。
その時の為に、税を上げてわたくしたちが逃げている間の資金は潤沢にあるのだから。
もし、討伐が成功してルークが生き残ったとしたら、王命によりわたくしと婚姻させ、一生わたくしの手のひらで飼い殺して差し上げましょう。
ふふふ。あら、何か楽しくなってきたわ。
「どうした? ローゼリア。楽しそうだな」
「ええ、お兄様。わたくしとルークの新婚生活を思い浮かべておりましたの。きっと、わたくしたちは幸せになれますわ」
「そうだな。ルークは生意気ではあるが、できる男だ。きっと、ローゼリアを幸せにしてくれるだろう。生意気なところは、少し矯正しなければならないが」
お兄様はもちろん、お父様もお母様もわたくしを溺愛してくれる。
この国にいる限り、わたくしは幸せに暮らせるわ。
「あら、お兄様。そろそろ演習場に行く時間でしてよ」
遅れているのはわかっているが、わたくしは今気が付いたように、お兄様に声をかける。
お兄様は腕時計をチラリと見て、わたくしに手を差し出す。
「行く時間など、とっくに過ぎているではないか。まあ、いい。我ら王族は優雅に登場しよう」
わたくしはお兄様の手を取り、エスコートをしてもらいながら、部屋を出た。
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