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2話 明くれども日暮は遠し【中】
立私奉公
しおりを挟む「……おいジーさん!ジーさぁーん!!」
「えぇー?何だってぇぇー!?」
「だぁから!このバカデカい時計捨ててもいいのかって!!」
目の前に積み上がったガラクタ……もといアンティーク品たちを眺め、深いため息を吐く。
馴染みの客である藤原から「店の片付けを手伝ってほしい」と頼まれ、番は久垣町に来ていた。
『晩年は客足がさっぱりでな、閉めたはいいが何せ物が多くてのう…明日やろう、明日やろうと思っているうちに10年も経ってもーた』
『寝かせすぎだろ』
その言葉通り、古びた骨董品店にはありとあらゆる雑貨や調度品が溢れ返っていた。「業者に頼めよ」と言いたいところだが、最後に自ら思い出の品を眺めながら片付けたいらしい。
鎮目の奴も連れて来るんだった。後悔と共に番は空を仰いだ。
5月とはいえ、日差しは既に夏の色を帯びてきている。昼間のじりじりとした暑さが肌に纏わり付いた。
「今行くからのぉー、ちょっと待っとれぇぇー」
会話の度に大声をあげなければならないのが、また番を消耗させた。このすっとぼけた老人はえらく耳が遠いのだ。
「どれどれ……おぉそれか!懐かしいのう」
階段から降りてきた藤原を見て、番はギョッとした。
何を血迷ったのか、彼は段ボールやら骨董品やらを滅茶苦茶に積み上げ、こちらに運んできていたのだ。
そのヨロヨロとした足取りにガラクタタワーがぐらりと傾き、ズル、と花瓶が落っこちそうになる。
「おいおいおい危ねえ!!」
すんでのところで何とか花瓶をキャッチし、番は怒鳴った。
「曲芸師でも目指してんのかジジイ!無茶すんな!」
「しかし若いモンにばかりやらせるのものぉ……」
「怪我でもされた方がよっぽど面倒臭いわ!……あ、」
荷物を奪い取るようにして揉み合っていると、不意に番のつま先が足元の時計にぶつかる。その瞬間木製の蓋がぱかりと開き、ウィーンという音と共に何かが出てきた。
「うおっ」
現れたのは、妙に精巧な木彫りのゴリラだった。なぜかシンバルを構えている。
ゴリラはウホウホと左右に首を振ると、突如そのシンバルをシャーン!シャーン!と勢いよく鳴らし始めた。あまりの音量に思わず番は耳を塞ぐ。
「ちょ……うるせえ!!何だこれ!」
「これはな、ゴリラ時計だ」
「ゴリラ時計!?」
「鳩時計じゃ芸がないゆーてのう、職人に頼み込んで作ってもらった。斬新じゃろ」
シャーン!シャーン!
人通りのない商店街に、シンバルの音だけが間抜けに響き渡る。
「店をやってた頃はのぉ~、この時計が鳴ると『おぉもう昼飯の時間か』言うてばーさんと顔を見合わせたもんだ……ばーさんの作る冷やし中華、美味かったのぉ……」
「知らねーよ!どんなタイミングで思い出に浸ってんだ!!」
この爆音を毎日聞いていればそりゃ耳も遠くなるわな。番は現実逃避のように思った。
「つーか止まんねえのかよこれ!」
ゴリラは狂ったようにシンバルを打ち鳴らし続ける。耳をつんざく金属音に頭がおかしくなりそうだ。悶絶する番をよそに藤原はのんびりとしゃがみ込むと、時計を弄りながら言った。
「あーダメだ、完全にいかれとるわい」
「『いかれとるわい』じゃなくて何とかしろって!……あ~もう!!」
耐えかねた番はゴリラを思い切り蹴り飛ばした。一拍の間の後、その身体が傾き、ひしゃげたバネがぶらりと床に垂れる。ようやく静寂が戻ってきた。
何とか息の根を止めることに成功したようだ。番はゼエゼエと息を荒げる。
「おーおー、見事な壊れっぷりだ。ま、もう十分働いてもらったからのう」
藤原はゴリラ時計に向かって手を合わせた後、よっこらせ、と立ち上がった。
「好きなものがあったら持って帰っていいぞ。ほら、アンタの店にもあるだろ、こんな感じの家具」
突っ込むべきポイントは無数にあるが、番は「もう、頼むから大人しくしててくれ」と言うことしかできなかった。
*
「あ゛~暑っつ…………」
『疲れたろう。今茶を淹れてくるからの』と奥に引っ込んだ藤原を何ともなしに見送り、番は手近な椅子にドカリと座り込んだ。額に滲んだ汗をタオルで拭う。
結局作業はほとんど番がやった。階段を何往復もして疲労困憊だ。明日は間違いなく筋肉痛だろう。
この手の依頼の報酬は基本、歩合制だ。しかしこの常識の通じないクソジジイは大抵、ガキの小遣いかよという端金と茶菓子で全てを済ませてくる。今更憤る気にもなれず諦めているが。
一応断っておくと、番の店は「人材斡旋業」である。様々な事情で千暮にやって来た人間と、働き手を探している企業を仲介する。仲介先は一般の店から風俗店、組の構成員まで何でもアリだ。
しかし、これすら表向きの本業でしかない。
そもそも千暮という場所自体が忌避されがちなこともあり、それだけでは到底食っていけるはずもなかった。
実際のところは、一言で表すなら「フリーランスのヤクザ」が1番近いだろう。
とにかく、どっちにしろ体の良い雑用係ではない。……のだが、ヤクザ同士、あるいはヤクザと一般人の揉め事の仲裁などをこなすうち、気付けば「街の便利屋」的な扱いをされるようになっていた。
面倒だと思いつつも番がそのポジションに甘んじているのは、労働の本質は「恩を売ること」だと思っているからだ。
特定の組に属さず行動する番にとって、困ったときにものをいうのは人脈である。幸い、昔ながらの気風が息づくこの街には義理人情を重んじる人間が多い。利用しない手はないだろう。
恩、恩、恩。
恩売っときゃ何とかなる。
……とまではいわないが、いざという時、些細な繋がりがそれなりに助けになるのも事実だった。
そういう訳で、番はどんなにくだらない依頼だろうが可能な限り引き受けるようにしていた。この際報酬はあまり問題ではない。金ならその筋の者から毟り取れば良いのだから。
……とはいえ、当然のように低賃金でこき使われればイラつくのが人間というものだ。番はだらしなく椅子にもたれかかりながら「あ~丸一日無駄にした」と悪態をついた。気付けば、日はほぼ落ちかけていた。
「…………ん?」
その時、視界の端で何かがキラッと光った。
思わず身を乗り出す。よく見ると、向かいの建物の方に何かが落ちている。あそこは確か元は喫茶店だったところだ。木っ端微塵に割られたガラス戸は、この街の荒廃ぶりを象徴するかのようだった。
その昔……20年ほど前までは栄えていたという久垣の商店街。ここが現在廃墟と化しているのは、千暮の治安悪化に伴い強盗被害が絶えなくなったからだと聞いた。
あの喫茶店も例に漏れず暴漢に押し入られたそうで、それきり放置されているらしい。
番は歩み寄り、先ほどの光の正体を見つけた。スマホだった。カバーもされていないシルバーのそれが、夕陽を受けててらてらと輝いている。
落とし物か、と拾い上げた番は軽く目を瞠った。液晶画面の一部がひび割れている。そこに映し出されたサッカー選手らしき人物。このホーム画面にはどうも見覚えがあった。
「これ……あのガキの…………」
「おぉい番ちゃーん、そこで何しとるのかね」
「あぁ、悪ぃ」
2階から戻ってきた藤原が、茶菓子の乗ったお盆を手に呼びかける。番は返事をしながらも咄嗟にズボンのポケットにそれをしまった。内心で舌打ちする。
早速変なことに巻き込まれてやがるな、アイツ────
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