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第1章
【閑話】わたしの推し/しゅがー《前編》
しおりを挟むアキくん。世界で一番大好き、わたしの自慢の推し。
わたしは雑誌の切り抜きをまとめたファイルをニヤニヤしながら眺めた。
「あ~、らぶい……っ!」
アキくん早く単独写真集を出してくれないかな。そしたら速攻買うのに!
{ウェーブ:しゅがーはいつからごちゃまぜを推してるんだ?}
ウェーブくん──通称Wくん──が聞いてきた。
ウェーブくんは最近わたし達のグループチャットに入ってきた腐男子だ。
小説も漫画も作らないロム専の人だけど、床ちゃんが招待した。相当気に入ったんだと思う。
でも分かる。男の子ってだけで珍しいし、それだけじゃなくて、ウェーブくんって変わってるから。
オドオドしてるけどズバッとものを言うチグハグなところとか、空気が読めないところが、ちょっとだけアオに似てるんだよね。
アオ推しらしいから、人間って自分と似たタイプを好きになるって本当なのかも。
(てことは、わたしはアキくんに似てるところがあるってことかな?)
わたしはキャーって一人で頬を押さえた。
「……あ、返信返信」
[しゅがー:ごちゃまぜは結成日から! アキくんのことは、中学生の時から推してるよぉ(๑>◡<๑)アキくんの声にひと聴き惚れしたのっっ(๑>◡<๑)]
{ウェーブ:中学生!? しゅがーって若かったんだな}
[しゅがー:若くないよ? 今はもう大学生だもん๐·°(৹˃̵﹏˂̵৹)°·๐]
{ウェーブ:十分わけーよ……}
[しゅがー:Wくんはなんさい??]
{ウェーブ:秘密!!!}
[しゅがー:ぇ~~๐·°(৹˃̵﹏˂̵৹)°·๐笑笑笑]
(……やっぱおじさんなのかなぁ……)
反応的に、言いたくなさそうだ。わたし、数十個も離れてる人と話してる可能性もあるのかも……なんて考える。
{ウェーブ:俺そろそろ仕事行ってくる! しゅがー、またな!}
[しゅがー:はぁい(๑>◡<๑)お仕事がんばってね~帰ってきたらまた一緒にアキアオ語ろおー♡]
(にしても、いつもお仕事不定期だよね。ウェーブくんってほんとに働いてるのかな?)
朝行ったり昼行ったり夜行ったり不定期だ。土日休みでもないみたい。
本当はお仕事なんてしてなくて、恥ずかしいからお仕事をしているフリをしてるだけなのかもしれない。
たまにオンラインゲームにログインすることを仕事って言う人もいるし。
(ウェーブくん、ニートおぢ説!)
実は最近沼っちとこの説について話していたりする。
ウェーブくん、陰キャだって本人が言っていたから、何かしらで躓いて人生ドロップアウトしてしまった悲しい中年男性なんじゃ……、って……。
(ま、まあ、聞かないようにしよう! うんうん!)
予想はしてるけど、正直どんな人だって関係ない。アキアオが好きって感情が一緒なら、仲間だもん。
それ以上返信は返ってこなかったので、わたしは大学の課題をやった後、ノートPCでアキアオのイチャイチャ妄想を書き始めた。
「アキくん夢も良いけど、アキくんBL攻めもやっぱいいなぁ~~。どっちも捨てがたい……」
夢女子と腐女子を兼任してるのは変かもしれないけれどやめられない。
アキくんが大好きすぎるから。
「はぁ……アキくん……」
わたしとアキくんとの出会いは、わたしが中学生の時だ。
鍵っ子だったわたしは、ネットで動画や配信を見ることに夢中だった。そこにはたくさんの人がいて、同じものを好きで、同時にコメントをしたりして。ネット上の人たちに混ざっていると、家に一人でいても全然寂しくなかった。
最初に好きになったのは、男の子のショタボと女の子のカワボ両方を出せる、両声類って比喩される歌い手のモモたんだった。
そんなモモたんのSNSを追っていると、ある日、珍しい紹介があった。
僕の友達が歌ってみた初投稿したから見てねって。そんなこと今までなかった。
だからわたしは、どんなのだろう? と、気軽にリンクを押した。
それが──アキくんとわたしの運命の出会いだった。
「……──っ!!!」
……なんという声なんだろう……。
あったかくて、つめたくて、楽しそうで、悲しそうで。
キラキラで、薄暗くて、いっぱいだけど、空っぽで。どこか切なくて──。
(一人の人と思えない……)
多彩な表現力。何人もの人格がそこにいるみたいだ。彼の歌声を聴いた瞬間、胸が締め付けられ、視界が狭まった。
その新人歌い手さんは、akiという名前だった。
わたしの指は、即座に高評価とチャンネル登録を押していた。
わたしはその日から、すっかりアキくんのオタクになった。
SNSをくまなく見た。配信を全部追った。MV制作や収録は大変だから、歌の動画が投稿されるペースは早くない。
でも、軽く歌ってくれる配信や、雑談配信で十分だった。だって、
(歌ってない時も素敵な声ーーー……っ!!)
アキくんという人は、ずるい。歌声だけじゃなくて、喋り声そのものが尊いんだもん。
かっこよく聴こえるようにやり過ぎなくらい吐息混じりに話したり、演技がかった話し方をする『自称イケボ系配信者』とは全然違う。アキくんの場合は、持って生まれた声質自体が天才的だった。
それに、モモたんと同じ高校生らしいのに、高校生とは思えないくらい、アキくんはすっごく大人っぽかった。
わたしの中学の子たちみたいに、ギャーギャーはしゃいだり下ネタを言ったりしない。
アキくんは、どこか達観してて、落ち着いていて、優しくて、爽やかで、品があって……。絵に描いたような王子様。絵本の世界から飛びだしてきたとしか思えなかった。
(現実にこんな男の子がいるだなんて……)
わたしは毎日毎日アキくんに夢中だった。
しかし、そんなアキくんが、大学生になって。
わたしが高校生になった時。
『重大発表』があるとSNSで告知された。
「え!? やだやだやだっ! まさか引退……!? そんなのやだッッ」
焦ったわたし。
結果は──グループ活動をスタートするという事前報告だった。
しかも、アキくん初めての顔出しをするという。
正直、喜びより恐怖がまさった。
わたしはアキくんのことをどこか神聖視していたのかもしれない。顔なんて見たくなかった。
あの声のトーン、話し方、性格、言葉選び。
全部全部好きで、二次元のキャラクターみたいに完璧で、わたしの頭の中ではアキくんはとてもかっこいい見た目ということになってしまっている。
この限界まで上がりきってしまっているハードルは、きっとアキくんがどんな顔面をしていたって、超えられっこない。ちょっとでもアキくんに幻滅してしまいそうな自分が嫌だ……。
(なんで顔出しなんてするの~アキくん……!)
あんなに配信で何度も、プライバシーが脅かされるから顔出しだけはしたくないって言っていたのに。
アキくんが顔出しを嫌がりまくるから、『アキブサイク説』『声だけ良いデブ説』なんてネットにまとめられているくらいだ。
わたしもそう思う。容姿に自信がある人なら活動初期にとっくに顔を出しているはず。
今までアキくんは、後ろ姿やシルエットでさえ一度もSNSに載せてこなかったのに。
それに、グループ活動だなんて……。
(今のままで十分人気じゃん! アキくんには個人でやってける力があるじゃん。グループなんてやる必要がないよ!!)
悲しくて悔しくって涙が出そうだった。今まで推していたアキくんの世界観がぶち壊される、そんな予感がした。
だけど……。
【自分の全てを賭けて本気で取り組もうと思っている活動です。応援していただけたら嬉しいです】
アキくんがSNSでそう言った。
(…………本気で……)
「…………」
──推しが全てを賭けていることを、ファンが応援してあげられないでどうするんだ。
(……ついて、いこう……)
わたしは決めた。どんなアキくんでも変わらず推そう。と。
顔が微妙でも体が太っていても背が小さくても、なんだっていい。声と性格で好きになったんだもん。
そもそも、何か理由があるのかもしれない。いつでも冷静で客観的な発言をすることの多いアキくんが、理由もなしに突拍子もないことをするとは思えない。
自分の顔を晒してまで、グループの話題性を作りたいとか。そんなにこれから始まるグループ活動が……グループのメンバーが大事なのかもとか。
色んなことを想像しながら、わたしは初顔出し配信当日を待った。
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