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第1章
40 ビビリ王決定戦①
しおりを挟む「ぎぇぇえええ!!!」
……自分より怖がってる人がいると恐怖減る現象って、一体なんなんだろうな……。
俺は大声を出す夕陽さんにしがみつかれながら、ハハハ……と一人遠い目をしていた。
今日俺たちが配信するのに選んだゲームは、一人用のホラーゲームなので、マウスを順番に交代で動かしながらストーリーを進めている。
ストーリーが進むと、要所要所で驚かせるギミックがあったり、怖い映像がドアップになったりして、ビビりポイントがある感じだ。
「ヒィィイイイ!!!」
「やだーーっっ!! 助けてぇええーー!!!」
その度、桃星や夕陽さんが絶叫し配信を沸かせている。
俺はといえば、二人の怯え方があまりに凄すぎて、逆に冷静になってきた……。助かる。
「ユウくんの番だよ」
「おにーさん、早くしな~~」
「っ……」
秋風と珀斗に促され、夕陽さんがおずおずとマウスを掴んでいる。
このゲームは、主人公が誰もいない夜の学校を探索するという内容だ。忘れ物を取りに来たとか言ってるが……おい、主人公よ。次の朝でいいだろ次の朝で。バカ真面目に忘れ物をとりにくるなよ。
俺だったらこんな夜に学校の門が空いている時点で気味が悪くて尻尾巻いて帰るけどな……。こういうゲームにリアル目線でツッコミを入れるのは野暮とはわかっているけれども。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
夕陽さんが荒々しい呼吸をしながら、続きをクリックした。
主人公の、《教室にはないみたい! おかしいなぁ。移動の時に落としたのかな……音楽の授業とか? 次は音楽室に行ってみるか……》という台詞が出てくる。勇気あるな、主人公よ。俺なら無人の音楽室とか絶対行きたくないぞ。
「…………」
「早く先進めって」
「進まないで~!! やだーっ!!」
珀斗と桃星に真逆の指示を受けている夕陽さん。聞いているのか聞いていないのか、険しい顔で画面を睨みつけている。ゲームにマジすぎだ。
「……大丈夫、だいじょうぶ、だいじょうぶだいじょうぶだいじょうぶ…………よし……」
配信時間的にずっと止まってもいられないと思ったようだ。
覚悟を決めた夕陽さんが、ボソボソ呟きながら主人公を動かし、教室から出た。
音楽室に向かうべく、真っ暗な廊下を歩く主人公。
すると、ヒタ……ヒタ……と足音のようなものが主人公の後ろから聞こえてきた。
(……おお、リアルで良い音だな)
音作った人、こだわりがありそう。なんて、ついつい動画編集者目線で観察をしていたら。
「……!!!!」
主人公が背後を振り返った途端、幽霊の嗤った顔が画面いっぱいに飛び出てきて。恐ろしいBGMも相まって、それはそれは凄まじい衝撃だ。
「ギャーーーーーッッッッッッ!!!!!!」
驚いた夕陽さんが思わずマウスを手放し、俺のお腹にしがみついてくる。俺はゲームより夕陽さんのその声にびっくりしてしまい、息が止まるかと思った。
「……っっ」
(っあービビった~~……!!!)
夕陽さん、さすがの満点リアクション。リアクションの良さでファンの心を掴んできた人気実況者なだけあるな、と改めて彼の凄さを実感する。
まあ、夕陽さんが人気な理由はリアクションが神な所だけではないのだが……。あのチャンネル登録者数の多さには、面白さとか、優しさとか、ノリの良さとか、コミュ力とか、顔の良さとか。もちろん色々な理由が混在している。
「うううう……」
「あっれ~。ユウさんどーしました? さっきまで『アオたんのことはお兄さんが守ってあげる! キリッ!』とかなんとか言ってなかったっけー?」
左端の珀斗が身を乗り出してまで煽ってきた。どんだけちょっかいかけたいんだよ。
夕陽さんは「ま、守ってる……! 守ってるだろ!!」と必死に反論している。……俺のお腹に顔を伏せながら。
(カワイイな……)
「えーと……、ユウさん。守ってくれてありがとうございます……?」
今現在守ってる方は多分俺なのだが。なんだか可哀想だったのでお礼を言っておいた。
「……!! アオたん……っ」
夕陽さんが、感動したように俺を見上げてくる。大型犬みたいにつぶらな瞳だ。
(うっっわ。かわええ~~~……)
普段お兄さんポジをしてくれている、年上で身長も自分より高い人が頼ってくれる姿を見るのは結構クるな。うん。
俺は小さい頃から海乃莉や海依斗の面倒を見てきたからか、庇護欲のそそられるものが好きだ。端的に言って、カワイイものに弱い。
だから、思わず習慣的に夕陽さんの頭を撫でてしまった。
「大丈夫。大丈夫ですよ。落ち着いて」
そうやって俺が夕陽さんを甘やかしていると。
「……──っ!?」
なにやら、凄まじい冷気を感じた。室内の温度が急激に下がった気がする。
(はっ……!?)
な、なんだ!? このキルされそうな気配は……!
急いで夕陽さんを見るのをやめて顔を上げる。
すると、絶対零度の瞳をした珀斗が俺を無表情で見つめていた。
「…………ッ」
(お前かぁああ!!!)
この命を取られそうな冷気の正体は。
(こっっっえぇぇよ……!!)
ぶっちゃけ、ホラゲより全然恐ろしいんだが。珀斗の奴、普段でも怖いのに、普段の何百倍も冷めた目をしている……。
垂れ目の人って、優しい目に見えることが多いのにおかしいな。柔らかさを出せる垂れ目というアドバンテージを凌駕するほどの、目つきの鋭どさである。
見られているだけなのに、まるで喉元に刃を突きつけられている気分だ。
(ひいいぃぃ。な、なんだよ。なんなんだよ……っ!!)
さっきの秋風といい、今の珀斗といい、俺と夕陽さんが絡んでいたらいちいち見てくるのはなぜなのか。もしかして、『BL営業的なの寒いからやめろや』『ベタベタベタベタきっしょいんだよ』的なことを言いたい感じ……? 別にいいだろ、人の勝手だろ。
(よ、よくわからんけど、逃げよう……)
俺は珀斗の冷たい視線から逃れるため、慌ててアイパッドをつかんだ。
ここはリスナーのコメントを見るフリをしてやり過ごすしかない。
「ゆ、ユウさん! ゲーム怖いし一旦コメント読みません!!?」
「あ……! そうだねっ! そうしよう。別に怖いわけじゃないけど、休憩! 一旦ね! リスナーさんと交流するのは大事だからさ!」
「そうっすよね……!! うんうんうん」
俺は「ではでは……」と言いながら、爆速で流れるチャット欄に目を通した。
勢いが凄すぎて一回一回指で止めないと文章を読めない。大変だ。
「アオたん~、俺にも見せて!」
「あっ、はい」
体を起こした夕陽さんが、俺の持つ端末の画面を覗き込んできた。
俺たちは、二人でぎゅっと体を寄せ合ってコメントを見ていく。
「えーと……なになに──」
『ハク様余裕でかっこよ……泣』『モモてゃの悲鳴女子の私より可愛くて泣いちゃった』『アキくんの微笑み最高ですありがとう』『ユウさんおもろすぎw』『さすハク!』『ユウさんの絶叫でスマホ落としたwww』『アキモモ無限に尊い……』『アキくんとハク様も少しは怖がって!』『よーし、モモたんを守り隊、結成するか』『ここにアキモモ推しの墓を立てよう』『ユウくんとお化け屋敷行ったら絶対楽しいじゃん笑』『優勝はユウさんかモモたんのどっちかだこれw』『アキに抱きついてるモモちゃんが羨ましすぎて禿げそう。お願いそこかわって……!!』
(…………うん)
あ、ハイ。いつも通り、安定に俺の話題はなし……ね。
ハイハイ分かってますよ、と虚無りながら顔を上げた俺。
しかし、隣の夕陽さんが明るい声でコメントを読み上げた。
「うんうん、……お! 『アオ、ユウのこと撫で撫でして優しい! ユウリスとして感謝!』──だってさー。ははは。恥ずかしいなぁ~」
(……え……?)
びっくりしてもう一度画面を見たら、本当にそんなコメントがあった。一瞬、夕陽さんがとうとう優しさでコメントを捏造してくれたのかと思ったが。
(まじか……)
俺が配信コメで褒められることなんて中々ない。さすが、ユウさんのリスナーは本人に似て優しいな……。
「『アオとユウくん仲良いよね! 楽しそう~』、かぁ。あはは。まあね! わかっちゃうかー? みんな仲良いよ~」
さらにもう一通、稀少なコメントを読んでくれている。すごい。俺に触れたコメントなんて探しても全然なくて、他のメンバーのことばかりなのは夕陽さんだって絶対分かっているだろうに。
確率的に偶然じゃない。わざわざ少ないものをどうにか見つけて選んでくれているってことだ。
(気遣ってくれてるんだろうな……うう。申し訳ねぇ……)
このコメント読みタイムは、『アオのことを書けば夕陽さんに拾ってもらえる確率が高い!』とリスナーも察したのか。チャット欄は徐々に『アオ』という字が増えていっている。
(ええええ……!!)
なんだこの革命。
ユウリスめちゃくちゃ頑張っている。
まあ、ごちゃまぜの配信はスパチャオフだからコメントを確実に読んでもらう方法なんてないし、みんなが必死になるのは分かる。何十万のうちから自分のコメントが選ばれて、推しの声で読みあげてもらえたら感動だもんな。
「えーと、あとは……ん? 『アオくん優しいね。年下に慰められてユウ兄だめじゃん!』って、え!? いやいやいや!! 俺が守ってるほうなの! みんな、勘違いしないでな! 映像をよく見ようね! ……『よく見た上で言ってます』?『嘘つくなら切り抜きあげちゃうよ』え……『自分、証拠としてユウさんの悲鳴集作りますね』?? いやいやいや! それはちょっと……俺のブランディングが……。あの、一応自分、大人系頼れるお兄さんキャラでやってますんで、そこのところよろしくお願いします! どうかお許しを……!」
夕陽さんの必死な言葉に、『ダメです』『もうそのキャラ一年目で崩壊しかけたから諦めて』『黒月シモンとのコラボの時は完全に弟キャラじゃん』『二十八歳なんて若いのにいつもおぢぶるからユウさんは信用ならん』とチャット欄が一斉にツッコミ出した。すごく盛り上がっていて楽しそうだ。
夕陽さん、リスナーとコミニケーションをとるのが本当にうまい。俺も一応配信者の端くれとして、この技術を見て学んでちゃんと吸収しなくては……。
「んで? いつまでリスナーと遊んでんの、アンタら。早く進めなくていいんですかぁ。今日中に終わらせんじゃねーの?」
「!! あ、ああ! そうだな……! ……うーん、でも、モモたんがなぁ……」
珀斗に止められた夕陽さんは、ハッと体勢を戻し、俺の持っている端末を覗き込むのをやめた。
それから、左隣の桃星を心配そうに見ている。
さっき夕陽さんが主人公を操作して進めたから次に操作するのは隣の桃星だ。
「モモたん、大丈夫? 続行できそうか……?」
「……っ」
なるほど。長々リスナーと絡んでいたのは桃星が休憩する時間を稼いでいた面もあったのか。
夕陽さん越しに身を乗り出して桃星の様子を見てみれば、完全にガチ泣きしてしまっていた。到底ゲームを続けられる様子ではない。
「ひっ……ひっ、ぅ……」
秋風に抱きついて肩を振るわせている。
可哀想に……。
というか、さっきチャット欄でアキモモに萌えているコメント多かったの、そういうことか。もはや膝枕みたいになってるもんな。
「モモ……大丈夫か?」
「……だいじょばない……」
俺も聞いてみたら、桃星は力なく首を横に振って答えた。
「さっきの廊下のお化け、いきなり出てきて怖かったもんね。しょうがないよ」
桃星の背中を撫でて慰めていた秋風が、そう言って顔を上げた。
「モモはパスってことにしよっか。俺が代わりに進めるね」
言いながらマウスを取ってあげる秋風。優しいな。
「うへー。ダル。いちいち甘やかすなよ」
「しっ……! お前は黙ってろ!! モモたんが可哀想だろ!」
文句を言う珀斗を、夕陽さんが慌てて唇に指を立てて止めた。
珀斗は無言で両手を『お手上げです』のポーズにして夕陽さんに応える。
それを見た夕陽さんが怒りでソファから立とうとしたので、今度は俺が止めた。
「っこの……っ」
「まあまあ……! ユウさん、落ち着いて」
「──! あ、ああ。アオたん……ごめんね」
どうも、珀斗のことになると夕陽さんや桃星は沸点が低くなってしまうようだ。珀斗は人をおちょくる才能があるんだろう。俺は怒りっていうか、怖いのほうが強いから珀斗と喧嘩することはないんだけど。
「じゃあ、音楽室に入ってみるね」
珀斗と夕陽さんがやり合う最中、秋風がそう言いゲームの中の主人公を操作した。
音楽室のドアが開かれる。
音楽室の中は、誰もいない空間なのになぜか楽器の音がし、生徒の合唱の声が響いていた。
「……」
さすがに俺も怖くなってきた。てか忘れ物どころじゃないだろ、この状況。ポルターガイスト起こりまくってるんだが。主人公の度胸おかしすぎるだろ。
「…………」
夕陽さんも息を呑んで、俺の腕を掴んできた。その手の強さから、切実さが伝わってくる。かわいい。
「へ、へんなうたごえが……っひぃ! こわい゛……! もうやめてぇ……!!!」
「あはは。そんなに怯えなくても。ただのゲームだって」
息も絶え絶えの桃星を見て、秋風が微笑ましそうに笑っている。いや、笑えるのやばいって。ホラー大丈夫な人の気持ちが心底分からない。なんで怖くないんだよ……。
「でも~~……っ」
「そんなに怖いなら、聞こえないようにしてあげる」
秋風の手が桃星の耳をふわっと塞いだ。柔らかい声で、励ましている。
そして、「もしもお化けがゲームの画面から飛び出てきても俺がやっつけるから大丈夫だよ」と桃星に言った。
「……ほんとぉ~……?」
泣きべそをかいたまま、桃星が恐る恐る顔を上げた。
──『波青を怖がらせるものなんて、俺が全部やっつけちゃうよ』
その光景を見ていたら突然、過去の秋風の言葉が頭の中にリフレインした。
「……」
どうしてか心臓が凍りついたような感じがして、俺はパッと二人から目を逸らした。
どくどく。
心音がいやに早くなる。
ゲームが怖いからだろうか。
気を逸らすためにチャット欄に目をやったら、コメントは案の定大盛り上がりになっていた。
『モモたん超可愛い!』『イチャイチャたまらん……』『アキモモ; ; ; ; ; ; 』『モモてゃってほんとに素直だよね!』『こんなふうに甘えられたらアキくんも嬉しいんだろうな~♡』『アキヒーローみたい! モモちゃんを守ってくれてありがとう!!泣』『モモてゃあざとかわいすぎ! やっぱ人間って愛嬌だね~女として見習いたい案件』『尊い……』『アキモモのおかげで毎週楽しい.°(ಗдಗ。)°.』『最高だよお前ら~~~~~~!』
「………………」
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